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PART9

 酒場での騒動は早い内に治まりを見せた。この街の住民はどうにも気さくで大らかなようだ。子どものしたことだとガウスが同じ料理を驕ったことで被害者の男はベイクを快く赦した。

 そうして今度はちゃんと購入した料理を前にベイクとレアとガウス、そしてリバティウスと云うらしい帽子の男は丸テーブルを囲んでいた。


「この硬貨が“ソル”、一枚で一ソル。よろしい?」

「……」

「二枚あったら?」

「……二ソル……?」


 正解――鉄板の上で音を立てる肉塊が人数分。しかし手をつけられているのはガウスとリバティウスのものだけであった。ベイクとレアのものは未だ一欠片とて無くなっていない。

 そしてそれらと金色で満たされたグラスが二つ、白色で満たされたグラスが二つ。加えて種子が刻印された真鍮色の硬貨が二枚。

 ガウスがそれらについて二体に説明をして、質問に対して正しい回答が返って来るとリバティウスへと彼は目配せした。するとリバティウスはベイクとレアの分の肉を一口大にナイフで切り分け、フォークで刺すと二体にそれぞれ差し出した。


「良いかい、お二人さんよ。物事にはなんだって対価っちゅーもんがあるワケよ。ただじゃあろくなもんは手に入らねえ。働いてお金を稼ぐ。そのお金を使って食べものを買う。買うのよ?」

「めんどくせぇ……」

「はい没収~っ」

「おおいっ」


 そうして相応しくない返答が選ってくると、ガウスはベイクから肉の刺さったフォークを取り上げた。追い縋ろうとする彼をガウスの拾い手のひらが遮る。それを見てレアは下手なことは言えないと思い沈黙しつつ、さっさと肉を口へと運んだ。


「この子ら、なにもんなんだ?」

「俺にもよく分かんねえ」


 世話焼きらしいリバティウスは頼まれもしていないのに二体の肉を細かく切り分けてゆきながら、どうにも浮世離れした二体についてガウスに訊ねた。が、笑うガウスのとんちんかんな返事に困惑して言葉を無くしてしまう。


「行き倒れを拾ったもんでね。さしずめ“竜狩り”にでも巻き込まれたどっかの田舎もんなんだろ」

「ほお。まぁ、こんな時勢だからな。竜人も人里になんか出てきやしねえ。落ち延びたやつを匿ったってとこか。災難だったなぁ、坊主たち」


 補足するガウスだが、もちろん嘘だ。無関係である事を示したうえでそれっぽく、他人事のように敢えて言うことであたかも真実であるように見せかけている。リバティウスの人柄も利用してのことだろう。実際に彼はガウスの言葉を信じ、ベイクとレアに同情して鼻をすすった。


「まっ、それはそれとして……じゃあコレはソル何枚分でしょーか。黙ってるレアさん、よろしく」

「ええっ、えっと……ええ……?」

「千」

「正解っ。やるねぇ、大将」


 次に新芽が描かれた長方形の、白色の紙をテーブルに置くガウス。彼の質問はなるべく存在感を消していたはずのレアに飛び、驚いたレアが紙を見つめながら言葉を濁らせていると、同じように紙を眺めていたベイクが如何にも“テキトー”といった調子で言う。そして正解した。レアは隣に座るベイクを目を剥いて、驚きで満ちた顔をして見ると「うっそ……」と呟く。

 そんな彼女を横目に、眉を吊り上げちょっと得意な顔をしたベイクは差し出された肉を受け取り口に運ぶと背もたれに背中を預ける。ガウスは紙を手にし、ひらひらと泳がせながら言った。


「コイツは“マルタ”つって、ソル千枚分の価値がある。硬貨を千枚も二千枚もぶら下げとくワケにゃいかねえからな。スマートな取引のためにもこのマルタ紙幣は最重要だから、そこんとこしっかり覚えとけよ〜?」


 優越感に浸って気持ち良さげにしていたガウスだったが、件の二体はと言えば……


「ベイク! あんた今のテキトーでしょ!」

「ちげぇに決まってんだろ!」

「ぜったいテキトーだから! ぜったいぜったいっ」

「ぜったいちげぇ!」

「じゃあ千っていくつよ?」

「あーん!? ちっ……」


 レアにはベイクが当てずっぽうで当てたことが許せないようで、彼の口に親指を突っ込んで口を左右に広げたりしながらベイクに先ほどの発言が当てずっぽうなのを自白させようと二体してじゃれていた。

 だが事実、レアの指から逃れたベイクは“千”がいくつかと問われそっぽを向いてしまう。それでもなお追究するレアから彼は逃れつつ密かに指を使って数を数え始めるが、十を越えるともう分からなくなってしまう。

 ベイクの肩越しに顔を覗かせ、十以上を数えられない現実に対し「ほーら、ショーコはっけーん!」とレアはベイクの手を指差して鬼の首を取ったように声を張って言った。


「テメェ、レア! おまえだって五より先、まだじゃねえか!」

「ウソつくよりマシだしっ」

「ウソなんて誰がついたんだよ?」

「ベイクじゃん! ベーイークーじゃーん〜っ」


 おーい……――すっかり二人だけの世界で痴話喧嘩に興じる二体に声をかけども、もはやガウスに入り込む余地は無し。うなだれてため息を吐くガウスを見てリバティウスは豪快に笑った。

 二体は放っておくことにし、グラスの黄金色を喉へと流し込んだガウスは吐息を溢すと、同じように酒を喉へ放り込んでいるリバティウスへと言った。


「……にしてもこの街が“こっちの金”使えて良かったよお。見た感じ“異界人”の街って感じだったからサ、内心も~ヒヤヒヤ」

「ああ、街を創ったのは異界人だからな。とは言え、集まったのはこっちのもんばっかだったらしくて、住み易さを考慮して通貨はこっちに合わせたって事らしい」

「ふぅん。じゃ、文化はその見返りって感じか」

「兄ちゃん、察しが良いな。その通り。言語こそこっちのもんだが服や役割は向こうのもんらしい。俺は保安官て言ってな、この街を悪い奴らから守ってんだ。創設者も保安官だったらしいぜ」

「腰のモンも? 銃だろ、それ」


 よくご存じで――ちらとリバティウスが腰に提げたものに一瞥したガウスに、リバティウスはにやと笑みを浮かべそれに手を掛ける。ベルトとは別に腰に巻かれた革製の帯。真鍮色の礫で着飾ったそこから下がった包みの中に覗く黒鉄に。

 ずばっと小気味良い衣擦れの音を響かせながらリバティウスが抜き放ったのは銃と呼ばれる武器の一種だった。


「こと対人戦に於ける近接戦闘に関しちゃ最凶最悪と呼び声高い、異界からの輸入品……。良いねぇ、シビれるぜ」

「保安官……いや、“シェリフ”の証にして魂さ」


 くるりと手中で黒鉄の銃を回転させ、筒状の先端を再び腰の包みの中へと突っ込み収納したリバティウスだが、その顔からは不思議と笑みが無くなっていた。

 どうしたのかと口許でグラスを傾けながらガウスが問うと、リバティウスはいささか調子の落ちた声で言う。


「実は……」

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