PART3
まずはその身なりからなんとかしないとな――少し酒が回ってきたのかガウスはベイクとレアの意見を聞くことなく、二体を自らの旅に同行させることを前提に話を進めた。
「竜人ってな手足がでっけーし、鱗やら角やらで下町のおてんば娘くらいツンケンしてやがるのかぁ。んだもんでそんな大胆な格好してるワケだ。りょーかいりょーかい!」
まず両手の人差し指と親指でガウスは眼前に四角い枠組みを作り、その中に怪訝な顔をしている二体を収めては饒舌に言葉を連ねる。そして絵画のようになった二体の格好に注目した。
「まずベイク。おたく軽装つーかズボンしか穿いてないってそれマジか。上マッパの膝下丈のズボン一丁! 良いねぇ、若いって。俺も昔はそんなだった……かもな。ケド、外套くらい羽織ろうね。ちょっとお姉さんたちには刺激強めかも」
「あン? おまえ、なに言ってんだ……」
お次はっ――何やら意味のわからないことを言われたベイクの不満を無視して、彼の次にレアを枠組みの中央に据えて注目するガウス。それに負けじとレアは腰に手を当て薄い胸を張った。
「レアは……まぁそうだよな。流石にマッパはマズい」
「わたしは別にマズくないけど?」
「いやマズいでしょ。つかヤバい。その服、ワンピース? 一枚布に穴空けて首通してるだけっしょ、ソレ。両サイドがら空きで、風が吹けば飛んでっちまいそうだ。丈も短いし、尻尾通す穴も空けてさ、帯で留めればお尻も隠せる一石二鳥」
「動きやすくないと、ヤ」
レアの意見も当然無視。ガウスは傍らに置いてある自らの荷袋を解き、中身を漁り始めた。彼の様子を見てベイクとレアはどちらも眉を下げ肩を竦める。
そしてガウスが荷袋から引っ張り出してきたのは幾何学的な模様で染められたポンチョと、馬か鹿のような動物の象形文字が刺繍された帯であった。
それを片手に纏め、二体を手招きするガウス。にやけ顔をする彼であるが、ゴネても仕方ないと思った二体はそれこそ仕方がないといった様子でガウスの許へ行くのだった。
「馬子にも衣装って言葉があんだけどよ、いやまさにって感じだなぁ。まぁ意味は知らねんだけどさ」
「なんかくすぐってぇよ……」
「わたしもお腹くるしい〜ぃっ」
ベイクにはポンチョを着せて、レアは着ている貫頭衣に帯を締める。おかげでベイクの肌はほとんど隠れ、レアも服がめくれることはなくなったがベイクは衣擦れの違和感を拭えず、レアはそれまでなかった圧迫感に尻尾を振り回していた。
だがやはりというべきかガウスはそんなことお構い無し。続いて彼が取り出したのは白金のアームレットだった。それには丸薬程度の大きさをした丸い紫色の宝石が嵌め込まれており、幅広な本体の縁には何やら紋様が彫刻されていた。それを二つ。
「わぁ……きれーっ! ねねっ、ベイク。わたしこれ好きっ」
「むぅ、確かにこいつは中々……。キラキラしてて中々……」
しかしそれまで不機嫌そうにしていた二体の態度がアームレットを見てから一変。装飾品を見るそれぞれの黄金と七色の瞳に輝きが増し、視線が釘付けになっていた。
「ほほーん、ドラゴンは財宝に目がないっつーけど、竜人も一緒だったワケだ。なるほどなるほど……」
そんなベイクとレアを見てガウスはいたずらっぽく笑い、手にしたアームレットを右に左に動かす。二体の視線はまるで猫のようにその動きを追い続けていた。
「ちょっとガウスっ、それも着けさせなさいよ!」
「オレはどっちでもいいけどよ、着けろっつーなら……ほら」
特にレアはアームレットをいたく気に入ったようで目で追うばかりではなく手を伸ばして、なんなら奪い取ろうとすらしてガウスの前をカエルかバッタのように跳ねていた。
対するベイクはと言えばレアほど執着を見せていないと装いつつ、視線はしっかとアームレットを捉えて離さず。初めて自ら着用する意思を示し手を差し伸べたりしている。
ガウスは手を上げてレアに奪われないようしながらにやけ面を隠すことも誤魔化しもせず、しばし二体で遊んでからようやくアームレットを手渡すのだった。
そのアームレットは完全な円環ではなく途中で途切れており、二の腕に押し付けてやればそれで装着は完了した。
満足そうにしているベイク。レアも同じであるがはしゃぎ様は彼の比ではなく、お互い右腕に装着したそれに焚き火の灯りを当てて照らしては反射して輝くアームレットの白金と宝石を眺め続けていた。
すると彼女はベイクの前へと躍り出て、その場でくるりと一回転して見せた。困惑するベイクに彼女は右腕を強調しつつ言う。
「どーぉ? 似合ってるでしょっ。わたし、イケてる!?」
「おおっ、その飾りスゲえイケてるぜ」
「でっしょ……お……ってぇ、なんですってえーっ」
一瞬こそ得意そうな顔をするレアであったが、ベイクの意地悪に少ししてから気付きすると怒鳴り声を上げた。
彼女の思った通りの反応にベイクは満悦。怒り散らし襲い掛かるレアを軽い身のこなしで避けては舌を出して笑っていた。
