5 盾になどなるな
フリッツは何が起こっているのか理解しようとしてやめた。魔法の理屈などわからない。わかるのは、公国人が対価によって話す内容を変えてくる無難な公国人がいる店なのではないようだという現実だ。
「出ますよ、」
ランスのその言葉で、この店では聞き込みをしないのだと理解できた。
「教官殿、」
フリッツはこのまま立ち去ってはいけない気がしていた。公国人に見えてしまうのは、店の仕掛けなのか魔法なのかもわからない。この仕掛けに気が付いたのは自分だけなのか、仕掛けだと思っているのも自分だけなのか、はっきりさせておきたい気持ちもある。
見る限り、ビスターも、ランスも、ニアキンも、ドレノも、髪の色や瞳の色に変化はない。自分自身の手の甲を見てみても、何も、変化は判らない。実際、王国人の剣士は王国人の剣士に見えている。
ただ、つい先ほどまで、あの皇国人も公国人に見えていた。仮に、魔力を持っている客なら誰もがみんな公国人に見えてしまうのなら、辻褄があう。
どこで魔法をかけられたんだ?
店に入ってすぐに店員に迎え入れられ、空いている席をと勧められて、誘導されるままに席についている。その時見えた店内にいたのは、赤茶髪に緑色の瞳の公国人たちと茶金髪の王国人の剣士数名だ。
公国人ばかりの店内で王都の騎士団の制服と似ている王城の騎士団の制服を着ているのもあってか、他の客たちはフリッツたち一行をちらりと一瞥した程度で、フリッツたちの存在はいないかのように扱っていた。フリッツもより取り見取りで話しかけられる環境にあったのに、選び出して話しかけようとは思わなかった。事前に対価によって話す内容が変わると聞いていたからだ。見まわしたりもしていない。刺激する必要もなかったので、逆から見まわし直したりもしていない。ここには話を聞きに来たわけではないと遠まわしに言われた、と認識していたのもある。
「どうかしましたか?」
フリッツの呼びかけにビスターが立ち止まったのもあって、店を先に出てしまいそうになっていたニアキンも戻ってくる。
魔法を使う者は誰だろう。この店全体にかけられている結界のようなものだったりするのだろうか。
不審に思われないよう店員の動向に気を配りつつ、フリッツはランスに頼んでみる。その男の声が聞こえる位置ではなくとも、見える驚いた顔や、誤魔化すようなうすら笑いの顔、様子から、やはり本人なのだと確信が持てた。
「一度店内を見回した後、今度は反対周りに見回してみてくれないか、」
妙なお願いに、ランスはフリッツを見返した後、黙って従ってくれた。聞こえていたらしいニアキンとビスターも、同じ動作をしている。
ゆっくりと目が動くのが判り、反対に動いた後、目を見開いている様子に、やはり見つけたのだと確信できる。
「見つけたか?」
ランスよりも早く、ニアキンは気が付いたようである。
「どうして、あの者が、こんな場所に、」
小声で呟き険しい表情になったビスターも、やはりダクティルの姿に今まで気が付いていなかったようだ。
「あの者には、よく会うようです。」
あえて名前を出さないランスに頷いて、フリッツはランスがどう判断するのかを待った。
フリッツとしては、何故この店の仕掛けを知っているのか、何故皇国人なのに公国人のふりをしているのかと気になったけれど、同席している相手もとても気になっていた。公国人に見えていたということは、魔力を持っている王国人だ。
「割り込んでいき話しかけたとして、彼らは素直に素性を明かしてくれる性分とも思えませんね。」
「追いかけるにしても、こちらの顔を知られています。」
どちらの場にもいなかったのはドレノでも、ドレノは聖堂からの預かりものなので無茶はさせられない。
かといってこのままにしておけるほどフリッツも好印象を持っているわけではない。アンシ・シでも学術院でも、彼は何かをしようとしていたと考えるのが妥当な気がしていた。
「頼まれてくれませんか、」
ランスは、ビスターが会計を済ませたばかりでまだ会計にいた店員の若い公国人に小声で話しかけた。
