PART1
絢爛豪華な白亜の城がそびえ立ち、桜の花びらが風に乗って舞い散る中、赤と黄色のチューリップで出来た花園が絨毯のようにどこまでも広がっていた。
それを城の中程にあるバルコニーから見下ろしているのはレアだった。ピンクの愛らしいドレスに身を包み、色んな色の宝石がついた首飾りをして、頭上にはきらびやかなティアラがにこやかに笑う太陽の光を受けて輝く。彼女の顔にも勿論、笑顔という花が咲き誇っていた。
「早くきて! わたしの王子さまぁっ!!」
次の瞬間には花畑の中にいるレアはくるりくるりとスカートを踊らせながら回り、両腕を広げて空を仰ぐ。晴天の青色には魚やイモムシ、骨付き肉の形をした雲がまったりと泳いでいた。
嬉々とはしゃいだ彼女の声に「待たせたな」と応えがあった。巻き起こる花吹雪。レアが振り返るとそこに真っ白なタキシードを着たベイクが佇んでいて、そのときにはレアの格好も純白のウェディングドレスへと変貌を遂げていた。
「ああっ! ベイク、ステキ! カッコイイーっ!!」
情熱的に赤いバラを胸元に挿し、白い歯を覗かせて不敵に笑うベイクへとピンク色の熱視線を放ったレアが彼に飛びかかろうとする。すると何やら遠吠えが聞こえて、またたく間に青空が灰色に染まった。
そして何処からともなく現れたのは前髪を垂らした狼男。狼男はにやにや嘲笑いながらベイクを浚うと何処かへと去ってゆく。
その事態に目を丸くするレアであったがはっとして我に返ると猛烈な勢いで闘争する狼男を追いかけ始めた。
「くぉらぁぁあっ! わたしのベイクを何処に持ってく気よーっ」
レアの足はとても速かったが、やがて花園の花たちが枯れ始め、踏み外したような感覚を覚えて自らの足元を見たレアの目玉がぎょっと見開かれた。地面が無くなっていたのだ。
代わりに見えるのは渦を巻く激流。落下するレアは手足をばたつかせ抗うが、徒労だった。上を見上げたレアの視界に、彼女を嘲笑う狼男が映る。
こめかみに血管を浮かび上がらせてレアは叫んだ。
「――こ〜の、どろぼーいぬ〜〜ぅっ」
ぐおんと勢い良くレアの上体が起き上がる。「あっ、起きた」と聞き慣れない声に彼女の首がその方角へと向く。焚き火に当たる男が一人、いた。
シャツの半袖から覗く腕は筋肉質で、柔和そうな顔は二十代半ばかそれくらいに見える。肩に掛かる程度に長い赤毛で、その一部を後頭部で一つに結っていた。
レアは男を見て「ベイクは?」と寝ぼけ眼と舌っ足らずで問うと、男はちょいちょいと焚き火の向こう側を指差した。
「ん、起きたか」
男の指先を追って首を回したレア。いつも通り上半身裸で地面に胡座をかいたベイクが焼いた骨付き肉にかぶりついており、彼はレアと視線が合うと肉を加えたまま不明瞭な言葉を紡ぐ。
「狼男は?」
「んぐっ……。おおかみおとこ? 知らねえよンなモン」
骨から肉を剥ぎ取り、口内に頬張るほど詰め込んだ肉を咀嚼して飲み込んだベイクはレアの続けざまの問い掛けにぶっきらぼうな調子で応えた。
霞みがちな目を擦り、それからあくびをして滲んだ涙を拭うために再び目を擦ったレア。鱗で目元を傷つけない動きは慣れたものであった。
そして空を見上げる。満天の星空が木々の枝葉の合間に見えた。ぐうと彼女の腹が鳴いた。
「嬢ちゃんの分もあるぜ。こっち来て食べなよ」
男は恐らくは脚であろう骨付き肉の骨の部分を布きれで包み、焚き火から取り上げるとそれをレアへ差し出しつつ手招きした。
胡散臭い笑みが男の顔にはあったがベイクも既に食べていたのでレアも食欲に任せて地面を四つん這いで這い焚き火に近寄り、男から肉を受け取った。そしてベイクと異なって牙の揃った口腔を開くとがぶりと肉へかぶりつくのだった。