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15、それまで、逃げ切る

 ビリビリと感じたのは静電気で、髪が風に揺れただけなのにバチッと弾ける音がした。帯電しているの? メルは小さく肩を震わせた。目の前にいるのは風竜王のシュガールで、雷竜とあだ名を持つ特別な風竜だ。


<僕は加護を重ねても効果は同じだから、風が生まれるよう魔法をかけておいた。>

 

 思いがけないご褒美に、メルは目を見開いてシュガールを見つめていた。さっき私の腕を舐めた変態と思ったのは訂正しておこう、とこっそり思ったのはもちろん内緒だ。

<ありがとうございます。なんと申し上げたらいいのかわからない程、嬉しいです。>

 もっとも、風竜は人間を厭うと警戒していたのもあって、ありえない出来事が立て続きに起こっている気がしなくもない。純粋に喜んでいいのか迷ったのはちょっとした先入観もある。

<風の力が必要な時は両手を打ち鳴らすといい。どんなに遠くても必ず聞き分ける。いつ何時も風を使う力があった方がいいだろう?>

<ねえ、あなた。特別なご褒美は、この子の血縁にあなたの部下の契約者がいるから?>


 春の女神マリが上目遣いに尋ねた何気ない言葉に、メルは父・風竜使いラルーサと叔父(ドラゴン)騎士(・ナイト)シュレイザ、祖父のマードックの顔を思い浮かべていた。

 父さんたちの功績は父さんたちのものだもの。私は何もしていない。私が何かを貰えるのなら、父さんたちのおかげだわ。

 加護を貰うには対価がいつだって必要なら、メルは何も差し出していない以上、ラルーサ達に影響があるのかもしれないと思えてきた。

 父さんはカイル兄さんと逃げているはず。父さんに迷惑をかけたくない。迷惑が掛かるのを避けるためならなんだってできる。でも、どう言えばいいの…?


 注意深く頃合いを計っていると、シュガールは楽しそうに眼を細ませて、<そんなのは関係ないよ。言ったろ? 追いかけっこに必要なのは速さだよ?>と楽しそうに言った。

<そうね、それはそう!>

 ふたりの間で解決してしまったのには、つい拍子抜けしそうになる。ただ、楽しそうなふたりは、メルを介して何かを見ているかのような感覚もする。


 それにしても、追いかけっこって…! 私がカイル兄さんやシュレイザ叔父さんを追いかけている状況にあるんだって、どうしてわかったんだろう。さっきの回転木馬(メリーゴーランド)の仕掛けの際に私の記憶を見たからなのだとしたら、記憶を差し出したからご褒美を貰える仕組みは私にとって都合がいい話だ。

 だけど、本当にそうなのかな。前世でも今世でも一応庶民に生まれて平民として暮らしてきているのもあって、メルは世界を統べる12人の存在が何の理由もなく加護をくれるのは異常だと判っていた。

 どこか違和感が残っているのは否めなくて、疑り深くなってしまう。対価として成り立つのなら、私から読み取れる記憶には加護を与える程の価値があると言われているようなものだ。

<ひとつ、お伺いしてもいいですか、>


 水の精霊王シャナ様と水竜王マルケヴェスが加護をくれた理由はなんとなくわかる。火の精霊王リハマはよくわからない。地の精霊王ダールにはおそらく記憶を奪われているから、加護を与えることで牽制するという意味での口止めな気がする。風竜王シュガールは『アイツには世話になっているから』と含みを持たせていた。春の女神マリは夫であるシュガールに挑発されて加護をくれた感じがするので、本意ではない気がする。

 思い返せば、私の瞳の中にある情報の価値に加護をくれた存在は誰もが気が付いていた。私だけが知っている情報とは何かを考える時、どうしても前世の記憶という存在がちらついてしまう。もし仮に、加護との引き換えにできるほどの情報とは前世の記憶とドラドリというゲームについての詳細であるのなら、ある意味、加護を貰う引き換えに口外を禁じられている。加護をくれた存在の名を出す度に空間がつながってしまうからだ。

