8、脱出するために進める任務
聖堂の敷地内に入ると奥へと誘導をする騎士たちの姿が見え始めた。馬車の中で、隊としての方針を確認して、役割分担も大まかに決める。慰問の任務で重要なのは治癒師なのでわたしと先輩は聖堂に残り、コルとレイヴンが聖堂に預けているコル達の荷物を回収し水見の館にも行ってわたしの服や荷物も回収してきて、王都から来た時に使った馬車に積んで準備をし、各方面に向けた伝達者書類の申請もこなしてくれるそうだ。
「他の者に頼むのは、この状況下ではよくないと思うんだよね、」
コルはそう言って笑って、「本当ならずっと傍にいて護衛隊として守ってあげたかったけど、ごめんね、」とも言った。
「大丈夫です。ビアちゃんは私が守りますから。」
先輩が得意そうに言うので、コルは「アメリアは頼もしいな。任せたよ、」と言ってまた笑った。とても綺麗な笑顔だったので、わたしも先輩もレイヴン持見惚れてしまったのは無理もないと思う。
移動中に眠っていたり別の場所で寝起きをしていたわたしは、同じ小隊にいるはずのコル達とはあまり話もしないまま、この街を出るという目標に向かって行動を共にしている。
馬車に乗り込むまではシューレさんとコルと出会ってはいけないと思い一人で逃げることばかりを考えていたのに、降りる時にはコルも含めた小隊全員で逃げると決めているのだから、不思議な感じがする。
「あ、そうそう。ね、ビアちゃん、これを上に羽織って、」
照れ隠しみたいに慌てた先輩に手渡されたのは、おそらく先輩が王都から持ってきていた聖堂所属の治癒師の使うローブだ。
「その格好だと、目立つわ。」
わたしが着ているのは、水見の館で投げ渡された明るい黄緑色の刺繍で縁取られた薄黄色のワンピースだ。履いているのもくるぶし丈の茶色い革靴で、聖堂の支給の靴とは違うから、先輩たちと見た目が違いすぎる。
渡された品のいい紫色のローブはなんとなく甘い花の香りがする。羽織って着心地を直していると、先輩が「よく似合うわ」と嬉しそうに褒めてくれた。こうして接していると悪い人ではないだけに、先輩が時々わからなくなる。
馬車を降りて、わたし達は出迎えに来た司祭たちの先導で礼拝堂へと入った。王都の大聖堂に比べると狭い敷地だし礼拝堂は小さ目だし寮も他の施設も小さめだけど、信者さんや修道女たちの粛々とした雰囲気や所属する騎士や兵士たちが守ってくれているという安堵感から穏やかな空気が漂っているし、何より、魔法や精霊の気配がした。
歓迎も兼ねた長めの礼拝の最中、ずっと有り難い教義を聞き流しながら考えていたのは、庭園管理員としてラボア様に早めに現状を報告しないといけないなっていう責任感からの情報の整理だった。コルやシューレさんとの1周目の未来の再現を回避して行動しているはずなのに、まさかコルと一緒に行動しているという現状についての言い訳とつい考えたくなってしまって滞りがちになるけど、一旦保留にすると決めて気持ちを切り替える。
ラボア様に報告するつもりで王都で出発の際の出来事やこのデリーラル公領についてから得た情報、コルや先輩についての詳細を振り返っていると、領主家の視点や老女神官様の視点、献金をしてもらっているという聖堂としての立場の弱さから、どうしても妙な義務感が湧いてくる。
自分の中にある記憶の影響で、コルには本当を話せない。毒を盛られて騙されたという実体験があるだけに、先輩を信頼しきれない。ほぼ初対面なレイヴンとは、悩みを打ち明けられるような関係じゃない。最終的に、同じ表面だけの会話をするのなら、まったく領主家とも聖堂とも関係のない立場の誰かの客観的なデリーラル公領の神事についての印象や評価を聞いてみたいと思ってしまった。
礼拝を終えると、コルはわたしを司祭たちに紹介してくれ、本来の任務の通りに「王都から慰問に来た」とこの小隊の旅の目的も伝えてくれた。
