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5、悪い魔性の子供は困り顔

 身だしなみを整え花束を抱えなおすと、少しばかり気持ちが吹っ切れた。先ほどまでいた部屋は実は静かで室温が低かったのだと気が付けるほどに廊下は暖かく感じられた。没薬(ミルラ)の香りは消えていて、わかるのは外の、店先の話声や雑踏を行く人々の言葉とは聞き取れない雑音、他の部屋からの太陽光の明かり、花々の甘い香りや水っぽい匂いと、伝わってくるのは生きている活気ばかりだ。

 歩き進める度、一歩一歩と現実に戻ってくる感覚がする。あの部屋は、秘密を話すには最適な部屋なんだろうなって気が付く。室温が低いから対象者の体温の変化が察知しやすく、体臭も嗅ぎ分けやすい。従業員用の休憩室だって話だったけど、まるっきり、デレリクさんの尋問室だわ。


 用事は済んだので外へ出るために店の中へと足を踏み入れると、待ち構えていたようにカイエンさんとウスタシュさんが近付いてきた。

 店内にいたはずの他のお客さんたちの姿は消えて別のお客さんたちに変わっていたので、それなりに時間が経過していたんだって実感する。


「先ほどは失礼しました。」


 恥ずかしそうに話しかけてきたカイエンさんとウスタシュさんがさりげなくわたしの傍についてくれ、店の中を他のお客さんと接触しないように誘導してくれている。


「こちらこそ、何の連絡もなくいきなりお邪魔してすみませんでした。」

 指導員(メンター)と合流せずにやってくるとは、ふたりも想定していなかったのだと思う。花屋に来たらスタリオス卿の移動方法を教えてくれると言っていたのは、てっきりわたしが師匠と合流した後でのつもりでいたのなら、何も考えずにやってきたわたしの方が迷惑をかけてしまっている。


「その花束、店長ですか?」

 店長とは、きっとこの王都の花屋の主であるデレリクさんの通称だ。


「はい。目の前で仕上げてもらいました。」


「そうですか、」

 店を出る間際で、ふたりは足を止めた。


「どうかしましたか?」


「いえ、それが答えなんだと思います。ビア様、お元気で。」


 考えられるのは、デレリクさんと話をしてお土産に花を貰ったらもう庭園(グリーン)管理員(・キーパー)としてこの公国(ヴィエルテ)人との関係はおしまい、という合図でもあるのだという可能性だ。

 貰っていなかったら、一緒にこの店を出てついてきてくれるつもりでもあったのかなって思うと、わたしはどうすればよかったのかなって思えてきた。

 どうすれば味方として力になってくれたのかを聞いたら教えてくれたりするのですかって弱音を吐きたくなるけど、悔しいから言わない。

「行ってきます。皆さんもお気をつけて。」

 店の前の裏通りを行き来する人たちの通行を妨げない様に、長居はできない。


 お辞儀をして去ろうとしたわたしに、カイエンさんがそっと、「聖堂の信者として、協力者が従者として潜入しています。食堂の厨房にいるようですから、お会いになっているかもしれません」と教えてくれた。

 目を見開いて見つめ返すと、ウスタシュさんは何度か頷いて、「大丈夫です。いつだって、安心していいですよ、」と言って手を振って見送ってくれた。

 

 人の流れに乗って歩いて、布もの屋へと向かう。

 別れの言葉を何度も思い返しながら、道に迷わない様に看板を探す。

 見守っているから大丈夫です、いつだって、助けに行くから安心してくださいって意味なのだとしたら、とても頼もしい。師匠に頼れず、たった一人で潜入しているという現状で、わたしをわたしの事情込みで見守ってくれている人がいるのは嬉しい。

 王都の花屋の総意として、聖堂への今回の潜入の件は応援要請があっても救援の対象外なのだとしても、わたしを気にかけてくれている人がこの街にはいるのだ。


 ※ ※ ※


 沈みかけていた気持ちがだいぶ楽になってきていたのもあって機嫌よく店へ入ると、「やあやあ、これはこれは。お久しぶりね、」とわたしの顔を覚えていてくれた店員がまず声を掛けてくれた。

