24、番外編 ブレットの物語 夜を密かに 3
「驚いた、僕が見えるんだ? 灯りもないのに?」
解放されて満足そうな表情になったヒト型の少年な精霊は、王国語はきれいに話しているのが意外だった。女神の言葉よりも王国語が得意ってことは、王国で育った精霊なのか?
「ああ、これぐらいは、」
半妖でも夜目が利かない者もいるし、精霊を見えない者もいる。僕はご先祖の変な性質ばかりを集めて生まれた子だからこれぐらいはなんてことがない、という理由を見知らぬ聖霊に説明するつもりもなく、そのまま通り過ぎようとした。ヒト型の精霊を見つけられたのは嬉しいけど、期待しているような能力があるようには思えない。すぐ傍の万年青の幼い株が宿木ならあまり戦闘力は高くなさそうだし、体が上半身しかないのは半分しかヒト型を維持できる魔力がないのだとしか思えなかった。
「よかったな、じゃあな、」
「待ってよ、助けてくれたんだよね? お礼をしたい。」
かなりはっきりした性格なようだ。
「気にするな。『ありがとう』や『ごめんな』って言葉で済ませてしまえそうなことだから。」
その魔力でどうやって、と尋ねたくなるのを我慢して、汚水をかけた手前もあるし、汚い水だと騒がれる前に立ち去ろうとして僕は手を振った。あまりありがたがられると本心に聞こえなくて気味が悪い。
「言葉でいいんだ? お礼するのに? 言葉は何も役に立たないよ?」
下手に絡んで引き留められる方が仕事中の僕としては損失が大きい。
「こちらこそたいしたことをしていない。言葉で十分だ。」
精霊の世界での貸し借りは今後の力関係に大きく影響するので、きっちりと対価を支払うのがしこりがなくていいって僕だって知っている。だからと言って、万年青の精霊にしてもらえそうなことは具体的に思いつかないし、見返りを期待しての行動じゃない。
「人間の世界では、対価をあげるほどではない時、言葉で気持ちを伝えて終わりにしてしまう時だってあるんだよ、」
適当な説明をしてそれっぽく肩を竦めて見せると、万年青の少年は目を丸くして信じてしまった表情になった。
「それなら…、こういう場合は、『ありがとう』でいいのかな、」
騙してすまないとはちょっぴり思うけど、きっともう会う機会などないだろうからいいとしよう。
「感謝しているならありがとう、許しを乞いたいならごめんなっていうのが妥当だ。どっちでもいいよ。」
期待外れな対象に次を探しに行く時間が惜しいからもう行くってはっきり言えるほど僕は無情でもない。
「ありがとう、」
「じゃ、行くからな、」
背を向けた僕に、後ろから足首に蔓が巻き付いてきた。
万年青の葉ではなく、蔓だ。
ギョッとして振り返ると、万年青の少年の指が数本変形して蔓状に伸びている。
「何をしているんだ?」
振り払おうと足を振ると、少年は蔓を指に戻して、ニヤリと笑う。
「ついでに頼んでもいいか? ここ、嵌っちゃって出られなくなったんだ。ちょっと引っ張ってくれないか、」
こいつ、意外と強かだ。
「嵌った?」
見かけ通りに少年ではなさそうだ。知っていて、僕の言動を利用している老獪な精霊な気がしてきた。
僕は内心警戒しつつ、見抜かれないようつくり笑いを浮かべて手を差し伸べた。
対価を払いたくないから僕の話に合わせてきたのならこの少年はなかなかに手強い。見かけ通りの年齢の言動になるようあどけない表情で両手を差し出してきた姿が必死に作り込んでいる演技なのだとすれば、無事にこの場を去るためにはお芝居に付き合った方が無難そうだ。
「そうなんだ。アイツら、モグラを唆して落とし穴を作ってたんだ。」
直接手に触れないように手袋をはめると、僕は万年青の半身しかない少年の精霊の手を握った。
半身が本当に埋まっているのならかなり重いはずだ。
「せーのっ、」
勢い良く引っ張り上げるとスポンと栓が抜けるような音を立てて地面から少年が飛び出てきた。
精霊とはいえ、子供にしてはかなり軽い。
手を広げて大きく深呼吸をしている目の前の少年の肌は、地面に向かって根を深く張って広がっている大木が地から莫大な水を吸い上げていくように何度か足先から頭の天辺にかけて大きく波打った。地中の奥深くから、栄養分と魔力とを吸い上げているようだ。連動して、植え込みの陰にあった万年青の幼い株の葉に艶々と生きる力が漲っているのも判った。
