表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/23

第15 AGA

なんだか腹の調子が悪い。 


俺はそうでもないと思うのだが、授業態度が悪いといわれることが 


多いので、対策をした。 


昼食のときに、レッ○ブルーとモンス○ーエナジーをがぶ飲みした。 


お陰で眠くはないのだが、腹がしっくりこない。 


今日は担任との面談がある。  


若くして薄毛に悩んでいると思われる教員だ。 


今は治療法があるみたいなので、諦めないで欲しいと思う。


折角部活が休みであるのに、夕方まで学校に残らなければならない。 


俺は名前順だと後ろの方なので、面談の順番も最後の方だ。 


面談では何を聞かれるのだろうか。 





教師とは何か。 私は未だにわからない。 


今日、私は、ある生徒との面談を行うことになっている。 


その生徒は、入試成績及び入学後の全校模試の成績は 

 

そこまで悪いものではない。 


特に数学は、学年でもトップクラスの成績を修めている。 


しかし、この生徒は、ただものではない。 


その言動、行動、そして眉一つ動かさない無表情さは 


とにかく異様である。 


実は複数の担当教員からこの生徒、すなわちYについて 


授業態度が悪い、意味不明、なんかヤバい、ツッコミ甲斐がある 


などどいった声が寄せられているのだ。 


ここは担任として、彼と向き合わなければならない。 

  

そろそろ、面談の時間だ。彼は来るのだろうか。 



ドアを叩く音がする。 彼は来た。 



「失礼します。Yです。」 


「ああ 時間通りだな。よろしく頼む。まぁ座ってくれ。」 


「…はい。」 



使用されていない空き教室を使って、Yの面談が始まった。 

 

担任はYとやや斜めの姿勢で向き合う。 


「…高校生活はどうだ? Y。」 


「あーーー 可もなく不可もなくって感じですかね。」 


「…そうか。」 

 

相も変わらず、その生徒は表情を変えない。 


ここは、こちらも平静を保つ必要がある。 



「やっぱり、進路は理系か? Y」 


「…進路ですか?」 


「ああ、文理選択があるからな。お前は数学ができるだろう。」 


「ぼちぼちですね。」 


「お前の成績なら、国立も狙えるはずだ。」 


「はぁ…」 


明らかにこの生徒、関心がない。 


担任は、少し声を大きくする。 


「数学ができることは有利だ。実は先生もそうだったからな。」 


「…」 


「…志望校とか、無いのか?」 


「…え」 


「やはり理学部とかか?」 


「あーー あんま大学とかわかんないですね。コアな話題ですし 

まぁ、T大とかは入れれば、もうけものだと思いますけど…」 


「……そうか…」 



なんなんだ、この生徒は。 


明らかに彼のペースに呑まれている。 

 


担任は、少し自分の人生を振り返り始めた。 


担任は、実はT大出身である。 


彼は高校までは、自分以外の人間がバカに見えて仕方がなかった。 


そして、意気揚々と大学入試を突破し、晴れてT大生となった。 


その大学に入って彼が気付いたことは、自分の無能さだった。 


結局、彼は大学院には残れず、研究者にはなれず、なんだかんだで 


教員となった。 


彼は未だに、今の自分について理解はできても、納得できてはいない。 

  

 

私は担任として、この生徒と、どう向き合うべきか。 


担任は、自分と、この生徒を重ね始める。 

 

しかしこの生徒に特殊な能力があることは確かだ。 


数学は、特にその傾向が顕著に出る。 


私は、仮に彼が壁にぶつかることになったとしても 


高い次元に挑戦してもらいと思う。 


この生徒は、私とは違う。 


もしかしたら学問的な成功を収めることができるかもしれないのだ。 


生徒の可能性を伸ばすのが、教師の役割であるはずだ。 



しばしの沈黙の後、面談は再開される。 

 


「なぁ、Y。何か、その、悩みとかはあるか?」 


「…悩みですか。」 


Yの表情がやや変わる。なんとなく、顔に苦悩を浮かべているようだ。 


担任は、微かな手ごたえを感じる。 


もしかしたら、このYという生徒の内面に迫れるかもしれない。 


担任として、力になれるかもしれない。 


担任はやや身を乗り出しながら、さらにYに語り掛ける。 



「先生で良かったらな、その、相談にのることができる。  

先生もな、色々あったからな はは」 


「…」 


Yの表情がさらに変わる。より苦悩を滲ませているようだ。 

 

担任は何となく、昂揚する。 


あと一押しだ。そう担任は思う。 


「…どうだ、Y? 遠慮することはない。」 


「…はい…」 


担任は最後の一手を打つ。 


担任は、AGAの兆候があり、自分の髪型に苦心していた。 


なるべく後頭部の髪を伸ばし、それを前の方に持ってくる。 


そのような髪型を、彼はとっていたのだ。 


その努力の結晶を、彼は大胆にもぶち壊す。 


担任は、自らの頭髪を掻き上げ、その頭皮を露わにする。

 

 


「これが私の覚悟だ。 Y、どうか苦しまないで欲しい。」 

 

「…」 



その光る頭皮を見ても、Yの表情は曇ったままである。 


担任は、固唾を飲んで、Yを見つめる。  






そして  





「……先生」 


Yが口を開く。 


「どうした? Y。続けてくれ。」


担任は期待する。教師としての役割を果たせるかもしれない。 


 




しかし   Yが放った言葉は、担任を一瞬で凍てつかせた。 



 




 





 

 

 



「トイレ行ってきていいですか。腹痛いんで。」 




「…」 





担任の頭皮に、夕方の風が吹いた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