38、番外編 ブレットの物語 夜は流れる 13
ナマズの入った帽子を抱えて、僕はひと気のない道を選んで市場のある西を目指して歩いた。ここいら周辺は問屋街でもありどこかの領の公邸があったりもする。塀は立派だし道もきちんと舗装されているので環境としては上々で、僕の暮らす市場の近くの街並みよりも清潔だ。
ポタールさんやエイミーさんに親切にしてもらったのもあって僕は心が温かくて、多少腕に抱えたキャスケット帽の中のナマズが位置を変えようと暴れても我慢できてしまうのだ。
僕たちを揶揄うように付きまとう精霊たちがあまりにもしつこく空を指さして踊るので、大通りを渡る際、家屋の邪魔が無くなったのもあって、南の空を見上げた。
限りなく細い月があるはずの広く深い夜空には、無数の星とともに、いくつもの星が流れていた。白い尾を描いた星が、地面に向かって降っている。
「なんだあれ、」
流れ星は見た経験は何度かあるけど、一度にこんなに多くの星が流れる夜は知らない。
思わず呟いた僕の声を真似て、身を乗り出したナマズが「ナンダアレ、」と言った。
<お前にも見えているのか、>
女神の言葉で問いかけると、カカは<キレイ、ホシイ、デモ、コワイ>と答えてくれた。
<怖いのはどうしてなんだい?>
意外だなと思ったのもあって尋ねてみた。無謀で無敵なカカじゃないのか。
<ヨルノホシ、キレイ。ヨルノナガレボシ、テキ。>
<ああ…、どっちかわからないから、怖いのか。>
夜に襲撃してくる者の眼が光るのは星に見えなくもない。
カカは湖を守る精霊だったと理解する。意外にも昼も夜も関係なく守っているのだってわかって、信頼できる奴だから水の精霊王様がカカを選んだんだって思えてきた。たまたまそこにいた精霊だったからじゃなかったようだ。
<カカはえらいな。>
市場の裏通りに暮らすヴィオティコ爺さんなら、物知りだからこんなに星の降る夜の理由を知っていそうだ。もしかすると既に知っていてジンガを呼んで観測会中かもしれない。
行ってみようかなと思いついて、途端に僕は諦める。ナマズの存在を説明しにくい。花鳥公園の付近の住民にはお化けと噂されている大ナマズ人間のカカをナマズに変身させて連れてきたと言うだけでも後先考えていない行動だと呆れられる気がするのと、カカをどうやってあの山の湖まで連れていくのかという問題も残っている。
僕が父ちゃんと暮らしていたのはマスリナ子爵家の領地ではなくかなりの山奥なので、リバーラリー商会の用事としてあの山へ行くには行商人として仕事で行くか休みの日に旅行として行くかしかないのだけれど、支店を任される仕事が性に合っているので手放したいと思っていないし、僕の休日は王都にいる限り基本的にあってないようなものなので王都から出ようという発想も今のところない。
カカ自身が自分で戻ってくれると一番問題がない気がする。
王都から川がつながっていると楽なんだけどなと考えてみて、王都へつながる川ってあったりするのか?と新たな疑問が芽生えてしまう。
そういう地理的な質問も、ヴィオティコ爺さんなら詳しそうだ。早めに会いに行った方がよさそうな気がしてきた。
<カカ、お前、どうやって王都へ来たんだよ。>
<オレンジ、ブレット、オナカスイタ、>
<…。>
空腹が満たされないと会話をしないという意味なのか?
