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第17 本当の愛とキューピット

Yの住むオレンジコーポは、かつて畑だった空き地と、主を失った 

空き家に隣接している。 

若干薄気味悪い立地であるのだが、Yは、その静かさを気に入っていた。 

 

静寂が基本であるはずのオレンジコーポに、イカれた声が響き渡る。 


「俺を殺してくれえェえええっえぇぇ!ぅぬびっとッんぷぅーー!!!」 


俺の隣の号室の野島さんは、相当、キマってしまっていた。

というか見てて笑える。 

冴えない青年が、老婆に刃物を向けて喚いているのだ。 

どうせなら、美人を人質にとりたいものである。 

野次馬は10人いるかいないかという程度だ。 

その年齢層が高めなので、電子端末などでこの場を撮影している人が 

いないのは、不幸中の幸いかもしれない。 

いずれにしても、俺には関係ない。 

騒ぎが収まるまで、どこかで暇を潰そうか。 


しかし Yは、アパートの大家と不意に目が合ってしまった。 

Yはすぐ目線を外したが遅かった。 


「ああ! Y君!来てくれたのねぇ! 助けてーぇーー‼」 


くそ。 

目が合っちまった。 

おまけに俺の名前を呼びやがった。 ここは他人のふりだ。 

ところが大家が俺を追撃する。 


「Y君!その盤輪の制服を着た、一番背の高いY君‼ 

私はねぇーーーー信じていたよぉお君をぉ! 」 


やかましいわクソババア。 

大家に俺のパーソナリティを開示されてしまった。 

この野次馬の中で学校の制服など着ているのは俺だけだし、 

俺より背の高いやつもいない。 

 

こうなれば、俺も野島さんと一緒に錯乱してやろうか。 

いや、逃げるが勝ちというやつだ。

 

不審な挙動を見せようとしていたYに、声がかかる。 


「若者よ。声が聞こえるか?」 


「…はいぇ?」 


「胸に手を当てなさい。若者よ。」 


「……ッ?」 


警察っぽいオッサンに声を掛けられた。 誰だこいつ 

そのオッサンはなぜか充実した表情で、俺に語り掛けてくる。 


「私は、ここで状況を見ていることしかできない。しかし、若者よ。 

君には、君にしかできないことがあるのではないか?」 


「……はあぁ…」 


どこぞの首席監察官のようなセリフを言いやがる。 

でもこのオッサン、警察っぽい恰好をしている。 

ここで公権力に恩を売っておくのも悪くないかもしれない。 

豆腐屋の息子との一件もある。 

俺からは、紛争解決の素質が垣間見えているはずだ。 

 

「若者よ。いってきなさい。」 


「…はい。」 

 

Yは苦笑を集めている二人に向かっていく。 

説得の開始だ。


「野島さん!聞いてください!」 


「ぅむあぁ!? Y君かああぁ!」 


「そうです、Yです。野島さん。やめましょうこんなことは。」 


「そこで見ていてくれえぇ!!これが俺のカーニバルだあああああ!!!」 


なにゆうてんねんこいつ。超重○砲でも発射する気か。 

まぁ、続けよう。 


「野島さん、本当に良いのですか。」 


「…なんだと?」 


「あなたを思っている人が、どこかにいるはずです。」 


そんなことは知らないが、それらしいことを言ってみる。 


「君にィっ何がわかるというんだああ!」 


「わかります。あなたは悲しんでいる。でも本当に泣いているのは 

あなたの方でしょう! サンタマリアもそう言っています!」 


自分でも何を言っているのかわからなくなってきた。 

大丈夫かこれは。 


「ぬああああ!! Y君!!!君にも見せてあげるよおおぉお!!!‼」 


「…野島さん、あなたの大切な人は、たぶん近くにいます。 

もう一度、考え直してください。」  


「俺の…大切な……人?」 


「野島さん、素直になってください。 

前立腺で絶頂することは、決して恥ずかしいことではありません!」 


ヤベぇ 明らかに違うことを言っちまった。 

大家に何かあった場合、俺は責任を問われるのだろうか。 


Yの危惧の一方で、野島は落ち着きを取り戻し始めていた。 

そして野島は手に持っていたものを、地面に落とす。 


「……Y君、君のおかげで、自分が何をすべきかわかったよ。」 


「…え…?」 


「僕は、自分に素直になる。生まれ変わるんだ。」 


「…」 


何を始める気だ。 

俺は、野島さんの最後の一歩を踏ませてしまったのかもしれない。 

しかしながら俺の鼓膜に届いたのは、ぶっ飛んだ言葉だった。 






 


 





「大家さん! ずっとあなたが好きでした!」 


 

 


は? 


 


 

「…そんなぁ 野島さん。私、もうおばさんですしぃ…」 


いや、おばさんすら、既に通り越している。 


「そんなの関係ありません‼ 僕は、あなたに救われたんです!」 


「…野島さん…嬉しいですぅ…。」 


「…実は、大家さんと近所の高橋さんが親密なのを見て… 

それで、自分、何かおかしくなってしまって……」 


「まぁ。高橋さんは、単なる知り合いよ…」 


なんだこれ。 

 

年の差婚というやつなのか。  

俺を置いてけぼりにして、年の離れた二人は燃え上がる。 


「…じゃあ、大家さん。僕の気持ち、受け取ってもらえますか?」 


「ええ! もちろんよお!」 


「大家さん!!!」 


ここから先は、自分の記憶から消去したい場面であった。 

 

野島さんと大家は接吻した。 いわゆるdeepなkissだ。 

舌を絡ませて、数十秒に亘って、互いの唾液を交換した。 

俺は目を背けたかったが、不思議と、直視せざるを得なかった。 


そして二人は接吻を終えた後、互いの身を寄せ合う。 

 


一部始終を見ていた野次馬たちが、拍手をしだす。 

俺も、思わず拍手する。 

さっきのオッサンが、俺の肩に手を置く。 



 

「…若者よ。よくやったな。感動したよ。」 


「…ありがとうございます。」  





かくしてこのひと騒動は終結となった。 

 

後から分かったことだが、野島さんが持っていたものは凶器ではなく 

おもちゃのプラスチック製の包丁であった。 

野島さんがなぜそのようなものを持っていたのかは謎である。 

ままごと趣味でもあるのだろうか。  

さらに俺を導いたオッサンは、警察などではなく、警察のコスプレをした 

無職のオッサンであった。 

よくみたら、そのオッサンは、女性警察官用の制服らしきものを着ていた。

意外と気付かないものだ。 


まぁ、図らずも俺は野島さんと大家のキューピットとなった。 

 

やはり俺には、調停者の素質が、多分にあるのかもしれない。


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