28 先の大戦は終わっていてもまだ
「何のために書類を残してあったのか、どうして黒曜石のペーパーウェイトでなければならなかったのか。あの部屋は窓が閉まっていました。風など通りません。机の上に書類があって乗せてあるのならともかく、引き出しの書類の一番上に黒曜石のペーパーウェイトなど置く必要ないのにどうして必要だったのか。答えは、あの場所が学術院の一室で、魔石学を研究している学者もいたぐらいにも魔法と密接しているからなのだと気が付きました。もし魔法の知識があって魔石が扱える人物であったなら、この黒曜石のペーパーウェイトは便利な道具としての価値ではなく魔道具としての機能を活用するためにここに置かれていたのではないか、と考えました。」
トリアス博士はフリッツたちが以前学術院を訪問した際、すぐにキイホ博士やティオ博士と接触したのを知ったのだろう。王城の騎士として日常的に魔石学に触れる機会があり魔道具についても基本的な知識がある者たちなのだと判断し、謎かけに利用したのだとしてもおかしくはない。
ランスは、資料の一番上にペーパーウェイトを置く仕草をした。
「試しにと黒曜石のペーパーウェイトを紙の真っ白な裏面の上に乗せてみました。思った通り、文字がじんわりと現れてきました。おそらく任務の詳細であろうしっかりとした文字と、誰かが書き加えたと思われる訂正や筆跡の違う文字です。」
オオオ、と感嘆の溜め息が誰もの口から漏れ出していた。ランスは満足そうに一度頷いた。続きを話してくれるようだ。
「白い裏面が表になるように重ねて紙をめくっていくと、どの白い面も文字が現れていましたが、欄外に書き込みや文字の上から訂正線が引かれてもいました。表の日付通りなら魔法自体は古いようですが、読める単語を拾っていけば読めなくはないので、完全に訂正しすぎて塗りつぶされているもの以外はある程度意味を持って読むことが出来ました。」
「回りくどくないですか? トリアス博士はどうしてそんな手の込んだことをしたのでしょうか。」
キュリスの何気ない質問に、ランスは困ったような顔になった。
「いつかあの研究室にトリアス博士が戻って来た時、書類は残っていると確信していたのではないでしょうか。トリアス博士は私たちが読み方に気付いていようとなかろうと、王城からの公文書をあの研究室から持ち出せるはずがないから残っているはずだ、解読できなければ単なる古い書類だから放置しておいても安心だと考えたのだとすれば、仕掛けがあろうとなかろうと、渦中にいる自分の手元に危険を冒してまで持ち出すべきではないと判断したのだと思います。」
「そのままにしておくと次に見つけた誰かが気が付いてしまうかもしれないわけですよね? 教官殿も黒曜石のペーパーウェイトをそのままにして部屋を出たのですか?」
「もちろんあの部屋に残してきました。学術院からどちらかを持ち出すと何らかの仕掛けが発動するという罠があっては困りますから。ただし、置く位置は変えました。すべてを読んだ後、書類は元通りに戻し、黒曜石のペーパーウェイトは机の足元の影の中にこっそり置いてきました。椅子に座って見ない限り、闇に馴染んで気が付かないと思います。」
目に見えない黒曜石のペーパーウェイトを両手に持ってつま先に置く仕草をして、ランスはにっこりと笑って再び資料の上に黒曜石のペーパーウェイトを置くふりをした。
「何度か読み返すうちに、見えてくる流れがありました。国王軍から派遣された騎士たちや国境警備隊の隊員、学術院の教授や学生とで構成された調査団が、時期としては先の大戦の前後にかけて王国内を旅をしていたようです。調査団への任務は任務書にある通りのままだとかなりおおざっぱで、そのうちに時折紛れ込む細かな指示書は何らかの符号のようなものであり暗号のようでもありました。どうやら彼らは指示書を読むための共通の認識として暗号を解読する術を各自で確保していたようです。」
「時期が時期だけに、秘密の任務という言葉がふさわしい気がします。」
カークは幾分興奮気味に口を挟んだ。キュリスも興奮しているようで、早口に話す。
「任務を正確に把握しようとするともうひとつ解読手段が必要なのですか。よく考えてあります。教官殿が石を隠して帰ってしまったらもっと情報が削ぎ落されてしまうのですね、」
頷きつつも、キュリスは小さく唸る。ビスターが真面目に手を上げて話に割り込んだ。