深い呼吸と地から吸い上げた栄養の吸収何度か繰り返しているうちに、次第に、万年青の精霊は、品のいい白いシャツに折り目正しい半ズボンと靴下、革靴とを履いた良家の子弟のような品の良いヒト型の少年として体全体にしっかりと質感が蘇ってきた。少年の影になる暗い地面には、深く黒い影のような穴が広がっている。
「こんなに良くしてもらったらありがとうじゃ足りないよ。ね、お礼をさせてよ。十分助けてくれたよね?」
僕から手を離して下半身の砂埃を払う少年は「あとでビアに怒られるのも嫌だしね」と肩を竦めた。
「ビア?」
聞こえてきた名前が意外過ぎて、僕は思わず聞き返していた。
ビアトリーチェって名前は王国人にもいなくはない。ベアトリスって名前も、あるにはある。
「あ、今のは忘れて。」
その割には、もっと聞いてほしそうな顔をして僕の顔を覗いている。
「誰の名前?」
恐る恐る聞いてみる。本当は、ビアって、ビアトリーチェ・シルフィム・エガーレってお名前かいって確認したくなる衝動を堪える。
「僕の友達で、恩人で、契約者。」
ニコニコとしている様子から見ると、相当『ビア』という人物を気に入っているようだ。
「友達?」
精霊が契約している人間を友達というのは珍しい。もう少し突き詰めて聞いておきたい。
「そう。お屋敷に入る時にそう言ってくれたんだ。」
お屋敷?
「恩人っていうのは?」
ビア様なのだとしても、友達って言葉が気にかかる。
「契約する時に、助けてくれた。」
ビア様は太陽神ラーシュ様の加護を貰っていたり、ブルービ様と縁があるような凄いお方だ。この子と友達って、ちぐはぐな印象がする。
「お礼は契約がいいか?」
ちょっとそれは面倒だとつい思う。僕は今ブルービ様に信頼を得たいと頑張っている最中なので、意中のブルービ様に、ブルービ様以外の精霊に余所見をしたと思われたくない。
それに、だれかれと契約するような精霊は胡散臭い。
「遠慮する。じゃあ、またな、」
避けて逃げようとしたのに、万年青の少年は擦り寄ってくる。
「待って、何か困っていることない? 僕、できることがあったらするよ?」
「何ができるんだ?」
「ん-ん、さあ?」
ヒト型になれるからと言って、魔法が得意なようでもないらしい。
「じゃ、元気で。」
「あ、ちょっと待ってよ。」
僕の腕を掴んだ万年青の少年は困り顔で僕を見てさらに、「このままじゃ、不義理な子だってビアに呆れられそうな気がするんだよ。ね、お願い、何かお返しさせてよ」と言って手を擦り合わせた。
「ビアが、呆れる?」
内心の動揺を見破られないように、僕は努めて表情を硬くする。
やっぱり、ビアって言った。
「そう。僕の契約者。治癒師のビア。」
治癒師って職位まで言った。この子は、本当にビア様の精霊なのか。
そうだとしても、そんな子がどうしてここに?
あっさりと教えてくれているけど、いいのか、そんな重要な名前を、と言いかけて口を噤む。この万年青の少年は自分の名を名乗っていない。点と点とをつなげるには、点の価値と名前がはっきりしないと判らない。
「…契約者が治癒師なのか?」
掴まれた腕にあった切り傷が爛れて腫れてきたので、治癒を唱えて直しながら少年の顔を見る。
契約した精霊ってたいてい主の傍にいるのではないのか?と聞きたくなって、ビア様の簡素な部屋を思い出す。
鍵なんてあってないようなちゃちなものだったし、僕でも入れるあの部屋では確かに不用心すぎる。
「そうだよ。ここでビアの部屋を見張っているんだよ。」
「見張る?」
この子は、ビア様の契約した精霊かもしれないけど、治癒師としての相棒じゃない。身を守り攻撃するための地属性の魔法使いとしての相棒だ。
医者としても治癒師としても価値があるビア様は冒険者だ。とってもビア様らしい精霊の選び方に思えてきた。
「日中は忙しいみたいだから。夜の間だけでもゆっくり眠らせてあげたくて見守っているんだ。変な奴が来たら困るだろ?」
早速変な修道女が部屋にはいたみたいだけど、さっきの騒ぎで見てないよな?
