序章2:国防隊
前書きに変えて設定をいくつか
【国防隊】
緋ノ本が持っている軍隊、自衛隊くらいの装備を持っている。
【旅団】
地方ごとに存在する国防隊の部隊。
自衛隊より発言力が強く実質的には州軍扱いとなる。
【奇跡】
異人(渡来人)が扱うことが出来る技術。
摂理に干渉し、超常の力を行使できる。
魔法とか武技とかそんなの。
【祝福】
渡来人の能力などを向上させる。
通常無意識下で発動するが、人為的に操作することも可能。
【機導兵】
国防隊が持つ対渡来人、対外来種用に特殊な技術によって後天的に奇跡と祝福を行使できる兵士。
緋ノ本国防隊緋本原旅団に佐原村からの救援要請があったのは二日前の話だ。
佐原村は隣の治田村と頻繁に衝突を起こしており、今回もその例にもれない。
内容もいつもと同じ、「先祖伝来の水源を隣村の山猿共に不当に奪われた」というものだ。
これは旅団が編成されるより前から発生している問題であり、今となってはどちらが正当な持ち主かなど判断のしようがなく、もはや外部の人間が組みを突っ込んだところでこじれる以外の結果にはならないほどに根が深くなっている問題だった。
そのため旅団としてはそういう問題は各集落間で解決するようにとの通達を送りあとは黙殺、という手順がすでに確立されて久しい。
こうなった経緯は集落間のいざこざだけが問題ではない。
こうした集落は山奥の交通の便が悪い場所に点在し旅団の防衛範囲のほぼ境界であることが多いのだ。
おまけに集落の住人は閉じた空間で自給自足の生活をしていて、旅団に収める『みかじめ料』は微々たるものだった。
それでも何度か支援のために部隊を派遣した事もあったが、移動中に『何者か』の襲撃を受け、未帰還が出る事態が頻発してからは旅団が介入することはなくなった。
そんな中で救援要請が送られてきたということは、送ってきた側は今劣勢だという事実の確認であり、今となっては旅団がそれ以上の意味を見出すことはもはやなかった。
この手の集落間のいざこざは根が深い割に、解決したことで得られるメリットは旅団にはないのだ。
そういうわけで旅団司令:駒野中佐は今回の要請も突き返すつもりでいたが、佐原村からの追加情報によって方針を変えることになった。
―治田村の連中『異人』雇いやがった。
異人。
あるいは『渡来人』呼ばれる彼らは『緋ノ本』ではない別の世界から渡ってきた別種の人類だ。
彼らが出現する経緯は未だ解明されていないが、彼らは、奇跡と呼ばれる常人にはない異能を操り、単独でも戦車一個中隊に匹敵する強力な戦闘力を持っている。
治田村がその渡来人を抱き込んだとなれば、これを放置しておくのは危険というほかない。
もし渡来人を抱き込んだ集落、あるいは渡来人が野心を持って旅団に弓を引けば、それはとてつもない驚異となることは間違いない。
それが未然にわかる程度には渡来人に旅団を乗っ取られた前例は多いのだ。
「し、諸君・・・z、近隣住民の通報によりは、ッ反乱を企てている集落を発見した。これより出撃しこれを撃滅する」
召集を受けた国防帯の兵はぶつくさと準備に入る。
このどもり癖のせいでどうにも下の兵には威厳がないように映ってしまう。
生まれついてのもので、折り合いはつけたつもりだがこういう仕事ではどうしても足かせになっていると感じずにはいられない。
しかし緋本原の兵は勤勉だ。文句は言うが仕事はすることを駒野中佐は理解していた。
それに。
「東城少佐に繋いでくれ。機導兵を出す」
渡来人にとっては不運なことだが、幸運にも緋本原にはこういうときのための備えがあるのだ。
「佐原の回しモンが!足元明るいうちに去ね!」
「おもれえジジイじゃのお、殺すんは最後にしたらあ」
これほど端的ででわかりやすい交渉は日本にいたらまず見ることは出来ないだろう。
暗い緑の装甲車に乗って現れた国防隊と治田村の青年団の違いは迷彩服を着ているかそうでないか、それだけのようだ。
どちらも譲歩とかすり合わせとかそういった意味の単語を親や教師から教わっていないようで、交渉が決裂するまでに2秒とかからなかった。
僕達『異人』はハーピーさんの提案で村同士の中間にある高台で作戦を練っていた。
