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42 この広いお屋敷の中を自由に動き回るには、

 キュリスとビスターは首を傾げ合っていて、助けを求めるようにフリッツへと視線を動かした。

「殿下、」

「教官殿がおかしいです、」

「ふたりとも、さっきから口が悪いですね、」

 ランスはひとり楽しそうだ。


 謎解きを先にしてしまったので答え合わせをしたいと言われているようで、フリッツは面食らう。キュリスとビスターもわかっていないのだ。でも、ランスは判ったようだ。

 ランスは出し抜いたりはしない。公平で公正で、教官として導いてくれる。手札が同じだから同じ答えが導き出せるはずと、信じてくれたから謎かけをしたのだとしたら、現時点で判っていない自分たちは何かを見落としてしまっているのか…?

 指導する立場にあり教官役であるランスとは行動をほとんど共にしていて、王子であるフリッツの方が立場上、見聞きしたことは多いかもしれなかった。ランスがフリッツに尋ねたのは怪しい執事たちが市場で見た冒険者かどうかということくらいで、群衆の中にいなかったかどうかの確認も含まれていた。

 先頭に集中していたランス達は見逃していても、居合わせ、マチリク博士と接触したかもしれない冒険者の格好や顔付きを知っているのは観察していたフリッツくらいだからだとしても、先ほどの質問は、居合わせた執事たちが冒険者だったからこそ結び付けられた答えなのだろうか。

 何かを見落としている。

 もう少し答えへとつながる情報が欲しい。フリッツはランスに上目遣いに見つめた。


「あの者たちはどこへ向かったかわかりますか?」

 フリッツに答えるのではなく、ランスは誰もに問いかける。

「裏庭ではないでしょうか、表からきて、奥へと進んで、ひと気のない廊下をあえて選んでいるのだとしたら、」

 キュリスが首を傾げた。「まさか逃げるのですか?」

「違うと思うな、キュリス。はっきり言い切れないけど、あの者たちからは悪意を感じなかった。どちらかというと、ここで足止めをされているのを無難に最低限の時間で逃れようとしているといった印象に感じたよ。きっと何か目的があったから距離をとっていたのではないかな。」

「裏庭が目的なのだとしても、何も残っていないだろう? 魔物(モンスター)狼頭男(ワーウルフ)は倒されて躯は消滅していて、人間側の犠牲者の亡骸も回収が進んでいて、公子様もお戻りになったのなら、朝を待って王都の騎士団の現場検証がある程度だろう? 何の用事もないのでは…?」

 ランスはニヤニヤと様子を見守っている。

「殿下はおわかりになりましたか?」

「まだだ。」

 フリッツとしては、心の整理が追いつかないでいた。ニアキンを連れ去った竜を追うにしても、今になって地上から追いかけても間に合うのか不明だ。

「そろそろ、答えを教えてくださってもよくないですか、教官殿。」

「あくまでも推測ですが、」

 一同を見渡し、特に不満顔のキュリスに念を押すように語り掛ける。

「おそらく、確認ではないですか?」

 驚くキュリスたちと同様に、思わずフリッツもランスを見る。

魔物(モンスター)がいない確認ですか?」

「違います。」

 真顔で確認したキュリスに、ビスターが「そんなことをして何になるんだい、」と小声で突っ込みを入れて肘でわき腹を小突いた。

「王国の冒険者は剣士が多いです。魔法が使える者が少ないから必然的にできる職業につくのだそうです。剣を使う者たちは次第に剣が使える体格になっていきます。我々もそうですね。馬も扱うようになるので、体格がしっかりしてきます。あの者たちは、どう見ても違いましたね。」

「どちらかというと王城で言う文官、王都で暮らすなら使用人や商人といった体格をしていました。」

 ビスターが頷きながら言った。

「愛想もよかったな、」とキュリスがぼそりと呟く。

「だからこそ、潜り込めたのでしょうね。あの者たちは冒険者のうち、魔法使いだとしましょうか。王国では珍しい、魔法が使える冒険者です。」

 フリッツは、冒険者は領主に面会を許されると神官ルチアが話していたのを思い出す。あの者たちは少なくともフォイラート公領の出身者ではないのだろう。

「さて、魔法使いで騎士団を希望する者は我々と同じように入団試験を終えた後、外勤か内勤かに配置されます。攻撃に耐性がある性格なら前線で戦力として外勤に、治癒魔法に優れ献身を厭わない性格なら陣地を守る盾となるべく内勤と言った風に。冒険者で魔法が使える者が小隊(パーティ)を組んで活動しているのなら、そういった能力の向き不向きを補い合える関係であると仮定して考えると、まったく攻撃をしないともまったく防衛もしないとも思えません。」

