1、新しい季節が始まる
「おはようございます、ビア様、お目覚めでしょうか。」
ドアをノックする音に続いて控えめに聞こえてきた声が誰の声なのかをしばらく考えた後、わたしはここがわたしの部屋でも離宮でもなくてホテルの一室だったと思い出した。多分この声はリオネルさんだ。部屋の中はカーテン越しの光だけで、入り口のドア付近の人の気配は動く様子がない。
何時なのかわからないけど、起きないといけないみたいな妙な圧を感じる。
「…今、起きました、」
起き上がり目を擦っていると、囁き声の主であるリオネルさんは動かないままほっと安堵の吐息をひとつして「ご朝食の準備は整いましてございます。ビア様も支度なさいますか、」と尋ねてくれる。朝食の時間が決まっていたりするのかな。
「…起こしに来てくださったんですか?」
リオネルさんはわたしのお世話役って話だし、食べ損ねたらかわいそうとでも思ってくれたのかなって思えた。ただ、わたしは女の子で、宿泊客で、起こしてって頼んでないから行き過ぎた配慮な気がして、不満がたらたら湧いてくる。今日には聖堂入りするんだよねと思うと、1周目の世界で経験済みな聖堂の規則正しい生活を思い出してこんな風に眠れる朝なんてしばらくないだろうなって想像してしまうし、『昨日夜眠るの遅かったんだけどな』とか『眠るのを優先したいから行きたくないんだけどな』とか言い訳がしたくなるし、朝食は市場で果物を買えばいいしここでの食事に拘ってないから自分の都合を優先にしたいな~なんてわがままが言いたくなってしてしまう。
あくびをしながら伸びをしていると、リオネルさんが「お目覚めになりませんか、」と問いかけてくる。
なりません、と言いたいのをぐっと堪えて、借り物の服の動きやすさに感心する。
浴室にタオルと共に用意されていたナイトウェアは軽くわたしの服の品質を越えていて着心地もよく動きを締め付けないゆとりもあってよく眠れたし、こういう質の高さが高級ホテルなんだわって妙に納得できてしまった。
昨日の夜、オルジュを見送った後入浴しようとバスタブにお湯を溜めている最中に思いついて厨房へと行き、公国語訛りでたどたどしく王国語を使い事情を話して廃棄予定の紅茶の茶葉を分けてもらって、癒しの手上がりの治癒師ならでは染色作業をさせてもらっていた。
道具や場所を貸す代わりに見学したいと言ってくれた厨房に残っていた調理人たちの見守る中、黄緑色や黄茶色に色が染みついた元は白かったシャツを寸胴鍋に沸かした湯の中にありったけの出がらし茶葉と一緒に入れてグツグツと煮て色を染み込ませたのだ。出がらしの紅茶の茶葉だけあって濃くは色付かないので、シャツは全体に茶色くなっただけなのだけれど、白色だった時よりも庶民の作業着感が出て味わいが深くなる。
仕上げに塩で揉んで色を定着させ軽く水洗いし部屋に持ち帰り乾かした後、時間と寸胴鍋を借りたお礼として再び厨房へと戻り厨房を磨き掃除し、ついでに明日の朝の仕込みとしてパンの生地をこねる職人の隣で他の料理人たちと朝食に使うという食材の用意の手伝いもした。担当した玉ねぎの皮を剥く作業を終える頃には、料理人ひとりひとりの顔と名前と出身地を覚える程に打ち解けていて、わたしも質問される度に、聖堂に潜入する際に使う予定の『ビア』という人物の設定を語らせてもらった。
計画として聖堂では、癒しの手から治癒師に職位変更したばかりの公国人の新人の冒険者として公国人らしさを前面に押し出していこうと思っている。公国人の一般的な特徴は陽気な快楽主義者で競争よりも祭を好む性格とされているので、意識して『底抜けな明るさ』だの『破天荒な前向きさ』を体現していかないといけない。同時に、気難しいスタリオス卿の妹である冷静で奥手なコルの攻略もしていく必要があるので、ある程度の高度な言い回しや単語を覚える必要があった。いくら1周目の世界でシューレさんとコルと仲良くできたからと言って、2周目も同じ条件で仲良くなれるわけじゃない。1周目のわたしにはシューレさんという王国人の仲間がいたので、公国語しか話せないと黙っていてもシューレさんの助けがあったので乗り切れた出来事も、2周目のわたしには誰も助けがない分、自分の言葉で自分を説明する必要がある。なにしろ、王都から出るためにも治癒師として評価もあげていく必要があるし、公国人であり貴族であり軍人でもあるコルと早く接触するにはある程度の社交性や積極性が必要になってくるので、ある程度嘘はすらすらと出てくる方が芝居しやすい。わたしの王国語ではまだまだ足りない部分があったのもあって、王都暮らしの長い料理人の皆さんには言葉の指導までしてもらえたのは助かった。精霊に父を持つという事実は伏せて素のわたしの出自をほとんど使う設定は、料理人たちの客人に対しての遠慮がちでそれでいて好奇に満ちた幾多もの質問のお陰で、かなりしっかりとした人物像へと作り上げていけた。