「国防隊は自走砲を4輌擁しています。まずはこれを無力化しなければ一方的に攻撃を受けることになります」
「クソどもが・・・もう少し前に来ればオレ様の光波斬の餌食にしてやるのに」
ハーピーさんが言うには国防隊の戦車の攻撃は今の位置から治田村まで届くけど僕たちは反撃する手段がないということだ。
「しかし、稜線をまたいでの射撃は着弾観測がなければ十分な精度を得られないので、国防隊は観測地点をまず確保します」
ハーピーさんが地面に書いた地図に丸を書き足す。今僕たちがいる高台だ。
「作戦、というほどのものではないですが、自走砲の無力化は私が行います。皆さんはそれまでここを防衛してください」
すごいシンプルだ。
「なるほど!わからん!」
大丈夫かこのおっさん。
「僕は何をすればいいですか?」
ハーピーさんに一応聞いておこう。さっき言われた内容は理解しているけど僕は銃持った相手と戦える自信はないし、自信があっても自信がないことにする。
言葉にはしないけど荒事には協力しませんという言外の意思表示だ。
それを察してくれたのかハーピーさんの指示はこうだった。
「あなたは『タカの目』で国防隊の動きを見ていてください。進路が分かったらサイクロプスさんに指示をお願いします」
あと、とハーピーさんは付け加える。
「とにかく自分の身を守ってください。生きていればだいたいなんとかなるので」
そうします。ていうか、それしかできません。
「では、皆さん、あとをお願いしますね。鳳翔!」
ハーピーさんはコートを脱ぎ捨てて奇跡を発動する。
白くなめらかな背中から透明な光の翼が出現すると、ハーピーさんは銃弾のような速さで麓まですっ飛んでいった。
「俺様は何すりゃいいんだ?」
「僕らは留守番です」
「何!?そんな話聞いてないぞ!?」
聞いてたよ。理解してないが正解だ。言葉は正しく使おう。
「あの小娘さては一人だけ抜け駆けする気だな?こうしちゃおれんお前らオレ様に続け!」
だめだこのおっさん。
738機導連隊。
緋ノ本国防隊緋本原旅団が擁する異世界からの脅威に対抗するための特殊実験部隊である。
連隊、といってもその規模は小さく、現状の構成員は指揮官兼技術士官の東城護少佐と戦闘員の敷島朝陽特務少尉の2名のみであり、現在陣地構築を行っている実働部隊は東城少佐が司令官の駒野中佐から借り受けたものとなる。
「自走砲は射点に付きました。陣地構築は予定通りに進行しています」
連隊の指揮戦闘車両の天蓋に地図を広げて実働部隊指揮官の楠大尉が状況を報告する。
この調子なら予想より早く準備ができそうだ。
「スマートガンの配置は?」
「外周部4箇所に2基ずつ、計8基設置完了。転送します」
スマートガンは動体探知によって敵を自動迎撃する迎撃火器だ。
「データを受信・・・全機稼働中」
渡来人の中には『隠密』の奇跡を使うものもいる。
熟練したものであれば生物の視覚のみならず五感すべてを欺くことが可能なことを少佐は知っていた。
だが、いかに五感を撹乱しようと、そこに存在する限りその場所の空気は絶えず押しのけられた状態となる。
そして、押しのけられた空気は『隠密』で隠すことはできない。
「朝陽!」
東城少佐は自身の麾下の戦闘員を呼び寄せる。
「はい、教官」
少佐のもとに現れた敷島少尉は迷彩服を着ていなければ民間人と見紛う10代半ばの少女だった。
黒髪が多い緋ノ本人には珍しい焦げ茶の髪とタレ気味の目、分厚い迷彩服から覗く手は、戦場での蛮用にさらされてない柔らかさがある。
その柔らかい手には持ち主とは対称的に無骨で機械的な槍型の武器。
『機導兵装』
機導兵が操ることでこの世の摂理を捻じ曲げ、奇跡を呼ぶ武器であり、機導兵は『機導兵装』の運用のために改造された生きた兵器である。
「これから兵装にスマートガンをリンクさせるけえ起動して動作チェックしんさい」
「うん、兵装起動!」
少尉が槍型の武器をかざすと奇跡が発動する。
少尉の迷彩服が消滅し、異世界の騎士のような緑の甲冑へと再構築され、焦げ茶色だった髪は薄黄色に変化し、丸みのあった体は軽く洗練されたものに変わっていく。
そして薄黄色の髪を縫うように機械的なヘッドギアが構築され、半透明のバイザーが少尉の目の前に出現した。
