序章3:外人部隊(レジオン・エトランジェール)
設定をいくつか:
【外人部隊】
渡来人の互助組織。
渡来人の戦闘訓練から仕事の斡旋、国防隊に捕まった場合の交渉も行っている。
【自己防衛】
渡来人の奇跡の一つ。
危機が迫ったとき、被害が少なくなるように自動で動くスキル。
被害を少なくするため、『死んだほうがマシ』と思ったら全自動で死ぬことがある。
外人部隊はこの世界、緋ノ本に転生した『渡来人』で構成される『渡来人』のための互助組織である。
ある渡来人は『冒険者ギルト』とも呼ぶこの組織の活動は大きく分けて3つ。
1.転生した渡来人の保護及び緋ノ本に適応させるための訓練の施行。
2.訓練した渡来人への仕事の斡旋。
3.外人部隊が登録した渡来人の所在、動向の管理。
である。
今回その外人部隊渉外部が慌ただしくなった理由は1と3だ。
緋ノ本が擁する常備軍、国防隊の管理区域に新たな渡来人が転生したこと。
これだけならまだ良かった。すぐに回収のための部隊を派遣すればいいだけの話だから。
問題はその後、偶然原住民の依頼で同地区で戦闘を行っていた『サイクロプス』の分隊が戦果を拡大させ、国防隊緋本原旅団との戦闘にまで発展させ3名が捕虜になってしまったことだ。
―なんであんなとこに転生するかね?前世じゃよっぽど要領悪かったんだろ。
―サイクロプス・・・あのスットコめ、あれほど国防隊と事を構えるなと言ったのに。
―言っただけじゃあのアホは覚えませんよ・・・・。あのおっさん、鬼みたいに強いけどそれを補って余りあるくらいアホなんで。
―だからいつまで経っても銀等級まで上がらないんだよな・・・。
―目付役にハーピーをつけたのが裏目に出るとは・・・。真面目な子なのに一緒に捕まるなんて。
―でもあの子押し弱いとこあるから・・。
―緑の悪魔と交戦したらしいじゃない・・・。よく死なずに済んだよな・・・。
―ていうか、ハーピーちゃん銀だよな?銀等級でも緑の悪魔には勝てないのかよ・・・・。
とどのつまり、難しいことを嫌うやつのせいで簡単に済むことがめちゃくちゃ難しくなっているわけだ。
「そ・・・それでね・・・『ハーピー』『サイクロプス』『未登録個体』を、w、我々の旅団で、あ、預かってるの」
壁にかけられたスクリーンから丸メガネにお下げ髪の少女が無意味に高い声で喋りかけてくるが、実際には40代のおっさん、つまり緋本原旅団司令官の駒野中佐が自身のアバターを投影して喋らせている。
これは厄介だ。
渉外部には交渉に長けた奇跡を持つ構成員が配置される。
・魅了:目を合わせた相手の意思決定能力を一時的に喪失させる。
・話術:聞いた相手の判断力を低下させる。
などの能力だ。
しかし、先方の要望で行っているディスプレイ越しの交渉では魅了は役に立たず、音声は緋本原に届く頃には抑揚皆無のMANJUTALKのゆっくり音声に変換されて届いているだろう。
交渉に係る奇跡は己与える情報を直接相手に知覚させないと効果が得られない。
こちらの動きはことごとく対策されいて、それによって緋本原旅団には渡来人の能力に詳しいブレインが存在することを意味している。
「我々としましては、国防隊の方々にご迷惑をおかけいたしたことを・・・」
交渉役が当たり障りないことから切り出す。
普段奇跡に頼って相手が手玉に取れるのが当たり前になってるせいで始めの時点すでにヘタれてしまっている。
「m・・・まえおきはいいよ。本題にうつろ?」
「ひっ・・・ひいっ」
「m、まずね?外人部隊は捕虜を変換してほしいんでしょ?」
交渉役はすでに腰が引けている。
声が詰まって代わりに首をブンブン振って肯定。
「d、でもね?わたしの旅団も、い、いっぱい被害出たんだよ?計測している範囲でね?
・自走砲3:輌
・精密機器:4挺
・兵員輸送車:1輌
・旅団に4機しか配備されてない『貴重な』航空機:2機」
ここで、中佐じゃない別の声が入る。画面外にいる参謀クラスだろうが、これも女の声に変換されている。駒野中佐に何某か伝え、中佐は何度かうなずく。
あ、あとね?
