第3.5話:他人の金で酒が飲みたい
「キンッキンに冷えてやがるッ!」
僕は今、この蛮族ひしめく世界に転生して初めて文明に触れることができた喜びに打ち震えている。
砂塵舞う荒野を一日中ひた走り、モヒカンに脚を撃たれた挙げ句ガソリン撒かれて火達磨になりかけて疲れ果てた体に泡立つ黄色い酒が外の熱気で炙られた体を急激に冷却し、内部に染み込んだアルコールが再加熱する。
ビールは好きじゃなかったけどいまここに来てビールの美味さを知った。
生まれ変わってみるもんだな。
いやまて、ここは日本じゃないんだ。
ひょっとしたらこれはビールに似てるけど別の飲み物なのかもしれない。
敵が赤く見えたり手から火が出たりトラックみたいにでかいイノシシが出る世界だから日本の基準で考えるのはやめよう。
まあ細かいことはいいか、だってこの酒うまいし。
「外人部隊の皆様、本日は僭越ながら小職の奢りとさせていただきます。短い時間ですがごゆるりとご歓談いただければ幸いです」
視界に影がさしたと思ったら斜め向かいに座ってたドワーフ顔のおっさんが立ち上がって景気のいいことを言ってくれたぞ。
よく言った。こないだ僕の鼻をへし折ったことは許してもいい気がしてきたぞ。
と思ったけどやめた。
このおっさんは自分の隣に女の子二人侍らせてゴキゲンだから気に入らない。
向かって右の紫髪の美人、ハーピーさんはこのおっさんの隣でニコニコと微笑みながらドワーフ顔に日本酒っぽい酒を注いでる。
スラッとしたスーツ姿はなんというかSPとかシークレットサービスとかそんな感じで実に様になってる。
ていうか、このおっさんハーピーさんの倍近い幅取るほどガタイがいいのに護衛なんかいらんだろう。
僕の隣のうだつの上がらない中年オヤジとトレードしようぜ。
多分向かって左の茶髪タレ目の女の子も僕と同じことを考えているようだ。
ドワーフ顔がかまってくれないのが面白くないのか、太めの眉の間にシワが寄ってるぞ。
「朝陽―」
「なに!?どしたん教官?」
「こっちはええけえ外人部隊の人らに酒持ってっちゃり」
朝陽と呼ばれた女の子は一瞬飼い主を見つけた子犬みたいな顔になったかと思ったらすぐにこの世の終わりみたいな顔になる。
「えー、でも」
「ええけ行け」
朝陽ちゃんはすげー嫌そうな顔でこっちを見、続いてドワーフ顔の隣で酒を注ぐハーピーさんに凄まじい憎悪の視線を向け、やがて諦めたように一升瓶をひったくると机を踏み越えて僕の隣に降ってきた。
「お酒、注ぐけえ出して」
ドスンと乱暴に片膝をついて僕の手からグラスをひったくると乱暴にビールのようなものを注ぐ。
その仕草はなんというか反抗期の子供のように見える。
実際間近で見ると顔つきは子供っぽい。
顔つき「は」と言ったのは顔の下にあるもののせいだ。迷彩服とは違う偉そうな軍服を2つの脂肪の塊が押し上げてて窮屈そうだ。
細身のハーピーさんと比較して肉付きがよく、丸っこく柔らかい印象を受ける。
いわゆるぽっちゃり系というやつだ。
「はい」
そのいい感じにふっくらした指で心底嫌そうな顔で僕に酒を注いだグラスを押し付ける。
笑えば結構かわいいかもしれないと思ったけど今のはなしだ。
見てくれこのビール、上から95%が泡だぞ。
「ちょ、」
僕の言葉も待たず、朝陽ちゃんは隣のおっさんからグラスをひったくって酒を注ぐ。
今度は立ったまま注いでるから僕の目の前に桃太郎でも出てきそうな大きな尻が居座ることになる。
「人見知りする子なんよ・・・。あんま悪う思わんでな」
「悪くは思いませんよ」
ドワーフ顔の困り声に僕は思いの丈を伝える。
確かに僕の頭の横のでかい尻の持ち主はガサツだし気が利かないし暗いけどそれを補えるくらいには首から下が優秀だと思う。
「彼女とは、どういったご関係なんです?」
隣のおっさんがよせばいいのにドワーフ顔に余計なことを聞いてる。
その奥では首から下が優秀な朝陽ちゃんが酒が飲める年齢ではないであろうDQNの口に一升瓶をねじ込んだあと、銀髪芋ジャージに捕まってた。
「うへへへ・・・酒だ酒ぇ、他人の金で飲む酒はほんとにうめえへへえ」
「ちょ、あんたもうそんなに飲んどるんね!?」
「うるせーもっともってこい1」
勝手に戦え。
「朝陽とは、ここでは上官と部下の関係になります」
「ここでは、というと?」
なんか引っかかる物言いだったからつい聞き返してしまった。
アルコールのせいで口の滑りが良くなったのか。
「朝陽は俺が大学で魔導学の研究しょった頃に拾ったんよ」
年長者には礼儀正しいのはわかったから僕と話すときも敬語とは言わないけど標準語で話してくれないかな。
ちなみに、このドワーフ顔の汚い訛りを標準語に直すとこんな感じだ。
ドワーフ顔が朝陽ちゃんと出会ったのは10年前、当時ドワーフ顔は僕ら転生者(この世界の住人は『渡来人』と呼んでるらしい)が使う奇跡や祝福を自分たちが使えるようにする研究をしてて、その被験体として選ばれたのが朝陽ちゃんだと言うことらしい。
その後、このときの研究成果を買われて国防隊にスカウトされた、ということだ。
「当時はベルンハルト財団と共同研究しょってな、財団から金借りて親から買い取ったんじゃ。おかげで今も俺は総帥に頭が上がらん」
なんだ、ベルンハルト財団って?ここにきて新しい組織の登場か?
