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6、潜入するために試練を受ける

 王都にある聖堂は、王国での本拠地でもあるので周辺にある礼拝堂も集会場も本部と呼ばれる施設もひっくるめて、大聖堂と呼ばれていた。あちこちにある領都の聖堂に比べると規模が飛び抜けて大きくて、教えを広め奉仕する司祭者司教たちの数も守る軍人たちも共同で暮らす宿舎も街を形成するように作られる共同体の集落も信者の数ももちろんどの領よりも多かった。

 わたしがエベノズさんとチュリパちゃんと乳母役でもある侍女のクローネさんと聖堂に到着したのは朝の炊き出しが終わり朝の礼拝も終わった頃で、解放された正門からはぞろぞろと信者の皆さんが流れ出てくる。

 怪訝な表情の門番たちにエベノズさんが事情を説明すると、しばらく彼らは小声で話し合った後、わたし達は小さな礼拝堂へと進むようにと案内してきた。

「大礼拝堂の間違いではないのですか?」

 エベノズさんが聞き返すと、見知らぬ顔の門番は「いいんだ、間違いじゃないから、あっちへ行きなさい」と顔を顰める。

「私たちの時は大礼拝堂でしたよね、お父さま。」

「そうだね。治癒師(ヒーラー)様のお力をお借りするには入信をとのお誘いだったからそうさせていただいたのだと覚えている。門番の皆さん、あなた方の判断に間違いはないと信じてはいるが、この方は旅の治癒師(ヒーラー)様なのだ。何事も最初が肝心だ。その判断は何かの間違いではないのか?」

 チュリパちゃんもエベノズさんも納得がいかない様子だ。


 聖堂では入信する際、聖堂への貢献度を元に門番が選別して向かう礼拝堂を分けているので、貢献度の高い者が行く礼拝堂や一般の信者たちが向かう大礼拝堂ではなく、現時点で何の貢献もないわたしが一番簡素で一番実務的な小さな礼拝堂へと向かわされるのは間違ってはいない。

 ちなみに手続きをした礼拝堂によって今後の待遇も変わってくるので、最初が肝心だというエベノズさんの意見も間違ってはいない。


 エベノズさんもチュリパちゃんもクローネさんも信じがたいと拒絶する表情を浮かべているので、彼らの中でのわたしへの評価が高いからなのだと思うと嬉しいけど、ちょっと厄介だなとも思ったりもする。ここで門番と揉めたら事態はややこしくなる。

 わたしとしては王都を出るためにはどうしても聖堂の権力を利用したいのもあって、どんな評価だろうと揉めずに聖堂に潜入することの方がわたしの名誉を守ることより重要だったりする。


「はあ、決まりだから仕方ないんだよ、」

 呆れたように門番のひとりは言って頭を掻いた。

「たいていの入信希望者は祈りと喜捨を捧げてから選別に挑むもんだ。身なりもしっかりしてるから、見合った大礼拝堂に行くんだ。それに、もう礼拝は終わったんだ。あんたたちのお連れさんは何の捧げものもしていないんだから、案内できるのはそこしかないんだよ、」

 見知らぬ顔の門番はふたりしてわたしをじろじろと頭の先から爪先まで何度も見てから、うんざりとしたような表情になってエベノズさんたちを見た。

「それよりもアンタたち、本気かい? 何もこんなみすぼらしい者の後見人にならなくたってよさそうなのに。そっちの方が気になって仕方ないよ。」

 ゲスの勘繰りだわ、とクローネさんが蚊の鳴くような声で呟いたのを聞き取った門番のひとりが眼の色を変える。

「おい、アンタたちは親切な忠告を聞く耳も持たないのかい、」

「こんなところで時間を無駄遣いしてないで、とっとっと行ってみたらどうだい? 嫌なら帰っちまいなよ、」

 荒っぽい言い方に、チュリパちゃんとクローネさんが身を竦ませた。

「ですが、」と言いかけたエベノズさんを押し留めて、わたしは一歩前に出た。

「行きます、行ってきます。皆さんには御迷惑になってしまいそうだから、ここで待っていてくださいませんか、」


 さらりと提案してみたのは、エベノズさんに後見人になってもらえなくても後見人を探す方法はいくらでもあると心のどこかで思っていたからだ。何しろ王都には、金さえ払えばなんだって力になってくれる連中がいると1周目を経験した冒険者としての知識で知っている。今日聖堂に入信できなければ、明日、条件を整えてから出直せばいいのだ。

 古い地図に(あやかし)の道を見つけられなかったわたしが王都から最短で出る方法は、自力で街の中に(あやかし)の道を見つけ出すか、聖堂所属の治癒師に紛れて検問を抜けるかしか残っていない。

