初戦闘
いつまでもうじうじ考えても仕方ないと割り切った俺は、森の中を歩き始める。
無闇に歩き回るのは危険かもしれないが、マップが開けない以上、ここでじっとしていても意味がない。
何より、ここがゲームの世界なら、魔物が存在しているはずだ。ここでじっとしている方がよっぽど危ない。
「せめてここがどこか分かればなぁ。なんか見覚えはあるけど……」
歩き始めて10分くらい経った。
やはり、ここの場所には見覚えがある。
とあるエリアに非常に似ているが……そこはこんな穏やかな場所ではなかった。
いや、まだ確証はないけど。
「……うん?」
そこで俺は、地面に微かだが足跡が残っているのを見つける。
本当に微かだが、人の足跡だ。
しかも小さい。恐らく子供の足跡だ。
「昨日までの俺なら確実に見落としていたよな……スキルのおかげか?」
俺の持っているスキルの一つ、『感覚強化』。
文字通り、五感を強化するスキルであり、探索や戦闘にも役立つ汎用性の高いスキルだ。
そのため、MIDNIGHTのほぼ全てのプレイヤーが持っていたスキルだ。
「にしてもこんな森の中に子供1人で……しかもこれ、左足を怪我してるな」
左足の方は引きずってるような跡が残っている。
そして、僅かに匂う鉄臭さ。
間違いなく、血の臭いだ。
もしかして……。
「『感覚強化』が使われているんだ。なら、他のスキルだって」
俺は一息つき、目を閉じて集中する。目で見える情報だけではダメだ。
感じるんだ。
さらに遠くの遠くまで、この森の端まで……。
「……いた」
ここから約500m先に小さな気配を感じる。
「上手くいったか。『気配探知』が」
『気配探知』は戦闘向けのスキルだ。
周囲の生き物の気配を感じ取ることで、奇襲を仕掛けたり、逆に奇襲を回避したりできる。
また今回のように、はぐれた仲間と合流する際にも使用される。
(呼吸が乱れている。走っているのか?……! いや違う!!)
小さな気配のすぐそばに別の気配を3つほど感じる。
間違いない、追われているんだ。
(どうする?スキルは使えるようだが、確実に戦えるという保証はない。それに、ここに生息する魔物が俺より強い場合も……)
考えれば考えるほど、負の感情が湧き上がり、それに呑まれていく。
「だれかたすけてぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
(っ!! ざけんなくそがっ!)
子供の悲鳴に近い叫びを聞き、俺は全力で走り出す。
戦えるかどうかで悩んでる場合か!
子供が1人、危ない目に遭ってるのを見捨てるなんて、そんなのカッコ悪いにも程があるだろ!
全力で地面を蹴り上げると、あまりの威力なのか地面が抉れている。
しかし今は、そんなことを気にしてる場合じゃない。
(! いた!)
そこには、フードを被った子供が腰を抜かしている。服もボロボロで、予想通り片足は溶かされたような怪我をしている。
そして子供の目の前には大型の蟻がいた。子供とほぼ同じ大きさであり、間違いなく魔物だ。
「やだ……だれか」
蟻の1匹が、子供に襲いかかる。
「うわああああああああ!!」
俺は子供の目の前に立ちはだかり、襲いかかる蟻を蹴り飛ばす。
「っし!」
俺の蹴りをもろに受けた蟻の頭は吹っ飛び、「ドガン!」という強烈な音が響く。その勢いのまま近くの木にめり込んだようだ。
「……え?」
子供は何が起きたのかわからないような表情を浮かべる。フードでわからなかったが、よく見れば実に可愛らしい顔立ちをした、女の子のようだ。
「よく頑張ったね。もう大丈夫だよ」
俺は女の子を安心させるために、笑顔を向ける。
「あ……」
どうやら一旦泣き止んでくれたようだ。残った蟻を倒すために、前を向く。
「カチカチカチ」
大型の黒い蟻。
間違いない。こいつはビック・アントという魔物だ。
LV5と序盤にでてくる弱い魔物だが、それはあくまでゲームの話だ。
人間の子供とほぼ同じ大きさの蟻は、現実にいたら危険極まりない。
ましてや、こんな幼い子供では格好の餌食だろう。
(というか、俺もびびるかと思っていたけど妙に落ち着いている。これは『精神異常無効』のおかげか?)
『精神異常無効』は魅了、恐怖、憔悴といった行動デバフの効果を軽減するものだ。
最大レベルまで上げているため、ゲーム内では行動デバフは実質無効化状態となっていた。
(スキルは適用されている。そしてさっきの全力疾走、ステータスも反映されていると考えられる。なら、戦闘はどうだ)
俺は腰に刺している、刀を抜く。
鞘も柄も純白の雪のように白く染められた、美しい刀。しかし、その切れ味は如何なるものも切り裂き、返り血でその身を赤く染めあげるという、恐ろしい刀。
俺のメイン武器、SSS級装備『雪女郎』。
(不思議な感覚だ。刀なんて振ったことないのに、何故かどう動けばいいのか、自然とわかる)
「カチッ!」
敵がお尻から酸性の毒を発射する。
「おせぇ」
敵が毒を発射するまでの動きが、とても遅く見える。まるでスローモーションの映像を見ているかのようだ。
避けたいところだが、俺が避ければ後ろの子供に当たってしまう。
なら……酸ごと斬ってしまえばいい。
「『閃空』!」
刀を鞘に納め、抜刀の構えを取り、高速で振り抜く。
斬撃が飛ばされ、2匹のビック・アントは酸ごと真っ二つになる。
「うぇ……気持ち悪い」
手足や顔をピクつかせてる様子を見て、思わず顔を顰めてしまう。
早々に視界から外し、後ろの子供に向きなおる。