序章:今日は暮れゆく異界の丘で
本作をご拝読いただきありがとうございます。
本作は原住民から見た異世界転生というコンセプトを思いついたので、未熟ながら作品にしてみようと思って作った作品になります。
舞台は日本とよく似た世界「緋ノ本」
日本と違う点は
この世界では異世界からの転生者(渡来人)が出現するということ。
「緋ノ本」の人間は彼ら転生者と協力、あるいは敵対しながら共存しています。
序章は日本からの転生者「僕」の目線で勧めていく予定ですが、目標としては複数目線の群像劇にしようと思っています。
興味がある方はよっていってください。
序章:今日も暮れゆく異界の丘で
異世界転生。
今ではネット小説なんかで定番のあれだ。
うだつの上がらない主人公がトラックに撥ねられたかなんかして、地球じゃない別世界で生き返る。というやつ。
多くの異世界転生ものだと生き返る前に神様っぽい何かからなんかすごい力とか道具をもらって中世レベルの現地人相手に俺TUEEEするのが定番だけど、今回の場合はどうなんだろう。
少し前まで僕は異世界転生なんてものは信じていなかった。
今は違う。
友人に誘われて始めたロードバイクの初日に山道を走って脇の山から鹿が飛び出して来てとっさにブレーキかけたら空中に投げ出されて崖下に転落して目の前が真っ暗になって目が覚めたら就活の面接みたいにスーツ姿の二人組の前に長方形のテーブルを挟んで座っている状況に似た状況は異世界転生くらいしかない。
「おい」
スーツ姿の二人組の一人ギョロ目ハゲ頭の中年男が声をかけてきた。
「はい」
初対面の人間に向けるにはやけに横柄な呼びかけに対して『努めて』平坦に返事する。
目の前のハゲは知らないけど、敵意に敵意を返すほど僕は子供じゃない。
「チッ」
何が気に触ったのかギョロ目ハゲ頭は舌打ちを一つ、A4の紙の束を投げてよこした。
「何です?これ」
「チッ」
僕の質問にギョロ目ハゲ頭は答えず舌打ちして隣に座るもう一人を顎でしゃくった。
なんだこのおっさん。
絶対客商売とかしたことないだろ。ていうかよくそれで僕の倍位の時間生きてこれたな。
まあ、倍近い時間というのはギョロ目ハゲ頭の外見から推測しただけだから、実際には5年位しか生きてないのかもしれないけど。
このハゲにいつまでも関わっていたいわけではないのでもう片方のスーツ姿に目を向ける。
こっちは僕より少し年上、薄い黄色の髪をショートカットにした青い目の大学出て数年といった感じの女性だった。
「では、私から説明させていただきますね?」
目があったのを合図と見たらしい女の人が話を始めた。
「まず自己紹介からさせていただきます。私、世界局転生支援室所属のエクレールと申します。こちらは
「あぁ、あれはいいです。不要です」
「ア、ハイ」
隣のハゲの情報は必要ないから断っておく。人間の記憶容量は有限だから余計な情報は入れないに限る。
「チッ」
かまってもらえなかったのが面白くなかったのかハゲがまた舌打ち。ほんとにこの個体は生命活動を開始して5年位しか経ってないのかもしれない。
「コホン、まずはじめに、まことに申し上げにくいことですがあなたは不慮の事故により前世、つまり元いた世界日本での生命活動を停止しました」
申し上げにくいと言う割にはその言葉の流れは全くよどみがなく滑らかだった。おそらくこういうことはここでは珍しくないのだろう。
「ええ、まぁ、そんな気はしてました」
この辺は僕にとっても事実の確認くらいのものでしかないから神妙な顔で言われても困るし。
「本来であれば生命活動を停止した人間はその根源、あなたの世界で魂と呼ばれるものですね。これを分解して新たな生命に再構築するんですが、特例によりあなたにはここに来て頂いています」
「特例というと?」
「天力、というのをご存知でしょうか?」
「知らないです」
目の前のエクレールさんは特に驚かず、運悪く視界の隅に映ったハゲは『お前そんな事も知らねえの?ボクチン賢いから知ってるもんね!』的なイラッとする顔で僕の網膜を汚染する作業に勤しんでいた。
「天力は私達の呼称なので、他の世界では異なる呼び方をする場合もあります」
要するに自分ルールじゃないか。あのハゲそんなことでなんであんなに得意になれるんだ?