別れ際、コルはわたし達の顔を見回して頷いて、「僕たちは僕たちのままでいよう、」とだけ言った。
誰もが頷いたので、コルは満足そうにもう一度頷いて、「さ、行動を開始しよう」と手を叩いた。二手に分かれて、この街を出るための下準備を始めるのだ。
※ ※ ※
司祭たちの案内で応接室に向かうと、廊下にてわたしと先輩は別々の部屋に行くようにと告げられた。なんでも、効率よく治療を進めていきたいかららしかった。ブロスチでの簡易診察所を思い出して、確かにその方が多くの人を捌けるなと納得してしまって頷くわたしに対して、先輩は首を振って「一緒に行います」と言い張った。
人のよさそうな笑顔を浮かべている司教に「滞在される日が長引くのはお困りでしょう?」と探られてしまったのもあって何も言えなくなった先輩に、司祭が「では、決まりましたね?」と同意を求めてきた。仕方なく頷いた先輩についでにさらりと、「ビアトリーチェ様は魔力量が多いと伺っております。最大限皆様の御希望を叶えて差し上げてください。アメリア様は最低限で最大限の人数の消化をお願いします」と、細かい要求までされてしまった。
先輩へ目を向けると、笑顔で頷いている。本音の見えない笑顔を見て、適当にこなしていくつもりなんだろうなと見当をつけていると、先輩本人から「ビアちゃん、無理をしないでね」と声を掛けられてしまった。
わたし達のやり取りを司教や付き添っていた司祭たちも聞いていると判っていた。
ええ、わたしも無理はしません。心の中で答えて、会釈しておく。
廊下で別れて宛がわれた部屋に入ると、陽の光が中庭の木陰から漏れる大きな窓が正面に見えた。細く開けた窓の端に集まる白いカーテンが風に揺れている。壁際の低い棚には、いくつものガラスの工芸品が並んでいた。
広い応接室の板張りの床の中央の深い緑色の絨毯の上には、しっかりとした作りの大きな臙脂色のソファアがひとつしかない。フットレストもお揃いだ。薄黄色に輝く厚みのあるフカフカとしたクッションも添えてある。
白いカーテンが一瞬風に翻ってバシっと大きな音がして、太陽を背に黒い影が部屋中に広がった錯覚がした。
「こちらの部屋をお使いください。」
部屋に一緒に入ってきた司祭や司教たちは、得意そうにわたしを見た。
「これは…?」
ひとつしか無いソファアにわたしが座るとなると、患者となる人はどこに?という質問が思い浮かべかけて、ニヤニヤと笑うばかりの司祭や司祭たちの表情から答えを理解する。これは恐らく、わたしはずっと立ったままで、厚待遇な支援者様とやらがこのソファアに寛ぐ最中、ひたすら視線を合わせず分を弁えた振舞いをして治癒を繰り返しなさいという、暗黙の圧力なのだ。
表情を読もうと司祭たちの顔を見れば、言葉にしなくてもそれぐらい推測して動けという言外の圧をさらに感じてしまう。
「ここで、ですか?」
驚くわたしに、ニヤニヤと笑みを浮かべながらひとりの司祭が答えてくれる。
「この部屋で、慰問をお願いします。」
慰問じゃないよね、と言いたくなるのを我慢する。この部屋で期待されているのは、王都から来た治癒師に傅かれて献金額に応じた治癒の魔法を体験をして優越感を満たさせるという、金で見世物を買いに来た感覚でいる支援者への悪趣味な還元の会だ。招待されているのはこの地の豪商や権力者で、治癒師を対等ではなく一段下に扱おうとする人々である。
「わたしはどこに座るのですか?」
ここでも慰問だと騙され利用された怒りに震えそうになるけど、冷静な気持ちを作ってあえて聞いてみる。
「座る必要があるのですか?」
「どういう意味ですか?」
「この街に来る治癒師は、王国人か皇国人ばかりでしたので、公国人の治癒師は初めてなのですよ。」
ニヤニヤとする司祭が増える。
「ましては半妖の治癒師が椅子に座るなど…、」
