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32、独善的な彼女の優しい毒

 わたしとブワイヨさんは思わず顔を見合わせていた。察しのいいコルテさんに、何か知っているのかもしれないという期待をしてしまう。

「そうです。」

 ブワイヨさんが慎重に頷いた。チッタさんは、わたし達をちらりと見やった。任せておけ、とでも言っているみたいな頼もしさがある。

「そのうちの誰かだと思うんだって。滝の方からじゃなくて、アンシ・シの墓地から侵入したみたいだ。姉ちゃん、知らない?」

「この前まで封鎖されていたアンシ・シなら、あの期間の間の出来事かしらね?」

 どうやら心当たりがあるようだ。

「コルテさん、アンシ・シで何があったのか、噂話で聞いたりはされていませんか?」

 情報を絞るために、わたしも尋ねてみる。

「直接見たわけじゃないからはっきりと断言はできないけど、なんでも魔香(イート・ミー)が焚かれたようね。しかも2回だって! もうみんな大騒ぎでね? 地竜王様を狙って黒い甲虫(イズルリ)まで使われたって大騒ぎで、怒った親衛隊の竜たちが犯人たちを粛清しておしまいになったって話よ? 聖堂が呼んだ魔法使いが雨を降らせて封鎖が解除された後、奇跡に感動してわんさかと入信者が増えたらしいけど、今は下火ね。街も落ち着いてきているわ。」

 自分の中にある情報と照らし合わせてみるとしっくりと馴染む。ただ、違和感もある。

「聖堂の魔法使いが活躍したんですか?」

 言葉にすると腑に落ちない気持ちが強くなって、わたしはつい首を傾げてしまった。

 夕凪の隠者(ラカルミデュソワ)であるエドガー師とは別にいるのかな。聖堂ではなく、公国(ヴィエルテ)から国により呼ばれた魔法使いっていう紹介はされていなかったのかな。ラボア様や閣下との面会した時に見聞きした話と印象が違いすぎる。

「そうよ、凄いけど無理が祟って体を壊して王都へ戻ったらしくて、がっかりした信者ががっかりついでにやめる者が大勢出て、結局元通りになったんじゃなかったかなー。今は元の落ち着きを取り戻しているのは、にわかが減ったからみたいよ。」

 どこから誰に呼ばれたかで、立ち位置って変わると思う。夕凪の隠者(ラカルミデュソワ)の存在は秘密にされたのはどうしてなのか気になる。

 チッタさんは大きく身震いした。

「ちょっと待って姉ちゃん、地竜王様が人を喰ったのってホントなのか? お付きの竜人とかじゃなく?」

「実際はお付きの軍人達じゃないの? みんな恐れ多くてまともに顔なんか見れないから見分けつかないだろうし。地竜王様はたいそうお怒りになったとかで、地竜王信仰の信者が身を挺して民を庇ってしても大暴れで小屋が壊れたって話もあるし、自分の身を捧げてお許しを願ったとかないとかって話が出てたりするしね。お怒りを鎮めたのは地竜王信仰の信者、雨を降らせたのは聖堂の魔法使い、どっちがすごいかってどこへ行っても大盛り上がりよ?」

 チッタさんの仕入れてきた情報と近いようでいて違う。シクストおじさんの気配すらない。

「困りましたね。伝播していくうちに真実が薄められてしまうのでしょうか。『本当』が判らなくなっていきます。」

 ブワイヨさんはそう言いつつも「ただ、小さな誤差があろうと肝心な本筋さえ残っていれば、歴史の流れにおいて枝葉は取るに足りぬことなのかもしれません、」とも言う。

「酒場では、ありそうでなくもない話だから盛り上がりますけどねー、小さな蛇が次の日には大蛇だ。」

 チッタさんもぽつりと呟く。

 わたしは意を決して聞いてみた。地竜王様を怒らせた原因はきっと変わらず同じはずだ。

黒い甲虫(イズルリ)を使った犯人は誰か、わかっているんですか?」

 まさか、マハトのお父さんだったりする?

