第一話:外来種
【理力】
渡来人が奇跡や祝福を発動するのに使う不可視の力
【龍脈】
人体に存在する、理力を流すための不可視の回路
【術式】
理力を奇跡に変換するメソッド。
プログラムのように体組織や機械に組み込む
【外来種】
強い理力を持って異世界から転生した野生生物。
渡来人と異なり知恵を持たないため害獣扱いとなる。
祝福によって強化された体組織は高価な換金アイテムになる。
緋ノ本には異世界からの来訪者、渡来人が現れる。
緋ノ本に住む緋本人が持たざる3つの異能を携えて。
・奇跡:世界の理に干渉し摂理を超えた現象を呼び寄せる。
・祝福:己の心身を人の限界以上に引き上げる。
・神器:先述の2つの異能を携えた唯一無二の道具。
古くから渡来人はこれらの異能によって緋本人に重用されてきた。
―あれ、いいな。 欲しい。
はじめに言いだしたのは誰だったかは今となっては不明だが、この言葉によって緋本人に異能を、という試みがなされるようになったのだった。
黎明期は今では考えられないような試みも多くなされていたらしい。
例えば、人間の器官を使用して渡来人の体組織を体内に取り込む試み。
早い話渡来人の肉を食うというものだが、これはすぐに廃れた。
死体と生体を用いてそれぞれ100サンプル以上を試行したデータがあるが、異能を得たという前例は今に至るも『一切』存在しない。
唯一の成果といえば当時奇病とされていた『狂い病』の原因が人肉食によるものだということが判明したくらいのものだ。
例えば、渡来人の体組織の医学的な移植。
これもうまくいかなかった。
渡来人の体組織を移植した被検体はすべて拒絶反応によってミイラのように干からびて死んだというデータが残るのみだ。
例えば、生物学的な遺伝情報の継承。
これは現在も研究が続けられているが成功した事例はない。
生まれてきた混血児は何代かすればほとんど緋本人と区別がつかなくなる。
この予想外に遠大で難解な試みは、ある渡来人の転生によって錯誤の泥沼から引き上げられる。
―お前らおもろげなことしよるやん。わいも混ぜてえな!
雷帝ベルンハルト。
現『ベルンハルト財団』の総帥であるこの男の参入により試みは大きく前進する。
この男が持ち込んだ緋ノ本にはない技術『魔導学』と、この男が繰り出す無尽蔵の資金によって、緋本人が異能を身に付けられない3つの要因を見つけることに成功した。
・理力:これは理に干渉するのに必要な不可視の力だ。
細かく言えば違うが、奇跡と祝福はこの力を燃料に発動する。
殆どの緋本人は渡来人に比べ圧倒的に理力が少ないのだ。
しかし、逆を言えば少数ではあるが強い理力を持つ緋本人は確実に存在する。
これにより長い迷走の果てに光が射したわけだ。
・龍脈:理力を流すための回路だ。
神経や血管と同じで人体に張り巡らされているが、緋本人の龍脈は退化していて奇跡と祝福の発動に必要な理力を流すことが出来ないのだ。
この問題はベルンハルトが持ち込んだ『魔導学』によって解決したといっていい。
『魔導学』の真髄は閉じた龍脈をこじ開けること、そして脈がない場所に人の手で脈を通すことにある。
とはベルンハルトの言だ。
つまり、先天的に高い理力を持つ個体に『魔導学』の技術を用いることで、異能が使える緋本人は緋本人の手で作ることが出来るのだ。
最後に、
・術式:燃やした理力を奇跡の形に成形するためのメソッドだ。
これはもともと機械工学、電子工学、そしてメカトロニクスの技術を応用できた。
世界は人類のためには作られておらず、それ故人類が解読できないものは多く存在する。
理力と龍脈も解読不能だった。
転機は訪れる。
―プログラム言語によって人類が機械との対話ができるようになったように、同じ技術で摂理と対話できるのではないか?