 奥から店主や他の店員たちも出てきて賑やかに出迎えてくれる。もう馴染みって言えるんじゃないかってくらい親し気に肩や腕を撫でたり触ったりして歓迎してくれたので、ちょっとベタベタしすぎじゃないかなって思ったりもするけど、愛想よく挨拶して貰っていた引換券をカバンの奥底から出して渡してみる。

「受け取りに来ました。よろしくお願いします。」

「もちろんだ、任せておくれ。代金は用意できたのかい?」

「はい、ここに、」

「偉いわ、よくもこんなに早く用意できたわね。」


 店員たちに驚かれるのも無理はない。本当なら、お給金の半分は飛んで行ってしまう金額なのだ。

 貰ったばかりのお詫びの銀貨を袋から出して指定された通りの金額で渡すと、残りはあまりないのだから泣けてくる。また稼げばいいんだって思ったりもするけど、聖堂にいる限りは自由は望めそうにない。


 店主は2度ほど数えて、「確かに本物の銀貨だ。お預かりしていた服をここへ、」と店員たちに指示を出す。

「ところで、その花は?」


 手にしていたデレリクさんに貰った華やかなガーベラとバラの花束(ブーケ)は、色とりどりの布ものを扱う店内でも負けじと劣らずとても華やかに鮮やかだ。

「ブレットに渡そうと思っているんです。いろいろとお世話になったのでお礼です。」


 あのブレットに花はもったいないわと店員たちが騒めくので、女装したブレットなら似合いますよと心の中で呟いておく。

「ほう、」

 驚いたように店主は目を丸くして、「だったら、ほら、」と色めきだっている店員のひとりに声を掛けた。

「今すぐこれで、いつもの菓子屋でブレットの好きな菓子を箱に詰めてもらっておくれ。いつものあれだよ、わかるね?」

「はい。」

 店主から銀貨を一枚渡されて、店員が店を出て行ってしまった。銀貨一枚もするお菓子って、花束よりも相当に高級品だ。


 いったいどういうことなんですかと尋ねようとした瞬間、奥から大きな包みを恭しく抱えて出てきた別の店員が何か話しかけようとしたのを、店主が首を振って黙らせた。

 状況から察するに、それってわたしの預けていた服だよねって思うけど、どうして誰もわたしに手渡そうとしないのか不思議だ。


 こういう場合って、早く下さいって催促していいのかな。

 急いでいるわけではないけど気になる。

 違うのかもしれないし、待つしかないのかな。


 結果的にはわたしも黙ってしまったので、なんとなく、気まずい空気が流れてしまう。

 

 店員たちが目配せを繰り返す中、コホンとひとつ、店主はわざとらしく咳をした。

「ところでお客さん、お腹は空いていないかい?」

「え…、」

 もうじきお昼時といえばお昼時だけれど、まだ本格的にしっかりと食事をするには早い時間だ。

「特に、まだ、大丈夫です。」

 お腹が減ってますと嘘を付く気もないので、曖昧に濁しておく。

「そうかい。な、これから、よかったら食事をしに行かないかい、コボルダに。」


 話のつながりがよくわからない。誰が誰とどこに昼食を食べに行くの?

「えっと?」

 わたしが、店主と、コボルダってところへ、昼食へ行くんですか?