まあいいや、酒回った頭で考えるだけ無駄無駄無駄無駄無駄。
「わかったー?」
さっきまで芋ジャージに捕まってた朝陽ちゃんが戻ってきた。
足フラフラで顔真っ赤になって。
さては芋ジャージに飲まされたな?
視線を向けたらすぐ目をそらしたから間違いないな。
「教官はなー、すごい人なんよー。難しいこと何でも知っとってなー優しいしハンサムなんよ」
最後の一つは捏造だろう。
と思ったら朝陽ちゃんは軍服のポケットから長方形の端末を見せてきた。多分スマートフォン的な機械だろう。
ディスプレイに写ってるのはひどく痩せた女の子と、誰このイケメン?
若干彫りの深めな甘いマスクに、それを支える逆三角の体は成人男性としてはやや小柄ながらも貧弱な印象は受けない。
おろしたての白衣が似合うまごうことなきインテリのイケメンだ。
隣の幼女が継ぎ接ぎだらけの体に合わない服着てるから余計に清潔感が際立ってる。
ところでこの幼女、焦げ茶色の髪と太めの眉とタレ目が朝陽ちゃんに似てる気がするぞ。
「護さん・・・お若い・・・」
ハーピーさん、見とれてるとこ悪いけどその画面のイケメンは今隣りにいる山男ですよ?
「お恥ずかしい・・・小職が世間知らずの若造だった頃の写真です。今は多少マシになったと思いたいですがね」
「私はどちらの護さんも素敵だと思いますよ?」
面白くない。まったくもって面白くないことにハーピーさんはこのドワーフ顔に好意的な何かを持っていると解釈せざるを得ない。それこそ、他の男が入る余地もないくらいに。
「わかったかートリ女―。うちはなーこのときから教官と一緒なんよー。あんたみたいなよそもんとは違うんよ―」
「存じていますよ」
「全然わかっとらーん!うちは教官のためなら何でもできるんよー」
「じゃあ明日から受験に備えて勉強じゃな」
「それはいや―・・・」
そこまで言って朝陽ちゃんは電池が切れたように倒れ込み、ドワーフ顔は素早く抱きとめた。
「やれやれ・・・申し訳ない。朝陽を休ませて来ますので我々に構わずご歓談を続けていただければ幸いです」
ドワーフ顔はすやすやと眠る朝陽ちゃんを体格にふさわしく軽々と担ぐとハーピーさんを伴って店の外に出ていった。
「あーハーピーさんまで行っちゃった・・・」
「なんだよオマエあんな病人みたいな痩せ女がいいのかよ」
傷心の僕に地の利を得たと思い込んだチビのDQNが突っかかってきたぞ。
「バカかお前、あれはスレンダーっていうんだお前みたいな毛も生えてないチビにはわからないだろうけど全体のバランスってのが大切なんだ」
「ケッ、貧相なだけだろ。なんだよその目は」
可哀相なものを見る目だ。
かわいそうにこの悪ガキは生まれて一度も美人を見たことないんだな。
だから僕が美人の何たるかを教えてやろうか。
「まあ、ハーピーさんは洗練されたプロポーションは素晴らしいけどもっと大事な物があるんだ分かるか?まあわからないだろうな」
「知るかよ」
これだからおこちゃまは困るな。
まあ、大人の勤めとして教えてやるとしようか。
「気立てだよ。出しゃばらないしいつも穏やかだし男を立てる。それでいてちゃんと周りを見てる。男が思う女性の理想形だぞ?いくら顔のパーツが整ってたって表情一つでだいぶ変わるんだ。第一印象は大事だけどずっと見ていたくなるのはそういう表情を見せてくれる人なんだよ。朝陽ちゃんなんかずっとムスッとしてただろ?ありゃダメだ。黙ってたら可愛い顔してるし胸も尻も大きいけどそこまでだね」
「バッッッッッカじゃねえの!?」
何だこいつ。
「何が気立てだ!男に媚びてるだけじゃねえか!そんなんでヘラヘラしてバカみた、いていててててて!」
「女性に対して失礼な物言いに加えて年長者をバカ呼ばわり、親の顔が見たいね」
聞き分けの無い悪ガキには春日部名産のぐりぐり攻撃をくれてやる。
「痛い痛い!」
「その子犬の言うこと、半分当たり」
チビDQNと遊んでたらガバガバ酒飲んでた芋ジャージが近づいてきた。