駒野中佐は付け足す。
「へ、兵員3名死亡、15名重軽傷。こ、これが一番ひどいと思うんだ。兵隊の訓練から、衣食住から給料から、r、旅団はいっぱい投資してるんだよ?それがこうも簡単に失われるのは、s、それはひどいことだと思わない?」
全く思わない。
緋ノ本では兵隊など葉書一枚で一分あれば中隊が編成出来る程度には安い買い物だということは渉外部の誰もが理解していた。
そもそも大事だと言うなら一番最初に言えよなんで最後に思い出したように言うんだ。
だが、金をせびる口実に出来ると思ったら駒野中佐は葉書三枚を金塊に変えないと気がすまないようだ。
「か、彼らの身代金な、なんだけど・・・こんな感じでどうかな?」
―金:1500億縁也。
こいつらは迷彩服を着たヤクザだ。渡来人の平均生涯年収が5億縁だぞ!?
金かかってもいいからハーピーだけは連れ戻せと総帥から受け取っている予算より桁が一つ多い。
舐めてるのか?
実際はおっさんが喋っているのだろうが、変換された幼女声が余計にそう感じさせる。
「い・・・いくらなんでもこれは・・・払えません・・・」
しかし、それで引き下がったら渉外部の地位は失墜だ。
捕虜の身代金の支払いを渋った事実が知れ渡れば、外人部隊の士気にも関わる。
構成員の約半数は身代金が仕払われるからという理由で名を連ねているし、構成員を野垂れ死にさせないことは部隊の創設目的であり、矜持だ。
だからこそ、引き下がるわけにはいかない。
「s、支払いがf、不可能ということならわ、我々にも考えがある。捕虜の身柄は、『財団』に売り渡す」
「わーわーわー!」
交渉役の苦心をあざ笑うように駒野中佐は次なる凶悪なカードを切ってきた。
『ベルンハルト財団』、通称『財団』は技術者、魔道士、錬金術師を囲い込む渡来人の新興勢力だ。
外人部隊との違いは2つ。
・外人部隊は労働力を売るが『財団』は武器と機材と技術を売る。
・外人部隊の財布は軽いが『財団』には金がある。
後者は特に厄介だ。
先程の法外な身代金はおそらく前もって財団とネゴした結果の数字だろう。
こちらには法外でも、あちらには出せるのだ。
まずい、これはまずい。
外人部隊にとってハーピーを失うのは痛手だ。上位の構成員が『財団』に引き抜かれる中残ってくれている貴重な銀等級なのだ。
なんとかしなければ、なんとか・・・。
「h、払えないなら話は以上だ」
「待ってくれ!」
交渉役は通信を切ろうとした駒野中佐に追いすがる。
交渉役は息を整え、ディスプレイを睨みながら一言。
「分割でいいですか?」
「あー疲れた・・・」
相手側を映したディスプレイが落ちるのを確認して駒野中佐は後方に向き直る。
同席していたのは東城少佐と敷島少尉、あとは前述した捕虜3名だ。
結局外人部隊は時間かかっても身代金を払うからハーピーだけは返してくれ、これ以上は譲歩できない、という答えを返してきた。
一度くらいは値切ってくると思っていたが予想外に順調に進んだ。
東城少佐の入れ知恵で『財団』の名前を出せば値切っては来ない、という話は聞いていたがここまであっさり戦意を失うとは。
『財団』との交渉は東城少佐が行った。
研究員時代に『財団』とコネクションがあったらしい。
倍の額を言っても『財団』に支払う余力はあるということだったが、外人部隊に恩を売ったほうがいいだろうという少佐の進言で今回は分割払いで受けることにした。
「み、『未登録個体』については1週間後外人部隊へ引き渡す。
さ、『サイクロプス』『ハーピー』の両名はみ、身代金の支払いが終わるまで旅団で働いてもらう」
「温情に感謝します」
「おい、飯は出るのか?住むとこはどうすんだよ!」
深々と頭を下げるハーピーと、駒野中佐に噛み付くサイクロプス。
未登録個体は沈黙。
駒野中佐に向いてる3人の後ろで槍の石突でコツコツとタイルを叩く敷島少尉を恐れているようだ。
「住居と食餌については我が旅団で出させていただきます」
駒野中佐に代わって東城少佐がサイクロプスに説明を行う。
「まずサイクロプスについて元は治田村の住人と同行して鉱脈での労働を行っていただきます。貴職の任務は鉱脈に巣を作っている潜地竜からの鉱夫の護衛及び駆除をお願いします。
潜地竜の駆除及び所定重量の鉄鉱石の採掘で釈放になります」
「飯が出りゃなんでもええわ!今釈放されても家の電気止められてるからな!」
サイクロプスはゲラゲラと笑う。
未登録個体は『悩みなくていいよな』といいたげにサイクロプスを見上げている。
「ハーピーはしばらくは負傷の治療にあたってもらいます。治療終了後は小職の指揮下に入っていただきたい」
「はい」
「両名とも、当初の予定以上に功績を上げた場合は早期の釈放も考慮に入れています。
両名の献身に期待していますよ」
「よーし、てめえらオレ様についてこい!」
「へい!兄貴!」
指導者クラスの大半を失った治田村青年団の生存者はサイクロプスを新たな酋長に祭り上げたようだ。
サイクロプスのおっさんもまんざらではないようで、新たに湧いた舎弟を引き連れて意気揚々と輸送機に乗り込んでいった。
「何から何まで、ありがとうございます」
「当然のことをしたまでです。ハーピー殿へは小職から追って通達を送りますので今は治療に専念してください。腕だけでなく内臓もいくつか損傷しているので無理は禁物です」
ずんぐりむっくりしたおっさん、東城少佐が顔と体格に似合わない紳士的な喋りでハーピーさんと会話している。
美女と野獣か、口ぶりに似合わないにやけ面のおっさんの手がハーピーさんの小ぶりなお尻に伸びているのを僕は見逃さなかった。
ていうか、ハーピーさんは嫌がる素振りくらいは見せてほしい。
なんか満更でもなさそうだし、この人は男の趣味が悪いのかもしれない。
「あのトリ女・・・うちの教官に色目使ってからに」
僕の隣ではタレ目で茶髪の女の子(確か朝陽と呼ばれていた)が憎々しげにハーピーさんを睨んでいた。
怖いんですけど、小柄な体の倍近い長さの槍の反対側が半分ほどコンクリートの地面にめり込んでるんですけど!?