ここまでが兵装起動の流れ、少佐には見慣れた、楠大尉には見飽きる程は見ていない戦闘準備の過程だった。
「Aが100%・・・Bが100%・・・」
少尉がバイザーに映る数値と画像を確認する間、少佐が大尉に視線を戻す。
「観測地点の攻略だが・・・・」
少佐は自走砲と観測地点を交互に指差す。
「まず砲兵で高地に準備射撃を加えたい」
「しかし、観測データ無しの射撃は効力射が期待出来ませんよ?」
観測地点の候補としての高台は稜線と林によってその全容が秘匿されてしまっている。
高台のどこに、どれほどの敵が潜伏しているかは未知数であり、虱潰しにするには持ち込んだ砲弾は少なすぎる。
「それな」
少佐は大尉の疑問は予想していたようで、というよりよく聞いてくれたと言いたげに指揮戦闘車両の車内からジュラルミンケースを取り出して開けてみせた。
「これは!?」
「新型の無人観測機、その試作モデルじゃのう。これは遠隔操作で最大4機を同時に操作できる優れもんでな。実をいうとこいつの実戦テストをしようと思うとったんよな」
にわかに声の調子が上がった少佐に大尉は一瞬怯むもすぐに質問を返した。
「このようなものを、一体どこで入手したんですか?」
この少佐が声のトーンを上げたときは注意が必要だ。何しろ一度喋りだすと止まらなくなる。それを防ぐにはなにか質問して勢いを殺す必要があるのだ。
「なに、俺の大学時代のツレが兵器廠におってな?そいつが作ったはいいが予算の凍結でお蔵入りになったやつをお友達価格で売ってくれたわけじゃ。書類上は爆破処理したことになっとるがな?まあそういうわけでこいつを失っても誰も困らんちゅうわけじゃな。
あと運用データは取ってツレに送るけえ協力頼むわ」
「わかりました」
東城少佐は生え抜きの国防官ではない。
もともとどこかの大学の研究員で、駒野中佐に見いだされて緋本原に来たのだと楠大尉は聞いている。
こういう経歴で旅団に入った『少佐」は大体が楠以下の正規軍人との軋轢の末旅団を去ることが多いが、楠大尉と東城少佐の関係は現状良好と言っていいだろう。
大尉が我が強くないのもあるが、少佐が独自のコネで新型の機材を入手して麾下の部隊の餌付けに成功したことが一番の要因だ。
東城少佐が再び地図上の高台と自走砲に印を付け加える。
「敵がやろうとしとることは2つ、
1.高台の防衛
2.砲兵の無力化
砲兵の無力化については朝陽が護衛につく。楠は部隊の消耗を抑えるよう動いてほしい」
「具体的に、どうすれば?」
「自分の身を守れってことじゃ。高台と集落の制圧にはお前の部隊がおらにゃいかんけえな」
「了解」
{教官!A~H問題なし。画像、動体、熱源探知すべてリンクしたで}
敷島少尉が槍型の得物その石突部を勢いよく地面に突き刺してみせた。
「よし、これより作戦を開始する」
パッシブスキル:自己防衛。
パッシブスキル:自己防衛。
パッシブスキル:自己防衛。
国防隊が何やらラジコンヘリのようなものを飛ばしてきたのを見たと思ったら、次の瞬間僕は地面を転げ回っていた。
「この野郎!汚えぞ原住民共!正々堂々戦え馬鹿野郎!」
サイクロプスの怒号。
自分の意志とは関係なくグルグル回る視界の端で土砂混じりの炎が吹き上がり、それによって飛散した金属の礫がサイクロプスの取り巻きAを蜂の巣にした。
アクティブスキル:タカの目。
このタカの目の便利なところは転げ回っていても、上から見下ろすように周りが見えることだ。
麓にいる国防隊はハーピーさんが自走砲と呼んだ4台の大砲から規則正しく火を吐かせていた。
「光波斬!」
サイクロプスの眼帯をつけてない側の目が光ると、一直線に放たれた光が砲弾を切断した。
同時に近くを飛んでいたラジコンがサイクロプスの周りに集まり、今度はサイクロプスに砲弾が殺到した。
「うおっ!?」
4輌分の砲弾は防ぎきれないのかサイクロプスは後退、しかし逃げ遅れた取り巻きBは上から降り注いだ炎によって焼き払われた。
「原住民め!なんでこうも正確に!」
「あのラジコンのせいですよ!」
「なに!?よし、あれを落とすぞ!手伝え新入り!」
「嫌ですよ!」
このおっさんさっきので懲りてないのか?
