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33 お前は決して己の無力を嘆いてはならぬ

 本城の執務室に向かうと、父であるアルフォンズはまだ仕事の最中らしく、書類に目を通しながら侍従たちと話しをしていた。フリッツが許可を得て入室すると、侍従たちが気を利かせて部屋を出ていく。いつかフリッツに父の伝言という形でバーデの壺について情報を伝えてくれた侍従もいて安心する。

「どうしたんだい、そんな顔をして。」

 フリッツの顔をじっと見てアルフォンズは微笑んだ。

 どこから話そうか。フリッツは一瞬迷い、自分にできることだけを考えて「報告に参りました、」と口にする。

「これから出かけるのではなかったのかい? こんなところにいていいのか?」

 眉間に皺を一瞬だけ作り、アルフォンズは何度か不機嫌そうに口を動かした。気難しい父上は私の言葉の先を読んでよくない想像をし既に不機嫌になってしまった。フリッツはある意味いつも通りだと気楽になり、「父上に、先に報告するのが最良だと判断しました」と告げて、王城に得体の知れない誰かが侵入したようであることを報告する。経緯を説明しているうちに、アルフォンズの顔色が落ち着いてきたので安心もする。

「ああ、だからあの者の顔を見ていたのか、」

「そうです。まやかしではなかったのだと安心しました。」

 ついでに王都にて学術院の学者たちが行方をくらましている話も伝えておく。名を聞かれてトリアス博士、マチリク博士、チャイカ博士と告げると、アルフォンズは深く溜め息をついた。

「そうか、動き出したか。」

「ご存知だったのですか?」

 フリッツの顔を見て、アルフォンズは一瞬口を噤み、「いいや、今知った」とゆっくりと首を振った。

「侵入者がどうして図書室にいたのかまでは判らないが、今夜は特別な夜だ。城内の警戒を怠らないよう伝えよう。一度図書室内を総点検させた方がいいだろうな。」

「あの部屋は燃えやすいもので埋まっています。火器など持ち込まれたら大変です。」

 魔香(イート・ミー)など焚かれてしまえば、香りが移ってしまい、収拾がつかなくなりそうだ。

「そうだな。」

「あとは、王城の検問所に記録が残っていないか調査させます。」

 話しながらフリッツは、半妖や精霊が侵入していたらと想定すると、おかしなものが王城内に入っていたら白銀色の猫(ジーブル)たちが何らかの形で知らせてくれたり追い払ってくれていそうなのに何もなかった、と気が付いた。

「もし、魔法で自分の姿を誤魔化した人間が侵入していたなら、」

 魔法を使えない王国人なら騙されてしまうのではないか。フリッツがそう言いかけたのを、途中でもアルフォンズは否定する。

「この城には魔法が掛かっていてね。変装しても魔法は解ける。だが、堂々と入られてしまうと判らないのだ。現に、ドニといったか? あの者は執事のなりをして執事として正面から入り込んだであろう?」

「では、学者のなりをして学者として堂々と入られてしまうと誰もが本物の学者であると思い込んでしまうということですか?」

 疚しさを感じなければ疑ったりはしないという本能をうまく利用されてしまっているのだと判ってくると、手の施しようがない。

「そうだ。お前が騎士の格好をしていれば何らかの事情があるのかと理解し『そういうもの』として扱ってしまうのと同じだ。騎士だと思い接して敢えて深く意識しなくなる。この王城は役割を持つ者が役割を果たすことで成り立っている。制服を着てその役職を演じられてしまうと、人は時として素性を深追いしないのだよ。」

 話を聞きながらアルフォンズの顔を見てアルフォンズを観察し、フリッツはこの男は父上本人だと確信する。

「ただし、うまくなりきっていても失態はありうる。ありえない行動をして尻尾を出すのを待つか、平素との差を見つけるしかない。日頃からその職業としてしうる所作を把握しておき怪しい者の職業柄しえない仕草を見つけるしかないだろうね。」

