第二話
正装に身を包んだ王子様は、城を出ると何故かお姫様をお姫様抱っこし、西に向かって歩を進めます。
暫く道なりに歩いていると、ふたりはやがて、小さな街に着きました。
「王子様、何故この街に来られたのですか?」
「この街には、解呪の研究をしている者がいると聞きます。その者に会って、姫様の呪いを解いてもらいましょう」
「え? もう? もう呪い解いちゃうの? 一日も経ってないのに? 姫はもう少し、王子様と一緒に旅をしとうございます……」
「姫様……無茶言わないで下さい……呪いを甘く見てると、痛い目にあいますよ」
「どうしても? どうしても解いちゃうの?」
「姫様、行きますよ」
王子様は、駄々をこねるお姫様を抱っこしたまま、街門を通りました。
「解呪の研究をしている人というのは、何処にいるのかな?」
王子様は街の中を歩き回り、解呪研究者の家を探します。
「あの、すみません」
通りすがりの男性に声をかける王子様。
「はい、なんで……って、お姫様抱っこ!? しかもビキニ!?」
男性は思わず一歩引いてしまいます。
「……ああ、驚かせてしまって申し訳ありません。実は、お聞きしたい事がございまして……」
「……はあ」
「この街に、解呪研究者が住んでいると耳にしまして……何処に居られるか、ご存知ありませんか?」
「ああ……それなら、あなたの右手、あの藁葺き屋根の家がそうですよ」
意外とすぐ近くでした。
王子様は男性にお礼を述べると、藁葺き屋根の家の前まで足を運びます。
「お、王子様……こんな所に人なんて住んでるんでしょうか……?」
「姫様! 失礼ですよ!」
王子様は、お姫様の言動に注意をすると、王子様は扉の所から声をかけてみます。
「すみませーん。どなたか居られますかー?」
すると……
「はーい、ただいまー」
中から若い、女性の声が聞こえてきました。その声の主は、客人の対応をしようと、ゆっくりと扉を開けます。
「どちら様で……って、なんでビキニ!? しかもお姫様抱っこ!?」
王子様とお姫様は既視感を覚えました。
「あ、あの……すみません……あなたが、解呪に精通しているという、研究者の方でしょうか……?」
「あ、はい……そうですが……一体どの様な御用件でしょうか……?」
「実は……いま、私の胸に抱かれている姫様が、呪いにかかってしまいまして……」
「ああ……そういう……」
女性は全て察すると、腕を家の奥へ広げます。
「……まあ、そういうことでしたら、中へどうぞ……」
解呪研究者の女性は、王子様とお姫様をテーブルの置いてある家の中央に招くと、床を擦るように椅子を引きます。
「取り敢えず、こちらにお座り下さい……」
「ありがとうございます……」
王子様は解呪研究者の女性にお礼を言い、お姫様と一緒に椅子に座ると、身体をテーブルの方へ向けます。
「あ……あの、姫様は一緒の椅子に座らなくても良いんじゃ……?」
「あ……! そ、そうですよね! ぼ、僕とした事が……!!」
王子様は照れ笑いをすると、今までお姫様抱っこしていたお姫様を、そっ……と、隣の椅子に座らせます。
その時、お姫様から舌打ちの様な音がしましたが、ふたりには聞こえませんでした。
解呪研究者の女性は、王子様と向き合うように座ると、テーブルに肘を突き、口元を組んだ両手で隠す様に語りかけます。
「えっ……と、つまり話を要約すると、今お姫様が身に付けいる水着……じゃなかった、ビキニアーマーの呪いを、この私に解いて欲しい、という事でしょうか?」
「ええ、その通りです! 姫様にかけられた呪い、解く事が出来ますか!?」
隣ではお姫様が何か言っていましたが、解呪研究者の女性と王子様は、それを聞き流し話を続けます。
「勿論出来ますよ、解呪自体は。いとも簡単に。ただ……」
「ただ?」
「ひとつ、問題がございまして……」
「問題……? それって何ですか?」
その質問から逃げるかのように、解呪研究者の女性の両目は、王子様の隣に座っているお姫様の方へ反れて行きます。それにつられる様に、お姫様の方へゆっくりと振り向く王子様。
お姫様は、ふたりに見つめられ、気恥ずかしくなったのか、自分を指差してこう言います。
「……え? 私?」
「姫様が、どうかしたんですか!?」
王子様がそう言うと、解呪研究者の女性は言葉を濁しながら、反対側に視線を反らします。
「一体何なんですか!? 問題があるというのならはっきりと言ってください!! お願いします!!」
その言葉を聞いた解呪研究者の女性は、意を決して、解呪の問題点を告白する事にしました。
「では、思い切って言いますね……」
「……はい」
「……ビキニアーマーの呪いを解くとですね……」
「……はい、はい……」
「お姫様はすっぽんぽんになってしまうんです」
瞬間、頭の中が真っ白になる王子様。
「……えっと……言っている意味が良く解らないのですが……」
「申し訳ありません、説明を省き過ぎましたね」
解呪研究者の女性は、今一度、咳払いをし、ゆっくりと説明を始めました。
「要するにですね、呪いの解かれたビキニアーマーは、この世から消えてしまうんです。永久に」
「じ、じゃあ……今のお姫様の姿のまま、呪いを解いたら、姫様は……」
「すっぽんぽん、という事ですね」
この話を聞いたお姫様は、ひとりガッツポーズを決めていましたが、王子様としてはお姫様の霰もない姿を晒したくはありません。
「あ、あの! 他に方法はありませんか!? ビキニアーマーを残したまま、呪いを解くとか……」
「ごめんなさい……今の解呪の技術では、呪いの品物から呪いだけを取り除く事はできないんです」
「……どうしても?」
「どうしても」
それを聞いた王子様は、力が抜けた様にテーブルの上に俯いてしまいます。その隣で意気揚々とするお姫様。これ幸いとばかりに弾んだ声で語り掛けます。
「しょうがないですよお、王子様ぁ♪ ここは諦めて、さっさと新たな冒険の旅に出ましょお♪」
「あ、解呪の方法は世界中、何処へ行っても一緒ですよ」
「え!? 何で!?」
「だって、私が先駆者ですから」
「……本気かよ」
突如、旅を続ける為の大義名分を失ってしまったお姫様。心折れるかと思いきや、直ぐ様気持ちを切り替え、別の作戦に打って出ます。
「王子様……姫は大丈夫です……ここで呪いを解いてもらいましょう……」
「……しかし……それでは姫様が……」
「何を言ってるんですか、王子様……呪いを甘く見ていると痛い目にあう、と言ったのは王子様では無いですか……」
「……そ、そうですね……自分、間違っていました!」
お姫様の言葉に背中を押され、腹を括った王子様は、顔を上げ、解呪研究者の女性にビキニアーマーの解呪を依頼します。
「では申し訳ありませんが、改めて、姫様の呪いを解いてもらえますか?」
「え? あ……良い、良いのね? 呪い解いたらすっぽんぽんになるけど、構わないのね?」
解呪研究者の台詞に、王子様は力強く頷きます。
「ええ! 構いません! お姫様が痛い目を見るのは、とても耐えられませんから!!」
「まあ、そこまで言うのなら……」
王子様の気迫に圧された解呪研究者の女性は、少し引き気味になりながら席を立ち、右腕を二階へ続く階段へ向かって差し出します。
「おふたりとも、私についてきてください。解呪部屋に案内します」