別に呼んでないんだけどな。
うだつの上がらないおっさんと遊んでてくれても僕は困らない。
「あの子、権力持った男にはいつもあの調子だから」
「あの山男が?」
とてもそうは見えないけどな。
「階級章、少佐。旅団で五本の指に入る」
「詳しく聞きたい・・・」
ちびちびと日本酒っぽい何かをつついていたおっさんも話に加わった。
「説明する」
芋ジャージが言葉少なく説明するようだ。
さっきまでドワーフ顔が座ってた場所に陣取り外から見たら芋ジャージが酒を振る舞っているかのように僕ら3人と向き合う。
僕らがいる場所は『緋ノ本』と呼ばれている国だ。
『緋ノ本』は日本と似たような国だけど大きな違いが2つある。
まず1つは僕らのような異世界からの転生者がよく召喚されること。
「国防隊では転生者は『渡来人』と『外来種』に大別してる。知的生物が『渡来人』、それ以外は『外来種』」
「知的生物というと?」
僕は正直興味なかったけどおっさんは割と真面目に聴いてる。
「意思疎通が可能かどうか。緋ノ本の人間と大きく外見が乖離してたり、言語体系が違いすぎたりしても『外来種』扱いになることがある。直立二足歩行の種族は運がいい」
てことは直立二足歩行じゃない転生者もいるってことか。
「ちなみに、『外来種』扱いになるとどうなるんです?」
「こうなる」
芋ジャージはテーブルに広げられた皿を指差す。
ウェルダンに焼けたステーキに分厚い刺し身、脂の光沢輝くホルモン焼き、その他諸々。
芋ジャージは橋で刺し身に箸を突き刺すと醤油をつけて頬張った。
「うまい、どんどん食え」
いや、あんたの奢りじゃないだろ。
とりあえず冷めたら脂が固まるホルモン食ってみよう。
「ほんとだ、うまい」
これは、脂が全然落ちてないのにしつこくない。
抜群の噛みごたえと吹き上がる旨味成分は濃密なタレに負けず存在感を放っている。
気づけば左手が茶碗を掴み白飯を掻き込んでいた。
これは、白飯の甘みにタレと旨味成分が口の中で合体、そして超進化圧倒的な味覚の究極体が爆誕した!
「うまい、うまい、うまい!」
「いいなあ・・・私ももう少し若かったら・・・」
おっさんは残念そうにこっちを見て、刺し身とかサラダに手を伸ばす。
そうか、年だから脂が受け付けないのか。
こうなれば若い者の務め、油ものは食えなくなるまで食うぞ。
「お前も食えよ」
「やだよ気味悪い。だいたいなんの肉なんだよこれ」
「ベヒーモス」
ああ、こないだ山で見つけたでかいイノシシか。そういや指導教官のオバハンが電流で麻痺らせた後『鎌鼬』の奇跡で解体して振る舞ってくれたな。
腹減ってたしうまかったけどこの店のもつ焼きも負けてない。
「あのイノシシうまいよな」
「うまいよな、じゃねえよ!」
DQNに話を振るとなんかキレられたぞ。
「お前らなんとも思わねえのかよ!メンブラーがいなかったら遭難してたんだぞ!?命の恩人のメンブラーを殺して食うなんて」
「うまかったんだからいいだろ」
ていうかこいつイノシシに名前つけてたのか。
「でもあのときはしょうがないですよ」
モソモソとキャベツみたいな葉野菜を食いながらおっさんが援護射撃してくる。
「イワン君の奇跡:調教は使用者の経験と力量に依存していて、相手の野生を抑える事ができなければいけないとストーム教官から注意されてたじゃないですか」
「ついでにあのイノシシ、大人になると一気に野生が出てきて手に負えなくなるとも言ってたしね。今の力量じゃ食われてたらしいじゃん」
「お前ら人間じゃねえ!」
「人間だよ」
合理的かつ論理的だからな。
「お、異人のあんちゃん、その肉気に入ったかい!」
食い終わった皿を下げに来た中年の店員までが話に加わってきたぞ。
「ええうまいですよ」
「普段は出さねえんだよこれ、ていうか肉を手に入れるのがむずかしくてなあ。旅団のもんがやると全身弾だらけで捨てるところ多いし朝陽ちゃんがやると死体も残らねえし。紫髪の姉ちゃんはきれいに仕留めるから捨てるところが全然なくて助かるぜ。渡来人様様だ。あんたらもしっかり食って肉取ってきてくれよな!」
