PART8
アウトロス・ラリアットという小さな街であった。その名を冠した出入り口であるアーチを覗くと未舗装で剥き出しの地面が広がり、通りの左右には木板を貼り合わせて出来た平屋が並んでいた。昼間ということもあり通りを行き交う人も見られた。
女性は大きく膨らんだスカートのドレスと大きな帽子を被り、男性はシャツにジャケット、デニムのズボンを穿いていてブーツの拍車が音を立てる。
アーチを潜ったガウスは先に到着しているだろうベイクとレアを捜して右往左往。頭を掻いて眉を下げていた。
「兄ちゃん、見ねえ顔だな」
「あ……えっ、えぇ、まぁ。旅の者でして、そのぉ」
「宿なら酒屋の二階だぜ。しっかし珍しいな、山の方からなんて」
そんな困り顔のガウスに親切にしたのはでっぷりとした腹を大きなバックルに乗せた、太い口ひげの男性だった。大きなつばが特徴的なテンガロンハットを被った男性は親指で背中越しにある二階建ての建物をガウスへと示す。
しかし目的が宿探しではないガウスはやはり困り顔。不思議に感じた男性は人差し指で帽子を持ち上げながら、しげしげとガウスを観察する。
どう説明すべきかとガウスが思案する僅かな間、返事を待つ男性。すると件の宿屋から何やら騒々しい物音が響いて、テラスで酒を呷る男たちが慌てて中へと入ってゆく。
「なんだなんだ? まだ連中が出来上がるには早いだろ……」
「あー……ちょっと、見てみましょっか」
遅かったか――思いはすれど口にはせず、ガウスの提案に困惑しつつ、先に動き出したガウスに引っ張られる形で男も酒場へと急いだ。
1
「テメェこのっ、一体なんなんだよ!?」
「ごるぅぅぅうっ」
「お前ェ! もっと力込めろおっ」
穏やかな橙色の光に包まれ、天井では空気を掻き回す羽がゆっくりと回っている酒場の店内。幾つかのカウンターと丸テーブルと椅子には疎らに人がいて、しかしそんな彼らの手は食事と酒から遠離っていた。彼らの視線が向かう先は出入り口近く、そこは二階への階段の隣に置かれた席である。
声を荒げる客が居た。件の席に座っていた客である。彼の手には銀に輝く三つ叉のカトラリーが両手で握り締められており、それが突き刺しているのはよく焼かれた大きな肉塊。しかしそれは今、千切れる限界まで引き延ばされてあろうことか宙ぶらりん。
何故そうなっているのか。それは肉塊の向こう側をベイクの口が咥えているからである。そしてそんな彼の両足を別の客が抱え肉から引き剥がそうと引っ張っていた。その様は肉塊とベイクで出来た橋か綱のようであった。ベイクの足を持つ男が嘆く。
「このヤロウ、めちゃくちゃ力強ェんだよっ」
「俺の肉がどうなっても良いのかァ!?」
「あんたの肉なんかどーだって良いけどよおっ」
「俺はヤなんだよおっ、俺の肉だっ、俺のメシぃ!!」
「ごぉるるるるっ」
ちっきしょう~~っ――大の男が二人、まだ小さい子ども一人を制することが出来ない事実に悲鳴を叫ぶ。
そしてレアはと言うとベイクのように取っ組み合いこそ繰り広げてはいないものの他の席の客と睨み合いをしていた。狙いはやはり肉で、客はせっかく買ったものを奪われまいと肉の乗ったプレートを腕に抱えるように隠して両目でレアを威嚇している。こちらは隙を見せた方が襲われる膠着状態といったところか。
一周回るとまるで見世物のようにも思えてくるのか、巻き添えを食わぬように遠巻きに見ていた他の客らは彼らの騒動を面白可笑しそうに見物し始めていた。そこにガウスと帽子の男がやってくる。
「ほっ、まだ誰も殴ってねえみたいで良かった……」
「あの子ども、知り合いか?」
「知り合いっつーか、連れっす……」
ため息を吐いて大きくうなだれたガウスがベイクの許へと歩み寄り、吊られて上下にふらふら揺れている彼の頭を拳骨で以て殴り付けた。
目の前に星が舞ったベイクは肉を口から放し、突然のことに驚いたベイクの足を引っ張っていた男はその手を離し、ベイクがフローリングの床に落下。肉を引っ張っていた男は勢い余って転倒し、宙に舞った肉はあろうことかレアの方へ。
そしてちょうど良く振り向いた彼女も飛んでくる肉に気付き口を開く。肉は彼女の口腔へと飛び込んで、はみ出た部分まできっちりレアは口腔に収めて、しばらくの咀嚼のうち頬張っていた頬が萎んで喉が揺れる。
ああーっ――と、たんこぶを作ったベイクと肉の男が驚愕と落胆の悲鳴を上げる中、一息吐いたレアはウインクなどしてみながらわざとらしくも言うのだった。
「はぁーっ、ごちそうさま! 美味しかったデス♡」