17、選ばれて、王都に来た
なんとなくだけど、わたしに向けられる視線が張り詰めたものになった気がした。
どうかしたんですかって尋ねかけて止める。説明はまだ続くらしい。
「来訪帳には記載しない訪問の扱いをしますが、その代わり、持ち物はこちらで預かる決まりになっています。」
『従者の縁者との面会』の扱いとなれば、そもそも薬草園こと離宮の従者は雇用された時点で丹念に身辺が調べられているので、従者が認める縁者なら準じて潔白であるから身元の照合は不要と言われているようなものだな、と感じる。貴重品も含めた荷物を門番に預けることで縁者当人にとっては質の扱いになるので行動に縛りができ、何らかの突発的な事態があったとしても従者の面目を理解して縁者自身の立場として従ってくれるであろうという、従者と縁者双方への信頼があるのだと思える。
一日ほどを立ち寄っただけのわたしがまともに高評価を得られるとは思えなかったので、すべてはデリーラル公爵家のご令息様である騎士様のおかげかな、なんて思ってしまった。
「荷物そのものが貴重品だと主張されても、規則上持ち込みいただけません。よろしいですか?」
わたしのカバンの中には聖堂に持ち帰らなくてはいけない外出届という足取りを写し取る地図が入っているので、ほっとする気持ちが半分と、こっそりとシャルーの万年青の幼い株を持ち込むつもりでいたので、難題が新たに発生した感覚が半分ある。
「仮にですが、わたしが訪問記録に残せる身分なら、こういった荷物も持ち込めるのですね?」
手探りで、踏めるギリギリの境界線を見つけ出すしかなさそうだ。
「手続きさえしっかりしていただけるのなら、正式な訪問者ですからそうなります。」
騎士は、『当たり前だ』とでも言いたそうな表情になった。
狼頭男を追いかけて正門から入ったあの夜のわたしの行動を振り返ってみると、治癒師という職位に加えて、冒険者として鉅の指輪があれば問題ないのだと過信して堂々と訪問記録を残して門を通過していた。おかげで公国へ身元の問い合わせがされてしまい、結果として引き受ける者が来るまで出られなくなってしまっていた。
「どうされますか?」
もし、捨てたつもりで服を貸したので律儀に返却しようとする者の訪問を喜んでいないのだとしたら、執事に回収させて門に入れずに終わると思えた。
実際は、事実を捻じ曲げて身内扱いにし、執事をよこしてまでして予約のない訪問者であるわたしの入場を許可してくれている。どちらかというと、歓迎されている待遇だ。
結果としてわたしの訪問が精霊の暴走や盗賊や魔物の襲撃のきっかけになってしまった気がしなくもないので、こうやって認めてもらうことで、離宮にとってわたしという存在は災厄の種ではないと言ってもらえたようで嬉しい。
迷う気持ちを掬い取るみたいな、気遣う眼差しの騎士様と目が合った。
「これは以前からあった制度だから、従った方がいい。」
以前この場の警備に当たっていた経験者として、狼頭男や盗賊団ギルドの襲撃があったり門番の一人内通者だったりと、尋常ではない状態の改善策としてできた制度ではない、と言いたいのだ。
ヒパルコスの乙女が持ち込まれたのは面会を事前に申請し正式な手順で持ち込まれたのだと、改めて思う。中身の確認をされないという利点の方が、身元を洗われるという不都合に勝ったのだ。
わたしが持ち込むのは単なる借り物の服なのに、事前に約束を取り付けずに訪問したというだけで警戒されるのだから、おかしなものだ。
事前に申請しさえすればなんだって持ち込めるという制度なんて、防犯の意味があるのかなって皮肉りたくなる。
つい冷ややかな表情になってしまっていたのを隠すように、感情を隠して視線を伏せる。
四の五の言わずにやれることを試してみよう。肩掛け鞄の中から万年青の幼い株を包んだハンカチを取り出して、服の包みの上に乗せ、澄まし顔で肩掛け鞄を渡す。
「『従者の縁者との面会』の形式で十分です。よろしくお願いします。」
身体検査がないのなら、これで終わりなはずだ。
ハンカチに包んだものについて、追及があるなら答えるつもりがある。
顔を見合わせていた騎士や門番たちは、騎士様に視線を合わせた後、揃って眉間に皺を寄せた。