こうして新たな学問『魔導科学』が産声を上げたのだった。
そして今、この俺、東城護は『魔導科学』の最前線に立っている。
「少佐!目標が進路を変えた!やべえこっち来る!おいおいまじかよ地雷もバラ線も全然効いてねえぞ」
「『外来種』:アラクネか・・・。数は1。輸送隊を襲ったのはこいつで間違いなさそうじゃのう」
戦車の3倍ほどの巨大な胴体を恐ろしく長い8本の足で上空に保持した巨大な蜘蛛が凄まじい速度で緋本原旅団の防御陣地に突っ込んで来る。
外来種。
強い理力を持って緋ノ本に転生した知恵を持たざる生物。
知恵を持たない外来種の多くは奇跡を持たないが、その分生存本能と連動する祝福を強く受ける。
例えば、物理を超えた巨体。
例えば、その巨体を担いで走れる絶大な筋力。
例えば、徹甲弾も食い止める強力な甲殻。
「砲弾も効かねえのかよ・・・。なあ少佐!ここは危ない早く逃げようすぐ逃げよう!」
「少し黙れ」
「ガッ!?」
接敵前から逃げ腰の鳩村上等兵をリボルバーの銃把で殴って黙らせる。
祝福お受けた外来種の力は絶大で祝福を持たないほぼすべての在来種はなすすべなく殺されてしまう。
外来種一度住み着けばそこの生態系は確実に破壊される。
だからこそかろうじて対抗できる唯一の在来種、武器を持った人間が駆逐する必要があるのだ。
「ハーピー殿!」
俺は第一の武器へ通信を入れる。
「はい」
落ち着いた声で答えたのは紫髪、緑の瞳の渡来人の少女だ。
ハーピー。
飛翔の奇跡と風の刃を操る外人部隊の戦士は雪のようなきれいな肌を惜しげもなく見せつける戦闘服姿で俺のそばに現れた。
「アラクネが第3防衛ラインを超えたら出てください。撃破はうちのにやらせるので1分足止めしてくれればあとは後退して構いません。接近時と後退時は砲兵に掩護させますのでこれで合図してください」
俺はハーピー殿に中折式の戦闘拳銃と照明弾2発を渡す。
「あと、これを」
渡したのは彼女が使うための武器だ。
彼女が普段使っている神器:蒼空剣『セレナリア』は保釈金の担保として旅団で預かっているため替わりのものが必要だろう。
「これは・・・」
「緋本刀というやつです。『セレナリア』ほどではないですが龍脈を通しているので貴職の奇跡も問題なく使用できます」
神器の解析と、その再現のために作られた試作刀の一本。
本来は国防官の使用が目的だったが、理力を宿した神器と異なりこの刀には回路だけが存在するのみで、使用者が理力を流し込まねば術式が作動しないという問題がある。
だから理力が低い国防官にはただの棒に過ぎず実用出来ないという結論になり、倉庫で眠っていた。
だが、理力が弱い国防官ではなく、強い理力を持つ渡来人が理力を流し込めば神器と遜色ない性能を発揮出来る。
少なくとも理論上は。
「ありがとうございます。必ずお返ししに戻ります」
「気をつけて。生還を祈ります」
ハーピー殿は飛翔の奇跡により光の翼を生み出すと軽やかに空中へ飛翔する。
整った顔、薄い胸、なだらかな背中、肉の薄い撫で回したくなる尻、細くスラリとした脚が上方に流れ、一瞬でハーピー殿は点になった。
こりゃ予定が早まるな。
「朝陽!準備せえ!」
「ふぇ!?ふぉうふぉんふぁふぃふぁん!?」
もう一つの武器、敷島朝陽は出撃前の腹ごしらえの途中だった。
こいつの燃費の悪さはまだ改善が必要だ。
敷島朝陽は緋本人に低確率で存在する強い理力を持った個体の一人で、俺が龍脈を開き術式を組み込んだ『機導兵』だ。
機械工学と魔導学の産物、機導兵は対応する『機導兵装』を使うことで渡来人と同等の異能を得ることが出来るが、その代償として体力の消耗が激しく、渡来人に比べ継戦能力に劣る。
先日のハーピー殿との戦闘も、あちらが逃げに徹していたら息切れで朝陽は確実に負けていた。
まだまだ改良が必要だ。
「兵装起動!」
朝陽が兵装を起動すると、体内に埋め込まれた龍脈に理力が流れ込み体にくっきりと浮かび上がった。
他にも何人か『機導兵』を見たが、ここまでくっきり浮かび上がるのは朝陽くらいのものだ。
それだけ一度に流れる理力の量が多く、強力な奇跡が使用できるということだが、これが継戦能力を奪っていると考えると素直に喜べないところではある。
今旅団にハーピー殿がいてよかった。
朝陽の兵装の起動時間を最低限にできることは現状でもっとも具体的で実行可能な対策になる。
「教官、準備、いいよ」
考え事しているうちに朝陽は準備が出来たようだ。
焦げ茶の髪は黄色に変わり、肉付きの良かった体は龍脈にカロリーを吸われて細くなった体に緑の戦闘服を纏い、ハルバード型の機導兵装を素振りしてみせる。