そう尋ねかけて、僕は黙る。この位置から見える窓を通して部屋の奥なんて、僕だって見えっこない。
見上げた夜は明けようとしている。いけない。そろそろ集合場所へ戻らないと、マズい。
「ふうん?」
聖堂にビア様が潜入する予定があるとは、この前話した時点では聞いていない。
何しろ、僕が手配する予定だった王都の脱出方法を求められていないから説明していないのだから、ビア様は当然御存知なかったはずだ。
冒険者として王都を出ようとする時、他の手段としてできたのは、聖堂を利用することか?
聖堂の治癒師として派遣されるついでに、王都から脱出する…?
閃いた方法はとても面倒でもとても確実に思えてきた。実力で勝ち得た手段で困難を乗り切ろうとする姿勢が、ビア様らしくて好ましい。
同時に、ちょっぴり悲しくもなる。
図々しくなってくれとは言わないけど、もっと頼ってほしいなって思ってしまう。
僕は商人なんだよ、ビア様。なんだってお望みとあれば都合をつけてみせるのに。
「お前、人間だろう? 僕だってこの通り魔力を持ってる精霊だ。多少は役に立てるよ。」
何を? どうやって?
聞いてみたくなるのを我慢して、僕は賄賂用に隠し持ってきていた水晶ではなく、僕の大事な燐灰石の指輪を握らせた。父ちゃんからもらった大事なお守りだ。父ちゃんは、大事だから母ちゃんにあげたんだそうだ。この石は、母ちゃんにとってもお守りだった。
万年青の少年の言う『ビア』様が僕の知る『ビア様』だと断定する方法を、僕は他には思いつかなかった。青い澄んだ石は、ビア様を知っている者にはビア様の瞳を連想できる。
「綺麗な石…、ビアの瞳みたいだ。お前、魔力までくれるのか。」
名乗らないのも、名前を尋ねてこないのも、ビア様の精霊らしくて、好ましい。僕はこの子の言うビアって治癒師は僕の知っているビア様だって確信が持てた。
利用価値が判らないなら、僕が利用価値を作ってしまえばいいのだ。
何しろこの子は、ビア様の精霊だ。
「お前は…、ありがとうって言って、これを受け取ってくれたらいい。」
指輪を回収すると、古銭を今度は握らせて、預ける。
ビア様を慕う精霊が、ビア様に渡してくれますようにと、願う。
魔力さえあれば、どうにかビア様に渡せるまで古銭を守ってくれるだろう、と信じて賭ける。
「え…、これは何?」
「人間のお金だ。きっと役に立つ。」
ブルービ様の古銭は、ビア様の元へと巡って、ビア様の役に立つ。
「ビアも喜ぶ?」
「治癒師なら、きっとうまく使うよ。」
根拠はないけど言い切ってみる。このやり取りを、必ずどこかでブルービ様は御覧になっている気がする。この答えで合っている。きっと、大丈夫だ。
「な、お前、どうしてそんなに親切なんだ?」
驚いた顔をした万年青の少年に言えるのは、「お前の言っているビア様と僕も友達だ、」ってことぐらいだ。ほんとは知り合い程度かもしれないけど、細かい差だ。
「ビアと?」
「そうだ。だから頼むんだ。どんな理由をつけてでも、必ず渡してくれ。」
頷き歩き始めた僕に手を振って、万年青の少年はにっこり笑って「任せて。僕、ビアを守るから、」と言った。
間違っていたらどうしようって不安よりも、絶対に大丈夫だっていう自信と、おつかいをやり遂げたっていう満足感とともに、僕は集合場所である食堂の裏手へと急いだ。
いくらあの万年青の少年の精霊が頼りなく思えても、昼間ここにいられない僕より役に立つはずだと信じるのが一番だ。
※ ※ ※
明け方近くに寄り道もせずに帰った僕は部屋の中に何も食べ物がなかったのを思い出して、寄り道をして朝の市場で何かを買ってから帰ってきたらよかったなって思いながら水風呂に浸かった。お腹が空いて目が回りそうだけど、市場の店が開くまでの辛抱だ。
着替えてくたくたになりながらも今日の納品の一覧に目を通しているとそのまま椅子で眠ってしまった僕は、あるはずのないパンの匂いで目が覚めた。
「仕事が終わらなかったのかい?」