 店員たちに助けを求めて視線を向けると、一斉に目を逸らされてしまった。

 得体が知れなさすぎる。

 だいたい、コボルダってどこだろう。

「あの、どこですか、それ。行くのに時間がかかりますか。」

 知らないところへ行くのは怖いのですと言う表情を作り、遠まわしにお断りの意思表示をしてみる。


「おや、お客さんがブレットに案内されて泊まった宿屋だよ。覚えていないかい?」


「あ…、」

 コボルダという名前だったとしても、一晩の宿としか意識していなかったから覚えがないとは言い難い。意識して忘れた、というのが正しいかもしれない。


「忘れちまったのかい?」


 そうです、とは言えない。別れ際に主人と女将さんとに捕まってした会話があまり印象の良くないのもあって、忘れてしまいたいから忘れようとしていた、というのが正直な感想だ。

皇国(セリオ・トゥエル)人のおじさんが御主人の、あの宿屋ですよね?」

 ちょっと人情味が溢れすぎている女将さんのいる宿屋だ。ブレットの紹介だったから親身に心配してくれたのだ、と思わなければ、整理しきれない感情がある。


「そこへ一緒に行ってくれないか、いや、お客さんを送り届けるだけにするから。」


 わたしよりもあなたたちの方が付き合いが長いでしょうから、昼食会に遠慮するならわたしですよね?

 何より、わたしが行く理由などないですよね?

 真顔でそう言ってしまいそうになったのをぐっと我慢して様子を伺ってみる。黙っていれば、わたしを納得させるためにもう少し情報をくれるはずなのだ。


「なあに、そんなに警戒することないよ。お客さんの昼食と預かりものとの面倒見てあげたいだけだよ。コボルダにはこっちから先に連絡しておくから、ブレットのところへ先に行ってから、昼を御馳走してもらいに行きなよ。」


 何が何でもコボルダへ行かせたいようだ。

 なんとしてでも行かなくていいように、抵抗してみたくなってくる。

「ブレットも誘っていいですか?」

 ふたりがかりで不快な話を聞かされながら食べる食事なんて、貴重な休日にしたい体験ではないのだ。


「ブレットは…、ブレットはいいよ。あの子はここんとこ休みを満足に取ってないって話だから、昼休憩くらい昼寝をさせてやっておくれよ。そうそう、ブレットはまた今度にしたらいいよ、」

 カッカッカと明るく笑って、店主はブレットの同席を拒否してしまった。同調して店員たちも笑うので店内は楽し気な熱気や賑やかさが増してくるけど、胡散臭さも増してくる。絶対に何か隠している気がする。

 店主はわたしの肩掛け鞄(ショルダーバッグ)を指さした。

「そのかばんも重いだろう? 預かろうか?」


 肩掛け鞄(ショルダーバッグ)の中には、リディアさんのお下がりのブロスチの夏のワンピースという巫女服とシャルーの万年青の幼い株を包んだハンカチ、ささやかな硬貨などの貴重品といえるべき品物しか入っていない。他の衣類は聖堂の寮のわたしの部屋に置いてきたので、軽いと言えば軽かったりする。

「預かり賃、必要なんですか?」

 必要ならこの提案はおかしい。必要じゃなくても、この提案はおかしいと言える。

 

 上目遣いに尋ねてみると、店主は顔を赤くして、店員たちはくすくすと笑った。

「軽いので、このまま持っていこうと思います。」

 それに、うっかり質に流されては困るので利用しない、という本心はそっくり内緒だ。


「そんなに怖い顔しなくたっていいんだよ。身軽な方が肩に力が入らないだろう?」


 肩に力が入るような状態が待っているとでも言いたいのですかって、聞いてみたくなる。

 ますます警戒してしまう。


 わたしの警戒心が自分でも気が付かない油断で顔面に出てしまっているみたいで、顔を見て慌てて店員たちが店主に耳打ちをした。しまった、と焦った顔になって、店主はやたらと咳払いをした。気持ちを切り替えるための仕草だと思えた。


「ところでお客さん、ブレットのところに行くんなら、仕事の依頼なのかい? まさか花を持っておいて来るだけじゃないんだろ?」


 店主の何気ない質問に、答えに詰まる。

 確かに、デレリクさんに花を貰ったからブレットの店に寄る理由が出来てしまったけれど、今日の一日の行動の計画ではブレットに会うのは予定になかった。

 ブレットに会ったなら、深く考えずに、ブレッチって誰か知ってる?って聞いてみたいなって思ったりはする。

 不用意にブレッチってブレットの名を騙ったと思われる偽者の情報を本物に告げるのって、ブレット本人を知る者としては軽率すぎる行動だ。本物の人間関係を揺り動かす為だけの濡れ衣なら、耳に入れない方が良心的だ。