 カークからの話を聞いた限り、おかしな言動は思い当たらなかった。図書室の司書たちもすっかり騙されてしまっていた。となると、日頃から学者というものになれていたりするのだろうか。

「偽名を使われているなら名を調べたところで役には立たないだろうが、せめて人相が判れば指名手配書が作成できるかもしれないな。」

「それは、無理かもしれません。誰も思い出せないと言っておりました。どうやら印象に残らない顔立ちなようです。」

 王城に入ると人相を変える魔法は使えないと判っているが、見た記憶を操作する魔法は使えていると思われる敵を想像して、フリッツは唇を噛んだ。医務室では治癒の魔法が使えている以上、王城内で魔法は一切使えないという制限はない。王城に何度か出入りする機会があり、ある程度度胸があり機転も利く人物となると、ますます出し抜かれて悔しくなってくる。

「父上、バーデの壺が公国(ヴィエルテ)にあると私に伝えることが目的で王城に侵入したのだとすると、どうして私がバーデの壺を探していると知ったのかといった、情報の流出経路が判りません。」

「誰かに話したのか?」

「いいえ。まだ先代の地竜王様を探している段階ですから。」

 アルフォンズは腕を組んでフリッツを睨むと、「あの者の口は軽くない。お前もそうだ。となると、理由がいくつか考えられる。ひとつ目は、バーデの壺を欲しがる誰かがお前を利用して手に入れようとしているという状況だ、」と言った。

「私を利用するために、王城へ乗り込んできたのですか?」

 本当に欲しいなら公国(ヴィエルテ)へ自分で奪いに行く方が早いのではないかとフリッツは考えてみて、金銭的な事情で手に入らないのではなく、持ち主に問題があるからではないかと閃いた。

「その場合、バーデの壺の現在の持ち主は公爵家以上の存在、もしくは公王である可能性がある。ふたつ目は、お前に先代の地竜王様を探してほしくないと考える存在があるという可能性だ。」

 確かに先代の地竜王様を探し出せばなんでも望みを叶えてくれるバーデの壺についての情報を貰えるという希望があったフリッツとしては、バーデの壺が現在公国(ヴィエルテ)にあるのなら王都の市場の近くにいるかもしれない先代の地竜王様を探し出す必要はなくなる。

「先代の地竜王様に限らず、人の暮らしの中には竜人が紛れている。必ず竜人を囲う支援者たちがいて、その者を頂点にした一種の生活共同体(コミュニティ)を形成している。支援者たちは自身の大切な竜人の周辺を嗅ぎまわられるのを良しとしない。例え我々であろうと、敵とみなせば攻撃してくる。もしかすると。先代の地竜王様を囲う支援者たちに見つかったのかもしれないな。」

 ここ数日に接触した人物の中にいるのだとして疑わなくてはいけない面々を思い浮かべてみても、どの人物も竜人の支援者であるという別の顔を持っているとは思えない。

「わかりません。捕まえて、理由をじっくり聞いてみたいくらいです。」

 ニヤッと笑ったアルフォンズは、小さく肩を竦めて見せた。

「暗闇を照らす光とは何かわかったのかい?」

「学者に化けた侵入者の助言もあって、コズミキ・コルスという言葉を見つけました。」

 不本意だけど、誘導されたのかもしれなくても、侵入者のおかげであるのは否定できない。

「図書室の蔵書に一時期の流行で記された言葉だな?」

「先代の地竜王様の隠れ家と思われる本屋の名前なようです。あとは、王都でその名がついた本屋を探し出すだけの段階まで辿り着いています。」

 アルフォンズはじっとフリッツの顔を見つめている。

 父上は見つけ出されたのですか。そう尋ねようとして、フリッツは口を噤んだ。本屋を探し出して先代の地竜王様と面会できることになっても、公国(ヴィエルテ)にバーデの壺があるかどうか知っているのかどうかの確認をするだけとなるのなら、公国(ヴィエルテ)にバーデの壺があるのかどうかを問い合わせるのとあまり変わらない。

