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PART5

 それは富める竜骸山脈に住まう獣とは異なる臭いであった。人間とも、竜人とも違う“異臭”。

 しかし何故か、ベイクとレアの中に流れる竜の血がその“異臭”にさざめきたち、熱く滾っていた。

 そうなのか。これがそうなのかと二体は理解する。“魔物”と呼ばれる存在。存在してはならない存在。二体の生物としての生存本能が“魔物”を否定していた。


「こんな気持ち悪さ、こえだめに落っこちたとき以来!」

「ああっ、腐った死骸よりひでぇ臭いだ。むかむかして、反吐が出そうだ」


 これが“魔物”――家を飛び出し、牧場へと疾走する二体の意思が同調していた。二体の双眸は本来見えるはずのない臭気を捉え、彼らの鼻腔はその臭気を捕らえて放さず、その足は一心不乱に臭いを辿って投げ出される。

 罠をしかけた牧場までは大した距離ではない。特に今は人間の姿に偽装されていても竜人の二体である。その快足を以てすれば到着など風の様にあっと言う間だ。

 冴えた月が照らす暗闇の向こうに家畜を逃さず、そして保護する柵が見えてくる。ベイクもレアも減速などしない。突き詰めた勢いのまま柵へと向かい、衝突の間際で息を合わせた跳躍で飛び越えてゆく。


 どおと見た目よりずっと広大な二体の両足が再び地面を踏み締め、砂埃が舞い上がる。その様子をまるで見ていたかのようにちょうど良くも吹いた一陣の風に砂埃が散らされる中、ベイクとレアの合わせて四つの瞳が見据えたのは、横たわる牛に群がる黒き影の群れ。


「せんてひっしょーっ」


 それを視認した直後、戦闘態勢に移るベイクに先んじてレアが前へと躍り出た。彼女が広げた両手には白い光が纏わりついており、レアは鳥が羽撃(はばた)くようにその両手を振り抜く。すると交差した手の光が光刃こうじんと化して黒の群れへと飛翔した。

 風を切り、夜すら切り込む三日月状の光刃に照らされ黒色が暴かれる。その正体は体毛の一部を鎧のように変化させた四足獣。

 細い四肢にへこんだ腹をして、ぴんと立った耳に長い鼻。鋭い牙を備え、光を受けて輝く双眸――狼。


 しかしその正体は異形の“魔物”。魔狼まろうとでも呼ぶべき彼らはずたぼろに引き裂かれた牛の遺骸から飛び退いてレアの放った魔術の刃から逃れた。

 レアからの攻撃を受けて魔狼たちが二体に敵意を向ける。双方の敵意がぶつかり合うと、近頃温暖なる夜の空気がにわかに冷えて尖り始めた。身を切るような緊張感だ。


「あいつらあ、ナマイキなんですけどっ」

「あんな大雑把じゃ当然だっつの」


 だがそんな中でもベイクとレアは余裕を欠くことなく、浮足立つこともなく、レアに代わりおもむろにベイクが前へと歩み出てゆく。

 ベイクが拳を握り込む。彼の視線は常に魔狼のものと交錯し、魔狼の動きを封じ込んでいた。互いが互いに動きを警戒し合うことにより生じる膠着状態。どこで動き出すべきかは積み重ねた経験が示す。

 火の粉の混じる吐息が、不敵な笑みを浮かべるベイクの口腔から溢れた。彼の、今は赤茶色に染まった瞳が見切る。魔狼たちの緊張が微かに揺らいだ瞬間を。


「ごおぁあっ」


 先に動いたのはベイクであった。

 意表を突かれた魔狼らはその身を竦ませ、その合間にも驚異的な脚力から繰り出される跳躍でベイクは間にある距離を縮めた。

 分厚い毛皮に守られた獣を相手に打撃は有効とはならない。特に相手は群を成す狼。一匹に対し時間は掛けず、一撃必殺を心掛ける必要がある。


 それを成すためにベイクは間合いに捉えた魔狼の一匹の頭部を掴むと同時に錐揉きりもみ旋回。魔狼の頭部がベイクの旋回に合わせて風車かざぐるまのように回り、遅れ馳せて胴体も旋回する。

 どおとベイクが着地し、魔狼が地に伏した。両者の内、魔狼は痙攣する胴体と頭部が別々の方角を向いていて、頸椎けいついが断裂破壊されていることが窺えた。二度と起き上がることはないだろう。

 見事に一撃必殺を成し遂げたベイクを、彼を包囲した残りの四匹が襲い掛かる。ベイクはその場に佇み動くことをしない。


 魔狼の鋭く堅固な牙が迫った刹那、ベイクの周囲に閃光の矢が雨注うちゅうと降った。魔狼たちが悲鳴を上げる。

 様子を窺っていたレアがここぞと放った魔術だった。


「……レア」


 とおやーっ――雨注の只中でベイクの呼び掛けにも応えることなく、矢を受けて動きを鈍らせた魔狼に躍りかかるレア。彼女の秘匿された手足の鉤爪が次々と魔狼を引き裂いてゆく。

 首を、鼻先を、下顎と、次々傷付く魔狼たち。ベイクと違い鉤爪を持つレアは獣との戦いに向いているのだ。

 聞けよと思いながらベイクは口にせず、暴れ回るレアの目を盗んで飛び掛かってきた魔狼の口腔へと彼は自らの手を突っ込んだ。


 無論噛み付く魔狼であったが、ベイクの手にある竜鱗は獣の牙をものともしない。そして魔狼の口腔にあった右手を振り魔狼を払い除けたとき、彼の手中には血濡れた舌が握りしめられていた。

 やがて側をレアが通り過ぎようとして、するとベイクの腕が彼女の首に巻き付いて引き留めた。ぐえとレアから嗚咽が零れ、引き寄せられたところで彼女はベイクを睨んだ。


「ちょっとゴーイン〜?」

「もう充分だ。追っかけるぞ」

「はぁい」


 乗ってきたところで制止をかけられ、煮え切らないレアはぶぅと唇を鳴らすもののおかげで冷静にもなり“作戦”通り、何処かへと逃げ出してゆく魔狼たちを彼女は緩やかに追い掛けた。

 レアの背中を見ていたベイクであったが、やがて背後に現れた人の気配に横顔を向ける。


「首尾上々?」

「残すは詰めだけだ。しくじんなよ」

「任せときなよ、大将。俺っちの腕前、バッチリ披露すっから」


 犬歯が変化した牙を見せて笑うベイクもレアを追い駆け出す。

 今度その背中を見ているのはガウスであった。彼は自らの手首にはめてある魔導器に意識を傾ける。すると二つの“感覚”が移動しているのを知覚出来た。

 問題なし――笑みを浮かべ、ガウスとともにリバティウスを始めとした数名の“シャリフ”たちがベイクらとは異なる方角へと向けて移動を開始する。

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