「教官殿、あの執事たちは魔法使いの集団なのだとして、攻撃として確認するのですか?」

 ランスは肩を竦めてキュリスを見て、まだわからないのですか?とでも言いたそうな顔つきになった。

「誰かに印をつけて追跡するだけではなく、魔法を使った痕跡を探れる魔法を持っていたり、残り香を辿る魔法が使えたりと、最前線にいる魔法使いは直接の攻撃だけではなく、遠隔の攻撃もしていますね? 彼らは何もない場所でも、魔法が使える限り後を追えます。狼頭男(ワーウルフ)がいた場所で魔法を使って、狼頭男(ワーウルフ)を探し出すことも可能です。」

狼頭男(ワーウルフ)を追っている冒険者たちがいるということですか?」

「断定はできませんが、どちらかというと、()()()()です。目的は違うはずです。」

「どちらかとは、」

「キュリス、きちんと考えていますか?」

 煽るようにランスは言って、「あなたが一番答えに近いところにいるのですよ?」とも言う。

「目的…、」

 不機嫌そうなキュリスをじっと見て、ランスは「我々の中で、本物を見たのはおそらくあなただけなのですよ、」とさらに静かに告げる。

「本物?」

 キュリスは首を傾げた。

 フリッツは、ランスとビスターと自分は知らない情報なのだと気が付いた。ランスは見ていなくとも、聞いた話で判断できている…?

「話してくれたでしょう、魔法使いが本を読み上げると死体が動き出したと。」

「あ、」

 単独で行動していたキュリスの冒険譚を聞いているから知っていても、実際に見たのはキュリスだけだ。

「そのような大掛かりな魔法は魔法陣を描いたりするのではないですか? 簡単な、呪文を唱えるだけの魔法では、効果を及ぼす規模が大きすぎる気がします。裏庭は広かったですからね。ですが、魔法使いが使った本が魔道具なら、魔法陣も魔法も、本一冊に収まってしまいませんか?」

「魔道具である本…!」

「最近、我々はとある本の存在を共通する知識として情報を深めています。失われた文明の遺物であり、対になる二冊揃ってこそ初めてひとつの塊とみなされる本がこの世界にはあると、そしてその一冊は王都で受け渡しがされたのではないかと…、知っていますね?」


 ランスが語り掛けるのを聞いているうちにフリッツの頭の中に、チャイカ博士やマチリク博士、市場での狼頭男(ワーウルフ)の襲撃、学術院や王城の図書室での出来事が、次々と鮮明に呼び起こされてくる。聖者の書は生者の書と死者の書の2冊あって、1冊を保管していたマチリク博士の手から別の冒険者に渡ったのではないかと推測している現在、別のもう1冊も王都にあるのなら、2冊を揃える絶好の好機(チャンス)である気がしてならない。たとえ冒険者から不気味な魔法使いへと流れてしまったマチリク博士の本だとしても、取り戻せる機会なのかもしれない。


「もしキュリスが見た怪しげな魔法使いが使っていた本が聖者の書のどちらかであるなら、冒険者としては追いかけたいのではないですか?」

「追跡できる魔法が使えるということは、なんと羨ましいのでしょうか、」

 ビスターが唇を噛んだ。「それならば、ニアキンだって、追っていけます。」

「教官殿、我々は追いかけなくてもいいのでしょうか。」

 キュリスとビスターは神妙な顔つきになってランスを見て、恐る恐るフリッツにも乞うように見つめてくる。

「優先すべき対象ではないので必要はありません。」

「そんな、」

「第一、あの者たちは誰かの紹介でここへ来たのではないですか、」

「あ、」

「身元を保証する貴族がいるのですね? 嘘偽りの身元なのだとすれば、その貴族に責任を持って追わせればよいだけのことだと思いませんか。」

 ランスは冷酷に微笑んだ。

 もし冒険者の特権を活かして自領の領主に面会して身元を保証させ執事になりすましフォイラート公爵家に入り込んでいるのだとすれば、特定はかなり正確だ。なるほどなと思い、フリッツは深く頷いた。