 正体が掴めて、ブレットに実害が及ぼうとした時に初めてブレッチという偽者の話をする方が、解決までの希望を持てる分、ブレットにもわたしにとっても精神的な負荷が少ない流れになると思う。

 さて、なんと答えようか。

 このまま黙ってやり過ごしてしまおうか。


「お困りごとかい? 皇国(セリオ・トゥエル)人の服の着こなしなら、うちの方が詳しいかもしれないよ?」


 詮索好きだからというよりは、必死感が伝わってくる。どうやらどうしても時間をつないでおきたいようだ。店員たちが黙っているのがその証拠だ。表情からして、店主の邪魔にならないよう、誰もが意識して会話に入らない様に黙っている。

 話のとっかかりも、今日着ている服が皇国(セリオ・トゥエル)人の女の子用の服だからの連想だと気が付ける程度なので、わたしとしても、開放してもらえるまで話を続けないといけないのだと理解する。


「ブレットは男の子だから乙女心も判んないだろうし、何だって聞いておくれよ、」


 あれだけ女装が板についたブレットでさえそういわれてしまうのなら、つい最近まで未分化だったわたしはもっと人情の機微に疎い気がする。

 店主はもとより、店主とわたしのやり取りに注目していた店員たちも黙って目を輝かせて待ち構えているので、わたしは自分の持っている持ち物の中で一番謎が深くて一番扱いを持て余している古銭を手を取り出した。


「これが何なのか、聞いてみようと思ったのです。ある人に貰ったのですが、なじみがなくて。」

「古い…、銀貨のようだね。」


 店主の手に渡すと、店員たちの手に回っていく。誰もが興味深そうに覗き込んでいても、隣に手渡す時には明るい表情でもないので、見ている限りあまり反応は良くない。

 再び店主の元に戻ると、わたしの手に帰ってくる。


「魔法もかけてあったみたいなので、扱いに困っているのです。武器ならどうやって使うのか、魔道具ならどんな効果があるのか、知りたいのです。」

「ブレットなら判ると思ったんだね?」


「はい。王都で承認をしているブレットなら、似たものを見た経験があるのかなって思ったんです。」

 ブレットを試してみたかったっていう本音もこっそりあったりもする。


「お客さん…、」

 店主が困ったように他の店員たちと目を合わせた。

「それは、ブレットではわからないと思うな。」


「どうしてですか?」

「言い難いんだ。とても、」

「知っていたりするのですか?」

「知っているけど、もっと知っている人を知っている。似たものをコボルダのばあちゃんが持っていたから、ここで足りない話をするより、ばあちゃんに聞いた方が充実していていいと思うんだよ。やっぱり、お客さんはコボルダに行くべきだ。」


「…、」

 コボルダに行かせるための誇張なのかなって思ったりもするけど、そんな嘘を付いてまでして宿屋のおばあさんを巻き込むのはありえない。本当に、おばあさんが知っていると考えた方が筋が通る。


「こっちで先に連絡して話しておくからさ、話を聞くついでにコボルダへ食事をしに行ってみなさいな。預かった服もお客さんの荷物も、話を通しに行くついでに、先に届けておくからさ。」


 断ろうとする前に、手招きして店員を呼ぶと店主は奥から何かを持ってこさせた。色柄のはっきりとした花模様が綺麗なこんもりとした布の包みだ。

 店主が店員と広げると、一枚の大きな絹の織物が出てきた。細やかな赤や黄色に色付いた秋の野山の麓に煌びやかな金糸で稲穂が風に揺れている様子が刺繍されている。


「信用してもらえるように、お客さんの荷物と引き換えとして皇国(セリオ・トゥエル)でも上等の絹織物を渡しておくよ。もし、もしもだよ? お客さんから預かった荷物に何かあったら、お詫びにこれをお客さんにあげるから、どうかコボルダに行ってやってくれないか、」