 父さんの言葉が手がかりになるのなら、確実にあと一箇所、王都に(あやかし)の道はある。聖堂に所属しながら探せるのなら探してみたいとも思っているので、潜入は諦めたくない。


 エベノズさんはわたしの思いを受け止めてくれたようで黙って頷いて、なのに、門番たちに一礼して「行きましょう、」と言った。

「判りました、ビア様がそう仰るのなら、私はどこまでもお味方します。」


 拒んだのに、手をつなぎ直してくれた。

 エベノズさんは、わたしの為に引いてくれた。


 チュリパちゃんまで「私もです、ビア様、」と加勢してくれるから、わたしは彼らに心から感謝したくなっていた。

「ありがとうございます。」

 わたし達の様子を警戒していた門番たちの表情が、少し緩んだ気がした。


 ※ ※ ※


 エベノズさんが胸を張って敷地内に入っていくのを追って歩き出したわたしの手を改めて握りなおして、チュリパちゃんも「私も行きます」と言って付いてきてくれた。後ろからくるクローネさんは緊張した表情でチュリパちゃんを守るようにして歩いている。

「嬉しいです。ありがとう。」

 わたしがこの先受けるであろう扱いはきっと1周目とは違うのだと現段階でも判るだけに、この程度で不快ならエベノズさんたちはもっと不快になるだろうなと思うと、「この先は、ひとりで大丈夫ですよ、」と悲しませたくない思いが口に出てしまった。わたし一人なら聞き流せるしひどい扱いも言葉も意識しないで済む分耐えられるっていう強がりもあったし、わたしの為にと怒ってくれる優しさが潜入するには要らない感情なのだっていう拒絶感も心のどこかにあった。

 ふるふると首を振って、エベノズさんはそれでも「一緒に行きます」と言ってくれた。チュリパちゃんを見て、そのまま視線を後方の門番たちの方へと向けて、一瞬鼻に皺を寄せた。

「日頃私たちに対する扱いと、ビア様に対する態度が違いすぎます。私たちが同行していてもこうなのだとしたら、おひとりにしてしまうともっとひどい扱いをされるのだと思います。」

「ビア様にあの扱いは悔しいです。許せないです。」

 真っ当に生きてきて正義を愛して暮らしている人たちだからそう思うんだろうなって感心するけど、聖堂に長居をするつもりはないので、わたしという個人にあまり関心を持たれないくらいな方が都合がよかったりする。

「気にしないでください。大したことありませんから。」

 エベノズさんたちに微笑みかけると、エベノズさんたちは困ったように眉を下げて黙ってしまった。


 気まずい雰囲気の中で共に小さな礼拝堂へと向かうと、入り口に立っていた若い司祭はエベノズさんたちと顔見知りなようで「今日はどういったご用件でしょうか」とにこやかに問いかけてきた。1周目では顔は見た記憶があっても名を知らない程度の、話をした印象のあまりない人物だったりする。エベノズさんが「冒険者の入信の手続きに来ました、」と告げたので驚いた顔になって、わたしをじっくりと見て「この方がそうですね?」と表情を切り替えた。

「そうです。」

 エベノズさんがわたしより先に応えてしまったのもあって言葉を失って口を開けたままでいたわたしを見て、くすりと笑って若い司祭は両手を差し出してきた。

「お荷物をお預かりします。」

 慣れている自然な動きなので、誰の荷物だろうと預かるのだと察しがついた。だけど、わたしとしては素直に応じたくなかった。

「荷物を集めて、どうするのですか?」

「手続きには必要ないのでお預かりしているだけです。」

 司祭は胸を張るので、疚しいことなどしないとでも言いたそうな態度だ。

 いくら着替えばかりとはいえ1周目ではされなかった申し出なので躊躇っていると、念を押すように「別室にてお預かりするだけですから、大丈夫ですよ?」となおも食い下がってくる。

「女性の下着が入っているカバンを、集めるのですか?」

 チュリパちゃんが抗議してくれたけど、そういう言い方をされてしまうとかえって恥ずかしくて顔を上げられなくなる。

「この建物に入る際には荷物をお預かりする習わしがあるのです。」

 わたしの1周目での手続きはこの小さな礼拝堂ではなかったのもあってこの中に入った記憶がなく、そう言われてしまうとそうなのかなと思えてくる。

「拒まれるのは、むしろ、預けたくないものでも入っているのですか?」

 ニヤッと笑った表情を連想させるような声になった司祭の態度が不快で、こうも言われてしまうと不本意でも「お願いします」と言って預けるしかなかった。


 司祭がついてくるようにとも言わずにわたしの荷物を持って先に屋内へ行ってしまったのもあって、わたし達は入り口の前に取り残されてしまった。あとは自分のタイミングで入ってくるようにとでも言いたいのかなと思うと、案内にしては言葉が足りなさすぎる気がしてきて呆れてしまう。