「秘密の任務ならあらましを口外できないのは当然です。正式に面会の約束を取り付けてしまうと嗅ぎつけられたり、口外できないことを責められると考えて逃げたのでしょうか?」
「トリアス博士の残していった書類の解読にはこのように道具が必要なあたり、例え面会できていたとしても口頭で伝えられるような情報ではないため、私は気が付かずに見逃したと思います。月並みな、何の変哲もない面会で終わっていたと思われます。そうなってくると、博士は私と面会するのが秘密を守る最適解だったという答えになりますが、現実にはそうなりませんでした。」
不思議ですねと言わんばかりに、カークが首を傾げた。
「となると、面と向かって伝えられないからわざと手掛かりを残して逃げたのではないかと思えてきました。いえ、面と向かって伝えられないからこそ、逃げた理由を探し出してほしいと願われたのかもしれません。私に秘密を共有しようとした時点で口外できない任務について公にしてしまうことになりますが、博士はそれでも、秘密を秘密のままにしておけない事情があったのではないかと推測しています。」
決して無責任に暴露して逃げたのだと判断しない辺り、ランスの見つけた情報はかなり重要だったのではないかと思えてきた。
「書類の裏面の情報は、表面の補足と結果と考察という印象でした。ただ、行先や目的など固有名詞は塗りつぶしてあったり重要な単語についても×印や塗りつぶされていて解読を困難にし、対象と思われる項目が7つに分けられていて詳細と思われる文が記されていました。一通り目を通して再度読み直すと、×印や塗りつぶされている箇所は既に調査済みである印なのだと判ってきました。調査団の構成員の中にはマチリク博士と当時まだ研究室に所属する学生の立場だったチャイカ博士の名前もありました。彼らは地理学の研究者として肩書が添えられていましたから、現地の情報を無駄なく掌握するために呼ばれたのだろうと思われます。」
トリアス博士とマチリク博士、チャイカ博士は同行しているので、文字が隠してあっても隠された真実を知っているのか。フリッツはトリアス博士が何を考えて文字を隠したのかを知りたいと強く思った。
「すべて王国内ですか?」
「すべてとは言い切れませんが、塗りつぶしてある単語の前後の河川名や地名にはいくつか見覚えがありましたから、地名の変更がなければ王国内に現存している場所なのではないかと思います。」
ランスは言葉を区切って尋ねたカークを見た後、フリッツを見つめた。
「読み返していくと、いくつか法則があるのだと気が付きました。7つあった項目のうち、いくつかの項目はすべて調査完了しているらしく重要だと思われる固有名詞は訂正線で隠されてしまっていました。残りのいくつかの項目では何らかの条件を満たしていないらしく訂正線が少なく、旅行先の詳細があったり固有名詞もまばらに残してありました。そのひとつに、フォイラート領の領都ブロスチがありました。表の任命書には近郊のルぺリアという村の地竜王様の神殿の遺跡が目的地であったかのように記載がありますが、実際には別の場所に調査に向かったようです。その先は、違和感が続きました。」
思っても見なかった地名にフリッツは面食らってしまっていた。妹ラナの婚家であるフォイラート公爵家が治めるフォイラート領に先の大戦という非常な戦時下に秘密の任務を抱えた調査団が向かっているとは、想像してもいなかった。
「表の目的地が地竜王様の神殿とあるのに遺跡となってしまっていたから別の場所に移動したと思われたのに、実際には裏の詳細では移動先の別の場所でも地竜王様の神殿を探していません。規模からして村だと思われる街で春の女神の神殿を見つけたり、簡単な地図や集落の長の家系図、水車小屋の番人の家系図、主要産業について詳細が記されてあるのに、具体的な村の名前や地名、方角、産業については塗りつぶしてあり正確には読み解けませんでした。他の旅行先の中でも表とは違う行先の記載がありました。山や地名のみが読み取れた場所がいくつかあり、奇跡的に領名が読み取れたのはミンクス領ぐらいで、あとはソローロ山脈のどこかだろうと思われる高地、現在は皇国領となっている場所について記載がありました。」
「そんな状態なら、何かを探してあちこちに行ったと判っても、足取りを追うには情報が少なすぎます。あまり価値がある書類ではないような気がしてきました。」
「だからこそ置いていったのかもしれないですね。」
キュリスとビスターは深く納得している。