僕は自分の店へと戻ろうとして市場の方向へ行こうとしていたのを諦めて、夜のこんな時間でも営業している数少ない店のひとつである『キマ』へと足を向けた。
※ ※ ※
通りにはほんのりとした明かりと囁くような声しか漏れていない隠れ家な酒場の『キマ』の店の中へと入ると、かなり遅い時間でもいつも通りに行商人や商人たちで賑わっていて、炙った魚や肉の香ばしくもいい香りがし、僕はいつも通りに店の奥の部屋へと向かった。入り口にいた私兵であるガタイのいいウシカさんやウガさん、ヨシさんに挨拶をすると、会釈を返してくれる。
部屋の奥の壁際に座ってテーブルの上の何かを見ながらコップ酒をちびちびと飲んでいる白髪混じりの金髪の白い肌の痩せた男はヴァダさんで、淡い水色の瞳で僕を見つけるなり、こいこいと手招きをしてくれた。今日はどんな箱を肴に飲んでいるのだろう。
「こんばんわ。」
「ブレット、それは何だい?」
向かいに座るなり、ヴァダさんは僕が膝の上に置いたままの帽子の中身を顎でしゃくって差した。テーブルの上にあるのは、一昔前の流行の図案の彫り込まれた木製の小さな小箱で、大きさとしては印璽が収まる程度だ。
「精霊です。ヴァダさん、わかるんですか?」
「わかるさ。かなりの大物だろ?」
本人を前に大妖というにはいろいろ足りないのだと説明するのは酷な気がして、僕は曖昧に頷いておく。
帽子の中のナマズを見やると、僕を見上げて<オレンジ、ブレット>と催促してくる。確かにこの店はいい匂いばかりする。ここへ来るまで意識していなかったのに、僕までお腹がグーグー鳴っていたりする。お前と同じか。
もしかしたら僕とカカの思考傾向は似ているのかと思ったりもするけど、ここは食事をする場所なので当然と言えば当然だ。
「腹減っているだろ、なんか食って行け、」
「そうですね。僕、がっつり食べてもいいですか? この子については…、話が長くなりそうです。」
「いいねえ、そういうのを待っていたんだよ。」
ヴァダさんの今日の肴はあまり物語を秘めていないようだ。
「で、こんな時間までそんなものを捕まえに行っていたのかい?」
ニヤニヤと笑ってヴァダさんは手招きして店員を呼んでくれた。僕は焼いた肉やらパン、サラダや水などを頼んだついでに、オレンジか何か果物をくれないかと頼んでみた。
「珍しいな、今日はいつも以上に食べるんだな、」
「ええ、このナマズにも食べさせようと思っているんです。」
「ほう、精霊も食べるのか、」
きらりと光った目を細めて、ヴァダさんは「それで?」と促してくる。
「最近、猫を探してあちこちへ行っているんだろう? あの夜以来ここへ寄ったりもしないから、お前さんの本業の仕事に関係があるんだろうなって思っていたけど、そいつは違うだろう? 話を聞かせてくれないか。」
黒い猫を探している理由を誤魔化せてもカカに関しては妙案が思い浮かばなくて、僕は仕方なくヴァダさんに白状しようと決めた。花鳥公園からついてきていること、どうやら棲み処と本人が言う僕が知っている南方の湖へ王都から戻れなくなっているようだと伝えてみる。カカという名前は伝えてはいないけど、どういう役割を水の精霊王様から頂いているのかだけは伝えておく。
「そうかい、王国の南の山奥に暮らす湖の主かい、」
ヴァダさんが何度も顎を擦り擦りして言葉を探している間に、店員が僕の注文分の食事を運んできてくれた。旨そうな匂いについお腹が鳴った僕に、店員はにっこりと笑って「ごゆっくり」と言って去っていった。なんだか負けた気がする。
お皿のひとつは綺麗に皮を剥かれ食べやすいよう小分けに切られたいくつかの柑橘類とパラパラと添えられた種実類の盛り合わせで、僕は早速オレンジっぽい柑橘を摘まんで帽子の中から顔をのぞかせているナマズの口に運んでみた。カカはアーんと大きな口を開いて一瞬にして呑み込んでしまうので、僕は「ゆっくりな」と声を掛けて次の柑橘を口に入れてやった。言葉は通じているみたいで、カカは僕を上目遣いに見ておとなしくもぐもぐと口を動かしている。
「都合よく精霊を捕まえてきたんだな。感心だ。ブレット、そのナマズを、いっそこのまま寄せ木細工の箱の中身にできないかい?」
