12、勢いよく走り抜けるために
「ビアちゃん、ビアちゃん!」
ドンドンとドアを叩く音がして、「入るよ?」とドアノブを引っ張る音までする。
慌てた声は先輩だ。激しくぶつかる音もある。コルやレイヴンのようにわたしを尊重して待ってくれるという気の長い対応をする気のない先輩が、ドアの向こうで騒いでいるのが容易に想像できた。
わたしは急いでワンピースに着替えながら、不意に現れた砂時計のことばかりを考えていた。シンが持ち込んだ砂時計なら、会話の流れから、父さんからの贈り物だと考えた方がよさそうだ。
父さんは単なる砂時計をわたしに寄こしてくるとは思えない。
脳裏にひらめくのは、この砂時計は魔道具であるという可能性だ。そうすると、姿かたちが違うけれど、最悪の場合、この世界に現存する12個のライヴェンの砂時計のうちのひとつだと思っておいた方がよさそうでもある。貴族階級故に砂時計の秘密を知るコルもいる。絶対に見つかってはいけない。迷わずにワンピースのポケットに隠すと決める。
「大丈夫です、無事に着替えていますから!」
大声で返答してみるのに、ドアを叩く音は鳴りやまない。ドアの向こうは足音が増えて、人が集まっていく気配がする。
「何を言っているの、ビアちゃん。姿を見ないと無事だってわからないでしょう!」
先輩の狂乱じみた激しさと大声に根負けして、身なりを整えながらドアへと急いだ。ドアの向こうよりも、砂時計を確かめたい。ひとり状況を把握したいのに、現実はそうさせてくれない歯痒さばかりだ。
「ビアちゃん!」
ドアが揺れているのを見ると、叩き続けてドアでも割るのかななんて思ってしまうほどの勢いを感じてしまう。
「聞こえますか。今、開けますから、」
ドアノブに手を添えて初めて、魔法が掛かっていたのだと判る。
触った瞬間解呪された魔法の煌めきに、シンの用心深さと、わたししか開けられない仕掛けをあの短時間で行ってしまえる器用さに言葉が無くなる。シンはやはり侮れない。
ドアを開けた瞬間、先輩を先頭に、コルやレイヴン、司祭や司教たち、聖堂の警備兵たちが雪崩込んできた。
勢いに、圧倒されそうになる。
「よかった、心配したのよ。」
いきなり抱き着いてきた先輩は、わたしの肩を何度も叩いて、「思い詰めたらダメよ、ビアちゃん」と息を切らして何度も繰り返した。
ん? 思い詰める?
「何事もなかったようですね、よかった。」
わたしの顔を撫で先輩が涙を浮かべて微笑んでいる最中、コルもレイヴンも、棚付近の床に散らばるガラス片に表情を強張らせていた。
「これはいったい…、」
コルよりも早い反応で、事情を知らないであろう兵士たちの方が率直に「ガラスが割れている、」「なんでこんなことに、」「逃げ出す為か、」という声が上がり、じきに、「自殺を図ったのか、」という極端な結論を口にし始めた。
ガラスが割れた程度で大袈裟ねと思ったりもするけど、ガラスの破片は使いようによっては武器になる。
「この依頼の、責任者は誰だい?」
低い声で問うコルの険しい表情にオロオロと狼狽える司祭や司教たちは、お互いを見やり、口々に小さな声で罵り始めた。
「だから言ったでしょう、加護持ちだからと言っても若い娘なのですから、無理をさせてはいけないと、」
「普通の治癒師よりも人数が捌けるだろうと言ったのはあなたではありませんか、」
「あなたこそ、普通ではないのだから多少無理をさせても問題ない、休憩などいらないと言ったではありませんか、」
「半妖など人間ではないのだから、休憩も椅子も必要ない、搾り取れるだけ搾り取って使い捨てにすればいいと言ったのはあなたでしょう!」
次第に興奮して声が大きくなる。
聞こえてくるのはホバッサの聖堂に所属する司祭や司教たちの醜い内輪揉めだ。彼らは上級軍人であるコルの前で、自分以外の誰かが原因だと暴露しあっている。