 そんな中、シュガールは私の前世の記憶よりも、世話になっている存在を加護をくれる理由に使っていた印象がある。


<何かしら。言ってごらんなさいな。>

 シュガールではなくマリが反応してくれたので、メルとしては言い淀む。

 春の女神でも、アイツという人を知っているのかな。

 私の周辺にいると思われるシュガールと縁を持つアイツとは誰なのかを問う機会など、この先再びやってくるとは思えない。この機会を逃してはダメだ。

 

<対価を、おふたりさまに差し上げなくてはいけないのではありませんか。私ばかりが貰う一方では不公平です。>

 メルは覚悟を決めて、シュガールを見つめた。

<私にできることなら何でもします。どうか、仰ってください。>


<これ以上何もいらないわ。もう十分よ。>

 ふたりして顔を見合わせ、メルをじっと黙って見つめ返すシュガールではなく、マリが答えて肩を竦めた。

<あなたの瞳は覗かせてもらったから。むしろこちらの方が足りないかもしれないもの。>

<あなたは十分だ。それ以上加護を重ねるともっとややこしくなる。お祝いは祝いすぎると呪いになるよ。>

<あら、ごめんなさいね。私、そんなつもりはなかったの。>

 シュガールは深く頷くので、マリは<私はいつだって祝福したい気持ちでいっぱいなのだけど、純度を極めると効果が強くなりすぎるみたい。ね、気にしないで?>と言って困ったような顔をしてメルを見た。

<では…、世話になっているというアイツとは、誰のことですか。その方のおかげで私は加護が貰えたのなら、感謝を込めてお礼を差し上げたいです。>

 警戒されないよう、メルは慎重に言葉を選んだ。

<よいよい、そんなのは。アイツは手間を嫌がるだろうから。>

<私も感謝もお礼も素敵な気持ちだと思うわ。でも…、欲しいのはそんなものではないでしょうね。>

 マリは空を見上げて、<そうね…、周りの心を乱してしまうのがヤクサイの者と呼ばれる所以なのかもしれないわ、>と小さく呟いた。


 ヤクサイノモノ?

 ヤクサイって何だろう。どんな字を書くんだろう。厄災なのだとしたら、そんなあだ名は嬉しくない。

 眉間に皺を寄せ考え込むメルに気が付いて、マリは小さく咳払いをした。


<気にしないで。いつもふたりでいるから、時々こうして誰かが来ると、ふたりでしかわからない話をうっかりしてしまうの。忘れて?>

<ああ、そろそろ街に返す時間が来たようだな。>

<お願いです、まだ、もう少しだけお時間を頂けませんか。私にも、私にもこんな光栄な時間をお邪魔させていただきたいのです。>

 慌てたようにシモンズが身を乗り出した。

<ああ、お前もいたのだったな。いいぞ。言ってみてごらん、>

<申し上げます。私にもさせていただける何かがあって、こちらへお呼び下さったのではありませんか?>

 鼻息も荒く大声で、シモンズは早口で問いかけた。どうやら相当言いたい言葉を我慢して様子を伺っていたようだ。

<ああ、気にしなくていいから。ここへ来たのは魔力を持つ者が転送装置の起動する仕掛けに引っかかっているだけだ。いいんだ、気にしなくとも、>

 それなら私がシモンズのおまけで来たの? 魔力を持たないメルは魔力を持ち魔法が使えるシモンズがかわいそうになってしまった。おまけの方が優遇されて加護を貰うのって変だわ。

<基本的に魔力を持たない者に用はないから、その時点で弾いている。>

<覗けても見えない者を呼んでも面白くないものね、>

 楽しそうに目を見合わせて笑うマリとシュガールは、メルを見て<ただし、例外もある、>とも言う。

<うまく隠されていたのに見つかってしまった子を僕も見つけてしまった以上、見つけた印をつけておかないと僕の沽券にかかわる。>

<本心はどっちつかずでも、妻としては夫の正当性を証明しておきたいものね。>


 うんうんと頷きあうふたりは、絶対に隠し事をしている。メルにはそう思えてならなかった。だいたい、『うまく隠してあった子』って火竜の子であるカイル兄さんであって決して私じゃないと思うけどな。ついでにメルは心の中で訂正してみる。人違いなのだとしたら余計に『世話になっているアイツ』さんに申し訳なく思えてきた。