 重要なのは、残り少ない時間でフォートが聖堂の秘術とやらを受けなくてもいい状況まで話をもっていけるかどうかだったりする。

「どうするつもりだ?」

 問いかけてくるアルフォンズの声は、フリッツの時間もないのだと責めているようにも聞こえてくる。

 フリッツとしては、秘術など聞こえはいいが実態が不明で、身を任せるには怪しすぎると考えていた。

 かといって、フォートが何を考えているのかわからないのに無暗と反対はできないし、王命として中止を命令してほしいと国王である父・アルフォンズに頼むのもおかしな気がしていた。

「先代の地竜王様を見つけられたとしても、バーデの壺をすぐに手に入れることは難しいと思います。情報が正しくて現実に公国(ヴィエルテ)にあるかもしれませんが、明日までに手に入れることは難しいです。」

「そうだな、」

 ほっとしている様子のアルフォンズは、「それで、」と先を促すように言った。

「フォートが怪我をした責任の一端は私にあると考えています。不測の事態だったとはいえ、私がもっと強ければ起こらなかった事件ではないかと思います。」

 言葉を選びながら話すフリッツを、アルフォンズはじっと見つめている。

「今は明確な治療方針を提示することはできませんが、必ず良い結果を見つけ出すので、私にフォートの命を預けてほしいと交渉するつもりでいます。」

 直接話をしてみてフォートが願ったことを叶える方向で話を進めていきたいとフリッツは思う。それが最良の判断なのだとも、思う。


「世迷言を抜かすな、」


 吐き捨てるように言われた言葉の意味を考えようとして、フリッツは驚いて顔を上げた。

 最善だと思った自分の考えを、あっさりと父・アルフォンズは否定してくる。

「騎士となった時、あの者たちは身を捧げ国に忠誠を誓っている。我々王族は国を体現した存在だ。我々の為に命を捧げる覚悟など、旅立つ以前にしているのだ。全力で戦って得た怪我なのだとしたら褒めてやらなくてはいけないが、お前は決して己の無力を嘆いてはならぬ。弱音はあの者の勇気を否定することになるのだから。」

 怒鳴り声でもないのにアルフォンズの声はフリッツに響いて、思わず項垂れてしまった。フォートを励ますことと、フォートの前で情ない姿を見せることは両立させてはいけないのだ。何をするのが最善なのか。何を望むのが最良なのか。

 フリッツは天井を見上げて気が付く。

「今宵は新月です。フォイラート公爵家から戻りがてら、直接フォートに会って話をしてきます。」

 狼頭男(ワーウルフ)の盗賊団ではないのもあって、フォートのいる収容施設で月のない夜に月のような魔法の球体を自然に生み出すのは至難の業だとはわかっている。

「ならぬと言ったら?」

「襲撃に会い王城を避けて逃げていた、とでも言い訳をするつもりです。」

 聖堂の秘術がこの先どんな影響を与えるのかわからない現段階では、今夜しか、自分の考えを語れる状態のフォートとまともに面会できる最後の機会などないのだと思えてくる。

「ではそうしなさい。王城から面会の申し込みをしておいてあげよう。実の親が聖堂に頼らざるを得なかった実態を、その身で体験してきなさい。何も知らなければクラウザー候の判断が正しかったと思うのかどうかは年月を得てからではないと判らないかもしれなくても、現状を観察すれば新しい切り口を見つけられるかもしれないからね。」

「ありがとうございます。」

 頭を下げて感謝の気持ちを示したフリッツを見て、ようやく父・アルフォンズは柔らかい表情を作った。

「あの子とも向き合ってくるのだろう? そろそろ急がなくていいのか?」

 はっと我に返って、フリッツは深々とお辞儀して急の面会を許可してくれたことへ礼を述べ、執務室を出て自分の部屋へと急いだ。

 気持ちは晴れているとはいいがたかったけれど、父と話すことで気が付くこともあったし、フォートをどう扱っていけばいいのかを考える手掛かりをいくつも貰えた気がしていた。