「え? いやあ、無理じゃないですか? ナマズは『雨を呼ぶもの』ではない気がします。」
僕はナイフとフォークを手に取り、食事をし始める。分厚い肉にナイフを入れ一口大に切り口に運ぶと、舌の上で蕩けるような甘みと程よい塩気に思わず微笑んでしまう。
「あいつが持ち去った『雨を呼ぶもの』はあの日、王都に雨を降らせただろう? 何も入っていない箱を奉納したのはいいが…、中身がないのはとても気になるんだ。水の精霊王様を騙すような気がしてならない。」
ヴァダさんの集めているのは箱だ。中身がない状態は性に合わないから何でもいいから箱に戻したいと思ってしまうのも無理もないと思う。
「同じものじゃないとダメなんじゃないですか? ヴァダさんは、サー・パンタインに箱の中身の精霊を返してくれって文句でも言いに行くつもりなんですか?」
僕としてはヴァダさんは口で言うだけで絶対にそんなことをしないだろうなと思いながらあえて尋ねてみた。
「空になってしまったあの寄せ木細工の箱はそのままでいいと思います。」
肉も野菜も早口にモグモグと頬張りながら、オレンジをカカに時々食べさせる。
「そうなんだがなあ、神様に失礼だろ?」
「サー・パンタインはいつか王都に戻ってくるのなら、いつか、精霊を連れて戻ってくるのではないですか?」
「それまで待つというのか?」
「ヴァダさんも僕も、箱の中にいたという精霊を見たことがないんですから、同じものを捕まえてこれないです。サー・パンタインが飽きてしまったら、ヴァダさんに面会を希望して、戻しに来てくれるんじゃないんですか?」
「どうしてそう思うんだい、ブレット、」
「実際に雨が降った勢いを僕は知らないので推測なんですが、『雨を呼ぶもの』が呼んだ雨はすごい土砂降りだったんですよね? そんな大雨を降らせるような精霊に報復をさせ続けるのだとしたら、晴れた日が恋しくなるのではないですか? そのうち雨が降る場所にサー・パンタインがいるって知れ渡るでしょうし、隠れるには不都合でしょう。」
「それもそうか?」
「魔力がなくて精霊が見えなくても、どこからでも雨は判るでしょうし。」
僕としては閉じ込めてしまうのはかわいそうという同情があったのと、ナマズができるのは『地鳴り』や『山揺れ』といった地属性の魔法ばかりな気がしていた。雨は呼べなさそうな気がする。
カカにオレンジをあげながら<お前は何が得意なんだい?>と聞いてみる。<オレンジ、ウマい>としか言わないカカは実力をとぼけたのだとしても、やっぱり話が通じなくて面倒だと思う。
「そうだがなあ…、サー・パンタインは、無事にと言ったらおかしいが、潜伏先へ免れたようだよ。いまのところ雨は追いかけていないようだ。街道の移動中、どこでも疑われずに突破している。」
「追跡したのですか?」
「教えてくれる者がいるだけだよ?」
ヴァダさんはテーブルの上にあった木製の箱をテーブルの端に寄せた。
「ブレット、その子をここへ置けないか?」
「危ないですよ?」
カカは精霊なので、人間とは違う価値基準で生きていたりする。僕たちはたいした魔法を使えるわけではないので、あまり刺激しない方がいい気がする。
「オレンジを私も与えてみたいのだ。」
「指、喰われないようにしてくださいよ?」
「わかっている。」
あまりかわいいとは思えないカカにどうしてそんなにエイミーさんもヴァダさんも興味を持ってしまうのか不思議だと思ったりもするけど、僕も「このナマズは精霊」と言われて見せられたら本当かどうかを確かめたくなり興味を持つかもしれないと思ってしまった。
食事をしながら観察していると、ヴァダさんとカカはしばらくの間にらめっこをしていた。ニヤニヤと笑って先に目を逸らしたヴァダさんは、「お前の勝ちだ」と言って柑橘を二つも一度にカカの口に入れてしまった。
僕からは後頭部しか見えないカカは満足しているみたいで、顔を見ているとヴァダさんは「そうかそうか」と言ってデレデレとした表情になった。しっかりと心を掴まれているようだ。
「ところで、ブレットは花鳥公園に猫を探しに行ったのかい? 黒い猫は見つかったかい?」
「見つかっていないですよ。僕はすれ違うばかりで、目撃情報とか餌場の話ばかりを追いかけているようですね。」