付き合いの長いオーダさんが朝食の入った籠を手に入ってきていたようだ。おとなしくてあまり主張のない地味な風貌のオーダさんは気配を消すのが上手くて、黙っていると消えてしまいそうな程影が薄い。
「その調子だと昨日の夜も何も食べてないな? うちのカミさんの読みは正解だったみたいだ。これ、食べてくれよ。」
「ありがとう。恩に着るよ。」
「いや、なに、こっちも前払いで客を紹介してもらったのに、最後まで面倒見切れなくて悪かったからな、」
ビア様のことを気にかけているこの宿屋コボルダの皇国人の主人は、小さく肩を竦めた。
「あのお嬢さんはもう王都を出たのかい?」
「いいや、」
僕は聖堂にいるようだと言いかけて口を噤んだ。
聖堂は、皇国に浸透した後、次いで王国へ入ってきたからと言って、皇国人の誰もが皆聖堂に好感を抱いているとは限らない。
身の安全を連想させるには、貴族を絡めた方が説明しやすい。
「王都にいらっしゃるよ。あの方は冒険者であり治癒師なんだ。資金稼ぎに貴族様のお屋敷を渡り歩いておられるのではないかな。どこへ行っても引っ張りだこさ。」
「そうかい。それなら安心だ。」
「ところで、朝食を持ってくるのがここへ来てくれた理由じゃないだろう? 何かあったのかい?」
付き合いが長いとはいえ、僕の元へ朝食を持ってくるだけにこんな朝早くからオーダさんが来たりはしない。
「それなんだが…、」
オーダさんは困ったように宙を見つめた後、眉間に皺を寄せた。
「離宮の辺りで、ちょっとした騒動があった日の噂話を聞いているかい? つい先日なんだがな、」
「ああ、魔物と盗賊団ギルドとが駆除されたっていう一件かい?」
納品が遅れた日の出来事なら知っている。
「何があったんだ?」
それ以上は情報がないので返しようがない僕を気まずそうに見て、オーダさんは眉間にさらに深く皺を寄せ呻くようにして俯いた。
「市場の近くにいくつか神殿があるのは知っているだろう? あの日、時の女神さまの神殿で珍しく祭礼があったらしいんだよ。」
「祭礼?」
祭の季節でもないし気にもしていなかった僕は、何がそんなに悩ましいのかわからずに聞き返した。
「珍しい…な、確かに。あの神殿で祭りか、」
「そうなんだ。ここは王国だから、皇国人の葬礼自体が珍しいな。」
言葉に、引っ掛かりを覚える。
「祭礼って、葬式なのかい?」
僕は目を丸くして見つめ直した。この国は竜を祀る国なのもあって、葬礼は竜王様の神殿で行うのは王族だけで、それ以外は個人の家や屋敷で行うのが常だ。
「そうだ。皇国では、時の女神さまの神殿で行うのは葬礼と決まっている。婚礼は春の女神様の神殿、誕生の祝いは太陽神様の神殿と言った風に。」
「王都でそんな儀式が行う必要のある皇国人って、珍しくないか?」
僕の知る限り、時の女神さまの神殿で葬礼を行う皇国人はこれまでいなかったように思う。王都で暮らしている皇国人の場合、その者の家で行われていた葬式に花を手向けに伺った記憶ならある。
知識を披露して得意そうな表情をしていたオーダさんは、何かを答えようとして、一瞬にして顔を曇らせた。
「うちに泊まっていた皇国人のお客さんから聞いて、王国で久しぶりに鎮魂の祭礼が行われたんだなって話していたら、誰か皇国人の貴族様がお亡くなりになったんじゃないかしらってカミさんが言い出したんだ。」
王都には皇国ゆかりの貴族や大商人が暮らしている。先代の国王妃様は皇国から来た皇女様だった影響で、王都に皇国人が移住してきたりもしている。
目の前にいる宿屋の主人であるオーダさんも、生まれは皇国だったりする。
「ブレットには言ってなかったんだけど、あのお嬢さんに、ふたりで説教してしまったんだ。ほら、昔から女の子は一晩で身を持ち崩すっていうだろう?」
「ああ…、」
「つまらない男に引っかかってしまったのなら、引き留めてやりたかったんだよ。おせっかいが過ぎてしまった。」