 ※ ※ ※


 キュリスとビスターとに付き添われフリッツが会場入りすると、最上位の王族の登場を待ってフォイラート公爵家の嫡男ラドルフとフリッツの妹であるスヴェトラーナ姫とのお披露目の祝宴が始まった。

「今日は我が息子と迎えた姫君の為にお集まりくださり誠に感謝する。今宵の祝宴は、新月を良い機会と捉え明日の朝には領地に旅立つ二人を見送る会でもある。どうか、良い時間となるようお力をお貸しいただけないだろうか。」

 いつもは居丈高なフォイラート公爵の珍しく率直な言葉は清々しくて、祝宴はすぐに明るく和やかな雰囲気が伝播していく。食事自体は立食形式で、式場である大広間には楽団も入っている。流れてくる曲に合わせて踊る者たちもいるほどに、親しい者たちの集まりがいくつもできて自らの特異を披露し始めていた。

 フリッツはフォイラート公爵夫妻から兄としてまず挨拶を受け、フリッツもラナを頼むと挨拶を返しておいた。

 やがて、ぽつりぽつりと降り出した雨が次第に音が重なり合って激しくなり、空からは不穏な音も聞こえてきていた。


 式が始まる以前からラドルフは飲んでいたようで雨が庭の篝火の退魔(モンスター・)シールドを消してしまった頃にはすっかり出来上がってしまっていて、機嫌良くワインを片手に大声で笑っている。

 愛想よく笑みを浮かべたラナは挨拶に来る貴族の夫人たちを丁寧に扱って挨拶を交わし、それなりに雑談もして楽しい時を過ごしているように見えた。嵌めたままで取れない繊細な細工の可憐な腕輪も、フォイラート公爵領の婚礼衣装と思われる鮮やかな花柄のドレスも、美しいラナにはよく似合っていた。

 フリッツは食事をしつつひっきりなしに押し寄せてくる招待客たちの相手をしていた。祝宴というだけあって賑やかな楽団の華やかな演奏に合わせて踊る者もいれば、贅沢を極めた食事をもくもくととる者と、各自が思い思いの行動をしている。

 話をしながら機嫌良さそうに振舞うラナの善人にしか見えない行動を注視していたフリッツは、やがて、ラドルフがラナの腕を軽く掴んでどこかへ引っ張っていこうとしているのに気が付いた。

 ラナの顔は笑みを浮かべているのに、必死に連れて行かれまいと懸命に抵抗して逃れようとしているようにしか見えなかった。

 どうしようか、傍に行けば助けられるのか?

 フリッツの周りにある人だかりは減る気配がなくて、身動きが取れない。


 誰かが嗤った気がした。 

 ちらりと振り返ったラドルフと目が合った気がした。ニヤッと笑われた気もする。

 本当にラナを連れて行こうとするのか? 祝宴の主役がいなくなってしまうのではないか。

「おい、」どこへ行くんだ、

 言いかけて、フリッツは口を噤んだ。雷鳴の轟く中、耳を押さえて体を丸める人々の悲鳴がすぐ近くから聞こえてくる。まさか雷はフォイラート公爵の公邸に落ちたのか?

 きゃあきゃあと悲鳴を上げて会場から逃げ出す招待客たちを守るように騎士たちも集まってくる。取り繕うように、フォイラート公爵家側の執事や侍女たちも後を追いかけて行ってしまった。


 ラドルフはラナを連れてどこへ行ってしまったのだろう。

 窓の外は真っ暗でも雷鳴は聞こえていた。雨音が静かになり雨自体は止んだかもしれなくても、夜中にぶり返してきそうな雰囲気があった。


 ガチャーン


 豪快に窓ガラスが割れる音がしたかと思うと、いくつもの巨体の影が粉塵に揺らめいた。

ありがとうございました。

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