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26、汚らわしい力と正義を伝える力

 地上からここへとやってきた通路はかなり広かったはずなのに?

 驚きの余り言葉が出せないまま、視線を向けた先にある氷混じりの土の塊や岩石のある意味を理解して、動揺を顔に出さないようにしつつ洞窟の全体を見回し、ラスタの方へと再び顔を向けた。

 あんな騒動の中でも中央の付近にある祭壇は無事に残っていた。ただし、氷柱など一切ついていなくて、表面は水気を帯びて湿って見える。


「ビア、どうする?」


 名前の交換をしていない関係だけど名を覚えてくれている。どうやらわたしの存在は認めてくれているようだ。

 答えず、わたしは黙って首を振っていた。ラスタはどうしたい?と気軽に聞けて意見を尊重できる状況ならそうできたと思う。

 深く息を吸って、気持ちを落ち着かせてみた。

 もしラスタがあまり儀式に重きを置いておらず脱出を優先していると立場がはっきりしたなら、ここにいる誰もがお互いに『ここにいる理由はそれぞれに違うようだ』と知ってしまう。あまり得策には思えなかったし、密室からの脱出という異常な状況下での選択が待っているとなると、これから先、数の論理で物事が決定していく可能性がある以上、現段階ではっきりさせなくてもいいと判断する。

 動けるのは、わたしにラスタ、シューレさんにコル、老女神官様で、期待できないのはもともとここにいたと思われる精霊と眠る竜のヒト型だ。

 氷室のいたるところに氷柱は残っている。ただ、崩れて剥き出しになった黒い土や岩肌が見えているので、入ってきた時よりも全体に暗く暖かくなった感じがしている。

 気を付けていないといけない変化があるとすれば、寒々しいベッドに眠っていた竜のヒト型だと思われる男性の体が濡れている。緩く立ち上るのは凍気じゃない。全身を覆っていた氷柱が体温で溶けてしまっている…? この部屋の温度の上昇が原因となっている気がした。

 コルとシューレさんは脱出したがっている。

 儀式を続けたい青白い顔の老女神官(ロザリンド)様は『治癒(ヒール)』の効果もあって傷口が塞がり五体に欠損はなく『回復』のおかげで元気そうではあるけれど、随分と表情が暗い。真面目な性格なようだから、儀式が中断してしまっているという現状が許せないのだろうなと思えた。

 しかも、わたし達動ける側に共通している状態(ステータス)は、屍食鬼(グール)との戦闘による『魔力の消耗』だ。

 魔力量の多いわたしでさえ老女神官様の救命に魔力を使ってしまったので、おそらく、もともとあまり多いと言えないコルやシューレさんと大差ない。


「神官様、」

 険しい表情のコルのたった一言には、こんな状態でもですか、という感情が含まれている気がした。


百年(ももとせ)の術』という街ひとつ分の未来が懸かっている儀式なのを思えば老女神官様が儀式の遂行に拘るのも無理もないと思えたけど、『ここを脱出する』と『儀式を維持する』の二択のうち、コルとシューレさんとは『ここを脱出する』を選択している。

 最終的に選択を決定をするのは儀式の当事者である老女神官様なのだとしても、仮に今現時点で残っている魔力量が強みとなるのだとしたら、数の優勢による下剋上も起こりうる。

 魔力が固まってできた氷柱が溶け始めてしまっている現在、溶けて消えた魔力が空気中にあって誰もが利用できる状況なら、まだ誰もが均等に機会(チャンス)がある。

 試しに手のひらを空気中にそよがせてみて確認してみたら、わたしにはなんの恩恵もなかった。溶けて消えてしまった魔力を吸収し直すことは無理なようだ。

 使ってしまっている魔力を回復できる手段がない限り、誰もが魔力が不足した状態となっている。お互いの手持ちの魔石の奪い合いも避けたいし、内輪揉めによる戦闘も避けたい。

 平和的な解決となると、わたしが望むように脱出組のコル達も望んでいるのは、継続組の老女神官様が自ら『儀式を維持する魔力の使用』を諦め『地上へと脱出するために魔力の使用』する選択に納得をする展開となってしまう。コルに協力して老女神官様を説得できる気がしないわたしとしては、代替案も考えておいた方がよさそうでもある。