 わたしの手は無意識に肩掛け鞄(ショルダーバッグ)の肩紐に手をかけてしっかりと握っていた。

 そこまでしてコボルダへ行く理由って、何だろうって疑問が強く深くなる。


 一見すると、わたしには損のない取引に思えるけれど、冷静に考えれば、無理やりにコボルダに行かされようとしているのだから、あまり得はしていない。

 悪い魔性の子供のわたしとしては、利用できるものは利用してなんとしても自分の目的を果たそうって考えはわたし自身がそうしているのもあって悪いことではないって思わなくもないけど、わたしが利用されるのはあまり楽しいことではない。


 コボルダには古銭の情報があると判っても気が進まなくて決めかねていると、店には、「お待たせしました、」と息を切らして言っておつかいに出ていた店員が帰ってきた。


「よし、これでいい。お客さん、その花とこの菓子とを交換しよう。こっちはブレットの好物のベリーとバターのマドレーヌだ。こっちの方がブレットは喜ぶぞ。」


 花束に拘るわけじゃないけど、わたしとしては、好意の行動にしては店主は強引過ぎる気がしていた。

 代金だけ取られてなかなか返してもらえない預けた服も、コボルダでの昼食も、押し付けられた予定だと言える。

 反抗したくなるのは、情報が一方的すぎて納得できなくて不快だからだ。わたしの気持ち云々ではなく、周りの皆の気持ちが優先なのだって思うと、もっと抗いたくなってくる。

 嫌です、と言ってしまえたら、どうなってしまうんだろう。代金を取られただけで終わってしまうのかな。ブレットの知り合いだからそんなことはないだろうけど、素直に『そうします』と言いたくない。

 どうして、そんなにあの宿屋に行くことに拘るのだろう。

 どちらといえば、別れ際のやり取りもあって、あまりいい感情を持っていない。


 続く新たな提案が、聞こえてこない。

 わたしがどう出るか、ではなく、この店主の中ではもう決まっていて、変更するつもりはないみたいだ。


「花は、どうするんですか?」

「交換にもらうよ? お互い損はないだろ?」


 買ってきてくれ状況を伺うように神妙な顔をした店員に差し出された包みは、焼き立ての熱を逃がすように薄い透かし紙で包まれてぼんやりと中身が透けて見えていて、ほのかにまだ甘く香っている。


 わたしがしぶしぶ差し出した肩掛け鞄(ショルダーバッグ)と花束は、それぞれ別の店員が受け取ってくれた。


「お客さんの荷物はコボルダに先に届けておくよ。話もしておく。どうか、ブレットに会った後、コボルダに行ってやってくれないか。昼食のついでに話を聞きに行くって感じでいいからさ。」


 絹の織物の包みも受け取ると、わたしは包みを重ねるようにして持った。もちろん上に置くのはマドレーヌの甘くいい匂いのする包みだ。

「せめて、理由を教えてください。わたしも心の準備をして行きたいです。」

 古銭の秘密を皇国(セリオ・トゥエル)人なら知っているのなら、コボルダに拘らなくても、もしかすると離宮でも可能なのだ。

 ただ、ここまで来ると、自分の中で妥協できる答があれば従ってもいいかもしれないって思い始めていた。

 今一番避けたいのは、お屋敷でお借りした服が戻ってこないことだ。

 銀貨が足りないのなら、いくらだって期日までに稼いでくる。何しろわたしは治癒師(ヒーラー)で、選ばなければ、王都ならいくらだって上客が暮らしているのだ。


「言い方が悪かったね。コボルダのおやっさん、ああ、オーダって名前なんだけど、この前会った時、女将さんのミミさんと、ブレットに紹介してもらったお嬢さんに酷いこと言ってしまったって気に病んでいたから、仲直りできるといいなって思ったんだよ。お客さんも嫌な思いをしたんだろう? 食事のひとつでも一緒にして腹を割って話をしたら、仲直りなんてすぐだろって思っているんだよね。ブレットにも相談してみるって話だったから、こりゃ一肌脱いだ方がよさそうだって思ったんだよ。」