ここでは天力と呼ばせていただきますが、天力はいわば奇跡を起こす力で、生命が生まれる際にごくたまに天力を持って誕生することがあります」
「僕はその天力を持った人間というわけですか?」
「そうです!」
「チッ」
エクレールさんはお使いができた子供を褒めるように、ハゲは自分を差し置いて褒められてるのが気に入らない悪ガキのように僕の推測を答え合わせしてくれた。
「天力があると何ができるんですか?」
「道具を使わずに火や雷を生み出したり、体を強くしたり傷を癒やしたり、色々できますよ。特に強い天力を持った人間は山を動かしたり海を割った、という事例もあります」
海を割った、は日本で生きてるときに聞いたことがある。映画にもなってる。
「強い天力を持った人はすごい偉業を為せる可能性を持った人たちなんですよ?」
「質問いいですか?」
「はい」
「僕にそんな力があるということでしたが、今まで火や雷が出たことなんかないんですが」
「ハッ」
だからなんでハゲが得意気なんだよ・・・。
「それについて説明させていただきますね」
エクレールさんはハゲを一睨み。しかし、タレ気味な目のせいでいまいち威圧感がなくハゲは堪えた様子もない。エクレールさんは表情こそ変わっていないがこめかみには青筋が浮かんでいた。この人も大変だな。
ていうかあのハゲいらなくね?
「天力は単独で使用することはできないんです。いわゆる『奇跡』を起こすには地力と呼ばれる世界が持つ力に働きかける必要がありまして・・・。あなたがいた日本はこの地力が少なかったためあなたがその天力を活かす機会はなかったのです」
「じゃあ、昔海を割ったりした人がいたって話は?」
「あなたのいた世界に限って言えば偶然かトリックか集団催眠といったところですね」
なんだつまらない。
「あなたが持つ力は、あなたがいた世界では使い道がなかったかもしれません。でも、他の世界では必要とされる力でもあるんです。あなたをここに呼んだのは、あなたが持つ力が必要とされる世界で活かしていただきたいという思いがあってのことでして。もしよろしければお配りした書類に直筆でサインをお願いします」
そう言われて、ハゲに押し付けられた紙束に目を通す。一番上に誓約書があった。
天力を悪用しないこととか、世界局の情報を漏らすな、とか守秘義務的なことが書かれてその下にちゃんと読んだ印をつけるマス、直筆サインを書くマス。
「ちなみに、断った場合どうなるんですか?」
「はぁ!?」
黙ってろよハゲ。
「あなたの生命を分解して再構築します。その際あなたの記憶および人格は完全に分解されあなたという存在は『完全に』消滅します」
それって実質断ったら死ぬってことじゃないかな。
「私共としては承諾していただいたほうがありがたいんですよ?再構築であなたほどの天力を持つ人間が生まれてくる確率は1%もないですからね。ましてそういう人が地力が強い世界に生まれるかどうかまでは私共の管理がおよぶところではないので・・・。なので異なる世界から特別措置としてあなたのような人を呼び込んでいるのです」
「分かった。やるよ」
僕にはどうやら拒否権はないらしく、エクレールさんたちとは利害が一致しているらしい。
僕はエクレールさんからペンを受け取ってサインする。
「ありがとうございます。それではこれより転生の手続きに入らせていただきますね」
エクレールさんに誓約書を渡すと、残りの書類の説明に移る。