中年の店員は上機嫌で僕の肩をバシバシ叩いて皿持って消えていった。
「追加の注文はテーブルのボタンを押してくれよな。東城少佐の奢りだろ?一生分食ってもいいぜ」
そうしたいけどそれは無理そうだ。結構ガッツリあるぞ。
ところで今なんの話してたんだっけ。
「国防隊の現在の仮想敵は『外来種』、意思疎通が不可能な異世界転生者の駆除が仕事。ただ、国土全域を一元管理するには土地が広く、国防隊は少ない」
だから地方ごとに『旅団』を編成して区画ごとに独立して防衛させているということだ。
「今の国防隊は一枚岩ではなくて、軍閥化した旅団が各個に自治を行ってる。上層部も旅団にほとんど干渉しないし、旅団にはそれを突っぱねるだけの力がある」
「つまり、緋ノ本は統一国家という建前はあるけど実質的には連邦制になっているということですか?」
おっさん意外と博識だな。ていうか連邦制ってなんだ?対義語は公国か?
「旅団で力を持っているのは、『大佐』『中佐』『少佐』、この3つ。彼らは旅団の自治範囲では大きな権力を持ってる。特に『少佐』には『外人部隊』を雇う権限が与えられてる。いわば我々のスポンサーになりうる人材。くれぐれも敵に回さないように」
その敵に回さない方が良い人間の金でただ酒をガバガバ食らってタダ飯をバクバク食いながら言われてもな。
「つまりハーピーさんは未来のスポンサーだからあの山男に下手に出てるわけですか?」
男の趣味が悪いのかと思ってたけどそうではないみたいで良かった。
それにしても清楚可憐な美少女が札束で叩かれて言いなりにされるなんてなんと背徳的な。
「ほらな?だから言っただろ?ああいう女は計算高いんだよ。そうやって男にヘコヘコしてても何考えてるかわかったもんじゃない!」
なんでお前が得意げなんだよ。
「あの子は今捕虜の扱いになってる。外人部隊が保釈金が支払えない以上あの子が身代金の分働かないと自由にはならない」
だろ?ハーピーさんはあのドワーフ顔に脅されていやいや働かされてるんだ。実に羨ましい。
「もっとも、あの子はあの少佐を気に入ってるから、そのまま緋本原旅団に引き抜かれるかもね。あの少佐、若いけど『緑の悪魔』を育てた実績がある。団長もベルンハルト財団も一目置いてる。あの子にとっては尽くし甲斐がある男でしょうね」
なんだよそれ・・・汚っさんに弄ばれてると思わせてそれはないだろ。
「だろ?だから言ったんだ。ああいう女は誰にでも尻尾振るんだよ。あの軽いケツを見てりゃ分かるだろ」
なだらかで小股の切れ上がったいいお尻だよな。ていうかこのガキなんでハーピーさんに突っかかるんだ?
「あの子、男には人気あるみたいだけどほとんどの女からは嫌われてる。サイクロプスや恭士郎がかばうから余計に嫌われる」
サイクロプスのおっさんは知ってるけど誰だよ恭士郎って・・・。
「シルベリーさんはそうは見えませんが・・・」
そう訊いたのはおっさんだ。
「さすがに息子より年下の子供と張り合う気にはなれない」
「えつ・・・」
この人、今何歳なんだ?
僕よりちょっと上くらいと思ってたけど違うのか?
「息子が生きてればあの少佐くらいになってる」
芋ジャージは少し懐かしそうに、寂しそうに外を見た。
生きていれば、といったのは死別したからだ。
「それは、お悔やみを申し上げます」
おっさんも子供いたとか言ってたな。
沈痛な顔から親として思うところがあるんだろう。
「死んだのは、私。息子は夫が連れてったから多分今も生きてる」
「ああ、そうでしたね」
そういや僕ら一回死んでるもんな。
「私は緋ノ本や他の転生者より若い期間が長い。でも寿命は同じくらいだから後10年もすれば老化が始まる。外人部隊は年金が出ないから老後の蓄えが必要・・・」
うわ、切実。
ていうか、外人部隊福利厚生ゴミすぎる!?