 一応わたしは治癒師(ヒーラー)である以前に地属性の魔法使いでもあるので入り口が塞がっている環境を魔法を駆使して修復したりできなくはないけど、実際問題としてわたし自身にそんなに魔力が残っていないのもあって、魔石から魔力を補充しないといけない。だからといって、どれくらいの規模で魔力を消費してしまうかも見当が付かない状況下で無暗に命綱でもある魔石を使うのは無謀だ。

 人力で出口を掘り起こすのも、わたしとコルとシューレさんとが魔法を使って体力を『強化』して筋肉量を『増強』出来たらできなくはないと告げてみたい。


 老女神官様の選択を有効とするなら、脱出を目的に魔力を使わないとして儀式を優先してしまう時、宝珠の状態が鍵になる気がした。


「儀式についてお尋ねします。」

 わたしは宝珠が場にふたつ揃った状態で老女神官様とコルの手にそれぞれあった一場面しか見ていない。

 交換された宝珠は風竜王様の神殿に奉納されると言う。夜の湖に妖しく輝く神殿の光を目印に儀式は執り行われている。

 持ち込まれたのは地上で魔力が解放された宝珠で、持ち出されるのは地下で魔力を溜めた宝珠なのだとしたら、少女屍食鬼(グール)が飲み込んだ宝珠は持ち込まれたほうの宝珠で、わたしが拾った宝珠は持ち出されるはずの宝珠だ。

 血に汚されただけなら、儀式で宝珠は使えるのかもしれない。だけど、魔物(モンスター)の魔力に汚された宝珠を儀式に使えるのかが疑問だ。

 わたしにある情報は、半妖であるわたしには魔力を奪われてしまう可能性があるのでこの湖の水は危険という認識と、この湖の水は宝珠の交換を済ませなければ使える状態にならないという巷の評価と、持ち出す宝珠には邪気や邪念がこもっていて風竜王様の神殿でお祀りして剣舞を御奉納して清めているという領主代行様から聞いた大体の儀式の説明だ。

 持ち出される宝珠が魔力を集めて光っているのは竜信仰独特の概念として魔力を『邪念』や『邪気』と扱っているからで、竜を祀る国・王国(スヴィルカーリャ)ではよくある発想であると言える。この国(スヴィルカーリャ)の王家の始祖に竜が混じっているのと同じように、公爵家であるデリーラル家の祖先に竜が混じっているのなら当然とも言える。

 邪気や邪念の昇華が結果として土地への魔力の還元であるのなら、ここから持ち出される宝珠が魔力に満ちていてもおかしな話ではない。

 ただし、交換の際持ち込まれる宝珠が魔物(モンスター)の影響下にあるとして、儀式に使用した時、この街への百年の術は正常に効果を発揮できない気がする。


「何かしら、」

 老女神官様は顎を引いてわたしを見ていた。


「宝珠の交換の際、地上から持ち込まれるのは魔力の満ちた宝珠なのでしょうか。もしかして、魔力の失った空の宝珠なのではありませんか、」

 わたしの問いたい本当の意味を老女神官様は判ってくれるのか不安だけど、長年儀式を行ってきた人なら、この儀式の本来の意味も役割も知っている気がする。百年という年月の中で魔力を土地に還元していくのが術の目的なら、この場所でひたすらに魔力を注入し続ければいいのだから、わざわざ宝珠という媒介は必要ないはずだ。


 シンは神事ではないと言った。


 水没したという古の神殿には秘密が眠っている。

 秘密に触れさせたくない誰かが意図して、一見すると無害で力を持つ者には有害なもので隠してしまった。


 シンはここにいるのが竜だと知っていたのではないかなと思い始めると、竜が眠ると想定してしまえば、説明できるし納得もできる。

 古の神殿は、竜王様の神殿で、竜が術の為に眠っている特別な神殿なのだとしたら、迂闊に侵入できる警備ではいけない。かといって竜に警備を依頼したとして、眠っている間に情勢が変わり同族に見捨てられたり寝首をかかれてもいけない。安全に術を敢行するにはいっそ罠を仕掛けた方が安心できる。