うかつに攻撃したら今度は僕の場所までバレてしまう。
バレたら今度は僕が取り巻きBみたいな目に合うのが目に見えててそんなこと出来るか!
「あ・・・・」
木の間を飛んでたラジコンと目があった。
「火炎弾!」
ラジコンには避けられて、砲弾が帰ってきた。
パッシブスキル:自己防衛。
パッシブスキル:自己防衛。
パッシブスキル:自己防衛。
そしてまた地面をゴロゴロ。
こりゃ無理だ。ハーピーさん早くなんとかしてください。
「着弾を確認。2体撃破。残り2体、攻撃を継続してくれ」
「了解!」
東城少佐は指揮戦闘車両の車長席で砲兵に指示を出しつつ無人観測機を操作する。
両手の指には指貫上の機械、そこから伸びたケーホウショウ車輌に搭載した制御盤へと繋がっている。
この特殊なコントローラーは一人の人間で同時に4機の無人機を操作できる代物だったが、操作性が悪く、一人で1機操作したほうが操作の精度がいいということで不評だったということだ。
―俺はそうは思わんがな。
多少癖はあるが、どの機体もそこまでひねくれた動きはしていない。
それに、森の中の木を掻い潜る程度には精度も良好だ。
さらにいえば観測データは自動で砲兵に送られるため、自分は操縦だけしていればいいのだ。
操作性云々はお上が予算を切る口実ででっち上げたのだろう。
さらに東城少佐は4機の無人機を残る2体に貼り付ける。
眼帯の男は奇跡で生み出した光線で無人機を迎撃するが、軌道が単純で広範囲を攻撃できない攻撃を回避することは難しいことではない。
もう1体ははじめのうちは火炎弾で反撃を試みたが、反撃の斉射を受けて以降は回避に専念したようだ。
「1体戦線離脱。残り1体。楠、制圧の準備にかかってくれ」
「了解」
逃げに徹していた1体が斜面を転がり落ちていったのを観測した。
撃破とはいかなかったが分断は出来たようだ。
そして今も反撃を続ける眼帯にも疲労が見え始めたようだ。
制圧する頃合いだろう。
「各員は発煙弾を携行せよ。光線を撹乱できる。自走砲は弾種を焼夷弾に変更。制圧部隊突入前に準備射撃を行う。森ごと敵を焼き払え」
「ねー教官」
兵装を起動して待機中の朝陽、敷島少尉が少佐に通信を入れてきた。
「ふぉほひょうひ・・・この調子ならうちの出番なさそうじゃない?」
指揮戦闘車両の天蓋で携行食のエナジーバーをかじりながら朝陽は自分の得物眠そうに話しかけてくる。
兵装の起動中は朝陽は激しくエネルギーを消費する。
それこそ使用前後で肉があまり気味の体型が痩せ型に変わるほどに。
兵装の改良、術式の簡略化、朝陽に施した龍脈の最適化など、少しずつ燃費は向上しているが、それでも長時間の運用は課題が残っている。
敵がいないなら一度解除させるか?
そう思ったところで外周部に配置したスマートガンが吠えた。
「Bが射撃開始!Cが射撃開始!」
防御陣地からの通信。やはり伏兵がいたようだ。
「C沈黙!」
速いな。
「朝陽ぃ!」
「うんっ!」
朝陽は得物を構えCに向き直る。その先には紫髪、緑の瞳の翼持つ少女。
翼持つ少女はスマートガンを破壊すると鉄条網を右手の剣で切り開き一瞬で自走砲に肉薄した。
「火炎弾!」
朝陽の叫びとともに槍の穂先から放たれた火球を一瞬で空中に浮上し回避した翼持つ少女は圧縮空気の刃で自走砲の砲身を切断した。
「二号車撃破!」
「くそったれ!」
「楠!歩兵を下がらせろ!」
自走砲に随伴する戦車が機関銃で掃射を浴びせるが、翼持つ少女の動きには全く追いつくことが出来ない。
「爆炎ぉ!」
次の自走砲に狙いを定めた少女に朝陽が得物を振り抜いた。
火球ではなく広範囲に広がる熱と乱流が翼持つ少女を吹き飛ばす。
「D射撃開始!」
飛ばされた先で待ち構えていたスマートガンの弾が都督より早く、翼持つ少女は体勢を立て直し、再接近する。
「させるかぁ!」
朝陽が再び爆風を生成するが、翼持つ少女は同じ手には乗らなかった。
「防壁!」
左手の盾から出現した不可視の壁により爆風を受け流し、流れに乗るように朝陽の頭上に迫る。
「風刃!」
翼持つ少女の剣先から放たれた圧縮空気の刃が朝陽の兵装、肩の装甲に切れ目を入れた。
「っ!」
「っ!」
朝陽は翼持つ少女の速さと軽さに、そして翼持つ少女は朝陽の頑健さに驚きつつもスドに二人は次の動きに入っている。
「火炎弾!」
朝陽の後ろにすり抜けた翼持つ少女への追撃、得物の穂先の反対側、石突部から火球を放ち次の自走砲を狙う少女へ。
翼持つ少女はそれを読み、一瞬で側方へ退避すると、別の自走砲へ向かう。
「三号車戦闘不能」
味方への被害を警戒して攻撃を躊躇った一瞬の間に2輌目の自走砲が無力化された。
「なあ少佐、これやべーんじゃねえの!?」
指揮戦闘車両の運転席から鳩村上等兵は車長席を見る。
「何、的が減って守りやすうなったわ」
このおっさん大丈夫か?