 中へと目を向けると、司祭はわたしのカバンを中央奥の祭壇の傍の籠に片付けてしまっている。後姿だけ見えるのは3人で、誰も、男性なようだ。

 チュリパちゃんとここでこんな風に別れてしまうのも無情な気がしてかといって引き留めるのも違う気がする、と思いながら視線を動かしたわたしの手を、チュリパちゃんがぎゅっと両手で握りしめてきた。

「チュリパちゃん?」

「ビア様、何か、欲しいものはありませんか、」

 突然、何を言い出すのだろう。

「何もないですよ?」

 首を傾げるわたしに、エベノズさんも「遠慮なさらないでなんでも言ってください。魔石は持ち合わせていませんが、銀貨くらいなら御用立てできます」と静かな声でも強い口調で言ってくる。

「先日クローネさんに貰った魔石を持ってきていますから十分です。大丈夫ですよ?」

 聖堂に喜捨という名の献金をした方が良い待遇で過ごせるからという賄賂を都合しようとしてくれるのなら、まったく無駄になる気しかしない。

「この中に入ってしまうと、手続きの際に後見人である署名をして、しばらくのお別れになると思います。ビア様をおひとりでここへ残していくのは、…よくないのではないかと思えてきました。」

「お願いです。何か力にならせてください。ビア様、いっそのこと日を改めて…、今日は私と一緒に屋敷に帰って…、私のお母さまに会ってからにしませんか?」

 躊躇いながら言ったチュリパちゃんは、わたしをまっすぐに見上げて「お願いです、荷物を取り返して帰りましょう」とまで続けた。出会った時もそうだったけど、この子はとっても優しい子だ。

「お嬢様の仰る通りです。ビア様、このまま引き返しませんか。」

 クローネさんまでもわたしを真剣に心配してくれているし、エベノズさんも深く頷いている。

 この優しい人たちは、格好や喜捨しないことでわたしがこの先責められて傷つかない様にとても気を使ってくれているのだとは思うけれど、必要以上に傷つかないよう囲い込むのはわたしを甘やかしすぎている気がする。何より、わたしが冒険者なのだと忘れているのではないのかなと思えてきた。

「ここまで来てくれてありがとうございました。」

 ぺこりとお辞儀をして、わたしはチュリパちゃんのわたしの手を固く握る手におでこをくっつけた。小声で『治癒(ヒール)』と唱えて、夜通し歩いて移動し会いに来てくれた小さな女の子の勇気に感謝する。

「チュリパちゃんの一日がよい一日となりますように。」

 続けて『回復』も付け加えると、驚くチュリパちゃんの顔から疲労の色が消えて全身から活気が放たれる。

「ビア様、無償で治癒(ヒール)してくださるなんてもったいないです。チュリパ、お礼を言いなさい。」

「ビア様、ありがとうございます…!」

 ついでにエベノズさんとクローネさんにも『治癒(ヒール)』と『回復』をして、驚き目を見張る彼らに向かってできるだけ自然になるよう笑顔を作る。この人たちは本質的に勘違いをしている。わたしはどこまで行っても悪い魔性の子供で、2周目を生きる、1周目の未来という答えを知っている冒険者なのだ。