「いかがされました、お客さん、」
滑らかな王国語で神妙な顔つきになった店員に手招きして、ランスはフリッツたちにまで聞かせられない内緒話でもするように手で壁を作って店員の耳元に話しかけ、そっと制服の徽章を見せて身分を明かしている。
耳打ちが終わると、店員は緊張した面持ちでしっかり頷いて見せてくれた。
「頼みましたよ?」
深く一度頷いて、店員は静かに素早く店の奥へと去っていった。もちろん、あの男のテーブルの周辺への接触は避けている。
※ ※ ※
ランスに促されてフリッツたち一行が店の外へ出ると、少し歩いた後、ランスはひと気ない路地へと入って「確認しましょうか」と言った。雨が上がってしばらくたっていて、水たまりも薄っすらとしかない。ようやく話ができるので、フリッツとしては少しほっとした気分になる。表情に変化のないドレノも、待ってましたとばかりに頷いたニアキンやビスターとしても情報を共有したかったようで、逆らわずにランスを取り囲むようにしてランスの言葉を待った。
「応援に、王都の騎士団が来ます。」
今いる路地からは酒場の入り口は見えても、向こうからはちょうど死角になる位置だ。
「先ほどの店員が呼んだのですね?」
ビスターが静かに確認したのを見て、ニアキンも頷いている。
「どうしても人手が足りませんから。あの店員には私の名を出してそれぞれの行き先を調べてほしいと伝えるよう頼みました。」
魔法がとけた後の本屋ダクティルが一緒に食事をしていた相手は王国人の男性で、よく日に焼けていて無造作ながさつさがあって、この市場に暮らす者には見えなかった。どちらかというと旅人、着ている格好からしてもあまり金がかかっておらず平民で、騎士や貴族階級ではなさそうだった。
「確かに気になる相手でした。見たところ貴族ではありませんでしたね。」
「市井の、人込みの中で偽ってまでして会う相手とは誰なのでしょうか、」
貴族階級出身で王城で勤務するランスもビスターも知らないようだった。
「ドレノ、面識は?」
「ありません。」
珍しく声に出して、ドレノはきっぱりと否定する。
「ニアキンは、」
「王都でも王城でも、どちらの騎士団でも関わった記憶はありません。」
「そうですか、」
ランスが次に自分に話を振ってくるだろうと悟り、フリッツは無言で首を振った。基本的に王族であるフリッツの面会には必ず騎士や兵士が同席していた。側近中の側近であるランスやビスターが知らないのなら、フリッツはもちろん知らない。王城に内密にやってくる者がいるとしたら、巷の怪談話や講談を聞くのが好きな父・アルフォンズの求めに応じて登城した学術院の教授や在野の研究者たちぐらいだ。記憶の限り、あんな顔はなかった。
「すぐには来れないのでは、」と言いかけて何かに気が付いたらしいニアキンは、「いえ、居ましたね、すぐ近くに、」と言い直した。
「そうです。殿下のご意向により警戒するようにと伝えて以降、地の精霊王様の神殿や市場の付近には王都の騎士団の警護が強化されているはずですから。」
ランスはフリッツを見て言った。人の暮らしを諦めたキイホ博士が、地の精霊王様の神殿の近くの闇に紛れて、道が開くのを待っているはずだった。
「あののち、当家の出入りを確認しましたが、特に変わりはないようです。」
「代替わりしても出入りを禁じられている理由は聞いたのですか?」
ニアキンはランスの質問に、困ったように目を逸らした。
「いいえ、逆に、何故気にしているのかを聞かれました。」
「なんと答えたのですか?」
「よく似た者がいたと伝えましたら、気のせいではないかと言われて、それっきりです。」
フリッツはランスを見た。ダクティルについて憶測で話をするのはよくないと判っていても、心構えとして話しておいた方がいいような気がし始めていた。
「やはり、店で会っていた男の素性が気になります。」
考え込んだランスは宙を見つめている。
「以前にも、あの男についてお聞きしたかと思いますが、」
ニアキンは、フリッツに縋るような眼差しで見つめてきた。はぐらかしてばかりなのを、今日こそは決着したいようだ。