上等兵は敵前逃亡の罪で最前線送りになりかけていたのを少佐に拾われて以来何度も繰り返した疑問を浮かべる。
東城の他にも娑婆から流れてきたインテリの「少佐」は何人もいた。
その多くは戦闘らしい戦闘に出くわさないまま死ぬか逃げるかしている。
なにせインテリ共は鼻が効かない。何がやばくて何がやばくないのかを見分ける鼻が長いデスクワークで退化してしまったのだろう。
そして未来ある兵士を抱えて何も出来ずに消えていくのだ。
「見てみい。敵のねーちゃんペースが落ちとるぞ」
少佐は両手にはめた大量の電線付きのコントローラーで無人観測機を操りながら緊張感のないことを言う。
「何のんきなこといってんだ!?ここにいたらやべえって!」
翼のついた渡来人の女は少佐の部下の緑のガキンチョに阻まれて残りの自走砲を攻めあぐねている。
上等兵は学はなかったがこういうとき敵が次に狙うのがなにか心当たりがあった。
翼のついた渡来人の女は風を起こして緑のガキンチョに砂煙をぶつけると一気に加速した。
「ほら来たぁ!」
敵に脳ミソがついているなら優先して狙ってくるのは
・もっとも火力があるもの
・一番偉いやつ
この2つだ。
「ひっ」
ペリスコープに一瞬女の白い体が映ったかと思えば次の瞬間には装甲板を突き破って上等兵の脚の間に刀身が付きこまれた。
「ひいいいいいい!」
「爆炎ぉ!」
次の瞬間ペリスコープが炎によって赤く染まる。
緑のガキンチョが出した炎が指揮戦闘車両を炙ったせいだ。
「うわあぁ!?車外1200度!もうダメだあああああ!」
「車内は32度じゃ!死にゃせん!」
「いやだあああああ死にたくないいいいいいいいい」
「鳩村ぁ!この戦場で一番安全なのはこの箱の中じゃ!ここにおって死ぬやつはどこにおっても死ぬ!安心せえ!」
「できるかあああああああああ」
「よし、退いたぞ。鳩村、反撃するけえ燃素を祭壇に充填せえ!」
「分かるかあああああああ!ごはっ!」
錯乱状態の上等兵は少佐が繰り出したリボルバー拳銃の銃把で殴られて無理やり黙らされた。
「つべこべ言わずに弾薬庫にある太いもんをきつい穴に突っ込め!」
渦巻き模様の円筒には魔力がある。
これに睨まれたらどんな人間でも死を連想する。
そして一番近い死から逃げるため上等兵は命令に従うのだ。
「朝陽!網を張る。一号車に誘い込め!」
「はぁ・・・・はぁ・・・・」
戦局は膠着した。
初手で自走砲を2輌、国防隊の火力の半分を奪うことに成功したものの、それによって残りの2輌の守りが強固になったためハーピーは攻めあぐねていた。
「うりゃああああああ!」
猛進する黄色い髪と緑の鎧の少女、彼女には心当たりがあった。
『緑の悪魔』
原住民でありながら奇跡を操る機導兵と呼ばれる存在、その中でも特に強力な戦闘力を持つ戦士だ。初めて戦う相手だが伝聞以上に厄介な相手だった。
「風刃!」
緑の悪魔はその鎧の強度に任せ空気の刃が当たるのも構わず突撃してくる。
なんという頑健さ。
―戦車の装甲も切断する風刃が足止めにもならないなんて。
正面からでは駄目だ。ならば。
「旋!」
緑の悪魔の周囲に空気の渦を作る。巻き上げた砂で視界を塞ぎつつ動きを止める。
「風刃!」
緑の悪魔がその長い得物を振りかぶり圧搾空気の刃を振り上げるのを横目に、緑の悪魔の死角へ、狙うは鎧の隙間、膝。
