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PART1

 世界を穿き、遥か天空をも越えてゆく巨大な塔。

 “世界樹”と呼ばれたその塔が、果たしていつからこの世に存在しているのかを知るものは、それこそこの世には存在しない。


 ただそれはそこに在り続け、ただそれはそこで世界を見下ろし続けている。悠久の昔から、彼方の未来まできっと、ずっと。


「あのてっぺんからなら、なんでも見付けられんだろうなぁ」


 暗い赤色の髪をした上半身裸の少年、ザガン・ベイクは山の木々の中でも一番背の高い松の木の、一番高いところにある枝に腰を下ろし独り言ちた。


 垂らして揺れている両足は膝から下が太く広く、赤黒い鱗に包まれ五本の指には鋭い鉤爪が生えていた。青いリンゴを鷲掴みにする手もまた同じく、肘から先が肥大化していて鱗に覆われている。だが手の指先にあるのは人と同じ丸い爪だった。


 リンゴを囓るのは牙ではなく歯で、彼方に薄らとしてそびえ立っている“世界樹”を見詰める眼は黄金。そして黒い瞳孔はヘビのように縦に鋭く切れている。


 人と竜とが交配し誕生した第五の種族、“竜人”である。

 リンゴを食べ進めながらしばらく呆然と“世界樹”を眺めていたベイクであったが、そのとき、下の方から彼を呼ぶ声があった。


 その呼び声に気がついて、食べ終えてから下を向いたベイクの目に銀色の髪をしたベイクと違い“衣”を纏った少女が映った。


「また見てるのー?」

「聞くまでもねぇ事、聞くんじゃねえよ」


 少女の問い掛けに素っ気なく答えたベイクは残ったリンゴの芯を放る。そして再びその黄金の瞳を霞む“世界樹”に向けた。

 “世界樹”といってもそれはベイクが今身を預けている松の木や、樹木の類いとはまるで違う。


 それはまるで岩のように冷たい色をしていて、枝葉を持たず、言うなれば塔のような姿をしていた。では何故それが“世界樹”などと呼ばれているのか。それを知る者は居ない。


 かすみがかって薄らとしか見ることが出来ないほどに離れているにも関わらず、頂点部分は遙か天空の向こうに隠れてしまうほど長大なる“世界樹”。

 それへとベイクは憧憬の眼差しを向け続ける。それは物心がついてからずっとのことだった。


「――だから言うまでもないって? ねえ、ちょっと!」


 そしてまた少女の声が、今度はベイクの右隣から聞こえた。声のした方に彼が顔を向けると、やはりすぐ隣に少女の顔があって、彼女の虹色の瞳がベイクを映していた。


 バジラ・レアと云う、その少女もまた竜人であり両手足に鱗と鉤爪を備え、さらに彼女は尻尾も持っていた。彼女は手足の爪を使ってベイクのところまであっという間に登って来たのだった。


 ベイクの返答を不服としてふくれっ面をして言うレアに、ベイクは徐に右手を差し伸べた。そしてその手でレアの両頬を押し潰す。ぶぅと間抜けた噴気音がレアのひょっとこ面からして、ベイクが笑う。レアは両目を剥いて顔を赤くした。


「っ、こにょ……!」

「はっ、悔しかったら捕まえてみなっ」

「ベイクっ!!」


 ほいっ――掛け声を上げてベイクは枝から身を投げた。彼をその瞬間に捕まえ損ねたレアは、枝から枝へと跳び移り移動するベイクの背中を見て歯を剥いて唸った。


 そうして彼女もまた、ベイクに負けず劣らずの身の熟しで樹上を跳び回り追い掛けてゆく。

 “竜骸山脈”。その中の山の一つが二体の庭で、世界だった。

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