フリッツたちが身分を偽りアンシ・シにいたことを、当時王都の騎士団にいてニアキンは知らない筈だった。ダクティルについて話すとなると、どうしても秘密を明かさないといけなくなるだろう。
「まだ断定できないが、あまりよいとは言えない。」
ランスもビスターも否定しなかったので、フリッツは自分の読みは間違っていない気がし始めていた。ただ、具体的な根拠はないのに皇国の諜報員と断定するのは早計に思えていた。
「あんな店で密会していたからですか?」
仕掛けがある店はまだまだあると思っていいかもしれないが、偶然にしては遭遇する率が高すぎる。
「あちこちを行き来する本屋だからですか?」
納得がいっていない様子のニアキンに、ビスターがニヤリと目を細めて指摘する。
「見かけを偽り重要な拠点を行き来する本屋が集めている本とは、いったいどんな本なのか、考えてみたことがあるかい?」
「あ…、」
驚くニアキンを冷ややかに笑うランスも同じような考えをしていたようだと判り、フリッツは内心ほっとしていた。
「数年前までとはいえ家屋敷に出入りされていたのだから、驚くのは無理がないと思います。」
気の毒がるランスに、ニアキンはまだ表情をこわばらせたまま何も答えられない。
一般の客たちが歩くのとは違う、複数人の規律のある足音と金属がぶつかる微かな音が聞こえてきて通りへと目を向ければ、王都の騎士団が数名と私服の騎士らしき者たちが、フリッツたちが先ほどまでいた酒場へと向かっていくのが見えた。
「早いですね、」
「さすが教官殿の名は使えます。」
ビスターが感心したように言った。
「あれだけの人数があれば二手に分かれてもまかれることはないでしょうから、任せて大丈夫だと思います。」
この場を離れても大丈夫だと誰もが確信した時、ニアキンがおずおずと片手を上げた。
「もう一度、私に任せてもらえませんか、」
「ニアキン?」
「この近くに、懇意にしている者たちが暮らしています。今度こそ、大丈夫だと思います。」
「そこでも、試されて拒まれたりするのでしょうか?」
皮肉混じりにランスが問いかけると、顔を上げたニアキンはまっすぐにランスを見つめ返した。
「大丈夫です。王国人ですが、頼りになります。なにより気心が知れています。どうか、もう一度、機会をください。」
「わかりました。…いいですね?」
確認するようにランスが顔色をうかがってきたので、フリッツは黙って頷いた。王都の騎士団にいたニアキンからすると、かつては自分の地盤ともいえる場所の案内をまともにできないとなると沽券にかかわるのだろうなと思う。
ニアキンにしたがって歩き出したフリッツたちだったが、ランスが急に立ち止って振り返った。
「ドレノ?」
振り返ると、ドレノは先ほど立ち話をしていた場所からたいして動いていなかった。顔は、王都の騎士団が向かった先の酒場へと向けられている。
「どうかしましたか?」
怪訝な様子のランスがドレノの傍へと戻って行った。なんとなく後に続いたフリッツも嫌な予感がしていた。
店の外の通りには人だかりができていた。野次馬が囲んだ向こうには、王都の騎士団の騎士たちが表情を険しくして、何かを指示しあっているのが見える。その前で頭を垂れてひたすら謝っているのは、どこかの領の騎士団の制服を着た者たちだ。彼らと共に不貞腐れた表情で突っ立っているのは、気の弱さそうな従者と裕福そうな身なりをした公国人の商人らしき男性だ。想像するに、首や手首、指などにこれ見よがしに貴金属を身に付けている公国の商人が王都の騎士団が追跡しようとしている対象を自分だと勘違いして騒いだ結果、どこかの領の騎士たちが正義感で仲裁しようとし、王都の騎士団の騎士たちが事情を説明したのではないか、と思えてくる。
「あの様子だと、よくない報告になりそうですね。」
公国の商人の開き直った態度を見て、ランスは溜め息をついている。
「あれ、正義感で人助けをしたらまんまと邪魔者だったっていう流れではないですか?」