「それは、」
「お借りした薬草です。」
「先程までのお話に出てきませんでしたね?」
「はい。荷物を持ち込めると思っていたのでお伝えしませんでした。」
嘘はついていない。何も持ち込めないか、何かひとつでも可能かを試すなら、離宮に縁があるシャルーが確実だ。
「どんな薬草ですか、」
「…痛みを和らげます。」
含みを込めて告げ、視線を落とす。麻痺は、緩和だ。どんな薬草も適量ならば薬に、過量なら毒薬に変わる。
「そうですか…、」
首を傾げている騎士は、具体的に想像がつかないらしい。
「わたしは治癒師ですが、王国では医者として旅をしています。簡単な薬なら、癒しの手の経験がありますから調合できます。」
絶滅種であると言われるような万年青の変異株がなぜ離宮にあるのかという理由を、わたしなりに考えてみる。古くから王族の終の棲家とされていた場であるのなら、暮らしていた人々は若くはない。かといって、老いを口にできるような方ばかりでもなかっただろうから、薬に形を変えて本音を隠したのだ。
「…いくらお互いに治癒しあえる環境にあったとしても、加齢による痛みを口にされたくない場合もあるのではありませんか?」
はったりは、堂々と嘘を付いて真実に嘘を被せるから、真実味を増すのだ。
「薬草園に暮らす方々の生活には、我々には思いもよらない草が必要になるのだろうからなあ、」
「ただの医者ならともかく、冒険者ならありえる話だ。」
「見るからに真面目そうですからね。」
ようやく騎士達は勝手に情報を補足して納得してくれる。
「このお借りした服と一緒に、持ち込んでもいいのですか?」
一応どちらも理由がある。
コホンとひとつ、騎士が乾いた咳をした。
「大丈夫かどうかを確認をします。場合によってはお預かりすることになるかもしれませんが、よろしいですか?」
「どっちにしてもお預かりになったりはしますか?」
「その場合は、正式な手続きをお取りになってください。これが今できる精一杯ですから。」
借り物の服は布ものやから渡されたままの包まれた状態で持ってきているので、余計な手を加えていない。布ものやのララフさんが妙な仕掛けを仕込んでいたりするとは思えないから大丈夫だ。
約束もなしに来たのはわたしで間違いないので、これ以上抗うと面会自体が無くなりそうな気がする。
わたしが頷いたのを見届けて、騎士のひとりが門番小屋の中へと入っていった。確認するには道具がいるようだ。
シャルーはどこにいるのだろう。まさか、この幼い株に隠れていたりするのかな。
心の中で呟いて、わたしは視線を包みの上に置き変化を待って、おとなしく待つことにする。
正々堂々と荷物の検査をするのなら魔法を使ってこの場で空中に広げてしまうのが手っ取り早いけど、とっても乱暴なやり方でもある。先代の国王妃様の御機嫌を損ねてしまわないよう、中身を公開せずに検査する方法が採用されているはずだ。
ここは王国なので、魔法を用いないで検査をするとなると時間がかかる方法しかないのかなと思えてきた。
道具に頼るとするとしても、取りに行けて門番小屋で保管が出来そうな程度の大きさに納める必要がある。
公国ならともかく王国で名の通った魔術工房は聞かないので、何が出てくるのかを実は期待しているのは内緒だ。
期待しながら注目していると、慌てふためきながら、門番小屋の奥から騎士が割と大きな箱を両手で挟むように抱えて戻ってきた。大きさとして、大人の男性が腕を広げて持ち抱えると胴体が隠れてしまうほどなのだから、相当に大きくて深い箱だ。
箱の上には、甲に色とりどりに輝くいくつもの輝石が煌めく皮の手袋が乗っている。
上部に継ぎ目の見えない箱は、よく見ると底に指が中へと入ってしまっているので、底は封をされておらず、抜けているようだ。
騎士は箱を門番に持たせると、上に乗せてあった手袋を掴んで嵌め、逆さにして何も入っていない箱を逆さにして改めて門番に持たせた。
わたしに向けられた箱の内側は、漆黒の闇が広がっている。角も底も見えない程に、真っ黒だ。
「この中にその手にある包みのすべてを入れてください。」