部屋に戻って再び湯を溜め直し、厨房で話をしている最中に組み上げたばかりの『ビア』という人物についての設定をさらに細かく覚え直しながら入浴し終えたのは真夜中で、聖堂へ潜入した後や王都脱出計画を妄想しながら髪を丁寧にタオルで拭って乾かして、窓辺に吊るしていた紅茶で染めたシャツが見て満足してベッドに倒れ、公国のラボア様に報告するためにアリエル様に通信して、寝る前に今ある魔力をすべてイヤリングに意識して魔力をつないで、オルジュの魔力が尽きないように願っていた辺りから記憶がない。つまり、魔力を補充しながらまま眠ってしまった結果が現在だったりする。
状況を把握するのも眠っていたい言い訳をどこから話そうかなんて考えるのもなんだかとてもだるく感じてもう一度ベッドに倒れ込むと、小さな溜め息と軽い咳払いとが聞こえてきて、言い難そうな声で「スタリオス様とお客様がお待ちです、」と言われてしまった。声だけであのリオネルさんが困り顔になっちゃったんだろうなって想像できてしまった。閣下は朝から元気だな~。
ん?
朝からわたしにお客様って誰だろう。
「お客様ですか?」
閣下に、お客様?
「はい、お客様です。」
「あ、リオネルさん、スタリオス様にお客様ですか?」
「いいえ、スタリオス様とビア様に、お客様です。」
「昨日の人たちですか?」
「違います。ですが、スタリオス様はお困りなご様子です。」
閣下が?
「反応が違うんですか?」
「ええ、まだお怒りではなく、現在は困惑されている御様子です。」
『まだ』って言葉も、『現在は』って念を置くのも、昨夜の騒動を知っているリオネルさんならではだと思えた。閣下の困惑されている御様子というのを見てみたい気もするけど、烈火な閣下は冷静なようでいて激情だから、抑えきれない感情が何の脈力もなく突然爆発しそうな気もしてきて、いくらでも閣下の急変を想像してしまえるだけに「急ぎます」と言うしかなかった。
カーテンを開け、眩しさに顔を背けながらわたしは慌てて着替えを探す。昨日紅茶で染めたシャツは乾いていて、草木で出来ていた色染みが紅茶で色を重ねた結果味わいのある色むらになっていて、どう見たってこれは売り物になる風合いじゃない。古着としても売れなさそうな、山奥で暮らしている治癒師な印象が強くなった気する。手に取ってみると、ほんのり茶葉の残り香があった。
「起きます。行きます。急ぎます。」
この方があか抜けていない気がする。カバンを手に取ろうとすると背後ではリオネルさんが去っていこうとする気配がするので、後姿に向かって「すぐに行くと伝えてください、」と伝言を頼んで時間を稼ぐ。
「お待ちしております。」
リオネルさんがドアを閉めた音を確認した後、支度を急ぐ。
あれだけ上機嫌にお酒を飲んでいた閣下は意外にもわたしよりも早起きなんだと感心しながら洗面所に行き顔を洗って、タオルで拭いながら姿を確かめる。公国を出た時よりも少し伸びた髪はまとめるにはまだ少し短くて、でも、1周目のわたしの姿とはかなり違う。聖堂に潜入する際、どうしても身体検査や属性の検査や魔力量の検査を受ける。ラボア様の元でした水晶を使う遊びのような検査とは違い皇国式なので本人の申告を基に魔道具を使った検査を受ける。