「書類全体としてみると、前半は塗り潰されている箇所が多くありましたが、後半はまだ読めました。後半の、表の年月日が先の大戦の終わりの頃の書類の裏面には、おそらく皇国の地名と思われる王国語ではない言葉の王国語表記が無理やりに記されていたりして、誰かに見せるために正確に記された報告とは思えないような、トリアス博士の個人的な覚書が記されるようになっていました。塗りつぶされる個所はなくなりつつありましたが、歴史について検証された文章は消え、まるでおとぎ話のような不可思議な童話集の下書きへと様変わりしていました。」
ランスはテーブルの上へと視線を落とした。
「これがその資料です。その場で書き写したわけではなく後で私の記憶を掘り起こしてまとめたので正確さには欠けますが、どういったモノなのかを共有できると思います。」
一枚一枚紙をテーブルの空いた場所に置いて、ランスは題だと思われる部分を指さした。
「聖者の書、錬金術師の誇り、連れ去られた王子、理想郷…。なんですか、これ、童話にしては聞き慣れない題ばかりですね。」
キュリスが呆れ声で読み上げるのを無視して、ビスターとニアキン、カークが身を乗り出して書面を覗き込む。
「これ、もしかして、」
読み終わったらしい書類を一枚ずつ手渡されて、フリッツも目を通してはキュリスへと回す。
「この連れ去られた王子の話に出てくるのは、精霊王のマントではないですか、」
カークが興奮している。
「魔道具と言うより、失われた帝国の失われた文明の結晶としか思えません。まさかこの童話は、そのものの役割を解説するような役割を持っていたりするのでしょうか、」
ビスターも興奮していて、目を見開いて紙の流れを目で追うニアキンは絶句している。
ふうと溜め息をひとつはいて馬車の窓の外を見やり、フリッツは指を折って4つの童話の内容を思い出す。
ひとつ目は聖者の書。昔々、村長として村を守り、誠実な人柄で人々に慕われ懸命に過酷な大自然と生きる男がいた。山奥の泉で水浴びをしている乙女を見初め、連れ帰り、夫婦となった男には、ふたりの自慢の息子が出来た。男に似て誠実で真面目で妻に似て端麗な容姿で背も高く体も頑丈なふたりは義に篤く、人々に乞われて戦争へと出かけて行った。ふたりは懸命に戦い互いに助けかばい合って瀕死の重傷を負って、村に運ばれて戻った。
彼の妻は自分の命を引き換えに2冊の本を手に入れてくれた。2冊でひとつのその本は、生者の書と死者の書と呼ばれていて、どちらかを生かしてどちらかを死に至らしめる書であった。村長はふたりの息子を愛していたからどちらかを選べず、聖者の書を使えずにふたりとも死なせてしまった。村長一家のいなくなった村は崩壊し、墓所には2冊の本だけが残された。
ふたつ目は錬金術師の誇り。昔々、高名な錬金術師がいた。彼は自分の持てるすべての知識とすべての鉱石、すべての素材を駆使して何でも作れる万能の指輪を生み出した。ある日、錬金術師はなんでも作れる指輪を使って彼の失った娘を作ろうと考えた。出来上がった土人形はとても美しくて生き物のように血が通い髪は伸びた。でも、生きてはいなかった。次こそはと、なんでも作れる指輪でいくつ人を作っても土人形ばかりが増えていった。命だけが足りなくて、錬金術師は指輪を使って命を作ろうとしたが作れず、錬金術師の誇りにかけて男は死ぬまで土人形を作り続けた。
みっつ目は、連れ去られた王子。とても美しく魔力も強い王と王妃の元に、待望の子が生まれた。貧しい国だったが国中が祝い宴は三日三晩続いた。元は精霊王に捧げる予定だったというとても美しく作られた衣を献上された王妃は、精霊王たちが宴に姿を見せた時、捧げられたばかりの衣にくるんで美しく尊い王子のお披露目をした。生まれたばかりの美しい王子の為に加護を欲しがった王妃の願いを聞き入れて、精霊王たちはくるむ衣にキスをして加護をお与えになった。
その日の夕暮れ、強い風が吹いて子にかけてあった衣が飛び去り、そのまま、子ごとどこかに攫って行ってしまった。
よっつ目は理想郷。大飢饉が襲った翌年の種まきの頃、人や人ではないものとの共生について主義や思想の違いから争いが起こった。きっかけは王族同士の諍いでいつしか家臣を巻きこんで国全体へと広がった。戦争となり、やがて負けた『理想を追い求める』王族は仲間や支持者たちと船に乗って理想郷を求めて旅立った。誰も追いかけなかったので、王族が終わっても、誰も戻って来なかった。
生者の書、死者の書、万能の指輪、精霊王のマント、失われた帝国の末裔…?
