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5、この顔を知っている

 ティポロスからククルールの街への移動は馬車で、魔物にも襲われず無事に移動できていた。「目立たない馬車を選んだのはこっそりメルを迎えに来るという使命があったからなのですわよ」とレイラは教えてくれた。領都マルクトから来た竜人の学者は、なんだかんだと理由をつけてレイラの父であるルース伯父がもてなしてくれているらしかった。

 魔物を寄せ付けないで移動できているのも馭者がありったけの退魔(モンスター・)シールドを焚いているかららしく、しばらく前に(ドラゴン)騎士(・ナイト)であるシュレイザさんがあらかた片付けていってしまわれたからですよとも教えてもらった。

 レイラは移動中、メルがいなかった間の街の話や、ミンクス候領の話、王国全体の話を教えてくれた。レイラによると、領内のどの街にも検問所が整備されて街への侵入が容易ではなくなったのがきっかけで、盗賊団の襲撃や悪漢による騒動や火事などの人為的な災害は減ったのだそうだ。

 ただ国全体では、検問所が出来たのと同時に塀や策が作られて少しでも財力がある街はどこでも要塞化しつつあり、街への人の出入りが徹底して管理され、他の街や領都への気軽な交流が減るようになった。傭兵や剣士が金満な街に偏るようになるとかえって隙が出来て無防備になってしまって、低級と言えるような魔物(モンスター)による襲撃でも街が容易く壊滅することも起こり始めていた。傭兵や剣士を何らかの理由で雇えない街だと、侵入されてしまうと、塀が檻の代わりとなり逃げられずに皆殺しにされてしまっていたりもするそうだ。

 話を聞いているうちに、メルはレイラが領都マルクトとククルールの街を行き来しているのだと判ってきた。あちこちの街を実際に見聞きしているからの考察なのだとも判ってきた。

 レイラが大きな商会を持つ商家の跡取り娘なのは、ここ数日での会話と観察とで判っている。それにしても領主家であるミンクス侯爵家への出入りを一介の商人の娘がそんなに頻繁にするのかなと思い始めると、強力な伝手でもあるのかと不思議に思えてきた。

 どういう関係なのかなと首を傾げていると、レイラは「もともとミンクス侯爵家へ行儀見習いも兼ねて侍女として奉公に上がる予定だったのですわ」と教えてくれた。現在は週の半分だけマルクトのミンクス侯爵家へ通って行儀見習いや作法を学んでいるのだとも教えてくれる。

「私には当初の約束通りにククルールの街を出るなんて、とてもできなかったのですわ。いくら月日が経ってもまだまだ前と同じとは言えませんし、ディナ叔母様のところは人手が足りているとは言えないでしょう? 」

 レイラはメルの眼を見て静かに微笑んだ。

 メルの記憶はまだらに虫食いとなっていて、はっきりは思い出せなくても、街が再建中で修復済みの場所があればまだそうではない場所があるのも判る。

「街に残ったのは半分は義務のようなもの、半分は志願しての行動ですわ」

 屈託なく笑ったレイラが眩しく思えて、メルは何も言えないまま視線を落とした。きっと、私がいなくならなかったら違う人生を歩いていたんだわ、と思ってしまうと、どうしようもないことであるのに、妙に責任感を感じてしまった。

 正しい時間の流れの中だと、メルが街へ戻るまでに数か月かかってしまっているのも事実だ。ある程度自分がいなかった期間に起こった出来事は家族の食事の場でそれとなく聞いてはいたものの、学校という生活共同体(コミュニティ)の記憶がなく思い入れがない分、街の惨事はどこか他人事にしか思えない。小さな変化が重なると大変容になってしまうのかなとは思っても、欠けてしまっている何かに対しての実感が乏しいので、愛着を感じずしっくりこないのが本音だったりもする。

「シュレイザさんにはルース商会の傭兵としてマルクトへの送迎の馬車の護衛をしてくださったりしたので、大変お世話になったのですよ?」

 そう言われても、メルには、安全を金で買いたい商家の令嬢レイラと安全を金で売りたい傭兵業を営む冒険者シュレイザとの利害が一致した結果としか思えなかった。共有する時間の質が違うからかもしれない。