あの防御を崩すのは困難でも足を止めれば無力化出来る。
「舐めんなぁ!」
緑の悪魔はしかし、振り上げた得物を振り下ろさない。脇を引き腰を捻って石突を地面に突き刺した。
「火炎弾!」
地中で発生した火球が行き場を求めて上に吹き上がった。
「うあぁあ!」
地面もろともハーピーの軽い体は爆風に流される。
「くっ・・・」
刀身を突き立てて木の葉のように翻弄される体を固定したところに緑の悪魔が突っ込んできた。
まずいっ・・・。
とっさに盾を構えて身を守っても、爆炎による加速と武器と鎧の質量が乗った突進は受けきれない。
受けた左腕がみしりと悲鳴を上げ、次いで激痛。骨が折れた。
そのままハーピーと緑の悪魔はもつれ合いながら自走砲へと転がっていく。
脱出を試みたハーピーを緑の悪魔の両手が押さえつけ、自身の重さに任せて地面に押し付けた。
「あ・・・ぎっ・・・・」
緑の悪魔はハーピーを逃さず押さえ込みマウントポジションの体勢を取る。
ハーピーはなおも反撃を試みたが、それはかなわなかった。
「くっ・・・み、うあああぁあ!」
緑の悪魔は装甲に覆われた膝でハーピーの折れた左腕を踏みつけた。
激痛で集中を乱され奇跡が形にならないまま消えてしまった。
「う・・・・ぐうぅう・・・」
「このトリ女・・・うちの教官をよくも!」
タレ気味の可愛らしい目に不似合いな闘気を滾らせた緑の悪魔は拳を振り上げた。
―死んどらんぞ。
―いや、むしろあっちがこええよ・・・・。
緑の悪魔の頭部のヘッドギアから指揮官らしい男の声が流れてきた。
緑の悪魔が私の動きを読んだのはおそらくあの声の主の仕業か・・・。
最初に指揮官を倒せなかったのは痛手だった。
「ああもう教官!こういうのは雰囲気だって」
一瞬拘束が緩んだ隙をハーピーは見逃さなかった。
「風槌!」
右手の握り拳のから空気の塊を打ち出す。
狙うは緑の悪魔の頭部。
「がっ!?」
鎧に守られた胴体と異なり、ヘッドギアと透明なバイザーのみの頭部は防御が薄かったようで、緑の悪魔はたまらずのけぞった。
そしてその隙にハーピーは脱出に成功した。
逃げられた!?
朝陽は振り下ろそうとした拳を行き場なく振り払う。
アクティブスキル:武器回収。
振った右手に教官がくれた兵装が戻って来た。
目の前のトリ女は手負い、左腕は折れていて使えないだろう。剣型の神器を回収して再び構えているけど、薄い胸が荒く動いていて息があがっていてなめらかな肌からは粘ついた汗が張り付いている。
満身創痍、に見えるけど多分うちの方が不利かな?
と朝陽は考える。
朝陽があのトリ女の動きに追随出来たのは教官が機導兵装のヘッドギアをスマートガンとリンクさせてくれていたおかげだ。
途中で無人観測機を戻してデータリンクしてくれたおかげで、死角からくる攻撃にもかろうじて対応出来たに過ぎない。
そしてそのことをあのトリ女に気づかれ、ヘッドギアを破壊されてしまった。
教官からの支援無しでトリ女の攻撃をどこまで凌げるか・・・・。
「風刃!」
トリ女が動く。
「爆炎ぉ!」
右、左、正面、どこから来るかわからない、わからないなら全部攻撃する。
近接兵装の槍の穂先から連続で炎を生み出し、予想進路すべて薙ぎ払う。
だが、トリ女は来ない。トリ女は接近を選ばず、3輌目の自走砲を破壊した。
やられた!?