「…。」

 余計なお世話っていうんじゃないのかなって思ったりするけど、黙っておく。


「お客さんもブレットもオーダもミミさんも、みんないい人だから、みんな幸せになってもらいたいんだよ、な、そう思うだろ?」


 うんうんと頷く店員たちはともかく、わたしは微妙にそっとしておいてほしい話題なんだけどなって思う。冒険者として秘密を抱えるのは仕方がないことだし、治癒師(ヒーラー)だけに話せないこともいくらでもある。分かち合える感情ばかりじゃなくて、見守ってほしい事情だってあったりする。


「そういうわけなんだよ。お客さん、コボルダにお預かりした服も荷物も運んでおくし、事情も話しておくから、任せておくれよ。」


 人情に溢れた女将さんたちの友達だから義理に篤いのかなって思い始めると、逃げられないのかなって思えてきた。

「…わかりました。」


「そうかい、よかった。おい、誰かお客さんの荷物をお持ちして、ブレットの店まで送ってあげなさい。」

 断る前に手を伸ばして包みの二つを受け取ってくれた店員のおねえさんは、「私が行きます」とにっこりと微笑んでくれた。彼女はマドレーヌを買いに行ってくれた人だ。


 親切も過ぎると息苦しいなと思いながら、わたしは親切な店員のおねえさんに荷物持ちまでお願いして、ブレットの店に行く羽目になってしまった。

 

 ※ ※ ※


 道すがらあちこちの王都の流行の店を教えてくれた店員のおねえさんは、結局、ブレットの二階建ての庶民な民家な店の前まで荷物を運んでくれた。

 店の前で包みを受け取ったわたしに、優しく微笑み「頑張ってね」と励ましの言葉までくれた。

「こちらこそ、ありがとうございました。」

 下手にお辞儀をすると包みを落としてしまいそうなので、簡単に会釈する。


「あのね、」

 おねえさんは顔を耳に近付けて、囁きかけてきた。

「さっき見せてもらった銀貨、あれは、皇国(セリオ・トゥエル)人なら思い当たる品なの。簡単で良ければ私でも教えてあげられるわ。」


 返答に困る。

 布もの屋の店主が教えてくれない理由はよほどコボルダの皆さんと仲直りしてほしいからなんだってわかってしまうと、ちょっぴり、うんざりもする。

「武器ですか?」


「うーん、どっちかというと、魔道具ね。」

「基本的に、仕掛けがあったりするものなのですか?」


 首を傾げて空中をしばらく見やって、ようやく口を開いた。

「差があるのかも。私が知っているのは、何もなかったかな。」


 どういう意味なんですかって聞こうとしたのに、おねえさんはにっこり笑うと手を振り、「じゃあね、あとでね、」と言って走り出してしまった。


 未消化な気持ちのままブレットに会うのは気が引けるけど、はっきりと決まったのは、古銭はブレットに託した方がよさそうだってことだ。皇国人に伝手があるブレットなら王国人として違った角度で答えを見つけてくれるかもしれないし、何より、コボルダで預かりたいって言われてしまうのは絶対に避けたい。


 ブレットの店の前の、入店の合図である木の板を木槌で叩いてみた。

 反応がない。

 このまま帰ってしまおうかって脳裏に諦めが過ったりもするけど、この焼き菓子をこのまま持ってどこかへ行ける気がしない。

「留守ですか?」

 問いかけ、ドアを開け耳を澄ますと、返事というより話声がうっすらとや奥の奥の方から聞こえてきている。


 ごめん、ブレット。来客中でも、わたしは行くわ。

 

 心の中で謝って、わたしは廊下を奥へ奥へと歩き出した。

ありがとうございました

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