「こんなことになるなんて! 追い詰めたのはあなたでしょう!」
「私でもないぞ、あんなものを手に自殺なんてされたら…! 絶対にあなた達だ。」
「それこそ、あなたでしょうに!」
「掃除婦を呼べ、さっさと片付けさせろ。ここでは何もなかったんだ!」
騒がしい司祭や司教たちを睨んでいたコルは、わたし達を見て、「アメリア、落ち着いて離れて、」とまず告げた。
先輩がやっと腕を離してくれたので、わたしはそそくさと先輩と距離を置いた。
レイヴンは黙って魔法を使って、ガラス細工をゴミ箱へと片付けてしまった。
「…静かに。」
コルが低く告げる。
無表情なコルは感情が見えなくて、怒りを抑えているようにしか見えなかった。
立っているだけなのに、コルに誰もが一目を置いていた。
コホン、とこっそり誰かが咳払いしたのが、やけに静かな部屋に響いた。
「この状況について、詳しく話を聞こうか。」
この部屋の中で一番地位が高いのも権力を持つのも、聖堂で一番階級が高いコルだ。ホバッサの聖堂の司祭や司教たち、兵士、先輩もレイヴンも、もちろんわたしも、部屋の中にいる誰もが、コルから発せられる怒気の威圧感に怯えている状況に変わっていた。
「誰も追い詰めてはおりません。この部屋で依頼通りに慰問を行っていただいていただけです。」
「慰問をこの部屋で…?」
「そうです。」
「この部屋は控室ではないのか、」
コルの言葉に、誰もが黙る。
「アメリアもそうなのか、」
レイヴンが戸惑いながら尋ねると、先輩は「そうです。最初は椅子すらも用意してもらえませんでした、」とはっきりと答えた。
「椅子って…、」
レイヴンの視線の先にあるのは、わたしが魔法で加工した木製の椅子だ。
「ビアさんをこんな椅子に座らせていたのか…、」
ないよりは親切です、と言いそうになって、先輩の怒りで震えた表情に、わたしは何も言えなくなった。
「おかしいな。事前に申請されている慰問の内容と違うようだ、」
コルは淡々と言いながら片眉をビクつかせた。
「私は…、ビアちゃんに無理をさせたくなければ従うようにと言われました。」
先輩が涙声でキッパリと言った。
「だけど、ビアちゃんに無理をさせていたんですね。私を人質にでも使ったのではないですか。ビアちゃん、違いますか、」
わたしの瞳を覗き込んで尋ねる先輩に、わたしは違うとは否定できなかった。
「ビア、本当かい?」
コルはわたしに確認するようでいて、もう真実は判ってしまっていると言った風に呟いた。
「黙っているってことは、本当なんだね?」
コルの言葉に誰もが黙り込んでいて、視線が誰もの顔へとぐるりと見まわされ向けられて、やがて、わたしで止まった。
「ビア?」
頷きながら、わたしはここで何をしていたのかをコルに伝えていなかったのだと今更ながらに気が付いた。アメリアも、多分同じだ。隠してしまった気持ちの根底にあったのは、揉め事を避けて早くこの街を出ようっていう焦りだったとしか言いようがない。
コルとレイヴンは水見の館に行ったりして出かけていた。報告していないから、わたしや先輩が用意された部屋で流れ作業のように治癒の魔法を掛けていたと当然ながら知らない。
ゴクリ、と誰かが喉を鳴らした音だけが響く。
「呆れてしまうよ、なんて情けない事態なんだ。」
コルが怒っている理由は、虚偽の申請で神聖な慰問の任務を汚されたという純粋な怒りだ。対象はこのホバッサの聖堂の関係者にもだろうと思えたし、抗わないで流されたわたしや先輩に対しても言えると思う。
「彼女は太陽神様の加護を持つ聖堂においても貴重な治癒師だ。先の大戦以来久しぶりの神の手の誕生を期待されている存在でもある。何故そんな宝のような者を追い詰めるようなことをしたのか聞いてみたいな。いっそ、この街の聖堂は一回すべて解体してしまった方がいいような気がしてきたよ。」