<でしたら、私はここへ来るのが2回目だからですか。今回おふたりさまに対価を差し上げられませんから、加護がいただけないのでしょうか。>

 フフフっと笑って、シュガールは<お前、加護を貰いたかったのか。意外だね?>と質問に質問をぶつけてくる。

<加護が欲しいから冒険者にでもなろうっていうのかい? お前は欲深いのが変わらないね。知識欲の塊なのかと思っていたけれど違うようだね。ああ、今回もここでの出来事をこと細やかに記憶して持ち帰って、またあの爺を頼るつもりだね?>

 図星だったようで、シモンズは息を詰まらせ激しく咽た。

<そうそう…、確かこの者は以前に見たわね…、冒険者登録を済ませた者の一覧名簿を作成している竜人だったかしら。>

<あれからも、ずっと、続けているのかい?>


 冒険者登録者の一覧名簿…。

 この世界でありそうでなかった概念の登場に、メルは目を見張った。もしかしてレイラの言っていた研究って…!

 案内(ナビ)であるシモンズが冒険者の名簿を作成しているのなら、ゲームで言うところのプレーヤー一覧の意味を持つ。シモンズって本人に自覚がなくてもシステム側の立ち位置にいる存在なんだわ。意外な事実に、メルはしみじみと感心する。

<おぼえていてくださるとは! 感激でございます。長年の実績が認められて、事業の統括責任者でもあります。現在は正式にミンクス侯爵家という後ろ盾がありますから、私は情報を精査する学者として、領内の検問所から上がってくる報告をまとめたものを作り、領主家で管理しています。>


 領主家に冒険者名簿があれば、必要な能力を持った人材の管理は容易くなる。領民である(ドラゴン)騎士(・ナイト)であるシュレイザ叔父さんの存在は公然の秘密のようなもので、要請があれば一領民としてシュレイザ叔父さんに領主家から依頼をする、という流れは自然に考えられる。デリーラル公爵家から領主家へ正式な依頼があったら紹介していそうだし、正式でなくとも仲介はありそうだ。回数を重ねて懇意となれば、仲介がなくとも個人的な依頼としてホバッサに行ったのではないかとシモンズが疑っても仕方ないのかもしれないなとメルにも思えてきた。


<なんでも把握したいと思うのは、何でも集めたいと思うのと同じ収集癖なのかもしれないな。>

<いくつになっても趣味があるのは良い傾向ね。あなたも同じでしょ?>

 恥ずかしそうなシモンズを見て楽しそうなシュガールは、肯定するように微笑むマリを優しく見やった。

<ここを作るのと同じように根気のいる仕事だ。よく続いたな。>

<滅相もございません。ああ…、お揶揄いになるのはご勘弁下さいませんか。私はこれでも、あの経験を再び味わえると期待しておりましたので、今日は選ばれなかった不運を嘆いているのです。>

<まあ…!> 

 くすくすとマリが笑うのを見て、シュガールもけらけらと笑っている。<こんな仕掛けを気に入ったのか!> 


 メルとしては、あんなに心を乱される回転木馬(メリーゴーランド)はないと思っていた。

 この隠れたイベントの趣旨は王子たち一行に古の公国の言い回しを伝えるためだもの、何度も体験する意味がないわ。案内(ナビ)であるシモンズがここにきてしまったのは誤作動(バグ)な気がする。もちろん、ゲームの登場人物ですらないモブな私も同じだけど。

