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13、瞳の中の秘密

<やけに…早かったのですね、>

 メルと目が合うと、シモンズは眩しそうに目を細めてメルを見て言った。


 意外そうに言われてしまうと手抜かりがあったような気がしてきて、メルは内心慌ててしまった。早くここを出てエリワラの街へと戻りたいとばかり考えて、すっかり視野が狭くなっていたのだとも気が付く。得た情報を蓄えておいて連鎖する知識の閃きを大事にしてゲームを進めていく、という観点からすれば素早い解答は正解でも、もしかすると()()()で対応を間違えてしまったのかもしれない。()()()がわからなくて、たまらなく不安感が湧き上がってくる。

 しかも早かったと言えるのなら、『ずっとここにいて待っていた』という含みを持っている。あの自動(オート)人形(・マタ)、どこから入れ替わったんだろう。シモンズ本人が用意したとは思えない。確実に第三者がこの場にいるような気がし始めていた。

 ゲームの攻略の手掛かりとなるようなサービス問題を出すのは親切な春の女神であって風竜王ではないはず、と考えてみて首を振る。この世界に映写機があるとすれば機械で動くのではなく、魔力や魔法で動いているはずだ。空に映像を描く魔法と回転木馬(メリーゴーランド)を動かす魔法、シモンズに似せた自動(オート)人形(・マタ)と入れ替える魔法を同時に行えるのだとすれば、かなりの魔力が必要なはずだ。ふたりで協力し合ってここを作ったのだと考えるのが一番無難だと考え直す。

<ずっと、ここにいたのですか。ひとりで…?>

 恐る恐る聞いてみる。私が知らない間に、誰かと接触したの? メルは知らず知らずのうちに身震いをしてしまっていた。無防備に術の中にいたのだとしたら、術の外側での出来事を知る(すべ)がない。正直に話してくれるのかはわからなくても、確認しない限り知る方法はなかった。


 シモンズは空を指さした。青くて、澄んだ、綺麗な空だ。

 円形闘技場の丸い空はドーム型のスクリーンなのだとすれば、実はあの空も映像かもしれないなと疑えてきた。

<空から声が聞こえてきたでしょう? アレははじまりの合図です。そこまではおそらく同じ経験をしています。>

 そこから先は、各々で見えていた景色が違うのかもしれない。

<どれくらい…時が経ったのですか?>

<さあ? 話しかけても君は反応しなくなったから雲を眺めていました。いや、記憶の中の思い出に浸っていたと言った方が正しいですね。>

 シモンズの他に誰もいなかったようだ。

 ここで同じ体験をして居るからこその時間の潰し方だわ。メルはちょっとだけ安心して、ちょっとだけ、もっと確認したくなってくる。

<探究者というのは、答えを探さないと出れないっていう謎かけで合っていますか? そう考えるのは妥当ですか?>

 これって、ゲームの本筋(シナリオ)を進めていくにはどうしても欠けてはいけない言葉を知らせるための隠されたイベントですよね?

 本当は案内(ナビ)であるシモンズにそう問いてみたくなるのは、さすがに我慢しておく。

<そうです。意外にも、わかってしまうと簡単だと言ってしまいたくなるような問題でした。それ以上に美しい出題でしたけれどね。それにしても…、ミンクス候領一の古文書に精通している自負のある私だからいち早く答えられたのだと思っていましたが、案外そうでもないようですね。君の方が早かったのではありませんか?>

<気のせいではないですか?>

 メルは笑って誤魔化した。早く出たかったから集中したのだと素直に言うつもりはない。

<まさか、出題される問題でも違うのですか?>


 ひとつの隠しイベントに対して仕掛けが複数あるとは思えないのでおそらく同じ体験をして同じ出題をされている、とメルは思っても、具体的な返答をするのは避けた方がいいような気がしていた。賢者シモンズと町娘メルの知識量が同じであると思われるのはいらない誤解を生むだけのような気がする。