「照明弾だ!」
「砲兵!援護しろ!」
砲兵の射撃開始と同時、100キロを超える高速でこっちに向かって来たアラクネの脚が止まった。
祝福:反応速度上昇。
アクティブスキル:縮地。
ハーピー殿が使った異能はこの2つ。
「風刃!」
アラクネの八本の脚、その右側の四本が同時に関節で分断され、胴体が地面に落下した。
恐ろしい速さだ。
アラクネは自分を襲った何かに腹に仕込んだ大量の繊毛を四方八方に飛ばすがハーピー殿はすでに射程の外だった。
そして接近支援のために撃った榴弾が遅れに遅れてアラクネの腹に降り注ぎ繊毛を焼き払った。
「護さん!」
ハーピー殿から通信。
「刀が折れました。ごめんなさい。一時撤退します」
「了解しました。敷島少尉に援護させます」
移動手段の半数を失っても巨大蜘蛛の前進は止まらない。
残る4本の脚で地面にめり込んだ胴体を引きずりながらなおも防御陣地、俺達のいる場所にまっすぐに向かってくる。
「朝陽!行け!」
祝福:身体強化。
強化された両足のバネは重い兵装もろとも朝陽を敵陣に飛ばす。
大顎をガシガシと噛み合わせてアラクネは朝陽を威嚇するが朝陽は前進。
なおも前進をやめない新たな敵にアラクネは蜘蛛ならではの攻撃を仕掛けてきた。
旋回し、腹部を朝陽に向けると大量の糸をぶちまけたのだ。
飛翔していたハーピー殿床となり、朝陽のそれは跳躍。
空中で方向転換できない朝陽は糸の網の中に飲み込まれた。
「おい少佐!朝陽ちゃんやられちまったぞ!?もうダメだ逃げよう!」
おとなしくしていた鳩村上等兵が騒ぎ出したのでアゴを殴ってもう一度黙ってもらう。
「救援に向かいます!」
撤退してきたハーピー殿が半分になった緋本刀を手に再び出ようとするのを制する。
「心配には及びません。うちのは優秀です」
視線の先では勝ち誇ったアラクネが大顎をガシガシと噛み合わせて吐き出した糸を巻き取っていく。
そして朝陽がいる場所に大顎を突き刺すと、かぶりついたアラクネの頭が半分消し飛んだ。
「爆炎!」
連続して炸裂した熱と爆風で糸を焼きながら朝陽が半分になった頭で逃げようとするアラクネに歩み寄る。
―グアアアアアアアアアアッ!
ここに来て、アラクネは目の前の獲物と思っていたものが脅威だと認識を改めた。
4本の脚を振り落とし朝陽を踏み潰そうとする。
「おりゃあ!」
朝陽はハルバード型兵装の斧部を一閃し、甲殻に覆われた脚を甲殻ごと叩き割る。
2本、3本、4本。
そして繰り出された脚はすべて迎え撃ち、全て破壊した。
「火炎弾」
胴体だけになってもなお威嚇するアラクネの頭の残り半分を朝陽の火球が焼き払い、外来種の脅威は排除された。
外来種はなにも人類にあだなすばかりではない。
祝福によって強化された骨格や甲殻は並の金属よりも硬くしなやかで、大体の場合は極めて軽量だったりする。
品質がいいものだと龍脈がそのまま生きていて使用可能なものもある。
これらは機導兵装の素材として有用であり、それゆえ買い手も付くのだ。
特に『ベルンハルト財団』は研究サンプルとして欲しがる上に金満で金払いがいい。
「ハーピー殿が切り落とした脚4本は断面もなめらかで状態もいい。『財団』もいい値をつけると思います
朝陽が破壊した部位はことごとくコナゴナになっている。これでは屑鉄に毛が生えた程度の売値しかつくまい。
こういう真似が出来ないことも朝陽を改良していく上での課題と言えるだろう。
なにせ、外来種の体組織の売値は旅団の運営においても無視できない割合になっているからだ。
きれいな状態で殺傷できればそれだけ利益率も上がるし、ただ殺傷するだけでは持ち出しで旅団は干上がってしまう。
旅団の運営はいうほど羽振りがいいわけではないのだ。
国税だけで運営すれば旅団は3日で壊滅する。メシ代にも届かないはした金しか地方の旅団には回ってこないからだ。
俺はハーピー殿に金額を書いた小切手を渡す。
「こちらは今回の報酬です」
「はい、ありがとうございます」
ハーピー殿にかかっている保釈金は母体である外人部隊で払える額ではなかった。
少しでも保釈金の返済に協力したいと申し入れがあったので有効に使わせてもらうことにした。
この判断は間違ってはいないといっていい。
「少佐、外来種の残骸を回収終了しました」
「ご苦労さん」
後処理にあたっていた楠大尉が報告に来た。
「少佐、少々お耳に入れたいことがあります」
「話してみ?」
「今回の外来種の襲撃、妙だと思いませんか?」
楠大尉は襲撃があった地点に印をつけた地図を広げる。