「転生に際して私共でも支援をさせていただきます。まずあなたの天力を使用可能にするので袖をまくって右手を出してください」
言われたとおりにするとエクレールさんは机の下からなにかの装置を出した。血圧測るやつに似ている。
促されるままにその装置の円筒部分に右腕お差し込むと、装置が絞まって圧迫される。
「そのまま、あなたが思う奇跡の形をイメージしてください。あとは装置がやってくれます」
ついで、タブレットのような端末を装置に装着するとディスプレイをこっちに向けてきた。
「この画面にあなたが獲得した奇跡が映し出されます。確認してください」
腕が圧迫される感覚は少しずつ強く、窮屈になっているにも関わらず、体の方は何かが解放されているような感覚がある。なんだろう、整体行って全身の血の巡りが良くなって体中を血が駆け巡っているような。
少しして、ディスプレイに表示が現れた。
・アクティブスキル:タカの目
一時的に知覚範囲を拡大、また、見た相手が友好的か敵対的かが色でわかるらしい。
ディスプレイにそう説明が出る前に僕の脳はこのスキルの内容を理解していた。まるで10年以上前から使っているかのように。
・アクティブスキル:火炎
火を生み出すスキルだ。マッチの火くらいのものからサッカーボールくらいの火の玉まで出せるけど、一部モヤがかかっているようだ。
「モヤがかかっているものについては現在解放不可能なものになります。あなたの今後の努力で使えるようになるかもしれません」
「努力してみます」
・パッシブスキル:自己防衛
敵対的な相手から受ける攻撃から身を守るためのスキル。タカの目と併用すれば奇襲を受けなくなる。
そこまできて右手が装置から解放された。
「現在開放できる奇跡は以上です。天力を使っていけば使える奇跡は増えますよ。積極的に使ってくださいね?」
「火炎弾」
そういうわけで早速使ってみる。かざした掌からは野球ボールくらいの火の玉が生成、ハゲめがけて飛んでいった。
「うおっ!?」
ハゲは椅子ごとひっくり返るとすんでのところで火球を躱し、床にそのヤカンみたいな頭をぶつけて悶絶する。
「タカの目!」
頭を抑えてノロノロと起き上がったハゲを見るとハゲから赤い光が出ている。これは敵対しているサインだとすぐに分かった。
「この野郎!」
―パッシブスキル:自己防衛
ハゲから視線を逸していても体はハゲの動きを捉えていた。
僕の体は殴りかかってきたハゲの拳を自動で躱すと、そのまま腕を絡め取り一本背負いで投げ飛ばした。
「グエッ」
背中からタイルに着地したハゲは潰れたカエルのような悲鳴を上げて再び悶絶。
全部自動で自分の体を別の誰かが動かしているような変な感じだけどこの奇跡は使えそうだ。
「それでは次に神器の作成に移ります。こちらはあなたの天力の一部を使って特別な力を持った武器を作成します。どれだけの天力を使うかは自由ですが、神器の作成に使用した天力は回復しないので注意してください」
「つまり僕自身は弱くなる代わりに強い武器が作れるってことですか?」
「そうですね。神器を作成した場合、神器にインストールしたあなたの奇跡をあなた以外の人が使用可能になりますよ?」
「じゃ、いいです」
自分の能力を使ってほしい相手はいないし、自分が使えるスキルを自分で使っても意味がないから当然だと思う。
というか、こう説明されて作ろうと思う人間はいるんだろうか?