 ついでに、メルが知っている根拠を追及されてしまうのは避けたい。家族や周辺にいる人物に公国(ヴィエルテ)の古の言い回しを知る者を明示できず、どうしても辻褄が合わなくなってくるからだ。何より、前世でこのドラドリというゲームを攻略中だったという事実を隠せば隠すほど本筋(シナリオ)について言及せずにはいられないので、本筋(シナリオ)を語れない分、矛盾が生じてしまう予感しかない。

<さあ。わかりません。>

 現状で言えるのは、これぐらいだもの。しらばっくれると決めて、メルは肩を竦めて見せた。


<そうですか。私が体験したのは、あの空に映し出される映像の繰り返しでした。君に話しかけても反応がなかったので、私の時と同じように無事に術の中に入ったのだと悟りました。あとは終わるのを待つしかないですからね。>

 にっこり笑ったシモンズに、同じ映像を見たと思いますと言えなくてメルは黙る。同じだと判ると、何周見たのかを問われそうだと感じたからだ。

<それにしても…、君が終わらないと私もここから出られないと思っていましたから待っていましたが、どうやら今回はそれだけでは足りないようです。>

<この場所から動けないのですか?>

<そのようですね。ほら、あそこ、>

 シモンズが指さした先にあるのはメルも一緒に入ってきた通路で、あるはずのない格子がしっかりと出現して侵入を塞いでいる。

<以前も、こんな仕掛けだったのですか?>

 メルは首を傾げた。<ちなみに、ここに初めて来た時はおひとりだったのですか?>

<確かあれはかなり昔の経験です。少なくともエリワラではない場所の神殿からここへ来ていましたね、あれは…、ミンクス候領内のどこかの田舎の村の寂れた神殿だったと記憶しています。>

<その時は、空にある映像を見て終わり、ですか?>

<ああ、ぐるぐると回る馬車の中にしばらくいましたよ。私の知る伝承の順番通りに答えるのか映像通りに答えるのか迷った記憶があります。>

 メルは深く考えずに答えていた。夏から始まった理由は判らなかった。強いて言うのなら、春の女神が関わっているのなら奥ゆかしく自分の季節を最後にしたのかなと適当な推測も見つけておく。

<その時はここへ戻ってきてすぐに通路に向かって帰れたので、出られない仕掛けがあったという記憶はないのです。>

 ひとりだったのなら、探究者への謎かけの間に何があったのかわからないのも無理はない。

<まだ足りない、ということですか?>

<…時間、でしょうか?>

 首を傾げながらシモンズは低い声で呟いた。この環境がメルが想定より早く回答してしまったので目標時間まで拘束するというつもりがあるというのなら、メルにできるのは待つことぐらいしかない。


 時間以外だと、何が足りないのだろう。

 神殿は神殿らしくあるのなら、祈り、だろうか。

 踊り子のメルのできるのは奉納の舞を捧げるぐらいだ。ただ、ゲームの本筋(シナリオ)で王子たちが奉納の舞を捧げるというくだりは知る限りまったくない。ゲーム進行において王子たち勇者一行が神殿に捧げるのは、祈りだったり特殊なアイテムだ。

 ここに持ってこなくてはいけないアイテムがあったとか?

 残念ながらメルが持っているのは、自分で魔物(モンスター)を倒して手に入れたせいぜい親指の爪ほどの大きさの青く艶やかに光るブルートパーズだ。もしかすると地の精霊王ダールの妖気が貯まっているかもしれないけれど、特殊とは言えない。とても神殿に奉納できるほどの代物とも言えない。

 シモンズを利用してマルクトまで近付いたのもあって、メルはエリワラでもない遠く離れた地にいつまでも転送され続けたいとは思ってなどいない。むしろ急ぐ気持ちばかりある。昨日の段階でマルクト入りしていると思われる叔父のシュレイザが、王都まで連れて行かれている最中の竜の子と面会できているのかも不明だから、余計にここから出たいという気持ちばかり募ってくる。

 いっそのこと正直に『私には、どうしても早くここを出て、マルクトへ行く理由があるから協力してください』って言えてしまえたらいいのに。シモンズは根は悪い人に思えない。唇を開けかけて、言葉を飲み込む。シュレイザやカイルの近況を隠さなくてはいけない以上、無責任な発言はできない。メルは唇を噛んで、もどかしさを噛み殺す。