腕組みをして、片眉をビクつかせて、コルはコツコツと靴を鳴らした。
「…お待ちください、ニコール卿。」
ひそひそと囁き合っていた司祭や司教たちが、身を屈め、機敏に移動し始めた。
わたしや先輩とコルやレイヴンとの間に割って入り、床に手と膝を付き頭を下げる。
「どうか、落ち着いてお考え直してください。この方の待遇の不備はこちらの準備不足による不手際が重なっただけの、まったく偶然の起こした事故なのです。本当に不幸な偶然が重なっただけで、何の下心もないのです。」
司教や司祭たちは、手をこすり合わせるようにして拝んで、必死に媚び諂って誤魔化す気なようだ。連帯責任のつもりがあるようで、雰囲気を読んで兵士たちも項垂れて身を竦めている。
「どうか、御機嫌を直してくださいませ、」
「このような辺境の土地に加護をお持ちの王都の治癒師様がいらっしゃることなど滅多にないので、認識の不足が粗相となっただけでございましょう。」
「ニコール卿、どうか田舎者の集まりとして、何卒無礼をお許しください。」
頭を下げているホバッサの聖堂の者たちにひとつ溜め息をついて、コルは先輩やレイヴン、わたしの顔を順に見て、黙って頷いて、そっと人差し指を唇に当てて立てた。
「まずは、貴公たちは何を不手際だと思うのか、聞かせてもらおうか、」
コルの問いかけに、通常以上に治療を希望する献金者や支援者を集めたこと、ホバッサ所属ではないのだからと椅子の用意もなく昼食の用意も休憩の時間も確保していなかったことを、司教や司祭たちは言い訳をしながら答えていく。
「王都で聞いた任務内容と齟齬があるようだ。慰問という言葉の範疇を越えているように聞こえる。」
わたしと先輩が行っていたのは単純に部屋に入ってくる患者に治癒という魔法を掛けるだけの作業なので、魔物との交戦で傷ついた仲間を治すという任務内容とは程遠い。
先輩と目が合うと、先輩はぎゅっと握った拳を胸にあてて、硬く口を噤んでいた。
「隊長、依頼内容と違うとなると、王都へ虚偽の申請をしていたのですね?」
レイヴンがわざとらしくコルに質問をする。
「そのようだ。とんだ茶番だね。こちらとしては忙しい任務の間を練って傷ついた仲間のために駆け付けたのだが、この者たちに真心を踏みにじられたようだ。」
「ソ、そんなつもりはございません、」
顔を伏せたままの司祭たちのうちの誰かが声をあげた。
「どうか、どうか、話に行き違いがあっただけなのだと、ご理解いただけないでしょうか、」
「まさかこの期に及んで、被害者面をするつもりですか、」
コルは冷ややかに尋ねて、レイヴンが大きく頷いている。
「仮にあなた方に譲歩したのだとして、この先、待遇をどう改善するつもりがあるのかをはっきりと聞かせて貰おうか、」
沈黙の後、司祭や司教たちは口々に、簡素でも椅子や休憩時間を確保したこと、昼食を用意するつもりがあったという答えが語られた。
ついでとばかりに、「資金集めも聖堂の立派な業務のうちです、」と開き直りすらしている態度に、コルは腕組みをして靴を鳴らした。
コツコツという音が、コルは怒っているのだという意思表示に聞こえる。
誰もが、コルの言葉を待った。司祭や司教たちが震えているのを見ているのは少しだけ小気味よかったのは、多分わたしが悪い魔性の子供だからだと思う。
しばらくして、コルは小さく咳払いをして、「理解できないな」と言った。
「その理由だと、我々がここに滞在を続ける理由などあるのかな? この街とは違う街へ移動したい。このような冷遇された状況下ではこれ以上、安心して任務に当たれないのではないかな。」
司祭や司教たちがわたしを縋るように見上げ、何かを訴えかけようと口をパクパクと動かしていた。彼らからしてみれば、わたしにはあと10人程の治癒の割り当てが残っている。
だけど、わたしや先輩への待遇をきっかけに、コルは自分に都合よく任務の完了を決めたのだ。