 魔力を奪う水が敵とみなすのは魔力を持つ者だ。魔力を持ち、竜を討つ力を宿す者だ。今の時代は魔力を持つ者は珍しくなっても、先の大戦以前の百年も昔なら魔法は至る所にあったし保有している者は多くいたと思われる。

 この場所を湖に沈めた誰かは、百年という長い年月をかけて術を成すため眠りについている竜を、力をより多く持つ者が功名心だけで討ってしまうのを阻止するために、水をうまく利用したのだ。

 儀式の『すべては街の安定のため』という目的は建前で、本当は『この場所に来るため』が目的なのだとしたら、見えてくる情景は変わってくる。

 百年の術を行っているのは竜のヒト型であって、人間は一切関与していない。

 宝珠に魔力を満たして、外から呼び寄せて空になった宝珠と交換して、再び魔力を満たす…。その作業が必要なのは人間なだけで、しかも本来の術には必要のない作業だったりする。それでも人間側ではなく竜の側に媒介者が必要な理由があるのだとしたら、この儀式は確かに神事ではない。

 媒介者はずっと、いつの頃からか老女神官様だった。


「これ、使えるのですか?」

 魔物(モンスター)に汚染された宝珠を使ってまでして、儀式をしないといけないとは思えない。

 老女神官様にも、竜の側にも、ここへ来るという目的が達成されてしまっている現在、必要がないからだ。

「儀式はもう済んでいますよね?」

 わたしはあえて挑発してみた。


 コルやシューレさんが怪訝そうな顔になった。

「宝珠をこちらに、」

 青ざめた顔をしていた老女神官様は意を決したように姿勢を正して、答える前に手を差し出した。


 わたしがそのまま差し出したのと違って、シューレさんは自分の衣服で血を拭って宝珠を差し出している。老女神官様はそれぞれの宝珠の鈍い輝きを見て、そっと溜め息をついた後、手の上に摘まんで乗せて、蓋をするように閉じ込めた。


 もごもごと口の中で呪文を唱え、女神さまの祝福を願って仕上げにフーッと息を吹き込むと、輝き始めた宝珠の煌めきが指の間から漏れ始めた。


 老女神官様は身震いをひとつして、「浄化されたからこれで儀式に使えます。安心なさい、」と言うなり、よろけてしまった。

「神官様!」

「この儀式はどうしてもやり遂げないといけないのです。わかりますか、」

 老女神官様の頑固なまでの姿勢からは、わたし達が支えても、支えられることを当然と見做しているのだろうなと思えてくる。

 眠っている竜のヒト型へと視線を向けた後、老女神官様は美しい精霊へと頷いて見せ、祭壇を指さして、「あそこへ連れて行っておくれ、」と優しい声でシューレさんとコルに命令した。その場に取り残されたのはわたしとラスタだ。


 美しい精霊はわたしの傍に立ち、そっとわたしの火光(ファイヤー)(・マウス)のマントの裾を掴んで佇んでいる。

 老女神官様は体を支えるシューレさんやコルへ囁きかけている後ろ姿が見えた。

 頷いているコルの表情はやけに穏やかで、シューレさんも特に従順に見えた。


 100年ほどの時間をかけた魔法が成ろうとしている時、老女神官様はどうして引退して次の巫女をと言い出したのかな。

 空の宝珠を置いてくるだけなのにどうして置いてくるように誰かに頼まないのか不思議に思い始めると、老女神官様がご自分で行かなくてはいけない意味でもあるのかなと疑問も湧いてくる。


 それに、屍食鬼(グール)たちが儀式を中断した時シューレさんはそこにいなかったのに、どうして今回は呼ばれているのかもわからない。


 ふいに、祭壇へと向かう後姿を見ながら思いついた答えの最悪の想像に、目が眩む。

 閃いた疑問の答えに、どうしようもなく老女神官様への怒りが込み上げてきた。


 シューレさんは拒めない。(ドラゴン)騎士(・ナイト)だから、竜人に親和性があるからだ。

 コルも拒めないと思えた。斎火(いみび)のコルは、神官という職業に理解がある。

 拒まないと知っているからこそ利用しようとしていると判ってしまうと、断れない優しさに付け込んだやり方が卑怯だと思えてしまった。


「待ってください、ダメです、」

 100年必要な魔法は成就の前に頓挫しようとしている。おそらく、魔力量が足りないのだ。

 外に持って出ていた宝珠が影響しているのではない。宝珠が外から魔力を土地に返しさえすれば、結果として土地に魔力は戻って行くからだ。


 足を動かそうとして、妙な重さを感じてしまった。水の、透明な生き物が、わたしの足首に絡んでいた。ここへ来るまでに利用した、シンが『葡萄の皮の中身』と例えた錬金術師(アルケミスト)が作る人工物の一種と似ている。もっとなめらかで弾んだ動きをしているので、水の魔法で作られた生命体だと思った方が的確な気がする。