「おい小僧!」
美女と野獣の談笑が中断し、野獣のほうがよってきた。
「なんですか?」
美女とトレードですか?そうじゃないならどっか行ってください。
「おみゃ面白い奇跡を持っとるのう」
なんで喧嘩腰なんだよこのおっさん。
「俺は渡来人の奇跡を多少かじっとってのう。『自己防衛』はかなり珍しいんじゃ。『国防隊』『外人部隊』『財団』、どこも自力開発出来とらん。
たまに初期に持って転生するやつがおってそれがおみゃゆうことじゃ」
「はぁ・・・」
すげーどうでもいい。
「この自己防衛、ちゅうんはな?」
パッシブスキル:自己防衛
僕の上半身が勝手に後ろに反り上がり、僕のアゴがあった場所を野獣のグーパンチが通過していった。
あぶねえ!
「な、何すんだ!?」
「自己防衛の実演よな。自己防衛は自分に危険が迫ると被害が少なくなるように自動で動ける奇跡でな。おみゃは戦闘慣れしとらんみたいじゃが、それでも竜崎の小隊から逃げ回れたのはそいつのおかげっちゅうわけじゃ」
「あ・はい・・・・」
ゴロゴロ転がってた記憶しかない。
「ただ、これにはちょっとクセがあってのう」
野獣は朝陽ちゃんに耳打ちすると、朝陽ちゃんは槍を操作し、黄色い髪と緑の鎧の姿になった。
そして野獣は僕に向き直ると拳を振りかぶった。
あぶね!?
パッシブスキル:自己防衛
殴られるフリをして、鼻を折られる。
「#$%&!<>!」
痛い!フリじゃなくほんとに痛い。
めっちゃ鼻血出てる。
「ふぁ・・・ふぁんで?」
自己防衛はちゃんと発動したのに?
「ネタばらししてやろう。俺は朝陽におみゃが避けたら殺すように命令しとったんじゃ。
どうあっても被害を受けるときはマシな方を選ぶように動くようになっとる。不死身になるわけじゃないけえ気いつけえよ?」
ありがたいお言葉をありがとう。できれば殴らないで教えてほしかった。
まだ鼻血出てる。
あとな、野獣は付け足す。
「ハーピー殿から聞いとるかも知らんが、『死んだほうがマシ』とは考えんことじゃ。それで自己防衛が発動して死んだ前例をいくつか聞いとる。緋ノ本では生きとりゃ大抵なんとかなるけえのう」
「あ・はい・・・・」
「朝陽、治してやれ」
「はーい」
重い武器と鎧を持っているとは思えない速さでうずくまっている僕に朝陽ちゃんが近づいて来て篭手に包まれた手をかざした。
「回復」
朝陽ちゃんの手が柔らかく光り、僕の鼻は元の状態に
「#$%&!<>!」
痛い!?めっちゃ痛い!さっき殴られたのをスローで逆再生されてる!?
めっちゃ痛い、めっちゃ痛いけど鼻は治った。
「あんた、ええな。教官に気に入ってもらえて・・・・」
バイザーの裏側の朝陽ちゃんの顔は若干不機嫌だ。
日本では気に入った人間の鼻をへし折る習慣はなかったからよくわからない。
「おみゃはこれから外人部隊で訓練を受けるが、優秀なら『二つ名』が付くようになる。『二つ名』がついたら俺からも依頼を振るけえのう。小遣い稼ぎさせちゃるわ」
よし決めた。僕はこのおっさんの仕事は受けない。