 チッタさんと同じ水灰色の澄んだ眼差しのコルテさんは遠くを見たまま言った。チッタさんのお姉さんと言うには意外と肌艶が良く若々しい。農夫な格好をしていなければ、街に暮らす綺麗な女将さんな格好をすれば、この人はチッタさんよりも若く見えそうだ。

「さあ、死んだか掴まったかしたんじゃない? 人物像を聞かないしさ、食べられたのならもっとわかんないよねー、」

 虫使いは姿を消した?

 コホン、とブワイヨさんが咳払いをした。

「塔から本を持ち出したのはネクロマンサーではないかと見ています。その者は封鎖されたアンシ・シの街で精霊狩りをしていたので悪目立ちしていたようです。噂を何か聞いていませんか?」

 耳を澄ませて待っても、馬車の進む音ばかりする。

「姉ちゃん?」

「さあてね、」

 そっけない声に、いきなり希望が消えてしまったかのような残念感が胸に広がる。

 アンシ・シで地道に聞き込みをしてみて、それでもだめなら、宿屋の宿泊名簿を見せてもらえるよう交渉をする他ないようだ。

「手がかりは自分で探すしかない、か…。」

 ブワイヨさんは自分自身に言い聞かせるように言う。

「姉ちゃん、ありがとな。また何か思い出したら教えておくれよ、かわいい弟を助けると思ってさ。」

「うーん、そっちは判らないけど、もう一冊の本がどこにあるのかは知ってるよ。」

「は?」

「姉ちゃん?」

 コルテさんは振り向きもしない。

「あの一冊が関係していて、そっちの残った一冊がどうやら嗅ぎつけられたらしいよ。だからあの人、もう来れないんだって。王都にあるから別の場所に移すつもりだけど、見つかったら殺されて奪われてしまうだろうって。だから、もう会えないんだって。ここにはもう来ないって。」

「姉ちゃん?!」

 話の流れを考えると、コルテさんの家に泊まった薬売りが本を持っていたりする…?

「王都もキナ臭くなってきたって話だから、仕方ないのかなあ?」

 からくり部屋にあった2冊の本の行方も持ち出した人物も、コルテさんの態度からはすべてを知っているようにしか思えない。

「だからもう王都から出られないのですか、」

 死を覚悟しているから?

 ブワイヨさんと顔を見合わせてお互いに興奮しているのを隠せない表情を確かめ合う。チッタさんはそんなつもりで尋ねたわけじゃないだろうに、意外な告白を得てしまった。

「姉ちゃん、その話、ちょっと詳しく教えて?」

 チッタさんは真剣だ。なのに、コルテさんは勝手に渡したことに関して罪悪感を感じない口ぶりだ。

「詳しくって、昔のこと過ぎてそんなに詳しく語れる話なんかじゃないよ。ぜーんぶ私も忘れるからチッタ、お前も忘れて?」

「忘れたって本を渡した事実は消えないだろ。なんで姉ちゃん、そんなこと、したんだよ、」 

「なんでって…、あんな、誰もいない空虚な街を守って何も生み出さない墓守として生きるなんて、なんて愚かな因習だと思ったことはないかしら? お前が生まれた時から私はずっと思っていたわよ? どうして生きている者のために生きていかないんだろうって。」

「姉ちゃん…、」

「墓守っていうけど、誰の墓なのかも知らないのよ、私たち。ここにいるようにって言われて育ってここで一生を終えて、次の世代にもここで一生を過ごせって伝えていくの? 何のために?」

 コルテさんの言葉は淀みがなくて、思い付きで話しているわけじゃないってわかる。これは、ずっと考えて考えてしてきている彼女自身の言葉だ。

「そんなこといったって、墓守の家系は特別だって、じいちゃんはいつだって言ってたじゃないか、姉ちゃんだって、じいちゃんのこと好きだっただろ、墓守の一族として、あんなところに住んでいるんだろ、」

「それは、お前が不憫だからよ。せっかく空を自由に飛べる力を持っているのに、墓守だなんて地面に鎖をつけられてさ。鳥に生まれたのに、律儀に自分で自由の羽をもいで、馬鹿みたい。ほんと、馬鹿みたい。」