言われるままにそっと箱の中に包みを置くのは躊躇われた。本当は底が見えない黒い空間はどこかへつながる異次元で、荷物が吸い込まれてしまったらどうしようって、つい、思ってしまった。
「決してあなたを惑わすような仕組みではありませんから、安心して委ねてください。」
騎士様がたまりかねた様子で口を挟んできた。
「魔道具、ですか?」
確認するように尋ねると、騎士は「そうです」と答えてくれた。
包みをそっと入れ、手を箱の中から抜こうとした時、「手は後ろで隠しておいてください」と命令までされてしまう。
わたしが背で腕を絡めたのを確認すると、騎士が箱の上へと手を伸ばしてくる。
その手袋で箱の中にある包みを触るのって聞いてみたくなる。
輝石だって石なのだ。布を割いて確認するって意味じゃありませんように。
借り物の服の包みの上に手を翳した皮の手袋の手は、きらめきを消して色を消していた。色とりどりに輝いていた輝石はすべて水晶の透明さばかりに変わる。
どうして箱の中に入れる必要があるのか、どういう仕組みなのか、解説を詳しく聞いてみたいのを我慢する。
やがて表面に浮かび上がるのは、点画のような、青々とした草と、借り物の菫色のワンピースを思わせる布の塊だ。
水面に映る水上の映像が揺らめくように、光に波打って煌めく。
もしかして、中身が透けて映し出されているの…?
詳しく仕組みなのか知りたい。もっと近くではっきりと見てみたい。
「結構です。確認は済みました。どうぞ、お進みください。」
確認役の騎士の声に、食い入るように見つめていたわたしは夢から覚めてしまったように集中が途切れてしまった。
顔を上げると、騎士や門番たちがニヤニヤとわたしの顔を見ていた。彼らは既にこの映像を体験していて、仕組みも、もしかすると彼らは説明を受け理解できているのかなって思えてしまった。
きっと、王国人の彼らにとって、日頃は高みの見物をしている魔法使いが無知を晒して驚くのが滑稽で面白いのだ。だから魔道具の仕組みの説明もないのですかと、聞いてみたくなる。
許可を貰えたのになんだかとても嬉しくない。あの不思議な仕組みの魔道具について関心を持たせない様に、詳細の説明を省いて急がせているようにしか思えない。
「それ、魔法なんですか?」
食い下がるように聞いてみる。
借り物の服の包みを返してもらったのもあって、もう取りあげられたりはしないのだと思うと、好奇心が抑えきれずに気軽に誰彼問わずに質問してしまっていた。
「魔法ではないですな。ひとの手が拵えた魔道具となります。王都ではここと王城で使用していて、なんでも『光彩手袋』と呼ぶようですから。」
「貴重な品なのですね。」
「これを使うのは一日に一度が限界ですね…、お嬢さん、今日はたまたま他に従者の縁者としての面会がなかっただけです。使えなければ後日に延期でした。ツイていましたね。」
目配せしあっているので、一度とは限らないのかもしれないなって気がついた。何かも本当のことを部外者に話す必要などないのだ。
騎士が手を振るごとに、皮の手袋の輝石に映し出される菫色は灰色になり霞んで霧のようにまばらになり、やがて空気に消え、元の、様々な色合いの輝石へと色彩は戻る。
人の作ったものだからと言っても理屈が説明できなくて、種も仕掛けも判らない手品みたいだなって思ってしまう。
冒険者の特権を行使して王城に行ってもあの手袋の凄さを実感しちゃったりするのかなって想像すると、それまでにどこまで情報を読み込めてどこから無反応なのかを知っておきたくなってくる。
色とりどりに色彩が戻った皮の手袋を、騎士は逆さの箱の上に置いた。触ってみたい。触らせてもらいたい。
箱の秘密も知りたくなって、つい視線が釘付けになる。
「気に入ったようですね。」
騎士様が「先の大戦で公国にて捕虜として捕まえた王国人の特色を持つ者の子孫が王都で暮らしている。これはかつての彼の作品なのだそうです、」と教えてくれた。
門番は片付けが終わったのを確認し、「無事に確認できましたと報告してきます」と大声で告げ、通用口へと姿を消した。
「魔法が使える王国人として育てるつもりで攫ったようですね。茶金髪で黄緑色の瞳の容姿をしていても魔法が使えるのなら、見かけで騙して出し抜けるから…、」