「私の知り合いたちにも声を掛けてみたが…、市場の周辺でよく見かけているようだね。時間帯も考えると、薬草園の付近、時の女神様の神殿付近、地の精霊王様の神殿付近、地竜王様の神殿付近を特によくぐるぐると回っているようにしか思えなかったな。」
「ヴァダさん、ありがとうございます。」
知り合いっておそらく、ヴァダさんの貸した物件の店子たちだ。家主に逆らう理由がないので、嘘ではない情報だと思えた。
「学術院の辺りからこっちへ向かって縄張りがあると考えるのか、黒い猫の兄弟がそれぞれの場所で縄張りを持っているのかと考えるかで、まるで違う答えになりそうです。」
「普通の猫の活動範囲が王都全域とは考えられないものな。何匹かいて、それぞれが何代かにわたって自分の縄張りを守っていると考えるのが妥当だろうなあ。」
ブルービ様の言葉を思い出す。
『鮮やかな黄茶色の瞳を持った真っ黒な猫だ。魔法が使えるから山猫にも見える時がある。ひと目見たら魔力を感じるだろう、』
ヴァダさんには、どういう猫を探してほしいのかを僕は直接伝えていない。ヴァダさんは僕が依頼した市場の誰かから又聞きしただけの情報で探してくれている。
「…精霊かもしれないので、王都全域が縄張りってのはあり得るかもしれないですね。見守る人間が何代にもわたって同じ黒い猫を見ているのかもしれないです。」
「ブレット、探しているのは精霊なのかい、」
「ちょっと詳しくはわからないのです。魔力を持っていて魔法が使えるから山猫にも見える黒い猫っていう猫を探しています。」
オレンジをカカにあげようとしていた手を止めて、ヴァダさんはふうと溜め息をひとつついた。
「それなら、人が化けた黒い猫である可能性もあるわけだ。ブレット、これは厄介な探し物なようだね。」
「人間が魔法で、黒い猫に化けるんですか?」
僕はびっくりして口の中に入れていた肉を丸のみしてしまっていた。変化の魔法という言葉が閃いて、そんなものができる人間がいたんだって驚いた。精霊と同じ程度に魔力も魔法も使えるんだ!
「そうだな、王都にも時々公国からものすごい魔法を使う魔法使いがやってくるよ。エドガー師と言ったか? 先の大戦以前には何度か王都に遊びに来ていた魔法使いがいたが、まだ生きていたはずだ。」
聞きなれない名前が出てきた。
「誰ですか、それ。」
一応仕事柄公国人と取引をする場合もあるのである程度世間話ができる程度には情報を仕入れておくのだけれど、先の大戦に関しては詳しくは知らない。母ちゃんが巻き込まれた、という程度の嫌な思い出しかなかったりする。
「夕凪の隠者といって、有名な風水師だったはずだ。王族から依頼されて王都に招待されてやって来て、散々あちこちを歩き回って何かを探していたようだよ。この付近にも視察にも来ていた。私の持ち家は影響しなかったから興味はないけれど…、あの頃を覚えている者なら、誰か覚えているかもしれないね。」
僕が知っている古くからこの街に暮らす住民の中で先の大戦以前のことを詳細に覚えていそうな者は、ヴィオティコ爺さんくらいだ。ただ、竜のヒト型であるヴィオティコ爺さんが有名な公国の魔法使いに興味を持っているのかどうかまでは自信がない。
「王国人でそこまで魔法を使える者が王都に滞在しているという噂を聞いたことはないけれど、聖堂にいる公国人なら容易くやってのけそうだ。聖堂に伝手があるのなら、聖堂に一度探りを入れてみてもいいのではないかな?」
ルビオさんたちが任務で潜入中なので、邪魔をしたくないなと反射的に思ってしまった。
「聖堂には関わるのを躊躇ってしまいますね。それに一応あの付近では直接黒い猫の足取りを追えたんです。僕が追いかけた時、聖堂には向かわず、元霊廟のあった公園で姿が見えなくなりました。」
「妙なところに行くんだな。ここいらから元霊廟のあった公園までも相当な距離がある。そこから仮に学術院の付近まで移動しているのだとしたら、本当に王都の全域が縄張りと言ってもおかしくない距離だ。」
ヴァダさんはカカに柑橘をひとつ食べさせると、僕を見た。
「このナマズを捕まえた後、まっすぐにここまで戻ってきたのかい?」
「いえ、途中でご主人様の公邸へと寄ってきました。あちらでも、黒い猫の目撃情報を貰いましたよ?」
