PART7
今のはなんだとリバティウスが驚嘆を上げた。彼だけではない。彼が引き連れたシェリフたち皆が驚愕に顔を蒼白させる。
その様子を得意そうなにやけ面で見ているのはレア。彼女が打ち上げた光の魔術を機に炎上した岩山から我先にと魔狼たちが溢れ出してきた。
それを前にガウスが戦闘態勢に移った。両肩に鎧を兼ねた鞘を着け、背中には身の丈近い巨大な“銃”を背負った彼は両の腰に提げた小型の剣を鞘から抜き放ち魔狼たちへと駆け出す。
「レアっち~、援護ヨロシクぅ」
「ええ~~っ?」
結った赤毛を尾のように踊らせながら駆けるガウスの言葉にレアは不満げな声を上げた。すると彼女の回りをリバティウスを始めシェリフたちが取り囲む。
「お嬢ちゃんは俺たちが護ってやる。だから安心して魔術に集中してくれ」
「えっ? ちょっ、ちょっと……」
「やるぞ兄弟! 外すんじゃねえからな!」
オーライっ――思っていた展開と異なり、困惑するレアを余所目にリバティウスたちの士気は旺盛で、リバティウスは両腕で扱うような散弾銃を構え、他は拳銃を手に魔狼へと突き付ける。
そして間もなくして始まった銃撃。その凄まじい騒音の只中で両耳を手のひらで塞いでいた仏頂面のレアはため息を吐く。
彼女としては安全圏から魔術を行使するよりも、自らもガウスのように前に出て暴れたいのだ。
「わたしにも闘わせなさいっ」
1
前線で戦うものがいるのに銃撃で援護を行うことは危険である。放たれた銃弾の軌道は融通が利かず、何かの間違いで剣士が射線に入ろうものならその者を射貫いてしまうからである。
そのことを銃士である“シェリフ”たちが理解していないはずがない。それでもガウスが魔狼たちに切り込む戦場に鉛の礫を撃ち込むのは、それがガウスの提案だからだ。
「ヒャッホウ! 良いスリルだぜえっ」
飛び交う銃弾に魔狼立ちの足回りは普段の機敏さを失い、その隙にガウスは付け入る。彼が両手に持った諸刃の剣が迸り、銃弾をも弾き返す魔狼が纏う甲殻の合間に滑り込んだ。
鮮血を散らしどおと倒れる魔狼。ガウスは立ち止まることなく錐揉みして宙空に跳び上がる。旋回する彼の体を銃弾たちがすり抜けて、縦の軌道で振り下ろされた刃がその勢いと切れ味で魔狼の頭部を両断。また一匹の“魔物”が地に伏した。
続けざま姿勢低く投げ出した右足の勢いで左足を軸に、地擦りに振り返ったガウスの右手から剣が離れて飛翔した。その切っ先が穿ったのは遠方にいた一匹の魔狼の首の可動部。やはり甲殻の合間で、倒れる魔狼の眼前では尻もちをついたシェリフの男性が一人いた。
「俺にスキは無ぇっぜっ」
不敵に笑ったガウスの空いた右手が背負った長銃の持ち手を掴み引き抜く。そして彼は飛び掛かる魔狼の口腔にそれの銃口を突っ込み、そして人差し指に掛けた引き金を絞る。
ぼこんとくぐもったような銃声が響いて、魔狼の頭部が弾け飛んだ。四散する血と肉片の合間にガウスの微笑が覗く。
と、そんな得意気な彼の周囲に無数の閃光の矢が降り注いだ。取り囲む魔狼たちが光に射貫かれ、急所に命中したものが倒れてゆく。
「びっ、びっくらこいたぁ……お嬢、な~いすっ」
立ち上がりながらガウスがリバティウスたちシェリフに護衛されたレアへとやや引きつった笑みをして親指を立てた拳を突き付ける。しかし件のレアからは「つまんないっ」と文句が返された。ガウスが苦笑する。
「ほんっと、お転婆ってーか……」
護られて当然と考えている術士が大半の中、レアと云う存在は中々に新鮮で奇妙。しかし“一応”人間の姿をしている今のレアを大っぴらに“魔物”と取っ組み合いさせるのは旅の仲間として印象が善くない。我慢してとガウスは長銃を背負い直し空けた右手を立てて礼の形を作ると見せるのだった。
その間に雨注を掻い潜った手負いの魔狼が彼の背後に迫る。だがガウスは即座に転身し、薙いだ右足に履いたブーツの硬い踵で弾き落とす。転倒した魔狼の体に刃が突き立てられた。
肩に着けた鞘から短剣を取り出して右手に持ちながら、ガウスはいまだ燃えている岩山を見てベイクがまだ合流しないことに疑念を懐いた。
「なんかあったんじゃねーだろーな……」
もしも彼に万が一のことがあったら……。ガウスは小さく舌打ちを鳴らす。まだ数匹、魔狼は残っている。それらを片付けるのに大した時間はかからないだろう。しかしそれでも彼の気持ちは焦れて、苛立ちを覚える。
そんなガウスの目の前を閃光が通り過ぎて、唖然とした彼がそれの行き先を目で追うと魔狼が頭部を穿たれて地面へと崩れ落ちる光景にたどり着いた。
レアの魔術の光。だがガウスが驚いたのは自分が迫ってくる魔狼の存在に気付かなかったことであった。
「ガ〜ウ〜ス〜? しっかりしてよっ、も〜っ!」
次いで自らを救ってくれたレアの方をガウスが見てみると、レアはじとりとした目をしてガウスをそう叱責する。
ガウスは少々動揺したたどたどしい調子で「たはっ、俺ってばおちゃめなもんで……」と舌を出す。ついでに浮かべた笑みは完璧だったが、剣を握る手には必要以上の力が込められていた。
自らがすべきことはここでやきもきしていることではなく、一刻も早く魔狼たちを片付け姿を見せないベイクの安否を確認すること。きっと大丈夫、俺なら上手くやれるとガウスは自分に言い聞かせつつ、残る片手で数えられる程度しかいない魔狼の殲滅に駆け出すのであった。