「エベノズさん、後見人になってくださってありがとうございました。お礼に後日伺いますから、その時、ここの暮らしとはどんなものなのかをお話しますね。」

「ビア様、」

 エベノズさんは眉間に皺をよせ唇を噛んだ後、「こちらこそありがとうございます」と項垂れて胸に手を当てた。

「私はビア様がひどい扱いを受けていないか監視しに来ます。」

「チュリパちゃん、そんなことはないはずだから、大丈夫。」

 1周目のわたしはひどい扱いを受けているのでそんなことがありそうな気がするけど、小さな女の子の心を傷つけまいとして気休めに励ましてみる。

 目を潤ませているエベノズさんと目が合った。チュリパちゃんといい、王都で暮らす人って優しいなあって思ってしまう。

「行きましょうか、」

「はい。ビア様。」

「チュリパはここにいなさい。」

「お父さま、私も行きます。決して騒いだりしません。」

 わたしの手を握ったままのチュリパちゃんの手を剥がすようにして引き離して、エベノズさんは首を振った。

「大丈夫、お父さまがしっかりお願いしてくるから。」

「ありがとう、チュリパちゃん、」

 またね、と呟いたわたしに、チュリパちゃんは不満そうに頷いて返事をしてくれた。

 入り口にチュリパちゃんとクローネさんとを待たせて、わたしとエベノズさんは小さな礼拝堂の中へと入った。


 ※ ※ ※


 礼拝堂の中はとても簡素な造りで、入って向かいの壁際にある大きな祭壇と中央に通路を作るようにして固定された椅子とが数列並んでいる。両側の壁際にはそれぞれにドアといくつかの棚があって、棚には教本も何もなく空っぽのままで、この礼拝堂が普段から信仰を守る場として使用されておらず入信を希望する者との面接の場でしかないのだと判る。

 既に今日の入信希望をする者たちが祭壇近くの席に集められて座っていて、わたしとエベノズさんが祭壇へと向かっていくのをわざわざ振り向いて無遠慮に見つめてくる。彼らは後見人と思われる者を連れている者はおらず、いない者ばかりが3人だ。体格や背の高さは違っても、茶金髪に黄緑色の眼をしているので王国人ばかりだ。

 祭壇にいた司祭は3人で、誰も1周目の未来で面識はあった。1周目で信者たちへの教義や説教を担当していた彼らは、礼拝の終わったこの場では聖堂の代表者でもあり面接官でもあるのだ。

 先にエベノズさんが挨拶をして差し出された用紙に名前を記入している間、わたしの髪の色や瞳の色を観察した司祭たちは、わたしを異国人だと認識したようで女神の言葉(マザー・タン)で「ここに名前を書いてください」とトントンと指で空欄を指さした。

 王国語は苦手なふりをする予定があったので黙ったまま頷いて、用紙に書かれた他の者たちの名前を盗み見る。後見人の名前欄に貴族の名前がある2人の名前の横には何も書かれておらず、他の、後見人の名前のない者たちの名前の横にはレ点が記されている。他の礼拝堂にどうやら2人、貴族の後見人とともに手続きに来た者がいるようだ。1周目の世界では、この用紙に名前を書いたのはわたしではなくシューレさんだった。わたしは王国語が完全に話せない無学な公国(ヴィエルテ)人という設定だったので、説明を受けるのもシューレさんで代筆までしてくれていた。この世界には、わたしの傍にはシューレさんはいない。自分が選んで、しっかり対応しなくてはいけない。

 戸惑うふりをしつつ、司祭が指さした場所にわたしも名前を書き込んでみる。わたしの後見人であるエベノズさんは、王国人で平民なので名字がなかった。エベノズさんたちには公国(ヴィエルテ)人として本名を名乗っていないのでバレる心配がないのもあって、ラボア様に頂いた潜入名と本名とを混ぜたビアトリーチェ・スペール・エールと公国(ヴィエルテ)語で書いておく。


<御出身は?>

 公国(ヴィエルテ)語で聞かれたので、格好や後見人を連れているという事情から公国(ヴィエルテ)人だと推測されたのだと判る。王国では名字がある時点で貴族だと認識されてしまうものだけど、王国貴族の出身なら後見人が必要ないから違うと判断されたのだと思えた。

公都(ワシル)です。>

 一応生まれたのは公都(ワシル)なので嘘ではない。

<冒険者の証を見せてください。>

 言われるままに左手に嵌めている鉅の指輪を見せお守り袋の中の特別通行許可証までも見せたので、司祭たち全員に名前と職位の確認をされてしまった。ビアトリーチェが本名なのだとバレてしまったけどこれは想定内なので問題はない。

<王国語は話せますか?>

 ゴクリ、と唾を呑みこんで、わたしは「少しなら、」と小声で芝居を始めた。この2周目の世界では、シューレさんのように傍にいてわたしを守ってくれる相棒はいない。わたしはわたしで身を守る術を手に入れなくてはいけない。王国語は少し使える公国(ヴィエルテ)人の治癒師(ヒーラー)くらいの立ち位置が丁度よかったりする。