「ほほう、本当にあちこちに現れるんだな。」
「あの辺りだと、見かけるのはオルフェス侯爵様の御公邸の辺りなようですね。今度は昼間に探しに行ってみようと思っています。」
花鳥公園の付近は黒い猫の目撃情報がなくて、王都の騎士団の本舎の付近ではある。王都の騎士団の付近から斜め南東に移動した付近はオルフェス侯爵様の公邸なら、火の精霊王様の神殿から学術院までの間に、どこかで目撃されている場所がありそうな気がしてきた。
これまでの目撃されている場所は、神殿や薬草園に元霊廟のあった公園という『王族に関係する施設』だ。これが正しい発見だとすれば、王都の騎士団とオルフェス侯爵様の公邸はよくわからないけれど、南東の区画で残っている王族に関係する施設は迎賓館だ。
行く先々で餌を貰ったりしてかわいがってもらっているという地図を完成させれば、行動を知りたいと仰ったブルービ様に報告する時視覚的でわかりやすいと褒めて貰えそうな気がする。
「それなら、丁度いい。」
ヴァダさんは空中でくるりと柑橘を摘まむ手を回した後、楽しそうにカカへとあげている。
お皿に残っている柑橘は、残りわずかだ。僕はこの後すべきことを考え始めていたので、急いで食事をしてカカのペースを追いかける。
「この前の盗賊団ギルドの摘発のあった家、今度買うことになりそうなんだ。見に行くついでがあるから、あの付近を調べてみようか?」
「え? 売りに出たんですか、あの商家、」
水の精霊王様の神殿からの帰り道に見た騎士団が活躍する様子を思い出して、そんなに日が経ったのかと一瞬戸惑ってしまった。
「早くないですか? 変なものが埋められていないかの調査が済んだと思えないですよ?」
「やってないだろうね。契約が成立したらやってもいいという程度の認識なんだろうなあ。何か出るつもりがあるんだと貸主の男は覚悟していると思うね。私にこの話を持ってきた時も、投獄中の盗賊団ギルドに貸していたという話はしなかったぐらいだから。私が知っていて購入するつもりだと勘違いしているのか、知らないだろうから指摘してくるまではしらばっくれてしまうつもりなのか、今は決めずに、こちらの様子見と決め込んでいるのだと思うね。」
「いいんですか? 変なものが出てくるかもしれませんよ?」
「その時はその時で更地にして遊ばせておくよ。あんな街中だから、どうとでも使い道はあるだろうから。私としては特に欲しいと思わなかったんだけどね、『貸し』を作るのも悪くないからねえ。」
ヴァダさんは何か思うところがあるような、含みがある笑みを浮かべた。
食事をし終えた僕は、今が引き際だと判断していた。
「ブレット、まだ食べれそうならお替りを作らせようか、」
「いえ、大丈夫です。」
言いながらも急いで布巾で口を拭った。
「明日、一緒に下見に行くかい? 私は馬車を出せるよ?」
乗合馬車じゃなくて貸し切り馬車なんだろうなって察しがつくし、ヴァダさんの潤沢な資金と人脈も魅力的だけど、僕は僕の力でブルービ様のお役に立ちたい。
「ありがとうございます。でも、大丈夫です。ちょっと考えていることがあって、明日は午後から証明しに行こうと考えているんです。うまく行ったらヴァダさんにもお話しできると思います。ヴァダさん、夜、ここへ話を伺いに来てもいいですか?」
大切な友達だからこそ、根拠のない捜索に付き合わせるのは申し訳ないと僕は思っていた。
「ああ。そうだね、それがいいね。」
一瞬寂しそうに瞳が曇った気がしたけど、ヴァダさんは立ち上がる僕に見せるように何度か頷いてくれた。
「僕は、これからこのナマズを棲み処に返す方法も調べないといけないです。明日の仕事もあります。一旦帰ります。」
お代を置くと、キャスケット帽を抱えて頭を下げる。
「また来ます。情報、ありがとうございます。」
「なんの。ただの噂話だよ、ブレット。」
そう言って「またな」と言ったヴァダさんに僕は「おやすみなさい」と告げて席を立った。
帰り道、抱えた腕にあるキャスケット帽の中のカカが<ヴァダサン、オレンジクレル、イイヤツ、ブレット、ナカヨクスル>と言ったので、変な言葉だけ覚えるんだよなーと妙に感心してしまった。
ありがとうございました




