PART3
“魔物”と云う存在については未だ解明が進んでおらず、その正体は謎に包まれたままであった。
かつて“魔物”といえば巨大にして強大。一夜にして大都市すら灰燼に帰す“竜”を示す、人が持つ比喩的な言葉でしかなかった。
だがそんな竜といえど自然摂理の一環。好んで争いや侵略はせず、縄張りの中で次の命を育みやがては朽ちてゆくだけ。
しかし今“魔物”と呼ばれている存在は、そうではない。
飢えるとなにものも際限なく喰らい尽くし、満たされては喰らうでもなしに命を殺める。
侵略と虐殺が性であるかのように“魔物”は振る舞うのである。
「俺はさ、それがなんか人みたいだなぁって思うワケよね」
家畜たちは街の西側に設けられた牧場におり、そこでベイクたちはリバティウスとともに若い家畜たちを畜舎へと匿い、老いた個体を囮として放牧していた。
そんな折、くたびれた顔をした牛を前にしたガウスがそんなことを言ったものだから、側にいたベイクは「人間だってワケも無く命を殺したりしないだろ」と告げた。
ガウスは「大将は優しいねぇ」と、“竜狩り”の暴虐に遭いながらそれを行った人間に対しての不信感を見せないベイクに笑い掛けた。
「ケド、そんなんじゃ世の中渡ってけないぜ? 心ない人間だっているもんだ。そういうヤツらは命を何とも思ったりしないのさ。それこそ、“魔物”みたいにな」
「なんにしたってオレのしたいことに変わりはねえよ。良いヤツも悪いヤツも、オレのジャマすんならぶっ飛ばすだけだ」
「……勇ましいねえ」
奪われた家族を取り戻し、“世界樹”探求の夢を追う――ベイクの意志は単純で、しかしその分とても強固だった。
“竜狩り”に追われる竜人を憂うことも無く、こんな世界を変えようとするわけでも無く。自らと、そしてレアと同じくした夢のためにだけ、夢に向けて歩み続けるだけに注力する。
それはひどく身勝手な考えである。けれどこんな世界だからこそ、彼らくらいにはそんな身勝手が赦されても良いだろうとガウスは思って、牛と睨めっこしていたベイクの頭をくしゃりと撫でる。
「なにすんだ。気色悪っ」
「てきびし……」
しかしベイクは触れられた直後に身を翻してガウスの手から逃れてしまう。そして追い打ちに彼から告げられた言葉にガウスは大仰にも肩と頭を垂らして落胆を表現した。
だがベイクはそんなガウスに構うこと無く、彼は向こうで牛にまたがって手を振っているレアの方へと行ってしまうのだった。
一人置いていかれたガウスは面を上げ、談笑するベイクとレアとそしてリバティウスの三人を見据えると一息。
「……けどさ、本当にいるんだ、どうしようもない悪党ってのは。クズは。だからさ、そんなんじゃダメだぜ、大将」
誰に聞かせるものでもない言葉をガウスは独り言ちる。
“魔物”の襲撃を誘う作戦の決行までもう少し。ガウスは一人、彼方に沈んでゆく大陽と、そのすぐ側にそびえ立った“世界樹”へと目を向けた。どこか遠い目。浮かべた微笑も冴えない。
そんな彼に身を寄せたのは、今回囮に選ばれた牛であった。「ごめんな」とガウスは白と黒に彩られた牛の巨体に手を差し伸べ触れる。血潮の熱と、命の脈動を彼はその手のひらに覚えた。