「大司教様に不始末を報告するかしないかは、この先の貴方たちの対応にかかっている。」
「…判っております。」
「だが、ここに長く留まることで、さらに貴方たちの不手際を見るのも不快だ。この一行は王都から来た精鋭部隊なのだと、あなたたちはわかっているかい?」
黙って震える司祭や司教たちに、言い聞かせるようにコルは告げた。
「これから領主家に出発の挨拶に出かけてくる。戻り次第この街を発つ。それまではここに留まるが、それ以上の任務の続行は諦めてくれ。」
「そんな! 困ります!」
「せめて今日一日分だけでも、支援者の治療をお願いします。」
「それは慰問と言うのかな? 違うと判っていて言っているのかい?」
コルは大きく手を打った。
「さ、出て行ってくれ。これからこの部屋は休憩室とする。この部屋に先輩の椅子も運んでくれ。なにしろ月の女神さまの神殿に魔力を回復に行かせなくてはいけない程治癒師を酷使したのだろう? 聖堂に帰属する仲間の権利を侵害するとはどういうことなのかわかっているのなら、償う姿勢を見せて欲しい。さあ、今すぐに彼女たちのために十分な食事の用意もするように。いいね?」
床に頭をくっつけるようにしていて隷属する意志を示していても、司祭や司教たちは食い下がる。
「お願いです。せめて、あと5人は治癒を、」
「治癒師がふたりがかりで当たれば、治療も容易いのではないですか?」
「この地での聖堂の資金集めにはどうしても必要な治療なのです。」
「どうか、どうか、お許しください。」
「ダメだ。」
王都の聖堂でも支援してくれる貴族への治癒師の派遣は行われている。コルだって知っているはずだけど、コルは許そうとしなかった。
「貴公たちは例え限度を決めても無視して魔力を無駄に消耗させるのだろう? しかも対象者は元気な金持ちばかり。違うかい?」
確かにコルの言う通り、午前中に魔法を使った相手は、魔物に脅かされる身分でもなさそうで戦場とは縁遠い生活を享受するばかりの、軽症と言えるような人たちばかりだった。おかげで魔力をほとんど使わずに済んでいる。対応できなくはない人数だと思えたけど、自ら進んで言い出すことではないと思えていた。
何より、わたしとしては月の女神さまの神殿に行く理由は魔力の回復とは別にあったので、正直な感想として、この状況は誰もが勝手に誤解をしているという気がしていたし、コルや先輩たちの勘違いは大袈裟過ぎる気もしていた。
だからといって、この状況でこのホバッサの聖堂の者たちの肩を持つのは違う気がする。
黙って様子を伺っているわたしに向かって、司教のひとりが、「権利権利と鬱陶しい。半妖の治癒師はだから役に立たないのだ、」と吐き捨てるように言ったのが聞こえた。
「今、誰か、聞き捨てならないことを言ったか、」
怒るレイヴンが咎めたのを、コルは手で制して、「止そう、もういい、」と言って押し留めた。
「この先この街への治癒師の派遣がどうなるのかは、これ以降の対応にかかっていると思ってくれて構わない。いいかい、これ以上溝を深めたいと思っていない。この街を今日中に無事に出られさえすれば、何も起こらなかったと報告しよう。なんなら先ほどの侮蔑の言葉も、聞かなかったことにしてもよい。」
コルの言葉に、息を潜め顔を見合わせていた兵士たちは先に反応した。
「早速、手配を勧めます。」
「伝達を急げ、」
口々に言いあいながら部屋を出て行った兵士たちは、厄介ごとが出て行ってくれた方が楽だと判断したようだ。
「どうする? 支援者たちには次回へ先延ばしにすると説明すればいいのではないか?」
残る司祭や司教たちにレイヴンが提案すると、ふてぶてしい態度に忌々しそうにレイヴンを睨んで、部屋を出て行ってしまった。
「おい、食事の用意を忘れるなよ? ビアさんに食事も用意しなかったって報告を僕がするぞ?」
