PART10
泳ぐにはあまりにも疲弊しきり、激流は容赦無く小さな体を揉んだ。
岩が肉を打ち骨を軋ませ、肌を裂く。口腔と鼻腔に押し寄せた水は胃にだけでなく気管にまで満ちて呼吸を遮った。
回る景色は時折水泡に白く染め上げられ、たまに見える空を空と認識することが出来なかった。
足は水底に届かず、伸ばした手は何ものも掴むことが出来なかったが、それでもレアの右手はベイクをしっかと掴み続けていた。
泳ぎはいつだってベイクの方が上手で、人一人抱えて泳ぐことも彼にならば可能だった。しかし今、ベイクは意識を失っていて頼りにはならない。
レアは昔、自らが川で溺れたときのことを思い出していた。今の状況が彼女にその記憶を想起させるのだ。その記憶から助かる方法を見つけろと。
だがその時に彼女を助けたのは他でもないベイクだった。
今は頼れない。かつての記憶はしかし、彼女に活力を与えることに成功する。今度はわたしが助ける番だと。
レアは今一度、しっかとベイクを腕の中に抱え必死に左腕と両脚を動かした。何度も沈んで、出来ない呼吸をなんとか行いながら、水中を流れに揉まれながらも、何度も左手で石や木の枝を掴もうと試みた。
だがそうしている内に彼女の後頭部に衝撃が走った。張り出した岩肌と激突したのだ。
それで意識は失わなかったが、突然の痛みに混乱を起こしたレアは遂に溺れてしまう。一気に口と鼻を通って水が体内に押し寄せた。
苦痛に彼女は自らが沈んでいることにも気が付かず、ただひたすらベイクのことを抱え離さないようにして助けを願い、奇跡を懇願しながら、そうして彼女は意識を失うのだった。