PART4
「極上の獲物を逃がしておいておめおめと帰還か、ゴウテン」
天狗面のソウジは制圧された骸骨村に姿を見せたゴルドンの前へと立ちはだかるとそれは威圧的な調子で言った。
だがゴルドンは彼の嫌味にも動じず、むしろ挑発するかのように憎たらしげな笑みをして鼻を鳴らし言い返した。
「“天”の名も獲られんくせに随分と調子良いじゃないか? なぁ、“ソウジ先輩”? なんなら追い掛ければいいじゃないか。捕まえられたらお前も仲間になれるかもなあ?」
「ッ……言わせておけば――」
「良い気迫だ。少しは成長したようじゃないか、“ソウジ”くん。今なら私からこの下らん名前を奪えるかもしれんなぁ?」
ソウジが天狗面の内側に隠した表情は窺い知れないが、仮面ですら隠しきれないその怒気は全身より発されていた。それを受け止めるゴルドンはどうか、彼の笑みはただの形だけである。ベイクらと戦っていたときのような生気に満ち満ちたものとはまるで違う、死相とでも呼ぶべきものであった。
そんなゴルドンの表情を前にしてソウジの怒りは更に加熱される。まるで自らを無意味と蔑まれているように感じたからだ。
遂に膨れ上がった怒りを抑えきれなくなったソウジの右手が動き、腰に差した得物へと瞬時に移る。そして柄を五指が握り、鯉口から秘められた白刃を解き放った。
「――愉しそうであるな。どれ、儂も混ぜてもらおうか」
ソウジの神速の所作が停止していた。解き放たれたはずの白刃は再び鯉口へ出戻り、柄を握りしめた右手は微かに震えていた。
何故か。それはゴルドンの右足が柄尻を押さえ込んでいるからである。ソウジが剣を抜き放とうとした刹那にゴルドンの右足も跳ね上がり、刃が駆ける前に蹴り戻したのだ。
ゴルドンはそんな攻防の最中に飛び込んできた声へと応えた。ソウジの背後、床几に腰を据えた朱色の巨躯――シュテンに。
「それで? あんたからはどんなお言葉が頂けるんでしょう」
「何も。働かざる者食うべからずと云うのだ。勝手に遊び歩いっておった貴様には口一つとして何もやらん」
手厳しいねぇ――シュテンの言葉に肩を竦めたゴルドンはそう言ってソウジの剣の柄尻から足を退ける。シュテンが口を開いたため、ソウジは口を噤みシュテンに前を譲った。
「んじゃ、私ゃクビってわけですか」
その場でシュテンと相対したゴルドンは前髪を弄りながら、ようやく笑みにそれらしい色を付けて言う。口調は相変わらず人を食ったようで困惑も焦燥も無い。それに対してシュテンは鼻を鳴らした。
「いんや、貴様には別の形で責任を取ってもらう」
「……というと?」
「逃した竜人、追って捕らえるべし」
「あぁ……ま、そりゃ構いませんがね。彼のシュテン様ともあろうお方が拘りなさる。子どもはついでだったでしょう?」
対した処罰でもなく、拍子抜けしながらゴルドンが言うとがははとシュテンが笑う。ぎらりと金色の双眸が輝きを放ち、筒状になった指先が特徴的な手を持ち上げ拳を彼は握りしめた。
「ゴウテン、貴様が逃すほどの凄玉。金持ちどもの玩具にするには惜しいとは思わぬか?」
「それで今度はあんたの玩具にしようってわけか」
「くはっ、そう言ってくれるな!」
欲しいのは金や地位ではなく“力”。シュテンの主義であった。
ゴルドンは彼が“竜狩り”に甘んじていることに常に疑問を懐いていたが、この会話で一つの確信を得た。あまりにも無謀であるが、シュテンであればやりかねないとも彼は思う。
となれば自分もまたその“力”の一つだというのか――ゴルドンの表情が曇った。彼にとってシュテンは越えるべき壁であり踏み台。もしも利用するというのであれば……
「して、何を見た?」
「……なに?」
「どうせ鎧殻の見たものなど暴かれるのだ、隠さば身のためにならぬぞ」
渦巻く疑念にゴルドンが黙っていると、不意にシュテンが突き付けた問い掛けに彼の眉が歪む。
何処まで人を見透かそうというのか。ゴルドンは気に食わなかった。いまだシュテンという壁は高くそびえていたからだ。
しかしシュテンの言うとおり、鎧殻は着装した者の見たものを記憶する。そしてそれを抽出する技術を“帝国”は持っているのだ。報告すればお手柄、隠せば反逆。ゴルドンは観念する。
「竜人の子ども二人の内、女の方は魔竜だ」
「ほう、値打ちものだのう。それで?」
「ふん、“極光”の魔竜だよ」
“極光”かよ。と、シュテンが声を張った。そしてかくりとうつむいた彼の張り出した肩が揺れる。鬼面の口許を押さえる手を見るに笑っているのか、ゴルドンは口の中で舌打ちし踵を返す。
ソウジがゴルドンに何処へゆくのかと声を掛けたが彼はそれを無視し、白ずくめと共に二人の元を離れるのだった。
1
――骸骨村を出たゴルドンは通路を警戒している天狗面たちを下がらせる。そして白ずくめと二人になると声を荒げた。
「クソが、シュテンの野郎。何処まで俺をコケにするつもりだ」
そして側にあった木の幹を殴る。鎧殻の膂力から繰り出された拳は樹皮を容易く砕き、幹の中へと拳を丸々めり込ませる。
荒れるゴルドンの様子に、頭巾を外した白ずくめのエルフが静かに声をかけた。
「お気をつけくださいまし、発した言葉も鎧殻には聞かれておりますれば……」
「分かっている。クソッ、奴隷をしている方がマシだったな」
彼のその言葉に、それまで表情を変えることなくまるで人形のようであった白ずくめのエルフが眉をひそめ唇を歪めた険しい表情に変わる。
「滅多なことを言わないでくださいまし。今の貴方様には未来がございます。耐えるときなのです、今は……」
拳を引き抜き、すれば白ずくめへと振り返るゴルドン。一切の余裕や笑みの無い彼の表情、鋭い双眸が彼女を射る。
負けじと彼女もまた彼を見遣り、視線が交錯するとはじめに逃れたのは意外にもゴルドンであった。
彼は彼女に小さく力の無い調子で「分かっている」とだけ返した。そうして草木のざわめき以外無い沈黙の中を二人は撤収の伝達が届くまで過ごすのであった。