「・・・・そうですか。わかりました」
何か言いたげな沈黙があったけどなんだったんだろう。
「以上で手続きは終了になります」
エクレールさんがそう言うと僕の足元には光の輪が生成される。
「ここからあなたは異世界での一歩を踏み出すことになります。幸運を」
光の輪から放たれた光が強くなり、やがて僕の体は光の白に包まれていった。
「あー終わった終わった」
世界局転生支援室:エクレール局員は背筋を伸ばし大きく息を吐く。
さて、これで今回の転生者は全員送った。
最後の一人はあまりしつこく聞いてこないタイプだったから楽で良かった。
めんどくさい案件だと、使えるスキルが気に入らないとか、天力を使わず神器が欲しいとか、スキル全部使えるようになるまで部屋から出ないとか言ってゴネる個体も珍しくなかったから嬉しい誤算だ。
「おい帰るぞおっさん」
お客様向けのトーンではないドスの利いた声で未だ床を転げ回っているハゲ頭の上司に声をかける。
はじめの頃は名前+肩書で呼んでたこともあったが何を言っても舌打ちしか返さないことに嫌気が差してこの呼び方になるまで長い時間は必要なかった。
「クソッ、あの下等生物が・・・」
ハゲが悪態を付きノロノロと起き上がるとブツブツ言いながら開き戸を開けた。
「おい片付けくらい手伝え!」
「チッ」
エクレールの極めて真っ当な意見は舌打ちという万能の返事で返され、ハゲは手伝うことなく部屋を出ていった。
「局長めぇ、産廃押し付けやがって」
いつもこうだ。めんどくさい案件はだいたい自分に回ってくる。
あのハゲにしてもどこの部署でも嫌われてたらい回しになっているのを立場が弱いエクレールに押し付けられただけの話だ。
エクレールの学士時代は史上空前の就職難だった。
多くの学士が職にあぶれ、自身もその多くに入ってしまった。
運が悪かったといえばそれまでだが当事者としては死活問題だった。
結局、親戚のつてを頼りに頼って遠縁の親戚の縁故採用で今の仕事についたわけだが、その直後にその親戚が不祥事を起こし、その身内だからというだけで今の部署に飛ばされて愚にもつかないドサ回りを押し付けられている。
「君の不満はよく分かるよ?でも君、ここやめてどこか行くアテあるの?ここの業務は『極めて』特殊だからね。他じゃ役に立たないんだよね。まあそうじゃなくても『局員』は嫌われてるから雇いたがる企業なんかないと思うよ?帰って飲む酒と布団があるだけマシと思わなきゃ」
上に意見したときに帰ってくる返事はいつも同じ、今では一字一句間違えずに復唱できる。
くだらない仕事。
エクレールの今の仕事に対する認識はその程度だった。
前任者とその一派をまとめて更迭したために仕事に関する資料はほとんど散逸してしまっている。
いや、前任者か他の誰かが不祥事を隠蔽しようとして中途半端に投げ散らかしたせいで散逸したほうがマシかも知れない。
転生してくる人間に説命ができる程度には作業には慣れたが、この業務が何が目的でやっていることなのかは全くわからないし知る必要も感じない。
・仕事に関する理解と自分の待遇には『一切』相関がない。
これだけ知っていれば十分だということを一番はじめに理解したことは幸運だったと言える。
余計な手間をかけずに済んだ。
否、そうやって浮かせた手間の部分に使えないベテランの介護と部屋の片付けというもっと余計な手間をねじ込まれているのだから不運というべきだ。
「やってらんねーなー」
倒れたパイプ椅子、なぎ倒された机、散らばった書類。
これを全部一人で片付けろと。
補佐役と予備人員として一人つけてくれと言ったら回ってくるのはよそに回してもいい人材ばかり。
帰りにお酒を買って帰ろうか、こないだ税金上がったから今まで飲んでたやつより安いやつを。
異世界転生。
現代日本で生活していた平凡な主人公が異世界へ飛ばされるあれだ。
期せずして僕はその異世界転生の当事者となった。
若い女の職員らしい人とハゲから適当に説明を受けて、何か魔法のようなもの(職員は『奇跡』と呼んでいた)が使えるようになって、いざ異世界に飛ばされた僕は一番最初にこう思った。
―なんか思ってたのと違う。
あれだ。
異世界といえばなんかこう、中世ヨーロッパ的なあれを想像するじゃない?