 信頼の表情を浮かべたレイラの口ぶりだと、意外にも(ドラゴン)騎士(・ナイト)であるシュレイザは、いかつい外見に見合ったぶっきらぼうで無口な態度ではなく、案外人当たりよい物腰で安定した傭兵生活を送っている。

「そうそう、」

 思い出したようにレイラは付け足す。

「私にも何かお手伝いできることはないかと努力してみましたの。商人の伝手を利用してメルの1周目の手掛かりになりそうなものを調べてみましたのよ、」

 収穫があったのか、目をきらりと光らせた。


 聞けば、昨日今日という短い時間の中で、レイラはシュレイザの話した1周目の世界の話やメルの体験がどこまで現実の世界に近いのかを調べていたらしかった。領都でもないククルールにおける聖堂に関する情報はたかが知れているけれど、ククルールや隣のはじまりの村でもあるエルス村には国の内外から冒険者になろうとする者が遠路はるばるやってくる。そういった者たちの中からレイラの命令で声を掛けさせた老齢な使用人に対して好意的な反応をした者を選び出し、お礼と称して食事をご馳走して話を聞いたらしかった。


「なにしろとても詳細なお話でしたでしょう? 私の身近に、そんな得体の知れない思想を抱いた者たちが溶け込んで暮らしているとは思えなかったのです。もし真実なら、警戒しておくに限ると思いませんこと?」


 聖堂には治癒師(ヒーラー)がいて献金すれば治癒師(ヒーラー)が派遣してもらえるという程度の知識しか持っていなかったレイラは、この際だからと割り切って、こと細やかに話を蒐集していき、興味深いことに、魔力を持たないのが基本の王国人よりも、魔力を持っている公国(ヴィエルテ)人や皇国(セリオ・トゥエル)人の信者の方が過激な思想を持っているようであると判ってきたのだそうだ。


「どうやら神のさきわう国・皇国(セリオ・トゥエル)の国境の街クアンドにはつい最近まで本当に特殊な研究施設があったようですわね。現在は存在しないようなので、シュレイザさんのお話に合ったような場所は実在するのかどうか怪しいのですが、やっていることが異常ですから、実在するのだとしても、それこそ山奥の、人里離れた場所にこっそりあるのかもしれないですわね。ソローロ山脈の皇国(セリオ・トゥエル)側の山の奥深くには、聖堂の拠点がいくつかあるようですから。」

 レイラは不機嫌そうに顔を顰めた。


 人体の改造とか人体実験とか、触れてはいけない闇を見てしまったのかもしれないわ。メルはそっと思い、深追いするのをやめておいた。

 この世界には魔力や魔法がある限り、倫理観を越えた行動をとる者などいくらでもいるのだと、メルはこの世界がドラドリというゲームの世界だと知っている以上わかってしまっている。魔物(モンスター)の力を手に入れようと常軌を逸した科学者たちがおかしなことを考えるのは無理もないかもしれなくても、一概に正しいとは思えない。人間を虎頭男に変える研究をしている者たちを、非人道的な行為だとして許せないと感じてしまうレイラの怒れる感覚は真っ当だ、とも思う。


「シュレイザさんは虎という動物を捕獲されたと仰っていましたし、メルも狼頭男(ワーウルフ)ではなく虎だと教えてくれていたのを思い出して、王国内でもしかして目撃情報などないのかしらと思いましたから、その辺も探ってみたのですが、ちっとも見つからなかったですわ。ただ、王都の周辺で近頃頻繁に狼頭男(ワーウルフ)の盗賊団の目撃情報が寄せられていましたわ。」


 王都の情報は領都からの伝令や旅行者からの土産話から得られるので、近頃と言っても先月や先々月くらいしばらく前の情報なのだろうなとメルは思った。


「ファーシィという名前がはっきりしている魔法使いの女の子についても探してみたのですが…、単独で行動する魔法使いのお嬢さんは、このミンクス候領の付近にはいないようですね。魔法を使える者は身の安全のためにたいてい誰かと小隊(パーティ)を組んでいるのが常なのですね。」