<待ったら出られるのだとして、いつまで待てばいいのでしょうか、>

<さあ? こんな展開は初めてですから見当もつきませんね。>

<以前にはなかった変化って、他にありますか?>

<通路の仕掛けなんてなかったと記憶しています。通路を急いで移動しているうちに、どうしてなのか本来の神殿の祭壇の間へと移動していました。とても不思議な体験でした。>

 シモンズはほう…と空に向かって息を吐いた。

<魔法で転送させられたという違和感を感じなかったので、たいそう大切に扱われた感覚がしていました。女神さまや風竜王様にしてみれば竜人の私など取るに足らない者だろうにと思うと、ますますお心の内を知りたいと思うようになっていました。マルクトの自分の屋敷に戻ってからしばらく古文書を漁って、ここは何だったのかを熱心に調べたりもしました。>

<わかったのですか?>

<わからなかったですね。その道に詳しい者を紹介してほしいと知己を頼ったくらいですよ。私にも知らない事態があるのなら私よりも上位の存在に頼るのが賢明だと判断しましたからね。何人かの仲介を得て地の賢人と知り合いになって、文のやり取りをして絆を深めて、ようやくここがどういう場所なのかを推測できるようになりました。検証のためにもう一度来れたらと願っていましたから今日ここへ来れたのは嬉しいですが、新たな謎も見つけてしまったのもあって戸惑いもしています。>

 ゲームの本筋(シナリオ)の隠しイベントだと、ゲームの案内(ナビ)が判ったりするのだろうか。メルは静かにシモンズの様子を伺った。

<ここは、どういう場所なのですか?>

<この場所は春の女神様と風竜王様の大事な思い出を記録して残しておく場所だろう、というのがその方のお考えです。>


<その方とは、一体…、>

 案内(ナビ)が頼るならゲームの製作者ではないかと思ったりもするけれど、シモンズとしての行動であるのなら違う。竜人のシモンズが傾倒し敬う相手なら、相手は精霊であるとは思えない。女神と文通とはありえない気がするので、文通できる程度に人の文化に興味を持っている竜王であると想定できる。

 実際には人を見下す竜王が半分人間な竜人と文通とは考えにくいので、退位した竜王だった者、竜王に近い位の者、神官の役割を為す者ぐらいではないかと考えられる。できれば年老いていて穏やかな性格である方が、人間や竜人と交流は容易そうだ。

 意思疎通は言語で補えても、価値観や感覚は慣れや許容が必要となってくる。せめて市井に紛れて暮らせる程に人に慣れ文化に精通した竜がいたら、人間だけの知識では到達できない次元や現象について教授も可能だと言える。理想的な相手として本当に実在するのであれば、穏やかで知的好奇心の強い地竜が該当しそうと思っても、あいにくとメルに地竜の知り合いはいないので確認のしようがない。


 じっとシモンズを見つめて返事を待っていても、シモンズは黙ってしまった。

<教えては貰えないのですか?>

 メルの瞳の中をギラギラとした瞳でシモンズは覗き込もうとしてくる。目を逸らすと笑われた気がしたので、完全に揶揄われている気がしてきた。

<この先、真面目に小者として働いてくれてましたらお会いできる機会もあるかもしれませんね。>

 シモンズはニヤニヤと笑っている。

<なんにせよ…、ここに立ち寄り記録を見せてもらえた者は、選ばれた者です。与えられた栄誉にはそれなりの対価を支払う必要があるというお考えには、私も賛成です。>

 対価…。相手が女神や竜王であるために、金銭でのやり取りではないのだとはわかる。

<対価とは、何でしょうか。>

 言葉にしてしまうと、自然と自分の体が震えてくるのが判ってきた。大事な思い出の記録を見せたのだから、等価交換として、大事な思い出を見せろとでも言われそうな気がしてならない。