 淡々と語る声が哀しくて、心を締めつけられる。

「姉ちゃん、バカバカ言いすぎだって、」

「あんなもの…、じいちゃんは2冊揃っていないと価値がないってよく言ってたじゃない。だから、一冊持って行ってもらったのよ、価値を無くすために。」

 ブワイヨさんの顔つきが険しく変わる。

「だからって旅の薬売りなんかに持たせるなんて、どうしてなんだよ、姉ちゃん、もっとご先祖様の歴史を大事にしてくれそうな奴に渡せばよかったのに。あんな、よりによってこの土地に立ち寄っただけの旅の薬売りに。」

「違うわ、あの人は、薬売りだけど薬売りなんかじゃないの、」

「なんだよ、姉ちゃんまで。訳の分かんないことを。」


 薬売りだけど薬売りじゃない…。

 王国にある花屋は庭園(グリーン)管理員(・キーパー)の隠れ蓑だ。王国を旅して歩く薬売りはもしかして、


「その人は、諜報活動をする王国軍の隠密部隊に所属しているのですか?」

 わたしが口に出す前に、ブワイヨさんが静かに尋ねた。シクストおじさんには、『表向きは薬売りとして領内に忍び込み軍の任務で情報収集をしているという噂があった』というロディスの言葉を思い出す。

「あら、よく知っているのね?」

 ようやく振りかえったコルテさんは薄く笑っている。

「先の大戦の後、本当に平和になったのかを確かめるために、薬売りに姿も身分も替えて王国内を旅して歩いていた国王軍がいるの。傷ついた民衆に必要な薬という貴重品を届ける役目もあったみたいね。この子が…、チッタがあの時地下のあの街に『埋蔵金が眠る地下迷路』なんて言って案内した冒険者も、そんな薬売りのひとりだったのよ。だから、丁度いいと思ったから持って行ってもらったの。」

 化かし鳥のチッタさんは驚き過ぎているらしくひっくり返りそうに仰け反った。

「知っていたのか?」

 抱き起しながらブワイヨさんがそっと尋ねると、ブンブンと首を振る。

 コルテさんはわたし達を振り返らないまま、ゆっくりと空を見上げた。

「ね、今のうちに逃げておしまいなさいよ。あいつらはきっと王都だわ。反対側に行けば、自由になれるはずじゃない?」

「姉ちゃん?」

「もう一冊を持って行ったのはネクロマンサーなんでしょう? そのうちあの本は2冊ないとダメだって気がついて、もう一冊を探すに違いないわ。」

 王都はキナ臭くなってきたというのなら、もう追手の気配を感じているのかもしれない。

「他に、その薬売りの男から聞いていないのですか?」

 ブワイヨさんが尋ねると、コルテさんはしばらく考えるそぶりを見せた後、「学術院に潜入している仲間がいるって話だったわ、」と教えてくれる。

「学術院! まさか本物の学者が本の内容を吟味しているんですか?」

 チッタさんが驚いて飛び上がる勢いで、ブワイヨさんは大声を出して興奮している。

「急いだ方がいいわ。アンシ・シには皇国(セリオ・トゥエル)の本売りもいたみたいだから、」

「まさか、皇国(セリオ・トゥエル)側の諜報活動をする者の通称ですか?」

「そのまさかよ。山奥の村にまで情報を買い集めに行くって話の、健脚の、凄腕の本屋がアンシ・シにはいたんですって。」

「姉ちゃん、顔、見たのか?」

「私は知らないわ。あの人がここも見つかったかもしれないからもう来れないって言ってた理由のひとつだってぐらいよ、知っているのは、」

「ネクロマンサーと本売りが協力関係にないことを祈りたいですね。」

 ニカッと笑ったブワイヨさんは、すぐに真顔になった。

「アンシ・シにあの時期滞在していた客の一覧となる宿泊名簿を宿屋に見せてもらう計画をしていたのですが、具体的な人相や特定する言葉が足りなくて困っていたのです。その任務を持つ薬売りは滞在中に気になる言葉や特徴を残していったりはしていませんか? 例えば、誰かに似ているとか、面会予定とか、いつもはしないような話題をしていたとか。」