 チクリと胸が痛む気がして、気を紛らわせようとメルはぎゅっと手を握った。


<素晴らしいです。人間の暮らしには作れない仕掛けです。>

<これはまだまだ未完成だ。風や香りを感じられたら、ひと段階進むのだがまだまだだな。>

 体験型の映画館を目指しているのかな、とメルは完成形を想像してみる。 

<殊勝な事を言っても、どうせこの後(じじい)に報告に行くのだろう?>

<あなた、あの方も久しぶりにお茶にでも誘ってみたらどうかしら。>

 シモンズとシュガールの知り合いの『爺』という存在に、マリも面識があるようだ。

<そうだな、安全な場所から出たくないだろうからなあ…。こちらから『近いうちに遊び行くつもりだ』と伝えておくれ。>

<あら。私はお留守番ね。>

 つまらなさそうな表情で、マリは小さく口を尖らせた。<あの街の私の神殿は朽ちようとしているわ。あそこは穢れが強すぎるから。>


<穢れ、ですか?>

 春の女神(マリ)が忌み嫌う穢れって何だろう。メルはつい驚いた様子のシモンズの顔色を窺ってしまった。竜や竜人は穢れを知っていたりするのかな。メルが知る限り、この世界での穢れとは疫病や災害や魔物(モンスター)が引き金で起こる『死』だ。死の穢れが強い街…? ゲームが開始されていない現在で考える時竜魔王の城でもないし、いったいどこにある場所を差す言葉なんだろう。首を振った表情だと、シモンズも知らないようだ。


<僕の神殿もないから僕も行く気がしない。ま、アイツは平気なようだけどね。>


 風竜王の神殿のない街はいくつもある。先の戦争の後、風竜王であるシュガール自身が壊してしまったリ御仕舞にしてしまったからだ。春の女神の神殿も朽ちようとしているなんて、ますますどこの街かわからなくなる。アイツさんも爺さんも穢れが平気って、なかなか根性が座った人たちなようだ。手掛かりがあるようでいてないのもあって、メルは困惑してしまっていた。


<爺は無事か?>

<大層お元気です。>

<穢れなど気にしないとは、あの爺はさすがだな。だいたいいったいいくつになるんだか。そのうち僕よりも長生きする気がするよ。>


 自称おじいちゃんな竜人であるシモンズよりも年老いているであろう『爺』という人物は、これまでの話の印象として博識な地竜ではないかなと思える。地竜だからといっても死の穢れの強い街にいるなら影響もありそうな気がする。年齢と環境とから、永遠に生きるのは難しそうだ。


 さすがに不死はないだろうな、とこっそり心の中で思うメルとシモンズを見比べていると、何かを閃いてシュガールは真顔になり<おい、お前たち、>と急に大きな声で言った。

<街へ戻ったら至急、爺に連絡を取れ、>

 いきなりの命令に、シモンズは驚いて目を見開いている。

<あなた、>

 突然の大声に委縮したのはメルだけじゃないようだ。マリが身を竦めていた。


<水竜の子シモンズに命ずる。我が妻春の女神マリの加護を受けし風竜使いラルーサの子、メルをしばし守れ。>


<え、>

 私、メルと名乗っただけだったはず。家族の詳細まで私の中の記憶を探ったの? メルはふと不安になる。だったら、カイル兄さんの状況だってシュレイザ叔父さんの現状だって知っているだろうに。これまでちっとも話題になっていないのが気味が悪く思えてきていた。

<なんだ?>

<父さんをご存知なのですか?>

<僕を誰だと思っているのだ?>

 くすくすと笑うマリは、シュガールを見やって<ねえ、守るって誰から?>と試すように笑った。

<それもそうだな、>

 シュガールは腕組みをして、<さっさと爺の元に連れて行け、>と付け加える。

<連絡を取る手間が省けるのだ、感謝してくれ。この子をついでに連れて行くんだ。爺に僕の名を出したら僕の意図が判るだろうから、>

 目を見開いたままシュガールを見つめていたシモンズは、途端に理解した顔になって深々とお辞儀をした。

<わかりました。仰せの通りにいたします、>


 いくらシモンズが胸を張ってはっきりと言っても、私は判らないわ。爺も判らないし意図も判らない上、どこまで行くのかわからない旅だし、この人(シモンズ)と一緒に移動したくないんだけどな。小者にならずに逃げ出すつもりでいただけに、強引に話が進められていくのは面白くない。せめて、爺という人物の名と穢れた街がどこなのかぐらいは知りたい。行けるのなら、ひとりで行こう。首を振って、メルは逆らってみることにした。