「以前、半妖の王国人の治癒師が来たことがありましたな。」
馬鹿にしているはずの公国人の半妖の治癒師に大口の献金をした支援者の願いを叶えさせるのって矛盾した行動な気がするのは、わたしだけなのかなと首を傾げたくなる。そんなに大事な支援者様なら、丁重に扱う治癒師に面倒を見させたらいいんじゃないかな。
「魔法を使うのに、椅子が必要なのですかな?」
もちろん、椅子に座らないと魔法が使えないなんて決まりはない。
結構ですと辞退させたいのだろうなと思うけど、どうしてそこまで遜らなくてはいけないのか理解できなかったので、抗ってみることにする。
「ええ。わたしは人間ですから。」
半妖の治癒師だからといって都合のいい奴隷ではないと思っているし、治癒の魔法の対価を得るなら金銭だとも思っている。冒険者として金銭を稼ぐなら、魔物を退治して魔石を稼ぐか、魔法という能力を切り売りして魔力のない人間相手に金銭を稼ぐのが常識なのもある。
「他に椅子がないなら、わたしがこの椅子に座ります。治癒を希望されている方の椅子を用意してください。」
不快そうに困ったような顔をして顔を見合わせた司祭たちを見て、ふと、先輩も同じような待遇なのかなという疑問が浮かぶ。
もしかして竜信仰のあるこの街だと、聖堂の関係者だとしても半妖や半半妖といった精霊の血の混じる者はすべて冷遇されたりしているのかな。
睨んだままで撤回しないわたしを見て、司祭たちからは舌打ちまでする音が聞こえた。
「わかりました、ビアトリーチェ様の椅子をご用意します。」
痺れを切らし単身部屋を出た司祭が、慌ただしく音を立てながら出て行き、ごとごとと大きな音を響かせながら木製の飾り気のない椅子を持って慌てて戻ってきた。
「こちらをお使いください。」
わたしの前に置かれた椅子の表面は塗装が剥げ、ささくれ立っていて、椅子というより薪へと姿を変える前の廃材にしか見えない。
ニヤニヤする司教たちの態度を見ていると、明らかに隊長格であるコルがいなくなったからわたしへの待遇を変えたのだと想像がついた。加護があったって、この街では半妖である限り生粋の王国人と対等には扱ってもらえないようだ。
「さ、お望みは揃いましたかな?」
大きな音に入り口を塞ぐように別の場所から集まってきた野次馬根性な司祭たちが立っているので、部屋の外には出られない。
立ったままか、絨毯の上に跪いて患者と向き合うか、座ると崩れるか怪我をしそうな椅子に座るよう強要されるって状況に、どれを選んでも対等じゃないんだって念押しされた気がして気が重くなる。思い出されるのは水見の館での味気ない朝食だ。あれが基本なら、もしかしてこの街にいる限りどこに行ってもわたしは罰ゲームに参加中な状態なのかなと思いたくなってきた。
レイヴンが馬車の中で使っていた魔法を思い出す。
椅子の表面を撫でて、木の『再生』と細胞の『修復』と活性化も兼ねた水の『複製』の魔法を繰り返し、『強化』もかけてみる。仕上げに表面を火の魔法で軽く焼くと無駄なささくれが整ってみるみる艶やかに変わり、大きさも一回りほど大きくなる。
理想的に、丈夫かつしっかりとした椅子へと姿が変わった。
持って振り回したらソファアぐらいなら破壊できそうな程に頑丈に変わった仕上がりを見て、これならいいかなと妥協して魔法を掛ける手を止める。
オオオオ…、と感嘆する司祭たちの声を無視して、わたしはひとつしかないソファアからクッションを持ってきて、自分が再生し直した木製の椅子に備え付けた。治癒師は治癒の魔法しか使えないと思い込んでいるのなら間違っている。魔力量に応じて制限していたり、使う魔法を限定しているだけだ。分化したり属性がひとつに定まったりして上限が出来てしまっても、古の悪い魔性を父親に持つ半妖なわたしの魔力量は人並よりある。