 満月の頃にフォイラート領ブロスチに現れるのだとしても、どういう経路でブロスチに現れるのかまではわかっていないので見つからなくても仕方ない。ミンクス候領の付近にはいないと判っただけでも収穫だったんじゃないかなと思ったメルは、感謝の気持ちが伝えたくて笑顔で頷いておく。


 メルの表情を探り探り話をしていたレイラは、ほっとした表情になった。

「引き続き、ファーシィという娘さんか年若い娘な魔法使いの冒険者を見かけていないか、探してみますわね? 満月の夜が期限でしたわね?」


 メルは深く頷いていた。動向が判っているだけでもメルとしては準備が進めやすい。


「まさかとは思いますが、追手を意識して、警戒して名前を変えているなら見つからないのかもしれないですわね。そうなると…、女性の半妖の魔法使い探しをしていましたけど、女性な格好をせずに性別も隠しているのかもしれないですね。難しくなってきましたわね。」


<ファーシィは満月の夜まで見つからないのかもしれないのなら、ブロスチではなく直接目的地であるマスリナ子爵領へ向かった方がよいのかもしれないです。>


「メル、用心した方がいいですわ。ブロスチもマスリナ子爵領も、最悪の場合、虎頭男たちが待ち構えていると想定しておいた方がよさそうですわ。」

 レイラはメルの言葉の地名から内容を想像したようだ。

 そっか、と納得して、メルは窓の外を見た。単語によっては音が同じだもの、もしかすると通じるんだ。


 検問所にて門番や騎士たちによって降りずに形ばかりの確認をされると、馬車はククルールの街へ入り、そのままレイラの屋敷へと向かっていく。本音と言えばメルはまず先に今後の自分の方向性を伝えに母・ディナの元へ行きたかったのだけれど、レイラの話を聞いているうちにレイラと話を続ける方が重要だと感じて馬車を降りられずにいた。

 自分の言いたいことも伝わらない環境でいるのは不便で、現状はシュレイザやレイラがメルに気を使ってくれているので楽ではあるけれど、この先、シュレイザを追いかけて移動するとなると、単身での移動となる。そうするとやはり安全のためにも言葉は通じないより通じる方がいいとメルには思えてきた。理想的なのは女神の言葉(マザー・タン)が話せる人材との接触で、可能ならそのまま通訳として確保できるのが望ましい。幸いはじまりの村であるエルス村に勇者を目指す若者がやってくる環境にあるので、魔法が使える冒険者を雇ってしまえば解決できそうな話ではある。問題があるなら、そううまく冒険者を見つけられるかどうかだと言えた。

 丁度マルクトから竜人の学者がククルールの街に来ているのなら、せめてシュレイザ叔父さんと合流するまでの間だけでも通訳として同行してもらえるといいのにな。我ながら図々しくも身勝手なお願いだわと自覚しつつもメルはこっそり期待して、女神の言葉(マザー・タン)が使えないレイラに伝わるように地名や人名を意識して話しかけてみる。

<マルクトの、ミンクス侯爵家からきた学者さんと、シュレイザ叔父さんではなく、メルが会えますか、>

 一瞬目を見開いて、レイラは「メルがそう望むなら取り次いであげましょうか。シュレイザさんはいないのだから、どっちにしろ、誰かが説明しなくてはいけないのですからね」と言ってくれた。


 ※ ※ ※


 簡素な馬車なのに門番に咎められもせずに街で一二を争う商会のレイラの暮らす立派なお屋敷の敷地内へと馬車は進んで、メルはレイラに従って奥の使用人用出入り口から屋内へと入った。表には見慣れない馬車が何台か停車していたので、学者ひとりで来たのではないのだわと理解していた。竜人の学者を警護する護衛隊や先導する騎馬隊もいそうだ。

「少しお待ちになって」とレイラに言われて夕食準備の作業する者たちで忙しい厨房の隅で待っていると、レイラは簡素なシャツとズボン姿から黄緑色のワンピースドレスへと着替えて現れた。襟元の白いレース飾りは細やかで、単なる町娘ではなく裕福な商人の娘な印象だ。メルの着ているのはレイラがくれた襟や袖口に青い線が一本彩られていてささやかな白いスカラップレースが控えめに揺れている白いシャツで、下は裾には黄緑色のスカラップレースが飾られている膝が出るくらいの丈の深い緑色のキュロットパンツだった。近しい色合いの服をあえて選んで着ているようだ。