実際僕の目の前に広がっているのは山がちな斜面の多い地形と適当に石を積み上げたような簡易的な石垣、まばらに見える瓦屋根の民家、残りは畑。
まるで子供の頃親につれてこられたおじいちゃんの家だ。
全く異世界という感じがしない。
あと異世界といえば定番は剣と魔法、これに尽きる。
でもここがそういう場所じゃないということはすぐに分かった。
バタバタという落ち着きのない音に目を向けると、乗用車の後ろ半分を荷台に変えたような、自動車だ。
なんだっけ?確か自動車部がピックアップトラックとか言っていた車。
それが四台、ろくに舗装されてない道を進んでくる。
この異世界はすでに産業革命を終えたあとだ。
ていうかここはほんとに異世界なんだろうか?
という疑問が湧き上がったので、さっきやったのと同じ要領で奇跡を使ってみることにする。
これで何も起こらなかったら、ここは日本で、さっきの面接のような何かは夢か何かということになる、と思う。
―アクティブスキル:タカの目。
奇跡は発動った。
視界が一気に広く、深くなる感覚とともにピックアップトラックの全容がクリアになった。
乗っているのは操縦席に運転手がいるのはまあ、当然として荷台にも人間が乗っている1台につき大体6人くらい、計24人、その全てが赤い光を出している。
「え?敵?」
なんで?
僕の疑問に答えるように荷台の上の人影が何やら大きな筒を抱え上げた。
―パッシブスキル:自己防衛。
筒が火を吹くと同時に奇跡によって勝手に地面に引き倒された。
「うわあ!?」
倒れた僕の頭上を赤い尾を引いたなにかが通過し、後ろの石垣にぶつかって爆発した。
「み・・・ミサイル!?」
これではっきりした。
日本っぽく見えても、車が走ってても、間違いない。ここは異世界だ。
日本であんな爆発する武器を白昼堂々使う人間はいない。
「なんなんだあいつら・・・」
誰も僕の疑問には答えてくれない。
4台のピックアップトラックは停車すると6x4のチームに分かれて散開した。
3チームはそれぞれ民家に向かって行き、残りはどこに向かっているかというと、
「おい!異人や、異人がおるぞ!」
「ハルタめ、異人抱き込みよったぞ!」
「相手は一人じゃ!囲んでぶち殺せ!」
こっちに来てる!?
しかもさっき聞こえた異人って多分僕のことなんじゃ。
状況は未だよくわからないけど逃げないとすごくまずい。
―パッシブスキル:自己防衛。
とりあえず後ろの石垣に隠れようと半身を起こしたところで僕の体は勝手に地面に引き倒された。
「頭をあげさせるな!」
リーダーらしいアロハの中年男の怒号とともに僕に向かってくる6人、明らかに田舎のヤンキーといった若い荒くれ男たちは手にした武器(あれは銃だ)を撃ちながら距離を詰めてくる。
なんとか逃げようとするけど銃声がするたびに勝手に奇跡が発動して僕の体は地面を転がってしまう。
分かった、この自己防衛という奇跡は攻撃を受けないための最適な行動を僕の意思に上書きするんだ。
だから相手が銃を使う限り銃で撃たれないための最適な行動、『地面に伏せる』を延々やることになるんだ。
これじゃ逃げられない。
逃げられないなら、迎え撃つしかない。
右手をかざして
「火炎弾!」
「散れ!」
火炎弾が飛び出すと同時に6人が散開した。
「ギャアアア!」
「タケシィ!」
火球は一人に命中してその上半身を黒焦げにした。
それが残る5人を怒らせたようだ。
「おどれゴラァ!」
「ギャッ!?」
またしても僕は地面に転がされる。
奇跡ではなく、銃の柄の部分で殴られて。
「おどれようもタケシをやりやがったのぉ!」
リーダーらしい中年男が僕の髪を掴んで無理やり上半身を起こす。