少し腹が立っていたのもあって、自作の椅子に座る前にはっきりと伝える。
「先輩の部屋も、椅子がないのですか? ないのなら、今すぐ用意してください。わたし以上に待遇が悪いのなら、今すぐこの部屋を出て椅子を修復しに行きます。」
忌々しそうな表情を浮かべてわたしを睨む司祭たちの顔を見ていると、先輩の部屋も同じなのだろうなとわかってきた。わたし達は同じ聖堂の仲間なはずなのに、待遇が悪すぎる。
「はあ、」
溜め息をひとつついて、覚悟を決める。自分で修復した椅子の背に手を置いて、わたしははっきりと思いを言葉に変える。
「そこをどいてください。この椅子を持って先輩の部屋に行きます。」
持ち上げようと握ると、慌てふためいて司祭たちが近寄ってきた。
「わかりました。見に行かせますので、落ち着いてください。」
「わたしは落ち着いています。さっきから部屋を出たり入ったりを繰り返しているあなた方の方が落ち着いていないのではありませんか、」
司教が慌てて部屋を出て行った後も沈黙する司祭たちは、わたしを睨むばかりで自分たちは何もしようとしない。
耳を澄ましていると、廊下からは、椅子を持って行き来しているような重そうな足音ばかりが響いている。
先輩の感謝の声がして、ほっとしたような表情の司教が部屋へと戻ってきた。
「椅子、なかったんですか? 持って行ったんですか?」
わたしの声は自分でも驚くほど低い声になっていた。
「部屋に椅子をお持ちしました。…普段なら応接用に使う上等の椅子です。」
良い意味で学習の効果があって、わたしとは待遇が違うらしい。
「これはいつもならどこで使われている椅子なのですか?」
手を置いたままの木製の椅子へと目を向ける。
尋ねながらも、悲しくなるくらいにわたしは人の扱いをされていないのだと悟る。
「…厨房です。」
沈黙の後、正直に告白した司教の声に落胆するような司祭たちを前にすると、この街での慰問の任務って必要だったのかなって思えてき始めた。
領主代行様や老女神官様たちが北の海の聖女のキーラを望んだから慰問の話は出たのだろうけど、慰問を王都の聖堂の治癒師に依頼したのはこの街の聖堂の司祭たちなのだから、キーラではない半妖の治癒師が来る可能性だって念頭にあったはずなのだ。
初めから利用するつもりで呼んだのなら、魔物に苦しめられた騎士や兵士などいなかったとも言えるけど、果たして本当にそうなのかどうかは言い切れない。本当に必要な人に治癒師として魔法を掛けたい、と悔しくなってくる。
「もういいですか? 我々はあなた様の願いを叶えました。いい加減に、慰問の任務を開始してください。」
司祭のひとりが吐き捨てるように言った。
「さあ、椅子に座って。」
一方的な命令ばかりだ。従わないわたしはわがままだという扱いの根拠って、半妖の治癒師ならどんな扱いを受けても従順だという成功体験でもあるのかなと興味が湧いてくる。
「前回、この街に治癒師が来たのはいつですか?」
「どうだっていいでしょう?」
わたしの質問には答えたくないようだ。
「今日の治癒の依頼は何人なんですか?」
話を変えてみる。
司祭のひとりが手にしていた帳簿をめくって数を数え始めた。
「20名ほどです。」
「もう魔法で魔力を使っちゃいましたから、治療の対象者を半分に減らしてください。」
何を言うんだ、とざわつかれたけど、気にしないでおく。
「できません。皆様は大切な支援者様です。」
どこの街の聖堂でも大金を献金してくれる上客な支援者には見返りとして職位の高い治癒師が派遣されていくのはおかしな話ではない。
だけど、この街に来た本当の理由とは、違ったはずだ。
「魔力がないと、できないですね。」
感覚として椅子へ使った魔力量なんて大したことはない。
群青色の石のイヤリングにも魔力は溜めてある。
だけど、このまま従うつもりはない。