「一度は企業化して福利の充実を、という話はあった。でも転生者の殆どは10年もしないうちに死ぬか、どこかの旅団に引き抜かれるから意味がない」
ああ、そう・・・。
「犬の糞一号」
「なんです?」
外人部隊では通常二つ名で呼び合う風習があるらしい。
二つ名があるということは実力があるということだから積極的に名乗れと。
ハーピー、サイクロプス、シルベリーホワイト、全員もとの世界で親からもらった本名は別にあるということだ。
それにしても、僕の二つ名はそれで決定なのか?
「あなたはあの少佐に気に入られてる。長く生きたかったら彼の機嫌は損ねないほうがいい」
「あ、はい・・・」
「あと、歳を取って弱ったものから死ぬ。歳を取りすぎると旅団も相手にしない。長く生きたかったら『老化抑制の祝福』か『時間制御の奇跡』の取得を推奨する。外人部隊の団長はそれで100年近く現役張ってる。おかげで上が詰まってるんだけどね」
2つ目だ。ここ緋ノ本が日本と違うところ。
理力と呼ばれている不可視の力が存在し、僕ら転生者はそれを使って祝福と呼ばれる身体の強化と、奇跡という魔法を使える。
火を出したり、遠くのものを見たり、凶暴なイノシシを手懐けたり、ラジコンが自動で動くようになったり。
年取らなくなるのは初めて知った。
「シルベリーさんは、それ使えるんですか?」
「興味ない。いま死ぬ気はないけど息子より長生きはしたくない」
殆どの転生者は普通に歳取ることを選ぶ。とシルベリーさんは言う。
ここは『おまけの人生』なんだと。
「そういうもんですかね・・・」
「案外そういうもんですよ?」
僕にはいまいちわからないけど、おっさんにはなにか通じるものがあったらしい。
なんか少しシルベリーさんと打ち解けた感じがあるぞ。
「あの少佐、奇跡や祝福の研究もしてる。あの少佐が携わった奇跡であれば今まで何年も訓練して使えるようになるような高度な奇跡も設備とお金次第で楽に取得できる。その意味でもあの少佐とは良好な関係を維持するべき」
「はぁ・・・」
「あなたまで来ることはなかったのに・・・外人部隊の方々と積もる話もあったでしょう」
「いえ、あなたと朝陽さんの護衛が私の職務ですので」
店の裏の池のほとり、鯉に餌を投げながら東城護は転生者:ハーピーに声をかける。
外人部隊同士で話したいこともあろうと思い、席を外したが逆にきを使わせてしまったかもしれない。そうだとすれば悪いことをした。
ハーピーは護の3歩後ろで、備え付けの長椅子で寝息を立てる朝陽を見守っている。
身柄を預かってから彼女はずっとこの調子だ。
片時も護のそばを離れず、当初に命じた護衛任務に従事している。
3歩後ろで静かに、時には外来種にも立ち向かう。
真面目なことも有能なこともよくわかったが自分に気を使いすぎてる気がして歯にモロコシが挟まったような気分になる。
「ここの料理はお気に召しませんでしたか?」
「いえ、そんなことはありませんよ」
護の問いにハーピーは穏やかに返してくれたが、護は彼女が酒にも食事にも手をつけてないことを見ている。
旅団に来てから彼女は食事もあまり摂っていないように思える。自分に遠慮しているのだとしたら申し訳なく思う。
池に餌を投げ込むと大小様々な鯉が水面の餌に殺到してバシャバシャと音を立てる。
「ハーピー殿は普段から十分な栄養を摂っていないように思えます」
「そう、でしょうか・・・」
「小職はそう判断しています」
そう判断せざるを得ないくらいには食事の量が少ない。
まるで昔の朝陽を見てるようだ。あれも引き取ったばかりの頃はほとんど飯を食わなかった。朝陽は栄養失調で死にかけたこともあるから食が細いというのはどうしても不安材料になる。
「渡来人の中には我々と食性が異なる者もおります。我々が摂取できるものが毒になる者もいることも理解しているつもりです。仰っていただければ必ず小職が対応します」
痩せて骨が浮き出た体、枯れ枝のような指、栄養の摂り方を忘れて何も受け付けない臓腑、護にとってこの光景は二度と見たいものではない。