聞き慣れない物語ばかりで、すべてを作ったのは失われた帝国の生き残りなのではないかと思えてしまった。
「他になかったのですか?」
集まって来た書類をキュリスがまとめながら確かめる。
「あることはあったのですが、下書き以下という状態でした。構成の途中であるというよりは、まとまりがなく前後関係もてんでばらばらで、何度も書き直しがあり修正だらけで読みこなせませんでした。いくつか読めた個所は箇条書きにしてここにあります。」
ランスが手元に残してあった紙を見せてくれた。天女や、舞人、原始の魔法使い、指の骨、といった単語が並んでいる。
「どの話もなかなか悲しい気分になります。王国内で浸透していなさそうな話ばかりですね。」
キュリスがしみじみというので、フリッツも公国よりは皇国寄りではないかなと思えてしまった。
「こういった童話の下書きのようなものがしばらく続いた後、トリアス博士の日記のような書体が始まりました。その中で、マチリク博士とチャイカ博士は何らかの発見をし『国益のために』自分の過去と未来とを捧げるといった趣旨の宣誓をしたという記述がありました。その宣誓は前国王妃様であらせられるクリスティーナ様に誓われたそうです。しかもトリアス博士も立会い人として同席しているようです。」
先の大戦以前へと記憶を遡ってしまっているクリスティーナことオリガの警戒した表情を思い出して、フリッツは思わず首を振ってしまった。聞きたいことはたくさんあるのに、肝心な『おばあさま』は何も覚えていないのだ。
「最後の裏紙に描かれていた記述によると、トリアス博士は下書きが終了した童話ばかりを収めた本を作っています。一般に流通させるのではなく、王城の図書室とコズミキ・コルスという王都にある本屋にのみ謹呈したようです。文章量が薄いと判断したのか、お話自体よりも該当すると思われる地名や風習を読み解く手引きとして後述に加えた内容なようです。もしかすると、王城の図書室を探せば見つかるかもしれません。地名など、訂正線で消された箇所がはっきりしますから。」
「題はなんとあったのですか? 学術院に予備のない本なのですか、」
キュリスが興奮して尋ねるのを聞きながら、フリッツは思わず頭を抱えた。父上がよく読んでいる本は何だっただろうか。好まれる本の分野は民衆に口承される怪談話だったはずだ。
父・アルフォンズの趣味は古文書の解析で、図書室の本はすべて目を通しているかもしれない大変な読書家だ。もうすでに情報を得ていて吟味したいと考えてしまったのなら、図書室から長期貸し出しとして摘出されてしまっている可能性がある。
「残念ながら塗り潰されていて判りません。年代は判っていますから、探す他ないでしょう。」
「その割には残念そうではないですね。」
一瞬口を噤んで、ランスはカークを見て同意を求めるように頷いて見せた。
「優秀な司書がいるのは判りましたから、いずれ見つかるでしょう。それに、ここに下書きの写しがありますから。」
「コズミキ・コルスという本屋は先代の地竜王様の隠れ家でしたよね? 図書室とどちらにしろ実物の本を見つけ出すのはかなり先になりそうなので、どういった内容なのかを知れただけでも収穫だと思います。」
ビスターがまとめると、ニアキンは深く頷いていた。
「教官殿、トリアス博士は童話と宣誓書を知らせたかったのでしょうか。」
手を軽く上げて明るくキュリスが尋ねると、ランスは「追うな、と伝えたかったのだと思います、」と答えた。
「トリアス博士なりの足止めです。無策に追いかけて王都を出れば無駄足となると皮肉りたかったのかもしれませんが、かといって博士が残してくれた情報のすべてを精査している間に御本人は遠くまで移動するつもりなのだと思います。マチリク博士やチャイカ博士と落ち合うのかもしれませんし、この訂正線で消された場所に行ってしまっているのかもしれません。」
