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48、すべては誰かの手の内

 もちろんわたし自身も供物になりたいと思わないし、花冠の乙女になりたいと思ったりもしていない。

 最優先しなくてはいけないのは水竜王様の水晶(クォーツ)を使って一緒に移動したはずの師匠と合流することで、庭園(グリーン)管理員(・キーパー)としては任務があって、王都へ向かうことでコルと再会してわたしは無事だと伝えたかったりもするし、マハトを見つけて結婚はできないと伝えることだったりもする。

「しなくてはいけないことがあるんです。」

 わたしを見つめるラスタを見て、助けてあげたいとも思う。

 わたしの実力が治癒師(ヒーラー)としてできるなら限界を迎えているのなら、残りの地竜王様の神殿での祝福を得て『救いの手(セイバー)』となり、もう一歩進んだ高度な魔法を使って助けてあげたい。

「ここへは、偶然これただけです。わたしには、わたしの使命があります。」

 困惑顔のリコルテさんとラスタを見て、ニアキンはそれでも「帰ろう、ビア。兄上もご自分で歩けそうだ」と言って立ち上がろうと膝を立てる。立ち上がるために差し伸ばしてくれた手を取れば、わたしはこの場から逃げられる。わかっているのに、一瞬、躊躇ってしまう。

「聞いてもいいか、」

 わたし達の顔を見比べていた領主代行様は、眉間に皺を寄せたまま口を開いた。

「守護精霊の土地との再契約の際に花冠の乙女という娘が立ち会わない場合、どうなるのか知っているのか、」

 リコルテさんはわたしを見て、俯いて、少しの間の後、顔を上げる。

「土地を守る人間の代表である領主家の人間は魔力を提供しません。精霊と術を成すための魔力の供給源となる花冠の乙女とがいて初めて、術が成立します。」

「魔力の供給できる者がいないと、術は成立しないのだね? ああ、なるほど、つまり、生贄を捧げることで契約の魔法の効果を最大限に引き出そうというのか。」

「魔石で代用できるとは聞いたことがありますが、圧倒的に量が足りないのです。特にこの街は竜穴(スポット)があるので、それに見合った魔力量が必要になります。」

 水竜王となるような竜は水竜の一族で一番の実力者であると考える時、前水竜王だったグラーシド様が百年という時をかけて成した土地の魔力を還元する術という魔法をこなせる魔力量は既に巨大だ。魔石のひとつやふたつでは足りなくて、下手をすれば力を持つ大妖を封じた精霊憑きの魔石だって必要になるかもしれないなと思えてくる。

竜穴(スポット)…、」

 立ち上がったニアキンは腕を組み考え込んでしまっている。

「儀式は、すぐに始めなくてはいけないのだろうか、」

 領主代行様はわたしを見た。

「急がないのであれば、一旦この話を持ち帰りたい。」

 こっそり片眼をつむって目配せを送ってきたりするので、わたしを逃がしてくれるつもりがあるようだ。

「日が、」

 リコルテさんは困り顔になった。

「日が落ちる前に終わらせないといけません。挑戦者を倒してしまった瞬間から、この土地の記憶はもう新しく書き換えられてしまいました。土地の魔力は日中に放出されて、夜に回復するとされています。」

「ちょっと待ってくれないか、」

 ニアキンが大きな手で顔を撫でながら頭を振った。

「あの蜘蛛たちは花冠の乙女をどうするつもりだったんだ。まさか、ビアをあの部屋で襲おうとしたのも、ちょうど都合のいい人材が領主家にいたからとでも言うのかい? 迎えに来た本命の相手は、領主家血筋で騎士である私ではなくビアだったとでも?」

 わたし達がこの広場に集まった時居合わせたのは、『挑戦者』である蜘蛛男と、現『守護精霊』であるリコルテさんと弟のラスタと、『領主家』の代表である領主代行(ウォルキン)様と、騎士様(ニアキン)と、わたしだった。わたしが偶然ではなく必然としてこの場にいることになった場合、宛がわれる役割は『花冠の乙女』だ。