フリッツの傍にはビスターもやってきていて、元いた組織の失態にニアキンも複雑そうな表情だ。
「見失ったようですね、」
「皆、顔の特徴を覚えていますか?」
見慣れているダクティルはともかく、王国人だったのは覚えていても、何色の服を着ていたのかすら覚えていない。
「もう一人の男に関しては漠然としか思い出せません。よく日焼けていて平民のようだとしか、」
ビスターが答えたのを、ニアキンも同じなようで頷いている。フリッツもだったので、頷いておく。
「旅人のようだったとしかわからない男など、市場の周辺には珍しくはありません。困りましたね。」
ランスも似たような印象だったのだと安心しつつ、残念に思う気持ちがむくむくと湧き上がってくる。もうこれでダクティルの目的はわからなくなってしまったのだろうか。
「あれを、」
ドレノがスーッと指さした先には、市場の商店の重なるように連なる屋根が見えていて、その上を、飛び跳ねて近付いてくる影があった。屋根の上を飛び跳ねている者たちは、ひとりやふたりではない。
どこか異形ではなく明らかに人間なので、魔物ではないのだとフリッツにも判断できた。
「屋根をみろ、敵襲だー!」
通りに飛び出して、ニアキンが叫んでいた。
どよめく声と悲鳴とが上がり、逃げ惑う人々がニアキンに向かって押し寄せていく。
「逃げろ、戦えない者は逃げろ、」
ビスターも加勢していて、もめていた王都の騎士団の騎士たちやどこかの領の騎士団の騎士たちも顔を上げ、迫りくる敵を探して顔を上げていた。
どこかから飛んでくる矢が通りに降ってきていた。
「フリッツ、こちらへ、」
路地の壁沿いに、フリッツはランスとドレノに守られて身を寄せた。
「ニアキン、ビスター、早く、」
ランスの声に従わず、ニアキンもビスターも一般客が逃げるのを誘導するのを優先にして動かないでいる。
「逃げろ、逃げるんだ!」
店先にいた者たちは急いで戸を下ろしたり店の中に隠れたりしていた。悲鳴を上げて逃げる者たちは通りから路地や店の中へと身を隠し、通りからは人影がどんどん減っていた。
ドーンという響く音とともに、屋根を飛んできていた者たちが市場の通りへと降りてきていた。剣を構えている王都の騎士団の騎士たちやどこかの領の騎士団の騎士たちはともかく、震える裕福そうな商人がまだそこにはいた。
騎士でも、兵士ではない。武装した平民たちだ。荒くれ者という言葉がよく似合っていて、アンシ・シで戦った盗賊団にいそうな雰囲気もする。筋骨隆々な体躯には古傷の跡がいくつも見えて、腰や太もものベルトにナイフを装備している。どこかの名のある盗賊団ギルドなようだ。
「あれは…、」
地に降りてきた数名の男たちは、揃いのゴツゴツとした鎖のような首飾りを身に付けている。ひとりは腕に大きな緑色の石を嵌めこんだ腕輪をしている。あれは翆玉? 魔石か? あの男が魔石を使って魔法をかけ、屋根を飛んでここまで仲間を連れてきたのか?
息を飲んで見続けようとしたフリッツを、ランスが黙って路地のより奥へと押し込んだ。
「ここにいると聞いたのだが、聞き間違いだったか?」
はっきりと聞こえた王国語は、誰かを探しているのだと判る一言だった。
通りにはすっかり民間人はいない。いるのは王都の騎士団の騎士たちと、どこかの領の騎士団の騎士たち、公国の商人と従者、少し離れた位置にニアキンとビスターとがいる。
フリッツを守るランスとドレノの表情が険しくなる。
「まあいい、せっかく来たのだから、土産でも貰っていこうか、」
「ウォー!」
雄たけび声をあげて走り出す音、金属が弾く音、悲鳴が聞こえてきた。盗賊たちが腰を抜かした商人をめがけて走り出しているのだとフリッツは思った。
何が起こっているのか見たい。
路地奥から動こうとしたフリッツを、ランスが首を振って遮り、奥へとまた押し込もうとする。
別の方法を探そうとしても、ランスの背の向こうに、ドレノが剣を構えていつでも走り出そうと身を低くしているのも見える。
打ち合う金属音に混じって、ニアキンやビスターが「逃げろ」と叫ぶ声も聞こえ始めていた。
どうか、あの公国人たちを助ける声でありますように。