「それに、その本の使い手である怪しい魔法使いは、いったい誰の依頼でここへやってきたのでしょう。」


 フリッツとラナを前に、開き直ったラドルフはラナのせいだと言ってのけ、自分が騒ぎを起こした元凶だと白状していた。屋敷内に運ばれたラドルフはある意味もう逃げられない。証人として、ラナと、フリッツがいる。犠牲者の数が多すぎてうやむやにはできない状況なのもあって、権力の介入が全くないとは言い切れない。


「盗賊団ギルドだとすれば、つながりは必ずあります。」

 公子とは言えラドルフが依頼したのだと証明されてしまえば、怪しい魔法使いの手掛かりもつかめる。

「殿下が追いかけていかれた先にいたのは、あの方でしたね、」

「ええ、はっきりと口に出さなくても、お互いに同じ人物を想像していそうです。」


 肩を竦めたキュリスにビスターも苦笑いしているのもあって、フリッツとしては複雑な気分になる。既にラナとラドルフに振り回されているのが自分や家族だけでなくなっていて、多くの命を奪う結果となってしまっている。一方的な証言だけではなくラナの意見も聞いて、見つかったラドルフを公正に裁かなければ統治者として示しがつかない。だが尋問したとして、ラドルフは何を語るのだろう。その言葉は、どこまで影響を及ぼすのだろう。

 その先のことを、フリッツは考えたくないと思ってしまった。どこからこんな風になってしまったのか。ラナをどうしたいのか。嫌いと言って魔力の流出を断てば終わる関係ではない。妹なのに。自分の感情とは切り離して考えなくてはいけないのか。妹だからか。


 俯き、黙ってしまったフリッツに、「さ、行きますよ、」とランスは明るく言った。

 顔を上げるとランスはニコッと笑った。

「冒険者たちは行動を起こしたのですから、一旦、本の追跡は彼らに任せておいて、我々は我々の目的を遂行した方がよさそうです。王都の騎士団が到着する前に。」

「王都に規制線を張られる前に移動したいですね、」

「変に勘繰られても困りますからね。」

「そうです。この付近にあの声の主もいなそうだと判ってきましたから。」

「教官殿?」

 キュリスは戸惑いながらビスターとフリッツを見た。フリッツとしてもどうしていないと判断したのかがわからなくて首を傾げたくなる。

「あの者たちはこの周辺をすでに捜索し終えていたと思いませんか?」

「どうしてですか、」

「ふたりして同じ方向へ行きましたね? いえ、3人でしたか、」

 驚いた顔でキュリスとビスターは顔を見合わせ、大きく頷いた。

「先ほど確認したとおり、この周辺の部屋はどこも人の出入りがなかったのではないですか? もちろん廊下にもいませんでした。通気口を通じて話をしていたと思われる誰かとは数人でしたね? 人目を避けてあの執事に化けた冒険者たちが裏庭へ向けて移動していた時、もしここに誰かがいたのなら、この廊下を避ける経路を選んだはずです。時間差があったとはいえ、この廊下を含む経路には誰もいなかったから使ったのではないですか?」