「いえ、その・・・」
普段穏やかなハーピーが珍しくうろたえた表情を見せる。
「朝陽も同じでした。小職が引き取るまで親からひどい虐待を受けていて食事も満足に与えられていなかった。空腹を訴えると殴られると思っていて何も言わないまま日に日に弱っていったんです」
「あ、あの・・・」
「あなたがどのような処遇を受けていたかは今は聞くつもりはありません。しかしこれは命に関わる問題です」
「違うんですっ!」
自然、口調が荒くなってきた護をハーピーが遮った。十分栄養を摂ったと思われるよく通る声量だった。
「ごめんなさい・・・。私、生まれつき食が細くて・・・」
一瞬勢いづいたハーピーは目を丸くする護を見て恥ずかしそうにもじもじと小声になった。
「え、あ、はい・・・」
勢いを失ったのは護も同じで、何かを言おうとするがどうも言葉にならない。
「恭士郎さんにもよく怒られました。『お前は貧相で弱そうだから食って太れ』って・・・心配していただいてありがとうございます。でも、ほんとに大丈夫ですから」
「あ、ならいいです・・・」
そう言われても彼女は普段護の三分の一、朝陽の六分の一ほどしか食事を摂ってないからどうも少なく思える。朝陽は燃費の悪い機導兵装の継戦能力維持のために常人より多く食っているがそれを踏まえても少ない。少ないがこうまで言われては引き下がるしかない。
他に言うことも特に思いつかないからとりあえず話を切ろう。
なんか気まずい。
それに、ハーピーにあまり良くないことを思い出させてしまったかもしれない。
『恭士郎』
おそらく外人部隊所属の渡来人だろうが、これは『本名』だろう。
外人部隊では通常は二つ名で名前を呼び合うルールが有る。
これには2つの理由があり、
・二つ名は能力と実績の証であり、自分を売り込むための広告であり商売道具であること。
・任務に従事する過程で恨みを買うことがあるため個人情報の秘匿を秘匿する必要があること。
が挙げられる。
本名で呼ぶということはこの2つが必要なくなったということだ。
即ち、すでに命を落としている、ということだ。
今までも何度か名前が出てるのを聞いてるから親しい間柄の相手だったのだろう。
謝った方が良いのだろうが、そのことがまた彼女の古傷を抉ることにはなるまいか?
「護さんは、朝陽さんが大切なんですね」
次の言葉に困っていた中で、ハーピーが口を開いた。
「ええ、もちろん」
護がハーピーを見ていたように、彼女もまた護を見ていた。
彼は朝陽をいつも見守っている。決してでしゃばることはないけれど、後ろでずっと。
「私、『緑の悪魔』ってもっと恐ろしい方だと思っていたんです。国防隊の傑作、緋本原の女神、外人部隊でも怖がる人は多かったですから」
外人部隊は基本的に国防隊とは良好な関係を維持する方向で動くが、それでも敵対することはあり得る。そうなった時転生者の処理に現れるのが機導兵、奇跡と祝福を操るこの世界の生きた兵器だ。
4年ほど前にその名を轟かせた緑の悪魔は熟練の転生者を何人も倒している。
「こんな可愛らしい方だったなんて」
すやすやと眠る彼女は兵器のようには見えない。兵器であればこのような寝顔は見せない。
それを可能にしたのは、彼が注いだ愛情と、二人で積み上げた信頼の賜物なのだろう。
「手のかかる子です」
護の口元がほころぶのが見えた、本人も特に隠す気はないようだ。
「本来であれば、もっと自由に育てるべきなのでしょうが、いつまでも小職から離れようとしない。あれを縛りすぎてるのかもしれません」
「護さんを信じているんですよ」
「時々、小職のような男が親の真似事などおこがましいのではと思うことがあります。いえ、小職はあれが自立して小職のもとを離れるまでの『つなぎ』に過ぎないのです」
「護さん・・・」
ハーピーにはそれ以上何かを言うことはできない。ここから先は自分ごときが入り込んでいい領域ではないような気がする。
こういう時、恭士郎さんならなにか気の利いたことを言うんだろうか?
