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PART2

「寄ってらっしゃい見てらっしゃいっ、コイツはししの背骨も真っ二つ! 切れ味それは恐ろしや、なんとエルフの短剣だ。ソイツがなんと一つ二つに、あら三つ! こともあろうに空を飛ぶ。手元がちょいと狂ったら右が左におさらばしなきゃあ」


 そう歌いながらお立ち台に立ったガウスが(ほう)っているのは諸刃の剣だった。それが三振り、ガウスの両手の合間と頭上を飛んでいた。

 彼の周りに集まった大人たちは器用なもんだと感心し、子どもたちは日を浴びてぎらぎらと輝く刃がいつかガウスに突き刺さるのではないかとはらはらした顔をしていた。

 一階の酒場のバタ戸を押し開けて出てきたベイクとレアもその中に紛れ、ガウスがよく見える最前列を目指した。


「さ、どうかなぁ?」


 やがて短剣を三振りとも頭上へと放り投げたガウス。彼はその場を動かず両腕を掲げる。刃たちが彼を目掛け落下し始めた。

 観客がにわかに色めき立ち、包囲が波のようにさっと引いた。するとベイクとレアの二体だけが取り残され、二体はガウスへと落下する刃を注視する。彼らに慌てた様子は無い。

 そんな二体に気付いたガウス。何をしているのかと呆れたような顔をしているベイクを見ると、彼は片目を閉ざし舌を出した。その内にも降ってきた刃はガウスの腕をするりと抜けてお立ち台へと次々に突き刺さった。


 一時の静寂は、悲惨な光景を思い浮かべていた者たちが言葉を失ったから。しかし実際には無事なガウスにそれから少しして歓声が上がる。ベイクとレアはその歓声にこそ驚いたようで、振り返る。

 ガウスが笑顔で一礼し、刃を拾い集めそれで用意していた果物と鉄棒を切断してみせる。刃引きされていないことの証明だった。

 刃が本物であると分かった観客たちは次々にガウスの荷袋の中へとソル硬貨やマルタ紙幣を投げ込んでゆく。そして騒ぎが一段落したところでベイクはガウスにおいと声をかけた。


「おはようさん、大将」

「もう昼だけどな」


 ガウスはむすっとした顔のベイクに笑いながら短剣たちを両脇と右足に吊るした、鞣し革で出来た鞘の中に収めてゆく。するとベイクの背中に飛びついて、彼の頭頂部に顎を乗せたレアが訊いた。


「なんでみんなお金捨ててったの?」


 捨ててったって……――とレアの発言に思わず苦笑してしまうガウス。彼はお立ち台を降りて少しばかりの金額が入った荷袋を手に取ると、今度は台へと腰を掛けた。そして改めてレアへと説明するのだった。


「ああやって面白いもんを見せてみんなを愉しませたから、そのお礼にってくれたお金だよ。捨ててったんじゃないの」

「面白いって、あれがか?」

「あれ……面白くなかった?」


 面白くなかった――ベイクとレアは声を揃え即答した。ガウスは虚しさに乾いた笑みを口許に浮かべた。

 おそらく二体には短剣の軌道が見えていたのだろう。ガウスはあのとき、短剣が回転するように投げていた。腕に到達するとき、刃が当たるか否かを計算して。

 当たらないと短剣の動きを見て察することが出来た二体にとっては、確かにあの芸は面白くないものだったのだろう。ガウスはそう思うことにして自信をなんとか手放さずに済んだ。それに、と不自然ながらも付け加え彼は言う。


「もっと、凄い芸もあるからサ……」



 1



 再びの酒場にて昼食を取る一行。ガウスは異界から伝わったという、鶏肉に小麦粉をまぶし油でからりと揚げる“からあげ”なる料理と緑黄色野菜のサラダを注文。ベイクとレアは牛肉と豚肉を挽いてこね合わせて作ったハンバーグを注文していた。


「親父たちが言ってた。魔物はいちゃいけねえもんだって」

「食べないのに生き物をころすんだよ! サイテーって母さまも言ってたんだからっ」

「分かったから、食べながら話すの止めなさいね」


 ステーキ肉よりも食べやすいこともあり、ぎこちないながらもフォークとナイフでハンバーグにがっつく二体。ガウスから請け負った仕事について聞かされた彼らは、自分たちも“魔物”を知っていると興奮気味に話していた。

 だが口にものを詰め込んだまましゃべるものだから内容物が見えたり飛んだりして、対面するガウスはうんざり。堪らずに注意すると二体は中身を喉に押し込み、特大グラスに入った牛乳をまるで酒でも煽るような勢いで飲んで胃へと肉もろとも流し込んだ。


「聞くところによると狼の魔物らしい。見た目も習性もそっくりで、この街の家畜を襲ってる」

「牛や豚、鶏なんか格好の獲物だからな。きっと人や野生のやつらを襲うより楽だって覚えたんだ。まんまだぜ、オオカミ」

「オオカミってキライ! “アイツ”もオオカミみたいだったし……」


 狼の姿を思い浮かべ、想起されるのは村を襲った“竜狩り”の一員であり、ベイクとレアを直接襲撃したゴルドンという男の姿に声、笑みと鬱陶しそうに垂れる前髪。

 忌々しい怨敵が記憶に甦り、ベイクの闘志に火が灯った。魔導器を以てしても偽装しきれない炎の揺らめきが彼の瞳の中に現れたが「はい、そこまで」とガウスが軽く柏手を打つ。するとベイクの瞳から炎の揺らめきが失せ、歯を剥いてしわを寄せた凶暴な面持ちも普段の仏頂面に戻った。


「旅に誘ったのは俺だけど、タダで寝食させてやるとまでは言ってねぇ。どうするね、おたくらは……」


 ざくりと瑞々しい黄緑の葉菜にフォークを突き刺したガウスが二体を見ながら問うと、それに呆然としていたベイクは次第に不敵な笑みを顔面に形作り「決まってんだろ」と返すのだった。しかし――


「いただきぃっ」

「テメェッ」


 そんな中、唯一ベイクの鉄板に残っていたハンバーグの残りに目を向けていたレアが遂にそれに手を出したのだ。

 レアのフォークがハンバーグを突き刺しさらってゆく。ベイクの反応も速かったが、今回はレアの勝ちだった。彼女の口に入ってしまうハンバーグを諦めきれなかったベイクはレアへと飛び掛かり、レアがそんな彼の胸を蹴っ飛ばす。

 突如として熾烈な追いかけっこが始まったことにガウスは愕然として、もはや止めるのも馬鹿馬鹿しいと自らの食事を進めるのだった。

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