「そう考えるのが妥当だろうな、ニアキン。」

 領主代行様がさらっと言った。

「差し詰めお前は、『守護精霊』側の手駒としての応戦者だろうね、」

 ニアキンが自分への決闘と勘違いしていなければ、本来この場ではリコルテさんとラスタ対蜘蛛男の決闘が行われていたはずだったりする。

「お前たちは、座を守った後、花冠の乙女をどう都合するつもりだったんだ?」

 沈黙が続いている間も、ニアキンはじっと様子を窺っている。

 ようやく、ラスタが顔を上げて「僕が花冠の乙女になればいい、」と言った。

「大好きな兄ちゃんの為に役にたてるのなら本望だ。」

 何かを言いかけて口を開いて、何も言わずに閉じたリコルテさんは、沈痛な面持ちで顔を伏せた。

「…そんな体だからか?」

 領主代行様の言葉は図星だったようで、ラスタは口を噤んでしまう。

「先ほどいつか治ると申していたではないか、」

「動けない体のまま兄ちゃんの足手まといになるくらいなら、いつかは来なくていいんだ、」

「そんなの、」

 話を断ち切るように、わたしは顔を上げて大きな声を出してみる。

「わたしは治癒師(ヒーラー)です。やれるだけのことをやってみてから後のことを考えませんか、まだ時間はあるんですよね?」

 空を見上げると太陽は真上ではない。

「ここがどこかわからなくても、わたしは自分が治癒師(ヒーラー)だってことくらい知っています。」

「ビア、ここはホバッサなんだ。」

 ラスタが呟いた言葉の続きを、リコルテさんが続ける。

「昔から、挑戦者との決闘は地竜王様の神殿前の広場で行うと決まっている。だけどここは、ホバッサにあるけれど、ホバッサではない、別の場所だ。」

「どういう意味ですか、」

「自分の目で見てきてごらん、わかるから、」

 謎めいた言葉に、一瞬、意図を質問しかけて、わたしは黙る。疑り始めると、いくらでも勘ぐれてしまう。ふたりだけの話もあるのかもしれない。穿った見方をすれば、この広場からわたし達を一時的にでも離れさせたいのではないかなどと、いくらでも言葉の裏をかけてしまう。

 わたしとニアキンは顔を見合わせ、頷きあい、立ち上がる。

「兄上は、どのようにされますか?」

「一緒に行こう、こんな場所には次にいつこれるかわからないからな。」

 クックと肩を揺らして軽く笑ったニアキンに引っ張り上げられて、領主代行様は立ち上がった。


 ※ ※ ※


 まずは広場の全体を把握するつもりで端まで歩いてみても、霧の中に切り立つ崖のように周辺が見えない。ニアキンが剣を振るってもきりはうっすらと掻き消える程度で、あっという間に霧が戻って見えなくなる。

 残念そうなニアキンの表情を見て、気分を変えるためにわたしは手を取り、『治癒(ヒール)』と『回復』の魔法をかけた。蜘蛛男との戦闘で傷だらけになっていた手や腕が綺麗に治り、ついで、領主代行様にも『治癒(ヒール)』と『回復』をかけてみる。

「すまないな、」

「霧が晴れたら、魔物(モンスター)が襲ってくるかもしれないですよ?」

「そうだな、何もないとは限らないものな。」

 霧で隠しているのは何だろうって考え始めると不安になってくる。わからないから不安になるんだ、わかってみよう、霧の中には霧しかない。そう割り切ってしまうと、何かが起こってからでも自分が万全でさえあれば大丈夫な気がし始める。

 わたし自身にも『回復』の呪文をかけてみる。

「ここが神殿なら、聖なる泉で魔力を回復したいです。」

 希望を口にすると、自然に顔が上がってくる。空の青さが、とても澄んで見える。

「空が高い気がします。ここ、ホバッサの街の神殿なんですよね?」

「周囲の環境が判らないから何とも言えないな、」

「兄上、それもそうですね。ビア、ホバッサではないとしたら、どこだと思う?」

 答えが出ないわたし達は首を傾げ合って、リコルテさんとラスタが広場の中央付近にいるのを遠巻きに見ながら神殿へと向かう。


 スタスタと大股で足早に歩くニアキンは安定して先へ進み、頼みもしないのに露払いの役目を果たしてくれている。警戒しつつ神殿の中へと先に行き、戻ってきて腕を振り「大丈夫だ」と大声で教えてくれるのは偵察部隊でも前衛でもあり、一番彼が騎士として剣士として実力があるから張り切っているのかなと思える。もっとも、人影などなくて、霧の向こうからやってくる者など現段階では何もいないと何となくわかっているので、ニアキンの行動は気休めにも思えてくる。

 わたしと同じような速さで歩く領主代行様はわたしを見て、「あの者は昔からああなのだ。騎士だからではない、」と真面目な顔つきで言った。

「ニアキン様は、子供の頃から探究心旺盛だったんですね?」

「あれは一生治らないだろうな。ビアと言ったな、一緒にいると苦労するぞ?」

「悪い人ではないみたいですよ?」

「息が詰まりそうな程真人間なのは家族が保証しよう。ビア、友人のままにしておきなさい。」

 まるで友人以上の関係を求められている気がする。苦笑いをして、聞き流しておいた。


 ニアキンを先導に神殿の中へ入ると、石作りの天井が高く広い広間の奥には中庭が見えて、芝生の奥に噴水も見える。その向こうにはさらに建物があり部屋があるようだ。芝生を照らす陽光が強い。やはりここはかなり高い位置だったりする…?