「こちらの襲撃地点ですが、全て旅団の輸送経路と集積場に集まっています。前例が3件と少ないので断言できないですが、家畜への被害がないのは不可解です」
「一理ある」
外来種は知恵を持たない。
だから戦略目標や兵站の概念が存在せず、存在しないからこそ己の生存本能を優先して動くのだ。
そこで外来種が優先して狙うのは装甲のついた輸送物資ではなく、カラがなく食いやすい家畜が襲われる傾向が高い。
兵站が滞れば旅団には痛手だが、旅団が困ったところで腹は膨れないから外来種にとっては食いづらく反撃を受けるリスクがある旅団を襲うことに旨味はないのだ。
俺の見解を言おう。
「俺はこの大蜘蛛に芸を仕込んだアホがおると判断しとる」
外来種は強力だが、それゆえ味方につけることで強力な戦力にすることが出来ると考えられている。
その考えを実際に行動に移しそうな人間はだいたい3種類。
1.機導兵を持たない旅団が芸を仕込もうとして失敗した。
2.旅団に恨みを持つ個人、集落が餌付けを行った。
3.『神域』から来た世間知らずのアホが人間の味を教えた。
1.については駒野中佐から近隣の旅団に問い合わせてもらうとして、
2.は厄介だ。旅団を恨んでそうな集落は両手の指では足りないくらいには多く管理区域広範に散っている。そのすべてを見張るには兵隊が足りない。
こういう集落は外来種の他に転生したての渡来人を抱き込んで反乱を企てることも珍しくない。
ちょうど先日交戦した治田村のように。
「周辺集落に通達を出そう。外来種の(モンスター)を飼育および渡来人を匿っている個人、集落を発見し通報したものには旅団が報奨金を出すとな」
これをすれば虱潰しにするよりは楽に済むだろう。この手の反乱は集落規模で行われるが、隣接する集落同士は仲が悪い。
こういっておけば、互いにアラを探し合うのだ。
通報の大半は小銭目当てのガセだが、それでも牽制にはなるし兵隊を貼り付けるより大幅に安く上がる。
3.これも厄介だ。緋ノ本には渡来人も外来種が転生しない『神域』があり、そこで生まれ育ったものは外来種の恐ろしさを知らないからだ。
物見遊山で地方に来た神域のボンボンが物珍しさから外来種の幼体に餌を与えて人間を襲うように仕立て上げるのだ。
そしていい事した気になって神域に戻り『国防隊不要』のプラカードを担いで英雄気取りになるまでが一つのパターンとなっている。
「神域絡みでなければいいですがね・・・」
「そうじゃのう」
旅団や集落の連中はこういうやらかしを不祥事だと自覚している。
だから一度痛い目を見ればほとぼりが冷めるまではおとなしくするだろう。
しかし、神域が絡むと事態は長引くことは確実だ。
神域の人間は善行を行っているつもりでいるから絶対に態度を改めないし、国防隊を見下していて逆張りで余計に餌付けがエスカレートするまである。
「しばらくは気が抜けんのう」
車輌が撤収を始める。
「ハーピー殿、撤収します。朝陽を起こしてください」
臨時で拵えた司令部のテント、ハーピー殿が兵装を抱いて眠る朝陽に近づくと朝陽はすぐに目を開いて兵装を振り抜き、ハーピー殿は一瞬で飛び退いた。
「撤収です。護さんが呼んでますよ」
「あんた、なんで教官を名前で呼んどん・・・」
「なにか問題がありましたか?」
「うちの教官に馴れ馴れしくせんとって!」
「えっと・・・」
「朝陽!はよ来い!ハーピー殿を困らせんな!」
朝陽はハーピー殿を乱暴に押しのけると肩を怒らせてドスドスと兵員輸送車に乗り込み椅子に座り込む。
でかい尻に押しのけられるように周りの兵隊が距離をとった。
―女はああなると手がつけられないんですよ。
とは楠大尉の言。
ハーピー殿が来てから朝陽はこんな感じだ。
朝陽を引き取って八年、昔より多少明るくなったかと思ったらこれだ。
俺を好いてくれるのは悪いと思わないが朝陽は俺の命令しか聞かない。
国防隊に来るまで、朝陽と二人三脚だった頃は大した問題ではなかったが、上官の楠大尉や駒野中佐の言うことも聞かないのはいくらなんでも問題がある。
幸い、駒野中佐も楠大尉も示しがどうのメンツがどうのいうような人間ではないため今の所問題は顕在化していないがこれは間違いなく問題だ。
朝陽は祝福と奇跡で死ににくくなっている。
しかし俺は流れ弾にあたっただけで死ぬのだ。
それに、俺が32で、朝陽が16、2倍の年齢差がある。
朝陽が今の俺の年には俺は64のジジイだ。
いつまでも一緒にいることは出来ない。
「考えにゃいけんことが多すぎるな・・・」
考えることは多いが今日はこれで閉店だ。
帰投して酒のんで寝よう。