 隣に立っていた美しい精霊はわたしのマントの裾を掴んだまま微笑んでいた。

「あなたが?」

 恐る恐る聞いてみると、フフっと微笑まれてしまった。

 わたしを行かせないつもりなのね?


 わたしの声が聞こえているとしか思えない距離なだけに、こちらを見ようともしない老女神官様は聞こえないフリをしているようにしか見えなかった。一度置いた態で手にした魔力の満ちた宝珠を持ち上げ改めて確認する所作をして、コルに持たせていた持ち込んだと思われる魔力が空の宝珠を置くようにと囁いているように見えた。


「こんなことをしてもダメです。」

 掌に火の魔法を意識して使って、水っぽい生き物を薙ぎ払う。

 除けても除けても近寄ってくるのを、摘まんで放り投げて捨てる。

 対峙する時間がもったいない。追いかけてくる前に、ここを立ち去るしかない。

 美しい精霊を睨んで「ダメなものはダメなんです、」と怒った顔を作って見せても、響かないみたいで微笑まれたままだった。

 ラスタが気を利かせて、近寄ってくる水っぽい生き物を吹き飛ばしてくれた。

「ありがとう、ラスタ、」


「これくらい、簡単。契約してなくても、これくらいなら、平気。」

 へへっと笑ったラスタを見ていると、兄の方は事情を知っていそうだけどラスタ自身はほとんど知らないのだろうなと思えた。

 知っていたら、あの美しい精霊のすることを邪魔などしない気がする。


「ダメです、儀式を中断してください。」

 大声で怒鳴り急ぎ足に駆け寄る前に、老女神官様は手招きしてシューレさんを呼んでシューレさんの手を取り、躊躇うコルの腕を添えて、耳元に囁いた。

 わたしの声に誰も耳を貸してくれないのは、厳かに儀式が行われようとしているようにしか思えず、シューレさんもコルも不思議に思っていないのだ。


「ビア、僕が行くよ、」

 わたしの叫ぶ声を聞き届けてくれたラスタが、少年の姿のまま老女神官様の腕を揺さぶって、必死に手を取る腕を離そうと邪魔をしようとしていても揺るがない。

 見た目より頑丈な老女神官様は手を離そうとしなかった。ラスタは何度容易く振り払われても、諦めずに立ち向かっていく。


「お願い、儀式を止めて!」


 必死に叫ぶわたしの声は聞こえているはずなのに、コルもシューレさんも老女神官様の指示に集中している表情をしている。

 無視されていて動いてくれないのは信頼されていないからだ、と言ってしまえば否定できない。

 長い年月の中で忘れ去られた本来の目的に、巻き込まれているのは優しい人たちだ。

 神事なら、きっと、わたし達はここにいない。コルもシューレさんも、呼ばれていない…。


 精霊の歌声が響き始めた。

 これが、湖から聞こえる歌に違いない。


 止まらない作業に、わたしはこれ以上誰かが巻き込まれるのは違うと思った。

「ラスタ、逃げて!」

 すべてを奪われてしまう前に。


 宝珠が置かれた瞬間、光が、祭壇を囲む3人を飲み込んでしまっていた。


 この神殿のこの場所に来るまでに正解である手段で移動できていたら一切魔法も魔力も使わなくて済むのだと、わたしは知ってしまっている。

 当然、巫女に選ばれてこの場所に降りてきていた者たちも安全に儀式を行うための説明を受けてこの場所へきているのだろうと思えた。それでも、地上へ戻った時、魔力を奪われて疲弊が激しくて死に至る状態となってしまったのなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と考えるのが無難だ。