「魔力の回復がしたいです。魔石か、この近くに聖なる泉はありますか?」
司教たちは顔を見合わせた。ニヤニヤしていた司教たちは、すっかり青ざめた顔色に変わっている。
「当聖堂が保有する魔石への魔力の確保は十分ではありません。ですか、この近くに、月の女神さまの神殿があります。」
好機だ。
「北ですか? 南ですか?」
「通りの、南側です。」
矢継ぎ早に聞いて、速攻で決める。
「10名ほど治療をしたら、お昼休みに外出する許可を下さい。魔力の回復に行きます。」
「ですが、」
推測できるのは、そもそもの時間割にはわたしの自由時間などはなから組み込まれていないという事実だ。前回の王国人の半妖の治癒師が誰なのか知らないけど、かわいそうすぎる。どうしてそういう報告を王都の大聖堂に上げていないのかも気になる。
「魔力が十分ではないのに、魔法は使えません。近くの神殿に行くだけですから、もちろん外出許可証の発行は不要です。」
確実な自由を確保するためには多少のふっかけも必要だと、悪い魔性の子供であるわたしは信じている。
「できないのなら、魔力も十分ではないのに無理を強要されたと、隊長様にこの件を報告します。ありのままに、王都に戻ったら、他の者たちにこの聖堂での待遇を伝えます。できるだけ多くの治癒師に、この領の聖堂での任務を語ります。」
もしかすると、場合によっては食事の時間もないのかもしれないなと気が付く。ありえなくない話だ。
仕方ない。外に出るついでに街歩きを楽しめばいいのだと割り切る。
「もちろん先輩にも、十分に食事をする時間を確保してください。いいですね?」
不服そうな司祭や司教たちを前に、立ったまま、椅子には座らず返事を待った。
脅すつもりはないので黙って伺っていると、勝手に脅されたらしく、「よいご報告をお約束くださいね、」と項垂れた司祭が「そのようにします。ですから、任務を開始してください」としおらしく言った。
※ ※ ※
約束通りに10人目の支援者への治癒術が終わった頃、疲れた表情を作り眉間に皺を寄せつつ「早めに戻ります」と遅くなるつもりで言い訳してそそくさと宛がわれた応接室を出た。廊下で出会った司祭に、先輩はまだ任務中でもうじき昼食休憩となる予定だと教えてもらってほっとする。
そのままついてきて見送ると言い張った司祭からついでに「あなた様の希望が叶うよう最大限の譲歩をしたのだから、必ず戻ってきてくるように、」と嫌味のように念を押された。聞き流し曖昧に会釈をして聖堂の敷地から一歩出ると、わたしは自由となった。
一目散に通りを南に行ってすぐに見つけた月の女神さまの神殿へと入って行き、神官を見つけて声を掛け、聖なる泉があると教えられた中庭へと出た。白く輝く花崗岩のタイルの敷き詰められた中庭の中央にある白い噴水池の周辺にはすでに何人かの冒険者がいたので、もしかしてわたしはツイているのかもしれないと思えてきた。
白い噴水池の中央から吹きあがる水飛沫はとても高く上がっていて、近くに寄って見上げているだけで全身に霧状の聖水が降ってきた。
池の中心近くまでは、飛び石を飛んでいけるようだ。並んで順番を待って、わたしも聖なる泉の噴水を浴びる。
前にいた剣士が両手を高く掲げていたのを真似してみると、想像していた以上に清々しくて、胸いっぱいに清い水の香りが広がった。
噴き上がる聖なる水の煌めきの向こうに、白く輝く太陽が見えた。
ラーシュ様、わたしは大丈夫です。
なんとなく胸を張りたくなって、なんとなく、見栄も張ってみる。
十分に魔力が回復したのを感じながら噴水から離れたわたしに、「アハハ、アンタ、面白いな、」と声を掛けてきた者たちがいた。
恰好からして、剣士、武闘家、魔法使い、魔法使いという構成な小隊だ。