「…同じ、ですか?」

 ホバッサの街にある地竜王様の神殿の造りをわたしは知らない。

「同じようだが同じではないな、」

 先を歩いていたニアキンが、広間の中央の床に描かれた魔法陣を指さした。

「こんなものはない。そうですよね、兄上、」

「我が領の地竜王様の神殿の神官はよくいる王国出身の人間だ。魔石を扱えても、竜人ではないし、半妖でもないから、高度な魔法など使えない。」


 石畳の床に描かれた魔法陣は墨色の染料を使ってしっかりと描かれていて、ところどころ線や記号、文字が薄かったり濃くなっていたりしている。消えかかると新しく書き足しているのなら、何度も繰り返し使っているのだと想像がついた。そっと表面を撫でてみる。公国(ヴィエルテ)ではよくある香木に輪廻の輪に戻った精霊の灰を混ぜたものだったり、王国ではなじみ深い百年樹の木炭を使ったわけでもなく、木炭と泥を使った染料だ。

 指で描いたというよりは筆書きだわ。木の枝を加工して文具として使うのは精霊にはない文化だ。これを描いたのはおそらく人間…。

 中心にある六芒星を円が囲み描かれ呪文が刻まれている図形は、見覚えがある。そして図形を立体的に交差する円のように足された二本の線によって、この魔法陣が球体を描いているのだと想像がついてしまう。


「ビアは、何の魔法陣かわかるかい?」

 兄弟で同じように腕を組んで悩ましい顔となりながら、ニアキンが尋ねてくる。

 召喚を拒めない強制力の強い記号が足されているのを見つけてしまうと、言葉を慎重に選びたくなってしまう。普通の召喚の魔法陣ではないとは言い難い。

 ずっと同じ人物が使っていたりするのかな。現在、使っている人物はここにいないのかな。心にふと思い浮かんだ疑問を音にしないよう気を付けつつ、答えを口にしてみる。ここにはわたし達以外の誰かがいるという不確かな情報を告げるのは、本当にいるのかどうかがはっきりしてからでも遅くはない気がする。

「召喚の魔法陣です、これ、」

「召喚…、あの者たちか、」

 領主代行様が広場に残してきたラスタたちを振り返る。

「特定の誰かの者ではなくて、とても一般的な、精霊を召喚するための魔法陣です。」

「ビアは使えそうかい?」

 おそらく何の考えもなく軽い気持ちでニアキンは尋ねてきたのだと判っていても、わたしのなんとなく、使えそうにないとは言いたくなかった。

「わたしが召喚するならば、」

 心の中に思い浮かんだ精霊のうちから、もっとも会いたい者の名を選んだ。

 ラスタやリコルテさんと同じ立場にいて、同じような境遇を体験してきていて、一番的確に答えを出してくれそうな存在とは、わたしの左耳のイヤリングを撫でで名を呼ぶとつながると判っていても、強制力に頼ってみたかったりする。なにしろわたし達は、あの日、お互いにあまりいい別れ方をしていない自覚がある。


 息を吸って、気持ちを切り替えて、指先に魔力を込めると描かれていた魔法陣を撫でてみた。油に引火するように、魔法陣にわたしの魔力が馴染んで広がっていく。

 魔法陣に余分な文字を書き足されたり消されたりしないとどうして言い切れるのだろう。この魔法陣を描いたものぐさな誰かが心配になってくる。あまりにも警戒心が薄すぎる気がする。


「使えそうです。」

 こんなきっかけでもないと、話せないかもしれない。遠く離れたままで、気まずい時を積み上げてしまっている。

 わたしは単なるシオロンと契約している。王都の守護精霊である山猫オリガことシオロンとわたしとの契約は、土地との契約者であり順位の折り込まれた名では行われてない。守護精霊なら呼び出せなくても、単なる精霊なら、わたしの求めに応じてくれるという意思表示だったのだと今ならわかる。

 

 王都の聖堂で別れたあの日、わたしに何かを伝えようとしていたオリガの姿を思い描いた。オリガの力を借りるには群青色の石(ソーダライト)のイヤリングを触りながら名を呼ぶだけなのは判っていても、わたしは素直に呼べずにいた。もどかしい位に自由で孤高の山猫オリガは、一匹狼な立場でいることに馴染んでいた。そんなオリガが、確実にわたしに心を開こうとしてくれていたのに、わたしはうまく応えてあげられなかった。

 新月までに王都に戻ると言ったのにまだ王都に向かえていないわたしが召喚したら、オリガは応じてくれるのかな。

 怒りに逆毛立つ姿を想像して、つい身震いしてしまう。


 かと言って、オリガ以上の適任者をわたしは知らない。

<願わくば、我が求めに応じ馳せ参じよ、我が契約し精霊シオロン、>

 

 輝く魔法陣の中心に、すくっと立ち上がる気高い山猫の姿が現れた。

ありがとうございました。

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