 空の宝珠が交換のため祭壇に置かれる時、黒曜石に仕掛けられた魔法陣が起動し、奉納者の体力や魔力を吸っているから帰りにはすっかり疲弊して地上に戻って行く、と考えるのが一番無理がない。

 祭壇から見え接触できる対象は竜のヒト型と精霊なのだとしたら、命からがらに手に入れた宝珠を手に地上へと帰っていく儀式で最も重要なのは、媒介者となる巫女たちが持ち帰る、この場所にいる竜のヒト型の状態と精霊と交換した情報だろうなと思えた。


 母音しかない歌声は、美しい。

 わたしは、こんな歌声を知っている。竜を呼ぶ、詠唱だ。

 シューレさんやレゼダさんの舞を思い浮かべてしまう。


 老女神官様と美しい精霊は親子に見える。老女神官様が娘で、美しい精霊は母親だ。


 生まれた子の発育をふたりに伝える時間だったとしたら、巫女達はすべてを理解して巫女のお役目を頂いていた者たちだ。


「ラスタ!」

 転がるように離れたモモンガなラスタを拾って抱き抱えて、祭壇へと急ぐ。


 想像していた通りに、コルもシューレさんも魔力を吸い取られていた。逃げようとしても、老女神官様が渾身の力で手首を掴んで押し付けて、黒曜石の祭壇に残存するすべての魔力が吸い取られて流れ込み、そのまま魔力の輝きは宝珠や祭壇を通じて土に流れてしまっている。


「神官様、これはいったい、」

 コルやシューレさんが魔力を急激に奪われ過ぎて失神しかけているのを見て、驚いて老女神官様を見、腕を掴む手を発見して、「放してください、今すぐに、」と強い口調で怒鳴ってみた。

 聞こえていないはずは無いのに、わたしの脅しを無視して、老女神官様は「もうそろそろなようね、」と呟いた。

「部外者がどうしてまだここにいるのですか。だからあれほど逃げなさいと言ったのに。」

 驚き、動けないまま見つめているコルとシューレさんの手首を持つ老女神官様の手を外そうとしても、びくともしなかった。


 思考の邪魔をする歌声が、響く。

 情報がうるさくて、頭が痛くて、集中できない。


「神官様、どういうおつもりですか、」

 爪を立てたり叩いたりでもしないと手を外すつもりはないのかな。

「放してあげてください、生きるための力まで奪われてしまいます。」

 大袈裟な言い方をしたのに、老女神官様は否定をしなかった。

「そういうつもりでやっているのだから、そうなるでしょうね、」

「それならなおのこと、やめてください!」

 キッパリと告げるわたしの顔を睨んで、「まあいいとしましょう」と言い、ようやく老女神官様はシューレさんとコルから手を解いてくれた。


 光は収まり始めていて、コルがまず先に正気に戻った目つきになり、わたしを驚いた表情で見つめたあと、頭を振った。


「宝珠の交換なだけの神事なのではないのですか、神官様、この祭壇はいったい何なのですか、」

 地を伝って流れた魔力が辿り着いたのは、竜のヒト型が眠る場所だった。

「見ての通り、人の力を捧げる魔道具よ?」

「神官様と3人がかりで、何を成そうとしているのですか、」


 竜を復活させるのですか?

 分化が停滞してしまった精霊の子供としては怖すぎる問いかけに、わたしの声は凍って音にならないでいる。


 フフと微笑む老女神官様の顔は美しい精霊によく似ていた。

 青白い顔のコルは貧血を起こしているようでしゃがみ込んでいる。シューレさんもぼんやりとしたままだ。


「ビア、もしかしてこの人は、」

 静まり返り、様子を伺っていたラスタが、モジモジしながらわたしに問いかける。

 老女神官様はシューレさんとコルを見た後、わたしへと視線を向けた。浮かんでいる表情は、何を言うのかを楽しみに待っている、そんな微笑みだ。


 竜のヒト型が眠っていた場所には、誰もいない。

 美しい精霊がいたであろう場所にも、誰もいない。

 動き出したんだ…。


「この方は、ここに眠っていた竜と、竜の(いと)()であるあちらの精霊との間にお生まれになった、竜のお子様です。そうですね?」


 言い切ったわたしの背後には、やっかいな気配がした。

ありがとうございました。

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