「話さないか?」と誘われたので、「少しだけなら」と答えてみる。この構成なら治癒師を探しているのだろうなと推測できたので、彼らはわたしに対して好印象を残そうとして嘘や使えない情報を渡してこないだろうと踏んだのだ。
中庭の隅のホタルブクロの花壇の前のベンチまで行くと、彼らは立ち止まり、まず「ひとりかい?」と剣士が尋ねてきた。
「そうよ、」と答えると、ほっとした表情になるものもいれば、残念そうな表情になった者もいた。
「その格好、聖堂か?」
武闘家はわたしの全体と格好を見て値踏みしているようだ。
「でもその指輪、冒険者の鉅の指輪だよね?」
一番背が低くて一番年が若そうな魔法使いは成人したばかりの女の子に見えた。
「そう、あなた達と同じ冒険者。事情があって聖堂に所属していて、つい昨日この街へ来たばかりなの、」
「魔法使い?」
「癒しの手あがりの治癒師。」
嘘ではない。
「わあ! こんな土地に来るなら、慰問の任務かな、大変だね。」
明るい笑顔の魔法使いは、とても人懐っこい印象だ。
「うん。今お昼休みで休憩時間なの。」
明るく言われると気安くて、わたしもつられて笑顔になる。
「そうか、俺たちはここを発つんだ。次の街へ行く予定だ。」
「何しろここはあまりいい土地じゃなかったからさ。」
「一緒に行くのなら歓迎するよ。」
「この街を離れる前に魔力の回復に寄ったの、収穫だったね。」
「治癒師は大歓迎だ。絶対に大事にするからさ。」
「ありがとう。わたし、迎えを待っているの。」
迎えなど永遠に来ない。だけど一番無難な回答だ。
「残念だな。そっか、そいつが来なかったら、俺たちも候補に入れてくれ。」
「いつでも歓迎する。」
悪い人たちではなさそうなので、手を差し出してくるので握手をして仮の約束をしておく。
「ね、教えて欲しいの、この街がよくなかったのはどうして?」
「ここを発ちたい理由は私達かな。私ら、魔法使いなんだよね。」
魔法使いの男女のふたりが苦笑いをした。
「魔法使うあなたはこれから感じるんだろうけど、この街、魔力が上手く回復しないんだ。気を付けなよ?」
「うまく言えないけど、直感として早くここを離れた方がいいっていう胸騒ぎばかりするんだ。」
「魔力を持つ者にしかわからない感覚みたいだから、俺たち、わかんないんだ。」
武闘家が笑うと、剣士も頷く。
「魔法を使わない者には何の変化もないからさ、俺らは従うだけなんだよ。」
「他に変な違和感とかあったりした?」
「そうだな…、この領に来て山奥の遺跡って場所に行ってみたよ。竜のウロコや爪が落ちていたら売れるからさ。」
「何もなかったね。魔物もあんまりいなかったね。」
「竜の気配はなかったけど、変な魔法の気配はあったよ?」
「変な魔法?」
「竜を封じる結界じゃなかった。魔物でもないなあ…、精霊にしては、変な気配…?」
「あれ、きっと、古代の遺跡に関係しているんじゃないの?」
冒険者たちはヒッヒッヒと楽しそうに笑いあっている。
わたしは期待していたのとは違う情報な気がして、少しだけ当てが外れた気分がしていた。
「ありがとう。行けたら見に行ってみるね。」
「気を付けなよ? 野宿するには向かない土地だよ。魔力が回復しないんだからさ。」
「わかった。気を付ける。」
手を振って去ろうとしているわたしに、もう一度握手を要求してきた冒険者たちは、手を握りしめながら、励ましてくれたりもする。
「くれぐれも気を付けてね?」
「あなたたちも。よい未来となるよう祈っているわ。」
手を握りながら情報の対価として彼らのそれぞれに治癒の魔法を掛けてあげると、「やっぱり一緒に行かない?」と誘われてしまった。
「ありがとう。またね?」
もう一度聖なる泉を浴びに行って、わたしは月の女神さまの神殿を後にした。
聖堂へまっすぐには戻らない。
もう少し時間はあるはずだ。
ありがとうございました。
良いお年を。