<風竜王様。せっかく頂いた風の力を試してみたいので、ひとりで行ってみたいです。ダメですか?>


<お前は怖いもの知らずな小娘だな。>

 呆れたように笑って、すぐにシュガールはニカッと笑った。

<アイツが気に入っただけはある。諦めろ、爺は警戒心が強いからお前ひとりでは面会すら無理だろうな。>

 えー。と不満を言いたくなるのをぐっと堪えるメルに、念押しのようにマリが頷いた。

<この者はこう見えて大丈夫よ? あなたには水竜王の加護があるから決して雑に扱えないから。そうよね?>

 胸に手を当てて困ったような表情を浮かべながら、シモンズは<仰せの通りです、必ずメルを無事に送り届けます>と言って深々とお辞儀をした。

<急げ、アイツがここに気が付いた。>

<まあ、ここへ来るの?>

<お茶会の招待状を送ってもいないのに。参加したいのならしょうがない、>

 シュガールとマリは楽しそうに笑いあっているのもあって、危険が迫っているという雰囲気ではなかった。

<わかりました。お心に従います。>

 シモンズは緊張した面持ちに変わっている。

 ここにいたらアイツが誰なのかわかるのよね? ここにいた方がよくないかな。

 動きたくないメルに向かってシュガールは<早く行け>と笑顔のまま手を振って追い払う仕草をした。しかもメルだけではなく、律儀に礼をするシモンズにまでもだ。

 マリは笑顔のまま手を振っていて、同じ手の振り方でも印象がかなり違う。

 歯痒い思いをしつつ、メルもお辞儀をして敬意を示した。

 何を信じたらいいのかわからないけれど、シモンズはメルに対して敵愾心は抱いていないようだ。シモンズを信じてみる…?

<行きますよ、メル。>

 不安だけど、不安に呑み込まれるのは避けたい。強がって明るい顔を作って頷いて、メルは小走りに通路へと移動し始めるシモンズを追った。


<また会おう、それまで逃げきれ、>


 逃げるの?

 逃げるための、風の付加なの?

 なにから逃げるの。アイツって、危険なの?

 聞こえてきた声に驚いて立ち止まりそうになったメルに、シモンズは首を振った。

<立ち止まらないでください。>


<でも、>

 後方の円形闘技場には、危険なアイツが近付いているかもしれない。

 シモンズの急ぐ足がさらに早くなる気がする。

 危険なら、アイツが誰なのかを把握しておきたい。

<もしかして、アイツって誰なのか、知っているんですか?>

 そういえば、厄災の者という言葉に、シモンズは驚かなかった。


<エリワラの街へ戻ったら、忙しくなります、>

 決意をした表情で話しかけてきたシモンズの声は、どことなく、震えている。

 薄暗い石作りの通路は来た時と同じ通路にしか見えない。

 シモンズは厄災の者が何をするのかを知っているのかもしれない。帰れるのかなって、きっと思っているんだわ、だから話をはぐらかすんだ…。

<御命令に従うのですか。>

 話を変えたら気が紛れるのかなって思いながら、メルは思いながら未来へと意識を向ける。


<ええ。会いに行くのです、あなたを連れて、>

 先を行くシモンズが目を細めて振り返り、どこへ、と言いかけたのと同時に白く光ったかと思うと、やがて、メルたちは通路を抜け、明るくこじんまりとした庭へと出ていた。


 ※ ※ ※


 明るい日差しにどこからか聞こえる鳥たちの囀り、低木の薔薇の鮮やかな赤い花と小さな噴水の白いタイル、青々と生い茂る芝生、囲う木製の柵と向こう側に見える木々の深緑色と、空気感ごと違う場所だと察せられる。見れば見るほど古い石作りの円形闘技場とは違って、全体にかわいらしい印象がする。

<もしかして…、>

 目を細めて空を見上げているシモンズは、メルの顔をしげしげと見つめて、<戻れましたよ、>と頷いてくれた。

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