それも今となってはわからない。
不意に、夜の闇が消え、北の空から昼が訪れた。
「朝陽!」
「護さん!」
護が池から飛び退り朝陽を庇うように右の腰から六連発の拳銃を抜く。
ハーピーは加速の奇跡によって二人を庇う位置に陣取り左腰の緋本刀の柄に手をかけた。
「!?」
そのハーピーの眼前にハルバード型の機導兵装が突き刺さる。
「結界!」
叫んだのは先ほどまで静かに眠っていた朝陽だ。
兵装を中心に3人の周囲を囲む理力の防壁を展開すると寝起きを感じさせない素早く身軽な動きで兵装に飛びついた。
「兵装起動!」
瞬間、朝陽の体内に張り巡らせている龍脈が一斉に解放、吹き上がった理力に呼応して緑の鎧が装着され、焦げ茶色の髪は薄い黄色に変化した。
「教官!大丈夫!?そこのトリ女になんかされとらん!?」
朝陽は兵装の穂先を北の空に向けつつ、石突きをハーピーに向けた。
すでに術式は構築済、どちらの先端からも奇跡を放つことができる。
すごい練度だ。
あの状態からこれほど短時間で戦闘態勢に移れるとは。
ハーピーは改めて『緑の悪魔』がなぜそう呼ばれているかを理解した。
純粋な理力、戦闘力では自分より上かもしれない。
団長か、恭士郎さんならあるいは勝てたかもしれない。
逆に言えば多くの転生者を抱える外人部隊でもこれほどの強さのものは片手の指が余るほどしかいないということだ。
だから外人部隊では『緑の悪魔』とは戦うな、と教育される。とにかく逃げろ、と。
『緑の悪魔』は強力な反面、兵装が際限なく理力を吸い上げるため長期戦には向かないと言われている。
これまで観測されている限りでは一時間ほどで兵装を停止させなければならないから、息切れを待ち、追撃が止まったら逆襲しようとは考えず撤退することを何度も教育される。
しかし、この『緑の悪魔』から一時間逃げ回ることができるものがどれほどいるだろうか。
「お、止んだな」
突然訪れた昼は10秒足らずで消え去った。
「朝陽は兵装を起動したまま待機、ハーピー殿は朝陽の護衛を、小職は旅団に連絡と取ります」
六連発銃を仕舞った護は通信用の端末を出すと旅団と連絡を取る。
「あんたまた教官に色目使うとったろ・・・」
恨みがましい目でハーピーを見る朝陽から視線を外し、光が放たれた方角を見る。
あの光には見覚えがあった。
「殲滅裂光覇・・・」
夜を昼に変える膨大な光の奔流、それを放てる者は限られていた。
「なんか外明るくなってね?」
「花火でもやってるのかな?」
「なんだよ花火って」
あ、止んだ。
10秒も続かなかったな。花火じゃないのか。
「サイクロプス・・・」
光が出た方角を見て芋ジャージが飯がまずくなったような顔をした。
サイクロプスって田舎のヤンキーと戯れてた片目のおっさんか・・・。
なんか鉱山に連れて行かれたとか聞いたけどどうやら現在も存命らしい。
「今ので分かるんですか?」
「あいつとは同期」
おっさんの問いに芋ジャージはさして面白くなさそうに返事をした。
「昔からいい加減なやつ。考えなしで、金にだらしない。金の貸し借りで揉めて刃傷沙汰になって死んだバカ」
そしてバカは死んでも治らないことを今身を以て証明している。
と芋ジャージは続けた。
まあ、そのとおりなんだろうけどあんた人のこと言える立場なのか?
さっきまで老後の蓄えがないとか言ってただろ。
ていうか、今回の報奨金ほとんどあんたのラジコン代に消えたんだけど。
「今回も、金にならない任務をゴミあさりして国防隊とやり合って捕まった。ストームはハーピーに止めるよう頼んだけど、あの子人が決めたことには反対しないから・・・」
いつもだいたいこれで問題になるけど、ハーピーさんが優秀なことと、サイクロプスのおっさんは戦闘力『だけは』超一流だから今までなんとかなってたらしい。
相手が『緑の悪魔』でなければ。
あと、酒で喉潰したオバサン、ストームブリンガーはそのおっさんの嫁さんなんだそうな。
「皆様、戻りました」
あ、ドワーフ顔が戻ってきた。もちろんハーピーさんも一緒だ良かった。
朝陽ちゃんも起きてるな。
なんか髪の色が変わって緑色の鎧着て大きな武器を背負ってるのが戻ってくる前との大きな違いだ。
「早速ですが皆さんに追加の依頼を出させていただきたい」
ドワーフ顔は真面目くさってタブレットっぽい板を出すと地図っぽい何かを映す。
「我が旅団が運営する鉱山で『潜地竜』が出没しまして、その討伐を依頼したい。報酬は前金で一人100万縁、追加で潜地竜を倒した数、また、死体の損壊具合によって要相談とさせていただきます。また、滞在費は旅団で負担しますが武器弾薬費は前金に含まれているので各自調達をお願いします。予定は急で申し訳ないですが、明朝に移動、1500から現地に移動、翌、0800から討伐に当たっていただきたい」
「私はパス」
ドワーフ顔の依頼を芋ジャージがソッコーで断った。
「報酬がお気に召しませんでしたか?」
「単にサイクロプスとは組みたくない。あいつは備品や建物を壊しまくる。あいつと組んだらいつも赤字、だから行かない」
あんたがそれを言うのか・・・。僕らの報酬の大半をあんたのでかいラジコンが持ってったんだけど。
「それは必要経費」
心を読むなよ。必要経費ってなんだよ。
金にだらしないやつはみんな必要経費で片付けようとするんだ。
「それに、『潜地竜』ならここの底辺クソ野郎共で対処できる」
「それは心強い」
え、僕ら行くの確定?
ていうか、僕らのチーム名それで確定?
それはいくらなんでも一方的すぎやしませんかね?