追い打ちをかけるレイヴンの大声に、去っていく司祭たちの誰かが舌打ちした音がした。
慌ただしく部屋から人数が消えて、レイヴンが肩を竦めて「どいつも保身に忙しいだろうし、これ以上の嫌がらせはしてこないだろうから安心しなよ?」と笑った。
「ビアちゃん、ごめんね、」
先輩はもう涙目じゃなくなっていたのは良かったと思うけど、また抱きしめようとしてきたので、さすがにわたしも後退る。
「本当は何があったの、ビアちゃん。あんな怖い音、びっくりするじゃないの。」
ガラスの工芸品が割れた音は、先輩には恐怖だったようだ。
「怪我をするために割ったんじゃないだろ?」
先輩もコルも、心配顔だ。
「何もないです。窓を閉めた影響と思うのですが、勝手に落ちたんです。」
わたしに話せるのは、シンにかかわりのない事実の中のほんの一部だ。
シンの魔力が巨大すぎて部屋を揺らしたとは言えない。そもそもシンの存在を明かせないし、シンという存在をわたし自身が語れない。
ふと、シンはこの部屋にまだいるのかなって思いついてしまった。
あの時も今も、窓は閉まっていた。結界から出てきたシンがわたしの注意を逸らすために窓際の棚に置かれていたガラスの工芸品を揺らして落とし、カバンの上に砂時計を置いたのなら、その後、どうやってこの部屋を出たのか気になる。
影を移動していくのなら、この部屋に入ってきた誰かと共に出て行けばいい。
ただし、コルと司祭や司教たちの影は神聖過ぎて、魔性の生き物には抵抗がありそうな気がする。
まだいるのだとしたら、先輩かレイヴンかわたしだ。
自分の足元にある影を観察してみて、レイヴンや先輩とさほど差がないと気が付く。
兵士たちの陰に潜んでいるのなら、もうとっくに出て行ってしまっていた。
そうなると、シンってどうやってこの部屋を出たのだろう。兵士に変身して紛れて出て行ってしまったとか?
「ビアさん、思い詰めたらダメだ。ここはおかしな街だから、気にしたらダメだ。」
レイヴンが諭すように言うのを、コルも先輩も否定しなかった。
「おかしな街って、もしかして、皆さんも…?」
聞こえているはずの歌声の話を、今ならできるかもしれない。
そっと、手の指に嵌めていた黄色く輝く石の指輪を外してみた。
案の定というべきか、この部屋では、何も聞こえないし、何も感じない。
「…ここは、何も聞こえないわ。」
先輩がまず、教えてくれた。
「あの湖が一番ひどかったですね、」
レイヴンも、告白してくれる。
「先ほど水見の館に行った時も聞こえていた。あの湖を棲み処にする者がいるのかもしれないな。」
見たくないものを見つけたような表情になり、コルは視線を伏せている。
「精霊ですか?」
「違うんじゃないのかな、そんな気配はなかったから。生き物の力を奪う湖には、精霊は棲めないだろ?」
レイヴンが即答するのを、先輩もコルも黙って聞いている。
わたしには誰も何も聞いてこなかった。どうやら、わたしが聞こえていなかったのはうまく誤魔化せた様子だった。
「変な歌声にはくれぐれも気を付けるように。皆、無理をするなよ?」
コルはそう言って先輩に、「ここに一緒にいてやって欲しい。あとは任せたよ?」と言った。
「わかりました。お任せください。ビアちゃんは私が守ります。」
先輩の責任感ってこの世界で一番信頼できないって体験済みなだけに、ひとりでいる方が安全な気がしてならない。
「レイヴンもここにいて。あの頭の固い領主代行様とは僕が単独で面会した方が早そうだ。」
「馬で行かれるのですか?」
レイヴンが慌てて問いかける。
「君は馬に乗れないだろ?」
思い切って全員で行きませんかって言うつもりで引き留めようとしたのに、コルは「行ってくる。君たちはここで安全にいて欲しい、」とだけ言って、颯爽と出て行ってしまった。
ありがとうございました。




