第12 二段階右折
人生において、どれだけ選択の余地があるだろう。
敷かれたレールの上を走っている者には、
後ろを振り向くことも許されないのだろうか。
新学期を迎えた。といっても、中高一貫なのであまり変わり映えはしない。
一応、高校からの募集もしているらしいが、既にいろいろと固まっている
場所に、わざわざ飛び込む人は物好きというより他ないだろう。
人生とは何だろうか。
このまま勉強して、難関大学とされる大学に入って、その先は……
親戚のゆたかさんは、たしか今年就職だったと思うが
まったく音沙汰なしである。その人は一浪して、私学の雄とされる大学に入ったが
思えばその時から、その顔はまったく浮かばれなかった。
私の親戚は、面倒な人ばかりだ。
検察官、医者、大学教授…などなど、なんだか自分のものではない人生を
生きているような人が多い。私の両親だってそうだ。
私も、そんな感じになるのだろうか。
女性の活躍だ、ジェンダーだ とかいう人もいるけれど、しっくりこない。
本当に男女の平等を実現させたいのなら、女子大も、私の通っている
女子高も、とうに無くなっているのではないだろうか。
平等だ 自由だ とは言うけれど、みんなそれが実現されるかなんて
どうでもいいと思っている。
優しい言葉、崇高な言葉は、自己顕示か自己陶酔の道具に過ぎない。
人間には無限の想像力があるとは言うけれど、大抵の場合、人間は
自分の経験を基に、他人の存在を規定していく。
私の父と母、そして私も、例えば親のいない人の人生について
想像することができるだろうか。
私の父も、口には出さないようにはしているが、その態度からは、
平等なんて馬鹿馬鹿しい みたいな考えが滲み出ている。
そして私の母も、それに気付いていてもなお、特に異議を述べることもない。
二人とも、かたい何かのように、凝り固まっている。
そんな二人は、互いに一体何を求めているのか。
二人とも、お互いの見栄のために、お互いを利用しているといった感じだ。
それは、簡単にできることではないとは思う。
けれども父も母も、人生における選択肢について、思いを巡らせたことが
あるのだろうか。
私は恵まれている。
衣食住に困ったことはないし、両親だって揃っている。
この学校だって、学費はもとより、多額の寄付金等を負担してもらって
私は今通っている。
今私が考えていることは、甘えで、傲慢で、贅沢以外の何物でもないことは、
自分でもわかっている。 でも……
なにかが足りない…ような気がする。
彼女は思案する。
彼女は、途轍もなく肩がこりそうなことを考えてしまっている。
我らが主人公であるYは、一生こんなことは考えないだろう。
金があっても、なかなかうまくいかないものなのかもしれない。
この中高一貫校は、その世間からの風評に違わず、荘厳な風格である。
落成から100年以上経過している建物と、最新の建築様式で築き上げられた
建物が、互いを害することなく、調和している。
しかし、その校舎が醸し出す雰囲気は、どことなく底知れぬ、ゾッとするような
冷たさを秘めている。
なんとなくアンニュイな感じで廊下を歩く彼女は、思わぬ存在と衝突する。
「ぁいてっ」
「きゃッ あ ごめんなさい!」
「あんだよ 当り屋かよぉ 二段階で右折しろよぉ …あーーーーー
うちのツナマヨが、つぶれとるーー」
「って中の具で代弁すなッ!! …じゃなかった ご、ごめんなさい。
……あれ?」
「おめーーうちの明太子に恨みでも って、お?」
おもわずつっこんでしまった。この感覚は久しぶりだ。
いやそうじゃない、トラブルになったらいけない。
でもこの子、なんか見覚えがあるような……
「この勢いのあるツッコミは…… もしかしてあんたって、」
「えっ? ってやっぱり…あなた…?」
おにぎり食っている短髪大平原女と、いっちょまえに人生について
悩んでしまっている長髪隆起女の衝突。
藪から棒に登場した、二人の高校生。
どうやらこの二人、顔なじみのようである。
ガール・ミーツ・ガールだろうか。
いきなりこの二人の百合ものがたりでも始まるのだろうか。
そうであれば、うれしい限りであるが、どうやらそういう
感じではなさそうだ。
が この二人が、あのYと関わることになるのは、
もう少し先のことである。