「教官、うちお腹すいた」
外人部隊の4人を旅団の官舎に送りつけたあと朝陽の一言で朝陽、護、ハーピーの三名は護行きつけのラーメン屋に来た。
「大盛り一丁」
「うち特盛り、あと焼き飯とから揚げ」
「並を一つお願いします」
ハーピーはあまり空腹は感じていなかったが左隣に座る少佐はそれでは納得しないだろう。
先ほどの様子だと随分心配させていたようなのでここは食べ切れそうな量だけ食べておこうと思う。
「飲酒した後はラーメンでシメをする、という風習が『日本』という世界にはあるようです。これはラーメンにはイノシン酸と呼ばれる成分が含有されていてこれがアルコールの分解に有効な成分とされていることが現在判明していますイノシン酸は肉や魚のような動物性の食材に含まれているのですがラーメンは肉や魚を煮出した出汁をスープに使用しているのでイノシン酸を摂取することが可能になるのです他には麺に」
「少佐殿、両手に花持ってそんな味気のない話してちゃいけんで」
護が話に夢中になりかけていたら早々と底の深い丼に入ったラーメンが置かれた。
普段から旅団を相手に商売しているためか並でもかなり量が多い。これは食べ切れるのだろうかと不安になっていると護と朝陽の分も提供される。
護の丼は実にハーピーの2倍、朝陽に至っては三倍近い大きさがある。
ハーピーは思う。自分が食べないのではなくこの二人の食欲が凄まじすぎると。
「朝陽、いただきますしてから食べんさい」
「うん、いただきます」
逆隣の朝陽は護の言いつけを守って手を合わせてから巨大な丼に箸を突っ込んですごい勢いで食べていく。
朝陽は護よりだいぶ小柄なのにそれを感じられないくらいの食欲だ。
そういえば恭士郎さんも細身だったけどもっと大柄な転生者と大食い大会に出て勝ってたことがあったことを思い出した。
体の大きさと食べる量は案外関係がないのかもしれない。
「ハーピー殿もどうぞ。品質は小職が保証します」
「は、はい」
そうはいっても自分の顔より大きい丼を見るだけで満腹になりそうだ。
「では、いただきます」
護も手を合わせると箸を使って麺をすすりはじめる。
こちらもすごい勢いだ。
「二人共相変わらずいい食いっぷりですなあ」
「いえ、今はだいぶ量が減りました。歳を取ったということでしょうね」
「少佐殿はまだまだ若いじゃろ。四十肩になってからが本番よ」
「今より食べる量が減ったらここに来る楽しみも減ってしまいますね」
「少佐殿は嬉しいこと言うなあ」
成り行きで護の管理下に入ることになったが、ハーピーは護には好感を持っていた。
ところどころで覗かせる育ちの良さに心地よさを感じるためだ。
旅団司令の駒野中佐や、楠大尉も礼儀正しくきっちりした印象があるけど護のそれはそれとは別種のものだ。
訓練や教育の賜物というわけではなく、なんだろう、生まれもっての才能とでも言うのだろうか?
そういえば殿下もそういうところがあったと思う。
8歳の時に嫁いだ領主の第三王子、家臣や後宮の妃たちには問題児と言われてたけど自分はそうは思えなかった。
まだ幼く何もわからなかった自分にいつも優しかった。
いつか大きくなったら殿下のためにお世継ぎを作って差し上げたかった。
それは今となっては叶わない。
「小職が、どうかしました?」
目の前の少佐は、殿下とは全く似ていない。似ていないのに、なぜか同じものを感じてしまう。
「いいえ、少し昔のことを思い出していました・・・」
大きくなれば、大人になればいつか自分も、あのときは大人になることに希望を持っていたように思う。
逆隣の朝陽は自分の三倍近い大きさの丼を平らげて焼き飯とから揚げにかかろうというところだった。
あのときは自分も朝陽のようになってたくさん子供を作れるようになれるのだと無邪気に考えていた。
ほとんど減っていない丼を見るとそうはならなかった事実を突きつけられる。
あれから伸びたのは身長だけ。
こんな痩せた体では殿方を喜ばせることなど出来はしない。
護さんは私に良くしてくださるけど、それは渡来人としての能力を買ってくれているだけ、決して女性としての評価ではないことは肝に銘じておかなければならない。
緋ノ本の殿方は逞しい女性が好きなのだ。朝陽のように。
自分に良くしてくれるからと愛人気取りになっていては護さんに恥をかかせてしまう。
だから自分ができることは転生者:ハーピーとして彼の剣となることだけなのだろう。
殿下には何もして差し上げられなかった、その代わりになるわけでもないけど、どこか殿下に似ている少佐にはできることをして差し上げよう。
ハーピーはそう考えると、目の前の丼に向き直る。
まずはこの強敵から対処しなければ・・・。
この後、翌日の夕方まで何も食べられなくなった。
To_be_Continued.