あんたたちだって僕を殺そうとしてるじゃないか。
と言おうとしたけど無理だった。
中年男が警官が持っているような6連発の拳銃を僕の口に突っ込んだからだ。
「うぐ・・・うう・・・」
自己防衛の奇跡は発動しない。
いや、発動はしているのだろう。ただ、4人に体を押さえつけられてて身動きが取れないんだ。
「ううう・・・んんん~」
「ごめんなさいやろがぁ!」
奇跡、ではなく自分の生存本能で唯一動く首を揺すったのも、中年男の機嫌を損ねただけだった。
こめかみを殴られて目がチカチカする。
「あの世でタケシに詫び続けろやクソ異人がぁ」
中年男からの死刑宣告とともに拳銃の撃鉄が上がるのが見えた。
「んんんんんん~!」
体は逃げようとするけど頭では自分が殺されることを理解してしまっている。
死にたくない。でもどうしようもない。
「風刃!」
透き通るような、それでいてはっきりと耳に届く声とともに僕は拘束から解放された。
全く・・・いろんなことが起こりすぎだ。
異世界に転生したと思ったら日本の田舎で、田舎のヤンキーに追い回されてあげく殺されかけたかと思ったら今度はなんだ?
「おどれ・・・おどれえぁ!」
僕を殺そうとした中年男は右の手首を押さえてうずくまっていた。
「頭ぁ!」
「くそが!他にもおったんか!」
僕を押さえつけていた若いヤンキー風の連中は僕を殺すことも忘れて新手へ銃口を向け直す。
ヤンキー連中の銃口が向かう先には、きれいな女の人、いや、もう少し若いかも。
僕と同年代か、少し下か。
なんというか、目のやり場に困る格好してる。
あれだ、ゲームとかでよく見るビキニアーマー的な格好。
そのせいで小ぶりな胸元と細い脚の付け根以外は白くきれいな肌とスラッとした体のラインを惜しげもなく晒している。
そして、細く伸びた両腕には細腕に不釣り合いな分厚い刃の西洋剣と盾があり、これがより線の細さを際立たせていた。
目のやり場に困ったので顔の方に注意を向けると知的な印象の若干ツリ気味の目に映る緑の瞳、ややウェーブがかった紫の髪、なんというか、この世のものとは思えない。
いや、この世の者ではないのだろう。
耳の形が鋭角三角形のように尖っている。いわゆるエルフ耳というやつだ。
おそらく彼女もこことは違う世界から来たんだろう。
「往生せえや!」
僕がそんなことを考えている間にヤンキーがその彼女に対して引き金を絞った。
「風刃!」
ヤンキーのほうが先に動いたにもかかわらず、彼女が重そうな剣を振るほうが疾かった。
剣の先から発生した刃がヤンキーの銃を両断した。
一人無力化。
「おどれゴラァ!」
残る三人も銃を向けるけど、彼女は同じように生み出した風の刃でたちどころに全員の銃を切断してしまった。
「退いてはもらえないでしょうか?」
ヤンキーを無力化した彼女は人智を超えた速さと強さと不釣り合いな穏やかな声音で語りかける。
「このアマ・・・」
ヤンキーは忌々しげにうなりながらも自分達が劣勢なのは理解しているようで、彼女を睨みながらゆっくりと下がって行く。
「チッ」
そして舌打ちと同時に何か円筒状のものを投げた。
「危ない!」
際どいカッコの彼女が僕の方に飛んで来ると同時、円筒が弾けて光が放たれた。
―パッシブスキル:自己防錆。
またしても発動した奇跡によって僕の五感から光と音が消えた。
状況を整理しよう。
僕が転生した場所は治田村という集落だった。
この村では隣の佐原村と水の問題で何度も衝突が起こっていて僕はそのいざこざに巻き込まれたということになる。
ちなみに、僕に襲いかかってきたのは隣村の青年団ということだ。