騎士様はさらに情報の追加をしてくれた。見送り待つ間の慰めだ。
「戦争は情報がすべてだからなあ。」
騎士達が感慨深く呟くと、騎士様も深く頷いた。
「詳しくはよくわからないが、その者はもともと鑑定士だったそうだ。捕虜となって暮らした時期に、薬剤師と知り合って錬金術師へなる道を固めたそうだから、少し変わった経歴の持ち主でもある。」
しかも意外と騎士様は情報通だ。
地属性の性質を持ち魔力量が多めの公国人ならできなくはない転職だ。
王都にいるのなら、会ってみたい。
王国人に紛れ込んだ公国人が王都に暮らしているとなると、探し出すのは精霊に頼るのが早そうだ。
魔道具が扱えるのなら、魔道具の修理を依頼する者だって知っているはずだ。販売しているのなら、他の魔道具の情報も扱っていてもおかしくはない。
古銭は反射ができた時点で、元の持ち主にとっては、魔道具のつもりがあるのだと思う。
どこかでそんな古銭の噂がなかったのかを、確かめに行ってみたい。
「王都にも、魔術工房があるってことですか?」
騎士たちは口を噤んだので、そこまでの情報は与えてくれるつもりがないのだと判る。
この場にいるのは、平民と、貴族の子息だ。平民には秘匿とされている情報でも、貴族なら、身分が許してしまう場合もある。
「騎士様は、その方を御存知なのですか、」
「ああ、一度だけ、お目にかかったことがあるから…、」
その人はかなりの高齢で、仲介役は父親であるデリーラル公爵だったり、依頼品が家絡みだったりするのかなって思ってしまった。
騎士の視線を受けて騎士様は気まずそうに顔を逸らした。しゃべりすぎた、と気が付いたみたいだ。
門番が戻ってきた。
「そろそろ安心して面会に向ってください。不審はなかったと、報告も済みました。」
漸く、という気持ちがしないでもなかった。公的な施設だとこれでも早い方だと思って自分を納得させてみるけど、だからと言って次回からは連絡をきちんとして面会の予約をしっかりとっておこうとは思わなかった。あまり離宮に来る用事を作りたくないと心のどこかで思っていたりするからだ。
「荷物は安心してください。決して誰にも触れさせないようにしますから。」
騎士は門番に正門を少し開けさせると、騎士様に「待っているつもりがあるのかい?」と尋ねていた。「もう行きます、」という言葉には、微塵もわたしを待とうという気配はなかった。
「ここでお別れですね。」
ここまで来るのに随分と時間をかかった気がしていて、その理由はこの人だと思うと、嫌味をつい言ってしまった。
「今日はここでお別れ、ですよね?」
あれ、わたしのことを覚えておいてくれるつもりがあるんだ?
案外友達って本気だったんだ!
目を見開いたわたしを見て、騎士様は「そうだ。また今度は、もっといい場所だといいですね、」と言い、ぎこちなく笑顔まで作ってくれた。彼なりに気を使ってくれているのだ。別れぐらいは愛想良くしようという気持ちがあるのなら、ちょっとばかり嬉しい。
「近いうちにまた会いましょう、」
いつかではなく告げると、騎士様は「ええ、そうしましょう」と言ってくれた。
人一人が擦り抜けるには細すぎるほどにだけ開けてある正門を身を押し込むようにして入ると、背中越しに門番の声が聞こえてきた。
「この奥でお暮しになっていらっしゃる方々の時間は、とても貴重です。時間を盗んだとお不快に思われないよう、滞在時間は短く。いいですね?」
「そのつもりです。」
長居をすれば、騎士様が先に行ってしまうのだ。離宮も追跡もどっちも大切な用事であると捉えているので、どっちもおざなりにはできない。短縮できるのは、どう考えたって移動時間だけなのだ。
門の向こうには、執事のリロイさんが待っていた。
「お久しぶりですね、」と小声で話しかけてきた表情には、わたしをしっかりと覚えてくれている確かさがあり、なにか話したそうな気配から、ゆっくり歩くという未来を選択しそうではある。
正門が閉まるのを待って、わたしは思い切って自分から「行きませんか、」と声を掛けてみた。
「早く皆さんにお会いしたいんです。時間がないんです。」
そう言うしか、急かせるうまい言葉が思い浮かばなかった。
ありがとうございました