苦笑いをするオーダさんの様子から、本心で心配した結果の行動なんだろうなって想像できてしまっただけに、僕は何も言えなくなった。市場の周辺には若い女の子を誑かす悪い男たちがいるのだと、僕も身をもって巻き込まれかけただけに知っている。
だけど、女の子じゃなくたって一晩で価値観変わったりするもんだよ。
思った言葉は思うだけにして、僕は黙って続きを待った。
「お泊めしていたあのお嬢さんが真っ当な治癒師で、夜間に呼び出されて寝るのを惜しんで服を汚してまで尽くした相手が亡くなったその御方だったんだとしたら、…疑ってしまって悪かったなって思ったんだよ。」
「ああ、そうだったのかい、」
本当かどうかではなく、こうやって疚しい感情が作り出した美談はまことしやかに広まっていくんだって、ふいに僕は思った。疑ってしまった手前、ビア様に直接聞けないから、自分の都合の良い情報で治癒師ビアという虚像を作り上げていくのだ。
ビア様は、オーダさんとミミさんに咎められた時、言い訳をしない代わりに説明もしていない。それはなぜかと考える時、僕なら、答えが答えられないような答えなら答えない。ビア様には、もしかすると、あの夜を説明できない別の理由があるのかもしれない。
答えは、僕が冒険者もどきに襲われた、あの夜にある。
「カミさんがきついことを言ってしまって申し訳なかったってひどく気にしていたからさ。な、ブレット、もし今度あのお嬢さんにお会い出来たら、ぜひともお詫びがしたいって伝えてはくれないか?」
「そうするよ、その方がいい。」
本当は何があったのかを知っているのは、ビア様だけだ。
だからこそ、周辺に落ちている情報を拾い集めて本当に近いビア様の真実を追いかけることなら僕にもできる。
今晩も仕事に行くと仲介してくれた商人には伝えてある。もう一日は始まっている。昼間を商会の商人として過ごしている僕には自由になる時間は限られている。寝ぼけている場合じゃない。
「すまないな、ブレット。」
胸のつかえが降りた気がした僕と同じように、晴れ晴れとした表情のオーダさんは「またな、」と言って宿屋へと帰っていった。
※ ※ ※
僕はオーダさんに貰った朝食で朝食兼昼食をさっさと済ませて、正午前に遅れてやってきた納品を検品し終えるとまずはロディス様に定期連絡のついでにビア様の動向を聞いてみた。レオノラさんによると、ビア様は聖堂に入信されたので、ローズテラス周辺に2人、大聖堂近くに1人、工作部隊を潜伏させていると教えてくれた。僕はあえて、聖堂には潜入済みで既にビア様を見たという報告はしなかった。ブルービ様の存在を黙っておくつもりなので、おつかい自体も秘密なのだ。
ロディス様はビア様が聖堂に接触した理由を、ブロスチで治癒師が誘拐されていた一件にあるのではないかと推測されていた。ビア様がブロスチに滞在中にも聖堂の治癒師が血を吐いて命が尽きてしまった事件で、同じ日に、半妖の子供を誘拐し投獄されていた皇国人も血反吐に顔を埋めて息絶えていたらしい。
「ビア様は太陽神ラーシュ様の御加護を頂かれるようなお方だから、我々凡人には見えていない世界を見ていらっしゃるのかもしれないな、」
ロディス様はそう言って笑って、「聖堂の影響は王国のいたるところにあるのも事実だ。皇国人の薬問屋が聖堂の治癒師と組んで販路を広げているのも事実だ。我々の販路を乗っ取られない様にしなくてはいけないと考えていたばかりだから、ビア様の周りに詰める者たちを追加するつもりでいる。そちらにも顔を出すように伝えてあるから、そのつもりで、」と新たな指示を出してくださった。
王都に、工作部隊が追加でやってくる。この店が仮の拠点ではなく王都での拠点となる想定をしておいた方がよさそうな気がする。これまでのように店を僕の棲み処にしたままにはできなくなるかもしれないなと思いつつ、迎え入れるための掃除や片付けは後回しにすると決めて、店を出た。
市場に、人を探しに行くのだ。
彼なら、僕の知らない王都の闇を知っているはずだ。
ありがとうございました