「火炎弾!」
この追撃は悪手だった。
「風槌!」
放った火球はトリ女にそのまま利用された。火球が放たれる直前で先程ヘッドギアを破壊した空気の塊をねじ込まれた火球は急激に増加した酸素によって膨張し破裂、朝陽の体を吹き飛ばした。
「教官!?」
槍型兵装で踏みとどまった朝陽は指揮戦闘車両に目を向ける、いない。
トリ女が向かった先は最後の自走砲、一号車。
トリ女の動きは最初ほどではないが未だ疾く、今から追っては間に合わない。
朝陽はその結果に大きく息をついた。
「局地結界!」
指揮戦闘車両が動いた。
教官の制御のもと、装填した燃素が奇跡へと形を変える。
一号車に向かって行ったトリ女は自走砲を中心に発生した魔法陣、そこから放たれた薄緑色の光の柱に飲み込まれた。
なんてこった・・・・。
ハーピーさんが捕まってしまった。
変な魔法陣の中に飲み込まれて、そこから先はタカの目でも見ることが出来ない。
でも僕もハーピーさんを気にする余裕はもうなかった。
国防隊の兵隊が高台に攻めてきたからだ。
「この野郎汚えぞ!正々堂々戦え!」
サイクロプスのおっさんの奇跡はあっさり対策された。
光を出そうとする予備動作の間に煙幕を投げ込まれ光線は拡散してしまう。
「にゃろう!」
闇雲に振り回した拳が樹齢3桁くらいの木を殴り倒したが、国防隊はそもそも拳が届く距離にいない。
しばらく無駄なあがきをしたあと疲れて動きが悪くなったところで電線のついた銃をたくさん撃ち込まれておっさんは動かなくなった。
このままだと僕も同じ目に遭うんじゃ・・・。
「いたぞぉ、いたぞおおおおおおおおお!」
見つかったああああああああああああああ!?
「火炎弾!」
声がしたあたりに火球を打ち込んだら手榴弾がいっぱい返ってきた。
パッシブスキル:自己防衛。
パッシブスキル:自己防衛。
パッシブスキル:自己防衛。
パッシブスキル:自己防衛。
パッシブスキル:自己防衛。
煙と火と金属片に追い立てられるようにゴロゴロするしか僕に出来ることはなかった。
「風刃!」
本来なら生成されるはずの空気の刃はなく、振った剣が虚しく空を切った。
「うりゃあ!」
振り抜いた剣は緑の悪魔が振った武器にぶつかる。
右手がビリビリとしびれ右手から剣が引き剥がされてしまった。
体が重い、力が入らない。
おそらくこの魔方陣の影響だと思う。
この中では奇跡も祝福も力を失うらしい。
こんな奇跡を持っているなんて。
緑の悪魔の槍に追い立てられ、足がもつれて尻もちをついてしまった。
「いぎっ・・・」
折れた左手が地面にぶつかって痛い。
起き上がれない私の喉元を緑の悪魔の槍の穂先がねぶった。
動けない。
少しでも動いたら殺される。
「そこの渡来人、小職は緋ノ本国国防隊緋本原旅団738機導連隊東城少佐である。治田村は降伏した。貴職の降伏を勧告する」
国防隊の指揮戦闘車両から放送がかかってきた。
どうやらサイクロプスさんも倒されたらしい。
放送が終わると指揮戦闘車両の上部ハッチからその東城少佐らしい男が出てきた。
30代前半くらいの筋肉質でずんぐりした体躯の男性で、元の世界にいたドワーフ族を思い出す。
東城少佐はのしのしと魔法陣に入ると右手を出して微笑みかけてきた。
「怯えなくて大丈夫ですよ。貴職の身柄は小職が保証します」
話の内容に反して粗野に聞こえる太く遠慮のない声音、でもどこか安心できる、どこか懐かしい。
「朝陽、刃をどけえ。美人に傷入ったらいけん」
「えー?」
緑の悪魔は不満を顕にしながらも、すぐに私に突きつけていた刃を離した。
「うちの教官になんかしたら殺すで」
緑の悪魔は少佐を守るように少佐の前に移動した。
しかしどこか緑の悪魔は少佐にじゃれついているような雰囲気がある。
歳の離れた兄弟か歳の近い親子か、この二人には特別なつながりがあるのが分かった。
「こ・・・降伏・・・します・・・」
今の私にこの状況を打開する手段はない。仮に東城少佐に私を助命する意志がなかったとしてももう抵抗することすら出来ず緑の悪魔に殺されるだけだろう。
いや、奇跡も祝福もない状態だと私の痩せた体では男の太い腕を払いのける事もできないだろう。
そこまで考えて地面に倒れそうになった私の体を少佐の太い腕が支えて、そこで私の意識は途切れた。
自走砲を守りきり、高台を制圧したことで残りの経過は順調だった。
戦闘不能になった車輌から砲弾をかき集めて準備射撃を行い治田村の櫓、武器庫、車輌を破壊した。
目と足と武器を奪ったあとは楠以下の制圧部隊が夜の闇に紛れて村を制圧、村長を締め上げて降伏させ、連行するまでの作業が終わる頃には日が登り始めていた。
「おどれらこんなことしてただで済む思うな!」
「佐原の回しモンがぁ!ぶち殺すぞ!」
「サシで勝負せんかわりゃあ!」
治田村の血の気の多い奴らは何が起こったかわからないまま降伏したせいで負けた認識がないのだろう。
だが東城少佐に掴みかかった何人かを敷島少尉が槍で斬り殺したらすぐに状況を理解してタマを抜かれた犬のようにおとなしくなった。
「わ・・・わしらが何をしたというんじゃ・・・わしらは不当に奪われた水源を」
ズドン!