「判りました。では、あちらの席にお待ちください。後見人様も今しばらくお時間をいただきます。よろしいですね?」

「はい。」

 エベノズさんが神妙な顔で頷くので、エベノズさんの後見人な気分になって少しだけ楽しい気分になってしまった。

 おかげでわたしの名前の横にレ点がつけられたのを見てしまっても、他人事な感覚になっていたものあって気にならなかった。


 わたしたちが一番後方の列の席に着くと、司祭のひとりはコホンと軽く咳払いをした。

「もうこれ以上今日の軍部への入信希望者はいないと思われますので、名前と職位の確認をしましたら、別室にて配属を決めるために能力の測定を始めたいと思います。」

「後見人様には、特別な能力をお持ちの方をご紹介してくださいました御礼を述べさせていただきます。ありがとうございました。もういつお帰り頂いて構いません。」

 黙ったまま司祭のひとりがお辞儀し出入り口を指さしたので、後見人がこの部屋から出ていかないと次のことが始まらないのだと判った。司祭の言葉は感謝を述べつつも、本音は『いつ』ではなく『今すぐに』立ち去れという意味なのだ。

 気まずそうに立ち上がるとエベノズさんが「また会いましょう」と囁いて出て言ってしまった。「必ず、行きます、」と答えたのは気休めじゃないつもりだ。こんな扱いを受けてもわたしの後見人となってくれてありがとうとあいさつに行こうと思えていたのだ。


 もう一度、司祭のひとりがコホンと咳払いをした。

 祭壇の影から取り出した籠を手に、残りの司祭が二手に分かれて何かを配り始めた。

 わたしの前方に座る若い男性がしきりと「いらない、」と言っている声が聞こえる。


「入り口でお預かりした皆さんの私物は別室にてお返しします。それまでは、まずこちらをお持ちになって少々お待ちください。」


 わたしの元へも司祭が籠を手にやってきた。

「どうぞ、」と言って差し出されたのは、紅水晶(ローズクオーツ)黄水晶(シトリン)紫水晶(アメジスト)水晶(クォーツ)だ。

 鶏の玉子ほどの大きさの色とりどりの水晶をわたしの前の机にひとつひとつ並べると、司祭は「全部で10個ありますね?」とわたしに確認させて、元居た祭壇へと戻っていった。

 触ると吸い付くように魔力を吸う石たちは、歪な形のままに光を反射して輝いて、手を翳しただけで魔力を吸い込もうと揺れるので、自然の石にしてはおかしな反応だと思えた。

 特別な術がかけられているのかな。

 翳した手を近づけたり離したりして魔力で魔石を揺らして遊んでいると、司祭が手を打って自身に注目を集めた。


「それぞれお手元に水晶が渡ったと思います。次の部屋に行くまでに魔力を注いで魔石に変えておいてください。これが課題となります。」


 え…?

 こんなの、知らない。

 驚くわたしは声も出なかった。


 即座にわたし以外の男性たちは「無理だ!」「無茶言うな!」と騒ぎ始めた。


 魔力を基本持たない王国人にいきなり出された難題だから無理もないけど、わたしとしても、こんな量の石を短時間で魔石として使えるほどに魔力を注ぎ込むのはできなくはないけど無謀だと思えた。

 この石たちは強欲過ぎて、魔力を与え始めたらすぐに吸い上げて満たされようとするはずだ。わたしがいくら人並み外れて魔力を有していても、他の者たちは耐えられるものなのか疑問だ。


「では、次の部屋に行きましょう。」

 司祭たちは反発も疑問にも答えずに、両側にあるそれぞれのドアを開けて、「こちらです」と言った。左側のドア前に立つ司祭はわたしのカバン入りの籠を抱えているので、わたしは迷わず左側に行くと決めた。


「どうやって運ぶんだ、」

「なんだ、どうなっているんだ!」

「どっちのドアを行けばいいんだ!」


 ガタガタと机を揺らしながら慌てて無数の水晶を抱きかかえて、男性たちが立ち上がった。

 ここを出たあとで慎重に魔石に仕上げたらいいのでは?と思ったのもあって、わたしも急いでシャツの裾をズボンから出してエプロン代わりにして水晶を抱きかかえた。

 石の強欲さに負けそうで、直接触れるのが怖いと思ってしまったのだ。

 

「どちらのドアでも同じですから、順番に行きますよ、」


 わたしの選んだ左手にあるドアを選んで先を行く男性は、水晶を大きな腕に抱きかかえている影響で盛大な音を立てて肘をドアにぶつけてしまった。

「いてー!」と言う叫び声にも動じない司祭たちは笑いもせず、失笑するわたし達を誘導していく。これが彼らの平素の対応なのだとすると、毎日同じような光景を繰り返し見ていて慣れていてるんだろうなって思えてきた。


 わたしは1周目での入信時にこういう課題を出されていない。

 あったのは、シューレさんと組んでの実戦という形をとった能力の測定だった。

 この先に向かう鍛錬場で繰り広げられる検査を思うと今自分がやらされていることとの関連がないように思えて、わたしは無意識のうちに首を傾げてしまっていた。

ありがとうございました

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