「トリアス博士たちの任務は、学術院でも続いていたのですね。」
キュリスが悲しそうに呟いた。「我々軍人はもう一区切りついているのに、民間の学者とはいえ、先の大戦は終わっていてもまだ任務を終えていないのですか、」
ビスターが「追いかけて、助けてあげたいよね、」と言うので、ふたりして頷いている。
「ランスはどう思った?」
フリッツはトリアス博士の残した情報を振り返りながら尋ねてみた。おそらく戦火に紛れて何らかの秘密を暴こうとしていたのではないかと判っても、具体的に戦力とならないであろう情報など何の威力はない。調査旅行など先の大戦終結後の平和な時代まで待ってくれないかと提案していそうなのにしていないとなると、見つけ出すのはどれもそれなりに効果が期待できる品なはずだ。なにしろ討伐の旅において精霊王のマントは重要だと、フリッツだって知っている。
「断定はできませんが、戦火に紛れて盗掘行為が行われていたのかもしれません。罰しようにも、下手に国王軍だけでの編成だと文化財かどうか判別が難しかったのではないでしょうか。情報を正しく処理するためにも、学術院の研究者の協力が純粋に必要だったのではないかと思いますね。国中を行き来する上、国王軍が絡んでの調査旅行なら、敵対する相手は個人ではなく大掛かりな組織なのではないかと思われます。もしくは、領土拡大も兼ねて、皇国が先の大戦時に失われた帝国の失われた文明の結晶の獲得について何らかの動きを見せていたのかもしれないですね。」
書類に目を落として、ランスは唇をそっと撫でた。
「あとは…、情報の収集ではないでしょうか。大戦中、不安定な情勢だったでしょうから王国内で反体制派が幅を利かせていないか、反乱の芽はないかを探っていたのかもしれません。国境付近に関して調査するのは、国母様は敵情を知らせてくれる内通者とは思えませんが、国境に暮らす者たちからなら、皇国の情報を得やすかったのかもしれません。なんにせよ、庶民と接するには、騎士や兵士と言った軍関係者よりも民間の学者たちの方が気安かったでしょうね。」
国境の街アンシ・シには皇国からやって来た者の姿があった。宿屋のアークティカには、皇国人が訪れてもいた。戦時下だからこそ後世の為に見聞を残したい、どうか教えてほしいと学者に願われれば、警戒していた心が絆されて動かされてしまってもおかしくはない。
「ちょっといいですか、」
ふいにカークが不服そうに顔を上げた。
「国益のために彼らは姿を消したのなら、どうして我々に勅命だと打ち明けてくれないのでしょうか、」
素直なカークの言葉に、王城の騎士団の一員であり王子フリッツの親衛隊でもあるキュリスやビスター、ニアキンは複雑そうな表情になった。
「わかりません。言えるのは、見つけなければ知らされるつもりはなかったかもしれない情報であるという事実です。見なかったことにしてしまえる情報かどうかは、立場にもよりますからね。」
討伐の旅を控えているフリッツには『失われた帝国の失われた文明の結晶』は助けになるかもしれないが、そうでなければ何の影響も受けない情報だ。
「面会の約束をしたのが教官殿でよかったですね。」
キュリスがぽつりと言った。
「きっと私では黒曜石のペーパーウェイトに気が付きませんでした。さ、次は君だよ、ビスター。一緒に学術院に行ったのだったよな、そっちからは何か聞き出せたのかい?」
困った表情になり、ビスターは「行きましたが、とてもじゃないですが情報の密度が違う結果となってしまっています、殿下」と申し訳なさそうにフリッツに向かって頭を下げた。
ありがとうございました。