二体のそんなやりとりを見ていたガウスも満足そうであったが、ふと彼らが“竜狩り”に襲われた生き残りであることを思い出した。
「しっかしお二人さんは元気――ああ……」
そして言葉を紡ごうとして、そして気付く。ベイクがレアの顔面を押さえて突撃を止めながらそんなガウスに「どうしたんだよ?」と声をかけると、ガウスはかぶりを振った。
きっと弱みを見せないように強がっているのだろう。それは自らが警戒されているということでもあって複雑な気分ではあったが、ここは二体の気持ちを汲むべきだろうとガウスは思って、何も言わず酒瓶をあおる。そして瓶を口から離すと中でちゃぷと水の跳ね、中身が少ないことを知らせていた。
ガウスはそのことを寂しく思いつつ話題を変えた。
「その腕輪は“魔導器”つって人間が魔術を使うためにゃ欠かせない一品なんだが……」
「魔術? 魔術ならこんなの無くたってつかえるよ。わ・た・し、な・ら・あ・?」
「イヤミな言い方すんじゃねえよ……」
ガウスが述べたのは二体に渡したアームレットについてであったが、彼の言葉を遮ったレアが自慢気に言った言葉、それに含まれた刺にベイクが反応した。意地悪したベイクへの仕返しだ。
「……っぽいな。人間とオーク、あとドワーフは原則魔術が使えねえ、魔力はあっても使う能が無いからな。使えるのは竜人とエルフ、それと一部の人間か。だが魔導器がありゃあ、オークを除いて誰でも魔術が使えるようになる」
そこまで言ってガウスは「けどけどぉ」と区切り、呆然とする二体にちっちっちっと舌打ちを繰り返し、立てた人差し指を左右に揺らす。
「そんなモンを魔術を元々使えるおたくらに渡したのには、そりゃあガウス様にゃ深ぁ~いワケがあるワケだ。つ・ま・りぃ? その魔導器は“特別”ってワケよ!」
特別の部分を復唱するベイクとレア。ガウスは繰り返し頷きながら二体の側へ歩み寄り、ベイクの首を相変わらず絞めるレアの右腕に嵌められた魔導器の宝石に人差し指で触れた。次の瞬間、レアの表情が驚愕の色に染まる。ベイクもだ。
「――うそっ、腕が!」
「どうなってやがる?」
どういうことか、肥大化し鱗に覆われたレアの腕が人間と同じ形に変わったのである。驚いてベイクを放してしまうレア。彼女はほっそりとして肌色に染まり、鱗と鋭い鉤爪を失った自らの腕をまじまじと見詰めて目を白黒させた。
「……っ! オイ、レア! 腕だけじゃねえぞっ」
「へっ……あっ! 足もお!?」
「尻尾もだ! あ、あと牙っ」
「ほっ、ほんほは……!」
ベイクに指摘される度、レアが様々な反応を見せて飛び跳ねた。腕同様に足からも鱗と爪が無くなり、牙も、あろうことか尻尾すらも消失してしまっていて、つまるところレアは人間となんら変わらぬ姿に変身してしまっていたのである。
得意になって鼻も高々、ガウスが声を上げて笑った。
「それが特別のワケってワケよ! その魔導器には着けたヤツの姿を変えちまう不思議があんのよ。驚いたかって、驚いてるか。でも安心してくれ、無くなったわけじゃあねえ」
触ってみ――ガウスがベイクへと告げる。彼の言葉に小首を傾げていたベイクは取り敢えずと言う通りに動き、レアのそれまで存在していたはずの尻尾、それがあった場所へと手を伸ばした。
すると彼の手に何かに触れた感覚があった。ベイクの口から唸り声が漏れた。レアからも驚嘆が飛び出す。
「まさか、見えないだけかっ」
「そそっ。正確には“騙してる”だけどな。手なら触っても柔らかいって感じるはずだぜ?」
「……すっご~い」
ガウス曰く、二体の着けた魔導器は装着者の見た目を偽装するだけでなく、取り込んだ魔力を催眠効果のある魔術に替えて放出し感触まで替えてしまうのだという。
「竜人は目立つからな。旅するならその方が都合が良いんだ。普段は外すか、核石に触って魔導器を封じておいても良いぜ。ただし、人の街に入るときは忘れんな?」
魔導器の使い方をガウスが二体に説明する。使い方は単純で学の足りない二体でも理解出来たようだが、突如沈んでしまった二体の表情にガウスは「おっと……」と口を閉じる。
ベイクもレアも“竜狩り”についてのことを気にしないよう努めている最中。それなのにガウスが間接的にではあるが連想させるような言い方をしてしまったせいでその努力を無駄にしてしまったのだ。
彼はばつの悪さに耐えられず酒瓶を口にする。そしてすぐ中身が空になり、これ幸いと苦笑して言った。
「……酒も無くなっちまったし、寝るとしますかね。おたくらもぼろぼろなんだから、あんまはしゃいでないで休みなさいよ」
静かになった彼らにガウスは苦し紛れの苦笑を改め笑いかけ「俺が気を付けとくから先に寝ちまいな」と告げる。もしかしたら信じてもらえないかもしれないとガウスは思っていたが、弱って静かになったベイクとレアは無言のまま頷くのだった。