フリッツは自分を守ろうとするランスの腕を振り払おうとして、気が付いたドレノにまで遮られてしまった。
「ランス、」そこをどけ、
言葉をランスが遮ってしまう。
「逃げろと、聞こえませんか、」
「こんな場所で見ているだけなんて、おかしいだろ、」
抗議しても、「だからです、」とランスには冷静な口調で返されてしまう。
「魔物を退治しに行くのだろ、あれは魔物ではない。行かせてくれ、」
聞こえてくる音は、悲鳴と唸り声ばかりで、ニアキンやビスターが無事かどうかまでは判らない。
一見すると、人間の、味方の騎士の方が数はあった。でも、実戦慣れしているかと言えば、確実に違う。捕縛したい騎士と、殺してしまう盗賊とでは、戦い方に差がある。
「ランス、」
「だからです。人間が魔物の手下ではないと、どうして言い切れるのですか、」
「仲間が戦っているのだぞ、」
ニアキンもビスターも、ドレノも、何が起こっているのかを見えている。
「だからです、ここにいて下さい。」
「ランス、」
「駄目です。」
「知りたいのだ、何が起こっているのか、」
「フリッツ、」
首を振って否定するランスの背の向こうでは、絶叫が響いていた。
ドレノがフリッツたちから背を向けた。何かがやってくると予想して、自分が食い止めると覚悟しての行動だ。
「ランス、」
もう一度聞こえた絶叫が誰の声かを考える前に、フリッツはランスに覆われるように被さられて蹲っていた。まるで衝撃波から身を挺して守っているかのような動作に、フリッツは自分の意志ではなく蹲らせられながら「放せ」と叫んでしまった。
「盾になどなるな、放せ! ランス!」
大事な儀式が出発の日まで何度も繰り返されるとわかっている。外出の度に危険な目に合っている自覚もある。だからこそ、蚊帳の外にいたくない。
壁の向こうから咆哮が聞こえたかと思うと、爆発音がして、当たりが静まり返った。
「ランス!」
覆い被さり動かないランスに守られたまま、フリッツは何もできなくなる。
「どうして、」
破裂音とうめき声が聞こえていた。
歓声も怒号も、聞こえてくる。
しばらくしてドレノが、「もう大丈夫です、教官殿、」と言ってくれてようやく、ランスがフリッツを解放してくれた。膝をついたままのランスと向き合うと、フリッツは守られた感謝を素直に口に出したくない気分になっていた。
「怪我はないか、ランス、」
「いえ、何も。フリッツは、」
「無事だ。無事に決まっている。」
何もさせてもらえず守られていただけの悔しさで、つい態度が悪くなってしまう。
「ニアキンとビスターは、」
通りへと目を向けると、明るい表情の王都の騎士団の騎士が顔を覗かせたのが見えた。
「よかった、お仲間は無事ですぞ、」
聞こえてきた言葉に弾けるように立ち上がると、フリッツは駆け出した。ドレノは王都の騎士団の騎士に礼をしていて、ランスも話を聞いている。
「ニアキン、ビスター、」
通りには、いくつかの穴が出来ていて、戦闘の激しさが残っていた。外壁に穴が開き、柱が折れてしまった店もある。
商人と従者は地に尻もちをついた体勢で泡を吹いて失神していて、地に寝そべり負傷している騎士や肩車をされて連れ出されていく者もいた。
血溜まりがある。
かなりの深傷だ。逃げたのか、こんな傷なのに。
フリッツは、唇を噛んだ。
「フリッツ、無事でしたか、」
手の甲で汗を拭ったビスターがフリッツに気が付いてくれて、ニアキンは剣の柄に手を置いたまま空を睨んでいた。
「無事だ。何があったんだ?」
なにも見れていなかったフリッツには、音の情報しかなかった。
ニアキンがあまり話さない性質なのは知っていても、おかしな状態なのは見てわかった。
「どうしたんだ、ニアキン、なんでもいい、声を聞かせてくれないか、」
近寄ってきた王都の騎士団の騎士が、ニアキンの肩を叩いていた。
「相変わらずだな、」
そんな一言で労ったのを、ニアキンははにかむように笑って反応して、やっとフリッツに気が付いて、小さく会釈してくれた。
ありがとうございました。