「見たか!佐原の連中逃げ帰りおったぞ!おかげで先祖伝来の水源を守ることが出来た。これみんな異人さんのおかげじゃ!」
今僕はその治田村の集会所で祝勝会に招かれていた。
今脳の血管切れそうなくらいのハイテンションで酒を煽っている老人は村の長老らしい。
この長老の話を流して聞いてて分かったことがある。
・この世界には僕と同じように異世界から転生した人間が他にもいること。
・この長老は度重なる隣村の襲撃から身を守るために彼らを用心棒に雇ったこと。
・彼らの働きは長老の予想以上に優秀だったということ。
「あんな奴らこのサイクロプス様にかかれば朝飯前よ!こないだ相手したでかいミミズのほうがよっぽど張り合いがあったぜ」
長老におだてられていい気分になっている大柄の男はサイクロプスというらしい。多分本名ではなく、片目に眼帯してることからそういうあだ名がついているのだろう。
自慢気なサイクロプスをこの村の青年団の若衆が囃し立てる。こちらもヤクザの鉄砲玉みたいな奴らばかりだ。
その脇ではその舎弟と思われる日本人っぽくない二人が気配を消してちびちびと酒を飲んでいた。
このサイクロプスという男はあまり好かれていないようだ。
「お加減はいかがですか?」
おっさんと年寄りのだみ声とは違う涼やかな声、昼間僕を助けてくれた女の人が僕の隣に座った。
お加減、というのは昼間のことだろう。
隣村のヤンキーが逃げる前に投げた円筒は閃光と音を出す爆弾だった。それを直視したため、自己防衛の奇跡が五感へのダメージ回避のために一時的に視覚と聴覚を遮断したのだそうだ。
「ええ、今は問題ないですよ」
視覚と聴覚がもとに戻っているかどうかを彼女は気にしてくれていた。
あのあとしばらく音の聞こえ方がおかしかったりしたけど今は問題なく彼女の声が聞こえるし顔も見える。
彼女は昼間見たビキニアーマーではなく、分厚いコートとカーゴパンツといった出で立ちだった。元の細い体を大きな服が覆い隠していて元の体の線がわからなくなっているけど、袖から覗く細い指や首筋がなんとも言えない色気のようなものを醸し出していた。
僕は今、掃き溜めに鶴という言葉の意味を肌で感じている。
「えっと・・・あなたは?」
そういえば名前聞いてなかったことを思い出した。せっかくだから聞いとこう
「そういえば自己紹介がまだでしたね。私は」
「おいハーピー!こっち来て酌しろや!」
「はい。すぐに参ります」
彼女の名前はおっさんのだみ声が教えてくれた。これも多分本名ではないだろうけど、おっさんではなく女の子の口から聞きたかった。
「おい新入り!お前も来んかぁ」
絡み酒かよ。
「ごめんなさい。あの人いつもあんな感じで・・・」
ハーピーが困ったようにこっちを見た。
「喜べ新入りぃ・・・・オレ様のありがたいお言葉を聞かせてやるぜ・・・ひっく」
ああ、これめんどくさいやつだ。
こういうおっさんに絡まれたときのパターンは大体決まっている。どこかで聞きかじったインチキマナーを披露しだすか、思い出したくもない仕事の話を持ち出すか、聞いてもいない自慢話を聞かされるかだ。
「それでなぁ・・・オレは言ってやったんら・・・ああ、ほんまぃでけえら・・・って」
はいはいすごいすごい。
このおっさんの場合は3だった。
ろれつが回ってないのとイマイチよくわからない単語が出てくるのと、そもそもここに来たばかりの人間にこの世界での活躍を自慢されてもすごいのかすごくないのかなどわかるはずがないこと、などからおっさんの言ってることは9割型わからないけど適当に相槌を打っておく。
ちらりと視線をそらすと、おっさんの舎弟は青年団と絡むという口実で巧みに射程の外に逃げていた。こういうことはしょっちゅうなんだろうな。手際が良い。