「私なら別れ話の方が衝撃的すぎてそれどころじゃないですよ、旦那。十分いつもはしない話題じゃないですか。」 

 言い得て妙だと思ったのもあって、思わずわたしは吹き出していた。両手で顔を隠してしまったブワイヨさんも震えているので、笑いを堪えているのだと思えた。

 いくら待ってもコルテさんは「うーん、どうだったかしらね、」と歯切れ悪く言うばかりで話にならないのもあって、荷馬車がアンシ・シにつく頃には、いつもにはない発言など何もなかったのではないかと思えた。

 勘繰りたくないけど、いつもと違う言葉を聞いていたとしても、教えるつもりはないのかもしれない。

 知ってしまうと、チッタさんが追いかけて行ってしまうから。

 コルテさんが望んだように、チッタさんは皇国(セリオ・トゥエル)へ行ってくれなくなってしまうから。

 目の前に答えを知る人がいるのにわたしだと話してもらえない現状は、狂おしい程にもどかしい。


 ※ ※ ※


 アンシ・シの街に入り、大通りを意識して避けて裏通りを人目を避けるように駆け抜けて、やがて街外れのひと気ない墓地まで行くと、コルテさんにいきなり「ここで降りなよ、」と言われてしまう。

 わたし達は抗うでもなくおとなしく荷馬車を降りた。せめて次回につながるようコルテさんと良い縁をつないでおきたいから、という下心があったりする。

 ちらり、とブワイヨさんを見やると、同じ考えなようだ。チッタさんは街の人々の目を意識してガチョウの姿になっていて、ブワイヨさんに小脇に抱えられている。

「ここから下を通って行った方が、早くガルースへ戻れるんでしょ?」

「姉ちゃん、」

 よくできたお姉さんだ。先回りが過ぎる気がするけど、ちょっとだけ、感心してしまう。

「さっさと皇国(セリオ・トゥエル)へお行きよ? こんなところで燻っていたらダメだからね?」

「姉ちゃん…、そんなことできるわけないだろ、」

 ガチョウのチッタさんはガアガアと抗議して鳴いている。

「やりなさいよ、面倒ごとは無くなったんだからさあ、」

「そんな訳にいかないよ。代々続く墓守の家の子なんだよ、これでも、こんな見てくれでも、墓守なんだよ。」

 困り顔のコルテさんは馭者台から降りてきて、ブワイヨさんの手からチッタさんを受け取り、大事そうに優しく抱きしめた。

「私のかわいい子。もう自由になったらいいの、あんな本なんて、私がチャイカにあげたから。もう心配いらないのよ、」

 チャイカ。薬売りの、チャイカ。

 わたしとブワイヨさんは顔を見合わせた。王都の学術院に行けば、知り合いの学者も特定できるはず。

 たった一言の手掛かりでも、かなりの収穫だ。

 チッタさんと目が合った。もう少し引き出せないか、祈るように念じてみる。

「姉ちゃん、もう帰りなよ、今日はありがとな、」

「早めにガルースの店を閉めてしまうのよ? あの店を売ってできた代金で皇国(セリオ・トゥエル)へ行けばいいから、ね?」

「少し考えさせておくれよ、姉ちゃん。」

 ブワイヨさんにガチョウのチッタさんを託した後、コルテさんはわたしに囁いてきた。

「その瞳の色、皇国(セリオ・トゥエル)に縁があるんでしょ? あなたも早く帰った方がいいわ。王国はじきに竜魔王の討伐どころじゃなくなるから。」


 わたしを皇国(セリオ・トゥエル)人だと思っているらしい一言に、動きが止まる。

 この人は、確実に何かを知っている。


 盗み聞いていたらしいブワイヨさんの顔色も変わった。

「姉ちゃん?」

 チッタさんが羽ばたいてついていこうとするのを、コルテさんはそそくさと逃げて躱して馭者台へと飛び乗った。

「会えてよかった。気を付けて、お帰りね?」

 言葉が終わらないうちに馬車は動き出してしまった。

 行ってしまう。手掛かりを知る人が、去ってしまう。

「コルテさん、もう少し詳しく、お願いします。」

 気を取り直して叫んだわたしの声は、「元気でねー、」というコルテさんの声にかき消されてしまった。

ありがとうございました。

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