「二人で並ぶと、姉妹に見えますでしょう?」

 嬉しそうなレイラは、楽しそうに笑った。お嬢様お戯れはお止し下さいと諫める料理人や侍女たちの心の声が聞こえてきそうな気がして、メルははにかみ笑いをするだけにしておいた。好意は嬉しい。でも、一応親戚な関係とはいえ、メルはこの家の子供ではない。

 メルは屋敷の主人の娘であるレイラとはともに歩かず、少し遅れて歩いた。言葉が女神の言葉(マザー・タン)しか話せないのもあって、従者のふりでもしていた方が無難だと思ったのもあるし、使用人たちとの無意味な衝突は避けたかった下心もある。


 応接室へ向かうと、廊下にはこの屋敷の執事たちと傭兵たちが並んで警備していた。見慣れない顔の傭兵たちは、どうやら学者が連れてきた者たちなようだ。

 ジロジロと見られながらレイラが「お連れしたから開けてくださるかしら」と話しているのをメルはドキドキしながら聞いていた。現れたのが探し人であるシュレイザ叔父さんじゃないって判ったら、本人を連れてきなさいと怒られたりするのかなと思ったりして、できない言い訳を今から考えておこうかなと思ったりもする。

 レイラの為に開けられたドアの向こうでは、窓の向こうの夕焼け空を背に男たちが帳簿が広げられたテーブル越しに睨み合ってソファアに座っている。ソファアの後ろに書類を抱えた従者を従えているのはレイラの父でありメルの伯父であるルースで、護衛と思われる傭兵ひとりが付き添っているもう片方はマルクトから来たという竜人の学者なようだ。領都マルクトから来たという学者は茶金髪に水色の瞳に整った顔立ちで背の高い男で、長い脚を組んで膝の上に手を置き、背筋を伸ばし、一歩も引かずにルースに対峙している。


 この顔を知っている、とメルはまず思った。

 どこかで見た、というのが正しくても、ドラドリのゲームの本編ではない。

 どこ…?


 窓が少し開いていて風が入ってくるとはいえ、夏と言える季節なのに学者は漆黒の質のいいマントに襟元の銀糸の刺繍の美しい黒い絹のブラウスを着た細身な体型で、黒いズボンのポケットからは金の鎖時計が少しばかり見えている。神経質そうな佇まいやあまり変化のない表情からなんだかちょっと気難しそうな性格みたいとこっそり評価して、メルはちょっと手強そうな相手だわともこっそり思う。助力を求めていけそうな雰囲気は現段階ではまるで皆無だ。

 ドラドリのゲームに出てくる主要人物ではないのは判る。しかも警戒が必要な対象なのはかわりない。

 関連しているのなら何をする人だったのかをはっきりとさせておきたかったメルとしては、集中して記憶を探る。


「お父さま、お客様、お待たせいたしました。」

「シモンズ様、お待たせいたしました。娘が戻りました。」

「遅くなりました。ただ今、メルを連れてまいりました。」

 ルースが軽く詫びた後令嬢らしくレイラが優雅にお辞儀するのを見て、メルも後ろでそっとお辞儀しておく。シモンズというのは竜人の学者の名のようだ。

「シモンズ様、この子がお探しの(ドラゴン)騎士(・ナイト)シュレイザ様の弟子となります。御覧の通りシュレイザ様はあいにくとこの街を発ってしまいましてね。わかるのはこの子だけなのですよ。メル、ご挨拶出来るかい?」

 うまい言い訳が思い浮かばないのもあって、メルはぺこりと頭を下げるだけにしておいた。下手に話をして王国語が話せないのを勘付かれても面倒だ。

「お父さまのお言いつけ通りに探したのですが、シュレイザ様は間違いなくこの街を発たれてしまっておりました。メルは留守を頼まれたようです。」

 レイラが告げると、シモンズの眼は訝し気に細くなった。

「さて、どこへ行ったのでしょうなあ、」


 ルースとレイラの表情から、ふたりはあえて時間を稼ぐために手掛かりとなる弟子のメルを探しに行き、わざとシモンズたち一行がククルールの街に足止めされるように行動したように感じられて、メルは俄然緊張し始めていた。シュレイザに馬を貸したルースとレイラが演技をしているのなら、メルも合わせた方がよいと思えた。

