PART4
なんかひさびさだねっ――レアの言葉になにがだとベイクが応えた。というか問うた。
「えものを待って二人でじっとしてるの!」
「だったら静かにしてろよ。そんなんだからいつも逃げられる」
「まだネに持ってんだ……?」
おびき寄せた“魔物”を包囲するためにガウスとは別行動、別の地点で待機することになったベイクとレアは、牧場の様子が見ることの出来る家の二階を借りてそこでそのときを待っていた。
竜の血の作用で遠目と夜目が利く二体である。一応と渡された望遠鏡があったがレアの遊び道具にしかなっていない。その望遠鏡を使って極至近距離から、彼女は牧場を眺めているベイクの横顔を覗きながら彼と会話していた。
いい加減望遠鏡で覗かれるのにもうんざりしてきたベイクの手が伸びて、レアからそれを奪い取った。玩具を取られたレアは不服にぷくりと頬を膨らませ、そしてしたり顔をしたベイクは言った。
「肥えてて旨そうな猪だったからな。しかも別の日にガノエイに獲られた」
「分けてくれたんだから良いじゃん!」
「オレは金玉が食いたかったんだよ! 金玉とちんこは獲ったヤツしか食えねぇ……」
「好きだよねぇ、きんたま……」
「アレを食わねえと強い大人になれないからな」
ベイクの視力に望遠鏡は必要なかったが、試しに使ってみると様々な場所の細部がすぐ間近で見たように鮮明になり、それが存外に面白く、それで牧場の様子を伺いつつレアとのやり取りで彼は猪の睾丸をしばらく食べていないなと思った。
睾丸と陰茎は男の象徴であり、新たな命を生み出す神秘でもある。ベイクとレアが生まれ育った骸骨村では、精強な男に育つために獣の睾丸と陰茎は好んで食されていた。
そしてそれは獣を仕留めた者の報酬でもあり、“強い男”の証明。幼くしてベイクが手ずから獣を狩ろうとするのは、ひとえに強くなろうという一心からである。
ベイクの脳裏に鹿の睾丸を手に、ガンダーのしわくちゃな笑顔が浮かんだ。滅多に笑みを見せることのないガンダーの満面の笑みがベイクには印象的で、それを皮切りに村の皆の、父たち母たちの顔が次々に思い出されベイクの胸を軋ませた。
食いてぇ。シシの金玉食いてぇ――仄かな胸の痛みを消し去ることは出来ず。ベイクの精神は防衛的に彼の好物の味や食感、匂いなどを思い出させ、食の欲求によって痛みを塗りつぶす。
故にベイクの脳が彼に見せる。肉体より取り出され、串刺しにして火に炙られる猪の睾丸の様相を。
「……でも、まだ父さまのきんたまのがデカいね」
そんな脳内の幻覚に口腔に唾液を溢れさせていたベイクであったが、ふと股ぐらに違和感を覚えそこを見た。レアの手がベイクの股間をまさぐっていた。
ベイクは再び牧場の方を監視しながら静かな調子で「お前の乳に尻だって、お袋みてぇにデカくねぇだろ」そう言うとレアの五指がベイクの睾丸を布越しに握り締めた。
微かにベイクの表情が青ざめ、食いしばった歯が軋んだ。人間の爪に偽装されたレアの鉤爪が突き刺さりでもすれば大事だ。
「母さまみたいなりっぱな大人になれば、おっぱいもお尻も大っきくなります」
薄っすらと顔に汗を浮かべたベイクの瞳だけが傍らのレアを見た。平淡な調子の声でそう述べたレアもまたベイクの瞳を見る。
徐々に睾丸を握る彼女の手にさらなる力が込められるのを感じたベイクは言った。
「そりゃ、オレも同じだっての……」
それを最後に二体はしばし沈黙するも、やがて頬を膨らませたレアの尖った唇からぶぅと噴気音が鳴り、頬が萎むとベイクの股間からも彼女の手が退かされた。
一先ず睾丸を潰されずに済んだベイクは一息吐く。そのときであった。彼の鼻腔が震え広がった。彼がレアの方を見ると、どうやら彼女も同様に何かを感じ取ったらしい。二体の目の色が変わり、そして雰囲気もまた……