「でも、話をしましたよね? 聞き間違えではなかったはずです。」

「あれが人だったとは誰もわかりません。声だけですから。」

 フリッツたちの表情は驚きに変わる。

「人ではない者、ですか?」

「既にキュリスは実際に接したのではなかったですか?」

「あの時の…! アイツ、でも、声が違う気がします。」

「姿が変えられるのなら声も変えられるかもしれませんし、ひとりしかいなかったとは言い切れないのではないですか?」

「そういえば、使われている者たちがいましたね、」

 キュリスが宙を見つめて記憶の中の誰かを確認している。

 暗闇の中で塀の上を移動する青白い炎の列を、フリッツも思い出していた。

「あがりに似たゲームの、コマを覚えていますか?」

 狐にアナグマにハクビシンにトカゲ、鶏と指折り数えて、フリッツは首を傾げた。声の主はそのうちのどれかなのだろうか。

「キュリスの領では、一番にあがった者にご褒美が貰えるのでしたか? 殿下は、特に望まれていませんね?」

「片付けは当たり前のことですからね。」

「では、情報が御褒美だったのですか…、」

 キュリスたちはフリッツの顔をじっと見つめた。

「声の主はもしかするとはじめから我々を見ていたのかもしれません。」


 フリッツが使った狐のコマがフォイラート公家の領地内のどこかの街の守護精霊で、婚姻という契約した主家の祭礼に律儀に馳せ参じたのなら、屋敷内にいてもおかしくないと思えた。途中から起こった裏庭での怪しい魔法使いによる襲撃を力を合わせ阻止したのも、契約故の功績なのかもしれなかった。


「冒険者の執事は死体の中に死人(アンデッド)が紛れ込んでいたと教えてくれましたが、声の主は厄災と言いましたね? どうしてそんな言葉を選んだのかずっと不思議でした。魔物(モンスター)と言えばわかるのに、厄災なのだろうと。」

 ランスはそっと視線を落とした。

「人間なら死人(アンデッド)魔物(モンスター)の扱いです。魔物(モンスター)なら、死人(アンデッド)は仲間のうちです。では、厄災という言葉を使うのなら、どういった立場にいる者なのか。魂が輪廻の輪に戻った後に魂の抜けた死肉を使って悪さをする状態を『厄災』と考えるのなら、生前の姿を知る者なのではないか。自分の守る土地に暮らす人間たちを愛おしんでくれていたらこそ死後の体は生前の人間とは別の存在に仕立てなおすのではないかと、ふと、思いつきました。もしもキュリスが出会った尻尾がたくさんある執事が守護精霊でこの家屋敷を縄張りの一部としているのだとしたら、何をするのだろうかと。」

「悪い魔法使いが死体を動かす魔法を使った時、土地を守る守護精霊として悪い魔法を死体から追い出したのですか。」

「そうです。傷をつけずに死人(アンデッド)にならせず死体に戻したのです。なにより、この広いお屋敷の中を自由に動き回るには、執事の格好をするのが一番楽なのではないでしょうか。先ほどの冒険者たちのように。」


 ラドルフの悪行ばかりが目に付いてフォイラート公家の印象があまり良くなかったフリッツとしては、ランスやビスターの言葉で目が覚める思いがしていた。キツネやハクビシン、アナグマにトカゲ、鶏と、少なくとも5匹の守護精霊とフォイラート公家は契約していそうで、屋敷内を自由に闊歩させられる程に当主であるフォイラート公は守護精霊と良好な関係を築いていそうでもある。

 彼らに共通するのは、縄張りを守りたいという責任感だ。


「それに…、竜の気配を嗅ぎ取る力に優れているのなら、殿下が竜の血統なのも判ったのではないですか? 当家の主と同じに竜の血を引くなんて、余程じゃない限り口にできる言葉ではないですね。」

「キイホ博士が殿下を避けているように見えたのは殿下が王族だからという理由だと思っていましたが、王族が竜の血を引いているからなのもあったのですね、」

 キュリスの言葉に、ビスターはしみじみとした表情で頷いた。

「では、この家の者でもない私の願いを聞き入れてくれたのは、」

「誰も命令を口に出せる状態ではなかったから、丁度良かったのだと思いますね。」


 その頃、フォイラート公は狼頭男(ワーウルフ)の襲撃に応戦している最中で、公子であるラドルフはラナを連れてこの屋敷から逃げようとしていた。

 フリッツたちは、神官たちといた。近寄れもしなかったのだと、ふと思う。


「死体の中に死人(アンデッド)が紛れ込んでいたのは、」

「我々があの部屋でゲームを始めてしまったので、召喚した状態になってしまっていたのかもしれません。」

「あ…、」

 フリッツたちは気まずくて黙る。すべてが自分たちの責任とは言い切れなくとも、何らかの関係はありそうだ。


 大きく息を吸って吐いてして、姿勢を正したキュリスが廊下の遠く遠く先まで見つめて、改めてはっきりと言った。

「助けを聞き届けてくれてありがとう! 感謝している!」

 呆気にとられたランスが目を丸くしたのを見て、ビスターが笑いながら、「夜に大声なんてはしたないよ、キュリス」と言った。

ありがとうございました。

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