PART7
目指すはクラリス――とは言ったものの、三人の移動は徒歩によるもの。立ち入る者もほとんどおらず、付近に村落も街もない竜骸山脈から来る馬車も無い。
「ぬぉぉおおっ!!」
「まっ、待っちくりぃ〜……!」
何もない、誰もいない廃れた街道を、土煙を上げて暴走するのはベイクとレアの竜人二体。後をへろへろになりながら追い掛けるのはガウスである。
しばらくは互いにじゃれたりガウスと話したりして暇を潰していた二体であったが、それらに飽きたとき、二体は特に意味も無く走り出したのである。
駆けっこと言うよりは本当にただ全力で走り続けているだけ。両目をこれでもかと剥いて雄叫びを上げて、両手両足を思い切り振り上げ二体は並んで走る。走り続ける。ガウスの掠れた懇願もどこ吹く風だ。
「くぅぅおおおっ!!」
すっかりガウスを置いてきぼりにしたベイクとレアの前方を白い蝶々が横切る。すると二体は突如足を止めた。
魔導器の作用によって傍目からは人のものと変わらない彼らの両足であるが、その実は硬い鱗と鋭い爪を備えている。それが地面に食い込むことで急制動を可能とする。
完全停止し、遅れてやってきた土煙に巻かれる二体。ガウスは汗を浮かばせた顔でその様子を遠目に見ていた。風が吹いて煙が晴れる。
「ぜぇぇいっ」
「ごぉぉおっ」
威勢の良い掛け声。レアが横薙ぎに振るった右の上段蹴りをベイクは左腕で受け止める。お返しにとベイクは左拳を突き出した。狙いはレアの顔面。躊躇は無かった。
しかしレアはそれを首を捻り回避する。そのまま彼女は転身し、再びの右足を旋回の勢いを乗せてやや下方からベイクの顎に目掛けて放つ。彼女の踵がベイクの顎へと突き刺さった。
――かに見えたが、吹き飛んだベイクは両手を使いレアの蹴り上げを防いでいたらしい。負傷は無く、無事着地を成功させた。
「イヤだねぇ、竜の闘争本能ってやつ……?」
その後も打ち合いを繰り広げる二体を懐から取り出したハンカチで額の汗を拭いながら見守るガウス。
技の速度と切れに優れるレアであるが、やはり膂力ではベイクに劣り、攻撃を受けながらも強引に接近するベイクを突き放すことが出来ない。
やがて捉え、レアを軽々と背負い投げにして同時に落ちてくる彼女の頭に膝を放つベイクだったが直前に閃光が迸り、炸裂音と共にベイクが脇の草むらへと吹き飛んでゆく。
彼の許へと駆け寄ったガウスが逆さまになって目を回したベイクを引き起こし、次にレアの許へ。レアも道端に仰向けに倒れていたが、彼女は咄嗟に放った魔術によってベイクの技から逃れており無事だった。
「危ないとこだったー……」
「落ち着いた?」
「別に、わたしたちずっとれーせーでしたけど?」
「ふつーサ、冷静なヤツが人を頭から落としたり魔術ぶっ放したりしますかねぇ……。呆れちゃうよ、まったく」
埃塗れになるのも気にせずに地べたを転がってうつ伏せになったレアは地面に両肘を突いて手で頭を支え、地面を這うアリの一匹を観察し始める。
やがてベイクも意識がはっきりしてきたのか一度かぶりを降るとガウスを離れてレアの眼前にどかりと腰を下ろしてあぐらをかく。するとレアがあっと声を上げた。
「ちょっとベイクぅ? アリを下敷きにしないの」
「アリぃ? 見えなかった……悪ィ……」
尻を持ち上げ、下を確認するベイク。幸い小さなアリはベイクの尻の合間にあって難を逃れたようで、慌てて何処かへ行ってしまう。ベイクは一息吐いて頭を掻いた。
「……なぁ、ガウス」
「街ならすぐそこ」
「マジか!」
「クラリスじゃあねーけどな」
「なにか食べられるならなんでもいーよ〜っ」
竜人の活力は凄まじいが、同時に消費も凄まじい。満腹は半日と保たず、鹿肉を食べてから一日近くろくなものを食べずにいた二体の空腹は限界であった。先程の奇行は苦し紛れのまさに暴走だったのだろう。
しかしガウスが指差した方を向いた二体は飛び起きて両目を輝かせる。遠くに煙が上がっているのが見えたからだ。
二体は顔を見合わせ同時に頷くと身を屈めた。何か嫌な予感を覚えてガウスが二体に声を掛けようとした直後、ガウスの「ちょっと」という一言を合図とするようにベイクとレアは再び全力疾走を開始するのだった。
ぽつんと置いて行かれたガウスはうなだれ、わざわざ「とほほ……」と口にしてしまった。