 迂闊なことを言ったらルース伯父さんたちの機転は無駄になってしまうわ。メルはそっと唇を噛んだ。何も話さないのが一番いいと割り切って、覚悟を決める。


「シュレイザ様とは我がルース商会の輸送の護衛をお願いしている関係でしてね。お問い合わせの件も…、ほら、この通り、マルクトへの荷物を運ぶ馬車の護衛を依頼した期間と重なっておりまして、デリーラル公爵家へ出向かれた話など聞いてはいないのですよ、」

 ルースは諭すように言った。

「シュレイザ様には、マルクトからの帰りの護衛もしっかりしていただいたのだったね?」

 控える従者たちやレイラに問いかけて、ルースは確認する。

「このミンクス候領にはエルス村があるおかげで冒険者が大勢立ち寄ります。お探しの(ドラゴン)騎士(・ナイト)は、当家がお付き合いさせていただいているシュレイザ様とは別人であるとは考えられませんか?」


(ドラゴン)騎士(・ナイト)はそういませんから、シュレイザ様で間違いはないはずですが、」

 淡々とした口調で我を通そうとするシモンズは、不機嫌そうに顔を顰めた。


「では、例え話として、あなた様が仰る通りにシュレイザ様がデリーラル公領に任務期間中に単身出かけられたとしましょう。魔法が使える(ドラゴン)騎士(・ナイト)であるのなら一晩中馬を走らせれば一両日中に往復できなくはない話です。こちらの依頼は往復の道中の警護ですから、それ以外の、いわゆる休憩時間中にミンクス侯爵家からシュレイザ様に冒険者としての依頼があったとしてもおかしくはないとも言えます。もし仮に依頼が事実だったとして、デリーラル公領での何らかのご依頼を引き受けられたとしましょう。だとしても、シュレイザ様は仕事の依頼内容を私どもに話しておしまいになるような方ではないのです。私共も雇用主だからと言って休憩時間中の秘密を暴こうとはいたしません。この子も…、例え弟子でも、内密にという契約であれば知ることなどないのです。何らかの制約がされているのであれば、部外者である私どもはそもそも知ることなどできない…、そうですね?」


 怒りを分解して丁寧に組み立て直すとどうしても嫌味っぽくなってしまうのだわ、とメルはぼんやり思いながら聞いていた。


「私の知る限り、デリーラル公家からの依頼は正式なものではありません。口外禁止という制約などはないはずです。だから私はここまで出向いてきています。」


 ミンクス侯爵家としてもデリーラル公爵家としても公的には依頼していない、とでも言いたいのだろうなとメルは思った。それにしても声を聴く限り聞き覚えがないのに、竜人の(シモ)学者(ンズ)の顔や表情を知っているのは妙な気分がしてならなかった。


「レイラ、お前は、依頼主である私の代理としてシュレイザ様に接していたね? マルクト滞在中の行動について何も聞いていないね?」

「はい、お父さま。」

「メルも、弟子でも知らないね?」

 よくわからないまま、ルースやレイラの表情を読んでメルは頷く。メルがその時期にククルールの街にいなかったのは事実でシュレイザとも接触できなかったのも事実なので、シュレイザが何をしていたのかを知らないというのは真実ではある。


 シモンズと呼ばれた学者は苛ついた表情でルースとレイラを見比べた後、二度見するようにメルをしげしげと見詰め直した。そのまま閃いたように立ち上がり、レイラの後ろに隠れるように立っているメルの元へと急ぎ足に近付いてきた。


「これはこれは、」


 シモンズのギラギラとした目に威圧されそうになるメルを、毅然とした態度でレイラは背に庇った。


「どうなされましたか、」


 腰を浮かせ険しい表情で問いかけるルースに背を向けたまま、シモンズはいきなり、「この子で手を打ちましょう」と言い出した。

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