 メルの中にある今世の記憶は地の精霊王ダールによって欠けてしまっている。どこまで欠けているのか自分でも把握できない程に完全ではない虫食いの記憶だ。もしかすると、前世での記憶やドラドリというゲームについての記憶の方が量も質も勝るかもしれない。かといって、私の了解を得ないまま記憶を探られるのは困る、とメルは思う。この世界の住人にドラドリというゲームの存在やこの先起こるであろう世界の流れを伝えるのは、転生者として一番避けなくてはいけない禁忌(タブー)としか思えない。

 直近での危機があるとするなら、メルが何を考えて行動しているのかを、ゲームの案内(ナビ)であるシモンズに知られてはならない。なにしろメルは意識してゲームの進行に逆らう行動をしている。


<その方のお考えだと、対価としてその者の記録も残されてしまうのではないか、とお考えです、>

 ?

 疑問に思ったメルはつい、反射的に聞き返してしまった。

<捧げるから、ご褒美をもらうのではないのですか?>

 いうならば主人公である王子たちの旅の(セーブ)記録(・データ)が春の女神と風竜王に捧げた宝物で、その情報を元に古の四季の言い回しという情報を与えるかどうかの判断をするのだとメルは考えていた。違うとなると、理由が知りたくなる。

 春の女神と風竜王の思い出を教えてもらえたからこちらも何かを差し出すという仕組みなら、別に必要ないから要らないと突っぱねたりしてしまったら終わってしまう。だからといって何も捧げないのは気が引ける。

<おふたりがお与えになるのは誰もに同じの汎用品で、私たちが捧げるのは個別に違う限定品なのだと考えれば、上位者は変わらないのだから特に問題はありません。違いますか?>

 かつてここに訪れた経験があるというシモンズはどこか得意そうだ。

<何かを差し出したという実感があるのですか?>

<まったく。何も。痛くも痒くもありませんから、何を覗き込まれたのかも判りません。>

<覗き込むのですか?>

 私、覗き込まれてはいけないものばかりを隠している気がするわ。

 メルはドキッとして胸に手を当てた。

<あの方も時々私の瞳を介して私の中を覗き込まれますから、竜王とはそういう性質を持つのかもしれませんね、>

 カラカラと笑ったシモンズは、メルとの間に立つ人物に気が付いて弾けるようにして飛び退いて、頭を下げた。

 頭に深緑色のキャスケット帽を被ったメルと同じくらいの背丈の黄色いシャツに茶色の吊り下げズボン姿の美しい青年が、ふたりの間にいつの間にか立っていた。


 ※ ※ ※

 

<何の話?>

 カラカラと軽く笑ってメルとシモンズを見比べて、美しい青年はムレをとるように被っていたキャスケット帽を取った。途端にはらりと下りる髪は見事な白銀色で、艶やかに白い肌とはまた違った白色だ。

<楽しそうな話をしているよね、僕にも教えておくれ、>

 シモンズよりも年下の少年ぶった口調も表情も、誰も入り込めない円形闘技場という立地という条件も相まってすべては演技なのだと、彼は風竜王である雷竜シュガールで誰よりも年上な存在なのだとメルにはすぐに見破れた。

<滅相もありません。>

 シモンズがすかさず頭を下げたまま否定した。瞳の中を覗き込まれてしまいそうで、メルもあわてて頭を下げて敬意を示す。出遅れていようとなんだろうと、やったかやっていないかが重要なら、メルは行動を起こしたのだから許されると信じていた。

<竜王様にお目にかかれて光栄でございます。以前お目にかかったことがございます。恐れながら、御記憶にございますでしょうか、>

<ああ、知っている。お前、爺の贔屓だろう?>

 じじいのひいき?

 風竜王が口にするにはなかなか強烈な言葉だ。

<僕はこっちの子に興味がある。>

 息を密かにそっと気配を消していたメルを改めて意識して、風竜王であると思われる青年は<さ、顔をあげてごらん、>とメルに命令した。


 顔をあげたら、秘密が覗かれてしまう。できません、と言いたいのに言ってしまうのが恐ろしくてメルが言い淀んでいると、風竜王は<何を気にしているんだい? 君は十分、瞳の中の秘密よりももっと面白いものを持っているのに?>と言うなり、指をパチンと鳴らした。

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