「武器、強奪!
被服、強奪!
兵員、殺害!
お前らが使っている武器弾薬は我が旅団の輸送隊を襲撃して奪ったものだという証拠は上がっている。」
少佐の説明は楠大尉の散弾銃で頭を吹き飛ばされた村長には届いていない。
「そんなの佐原の連中だってやっとるじゃろうが!」
ズドン!
寿命で天に召された村長に代わって講義した青年団の一人が散弾銃で射殺される段になって抗議の声は聞こえなくなった。
「こいつらはどうします?」
ひざまずいて命乞いする治田村の生き残りに散弾銃を向けながら楠大尉が東城少佐に聞く。
渡来人をけしかけて国防隊に反抗を企てた治田村の住人はどうやっても罪人になる。終わったから解放などはありえない。
少佐は少し思案。
「こないだ潜地竜が暴れて崩れた鉱脈があったろ?鉱夫がようけ食われたらしゅうて人手が減っとるけえそこに送ろうと思うわ」
「そうですか・・・」
楠大尉にはだいたい予想通りの答えだ。
集落同士、こと水源の問題は根が深い。国防隊が介入せねばどちらかがどちらかを皆殺しにするまで終わらなかったろう。
まして、戦闘手段を失った治田村の住人を残せば、国防隊撤収後に佐原の住人になぶり殺しにされる、そして渡来人を抱えた治田村を放置すれば皆殺しにあっていたのは佐原の住人だった。
これは実質的に住人の保護であり少佐なりの落とし所だということが分かるくらいには楠は少佐と心が通じていた。
「楠、帰りは指揮戦闘車両はお前が使え」
「はっ!」
そして次の言葉も大尉には予想できた。
「俺は捕虜をちょっと尋問してくるわ」
これも予想通り、少佐は捕虜にした翼のついた女のような細い女が好みなのだ。
楠大尉にはあんな病人みたいな白くて細い女の良さはわからない。
東城護という男は頭はいいが女の趣味は悪いのだ。
「ちゅーわけであと頼むで、あと操縦席に鳩村が漏らしおった。椅子は引っ剥がしたほうがええのう」
まじかよ。
「歩けオラァ!手間取らせやがって!」
「だじゅげでぐだざい・・ぼぐはまぎごめれだだげなんでず」
高台の制圧に向かっていた竜崎中尉の隊が帰投したようだ。
しこたま殴られて顔を腫らした二十歳そこらの渡来人のケツを蹴飛ばしながら楠大尉に敬礼を返す。
「お前が手こずるとは珍しいな」
目から光線を出す渡来人を捕縛してから最後の渡来人を拘束するまでにほぼ一晩かかった。
竜崎がここまで手こずるのは本当に珍しい。
それともこの渡来人が優秀だったのか。
「全くでさあ、一晩中逃げ回りやがって・・・・オラ歩け!」
ドカッ!
「ひぎい!」
竜崎が最後の渡来人を兵員輸送車にシュートするのを確認すると東城少佐が部隊に号令をかける。
「よし、じゃあ帰投すっか」
「教官なに鼻の下伸ばしてんの!?」
意気揚々と捕虜を収容している兵員輸送車に東城少佐に敷島少尉が続く。
ともあれこれで今回の出張は終わりのようだ。
順調に済んでよかった。これなら息子の運動会には参加できそうだ。
楠大尉は指揮戦闘車両に乗り込むとハッチから上半身を乗り出して撤収の指示をかけた。
To_be_Continued.