一方、ハーピーさんはというとはというと涼し気な顔で酌を続けていた。
「ハーピー・・・よくきけぇ・・・おまえがなぁ、遊び呆けてるあいだなぁ・・・オレがゴロツキ共を・・・なぁ」
「いつもありがとうございます・・・サイクロプスさんが正面を食い止めてくれたおかげで転生者の救出に専念出来ました」
「わかりゃぁいいんだよ」
分かってないのはこのおっさんだ。
この話を要約すると、おっさんが正面の陽動に引っかかってる間に別働隊が裏手に回ったのをハーピーさんが気づいて撃退したという話だ。
僕はちょうどその一部始終を見ていたし、口にも咥えさせられたから間違いない。
ハーピーさんは真面目な性格か育ちの良さか、おっさんの不条理な小言に気分を害した様子もない。
ただ粛々とおっさんの盃に酒を注ぎ足していく。
一瞬、目が合ったハーピーさんがいたずらっぽくちろりと赤い舌を出すのが見えた。
なるほど、飲ませて潰そうって魂胆か。
何杯目か数えるのを諦めた頃、おっさんはダウンした。
舎弟二人がおっさんを担いで拠点の宿に引き上げて行くのを見届けたあと、僕とハーピーさんは村の外れの高台に来ていた。
「あなたに、見ていただきたいものがあって・・・・」
少しばかり言いよどんだ様子のハーピーさんの頼みを断る道理はない。
見てもらいたいものってなんだろう?
いや、でも夜に人気のない場所で、若い男女が、となればこれは何かあると期待していいのではないだろうか?
何もなかったら酔い醒ましくらいに考えればいいかな。
「あの辺りを見てください」
「真っ暗で何も見えないですね」
ハーピーさんの指差す先は文明の光がない闇に隠れて見ることが出来ない。
「見えますよ。あなたの奇跡なら」
そう言われて自分には目を良くすることができることを思い出した。
―アクティブスキル:タカの目。
ハーピーさんの指差す先、闇は相変わらず深いが、闇の中にあるものが分かった。
「今あなたが見ているのが佐原村になります」
今日襲ってきた奴らの村だ。
更に目を凝らしてみるとおびただしい量の赤が溢れて来た。
「『タカの目』は今敵対している相手が赤く光るんです。赤く光っているということは、彼らはまだ諦めてはいないということです」
「てことは、あいつらまた来るってことですか?」
「何度でも来ますよ。水の問題は簡単に諦めがつくものではありませんから」
そう言ったハーピーさんは少しだけ悲しそうだった。
何か思うところがあったのだろうか?
さて、注意を山の麓に向け直すと佐原村の更に向こう、佐原村とは比較にならない赤色が佐原村に向けて動いていた。
「彼ら、援軍を呼んだようですね」
動いている赤色は昼間見たピックアップトラックではない。
芋虫のような脚で動く分厚い金属の塊。
「あれはまさか、戦車?」
「はい。あなたの世界でもそう言うんですね」
どうやら乗り物の名前は日本とそれほど大きく違いはないらしい。
「国防隊・・・手強い相手が来ましたね」
それはなんとなくわかる。
国防隊と呼ばれた集団の移動は統率が取れていて、鏃のようなフォーメーションを崩さず一定の速度で進撃していた。昼間のヤンキーとは違う。戦うための集団だということが素人目にもわかる。
「この速度なら夜明けには佐原村に着くでしょうね。明日降伏勧告の使者を送って、応じなければ翌日に攻撃開始、といったところでしょうか。難しい戦いになりますが、まずは生き延びることを考えましょう」
異世界に来て早々ろくな目にあってないけど、
ハーピーさんが今までと同じ穏やかな声音でそう言ってくれたことでなんとかなりそうな気がしてくるのがせめてもの救いか。
To_be_Continued.