1周目では、身体検査でされるままに未分化という特徴がバレても、身辺調査で問われるままに素直に申告し属性をふたつ持つ半妖であり精霊の父親を持つ家族構成だとバレても、シューレさんという頼もしい味方がいたのもあって平気だった。未分化の半妖と特別扱いされた結果上級軍人であるコルと接触でき結果的に最期まで一緒にいられたのだけれど、2周目である今回は素直に実力や素性を申告するつもりはない。父さんが聖堂に関係しているようなので父さんの仕事に巻き込まれないようにする必要があるし、わたしも父さんを巻き込まないようにしなくてもいけないし、味方となってくれそうな師匠もオルジュもいない。たった一人だと思うと心細いけどわたしひとりだからこそ相談する手間も時期を待つ必要もなくいつだって機敏に対応できるのだと割り切って、コルの周辺に近付くことにこだわらないように心がけて、できれば人並み以上に魔力量を持つとバレない様にして、聖堂からの円満な脱会を目指さなくてはいけない。なにしろ現在わたしの属性はひとつなのだし、聖堂に入る目的は王都の検問所を突破することなだけなのだから、必要なのは魔力量を調節して検査に挑んで一般的な治癒師の集団に紛れ込み、貴族と良好な関係を気付けそうな治癒師という信頼を得られる価値を少しだけ付加する程度でいいのだ。閣下から使用の許可も頂いたことだし、『公国のマルルカ公爵家に出入りしていた太陽神ラーシュ様の加護を貰えた治癒師』という肩書があれば十分で、必要な箔は付いている。
シューレさんとわたしが行動を共にしていないおかげで既に流れが変わっているはずの2周目の世界だけど、コルと接触しないまま王都を脱出出来てもアンシ・シで再び出会う可能性はある。ただ、その時、立場は違っているはずだ。コルはわたしではない未分化の半妖とシューレさんではない竜騎士か聖騎士を連れているはずで、わたしは、エドガー師が竜化しないように阻止する立場としてその場にいる予定なのだ。
2周目の現在、公国から来た庭園管理員たちがブロスチでの魔香の売買を阻止し、密売しようとした者たちを王国の南方へと追っている。1周目の未来でのアンシ・シの事件で使われるはずの魔香が運び込まれない可能性が出てきたし、竜化したエドガー師に捧げられるはずの未分化の半妖であるわたしが分化してしまっているし、エドガー師が竜化した後を討つ予定の竜騎士であるシューレさんもいない。
それでも、地竜王の神殿では竜が集まっているし、黒い甲虫が事件で使われる以上、虫使いがこの先現れないとは言い切れない。マハトがガルースへ転送されたのは偶然なだけだとすれば、マハトではない別の虫使いがアンシ・シにはいると想定しておく方が手堅い。
虫使いというだけで疑惑の目が向けられてしまってもマハトは何の関係もないのだと証明するためにも、マハトの周辺を調べるためにオルジュが公国へと旅立ってくれている間にわたしもアンシ・シへと移動して、エクスピアや聖堂の内部にいると思われる真犯人たちを突きとめたい。
コルの未来を変えるためには必要なのは、コルに接触したいという欲を捨てることだと鏡の中の自分自身に言い聞かせてみる。コルに直接接触する必要などないと諦め、大切な人の傍にいて見守りたいという欲も捨ててしまわないと、コルと縁ができてしまう。
できるかなって自信が無くなってしまいそうになるほどに、わたしはコルに執着している。
コルに、会いたい。
シューレさんと、コルに会いたい。
大切な人たちを、失いたくない。
1周目のシューレさんとコルとの思い出が今のわたしを生かしてくれているだけに、聖堂に潜入してコルに会ってしまうと、欲に目が眩んで取り乱してしまうかもしれない。
「それだけは、避けないと。」
口に出してみて、自分の声の暗さに驚いてしまう。理屈ではわかっていても、気持ちが付いてこれてないんだって思い知る。
首からかけたお守り袋を下着の下に隠して、ポケットに入れた貰い物のハンカチには琥珀と黄水晶、黄色く輝く石の指輪を忍ばせかけて留まる。太陽神ラーシュ様の加護を貰う治癒師が黄色く輝く石の指輪をつけているとなると、皇国人の多い聖堂では高評価に変わるかもしれないなと思えてきた。
冒険者の証である鉅の指輪に重ねるようにして黄色く輝く石の指輪を嵌めると、わたしは部屋を出た。
※ ※ ※
廊下ではリオネルさんが待ってくれていた。場に似つかわしくないと言いたくなるようなわたしの格好を見ても驚かないのだからリオネルさんは高級ホテルの従業員として心構えが徹底していると思う。
「お待たせしました。」
「あちらです、」
昨日の夜での厨房での会話をおそらくだけどリオネルさんは把握している。わたしの紅茶染めのシャツに関して何も言わなかったし、評価も感想も口にしなかった。
わたしも、リオネルさんは知っているものとして説明をあえてしなかった。オルジュと契約して戻ったわたしを知っているリオネルさんに、今更癒しの手から治癒師になったばかりの新人なのだと説明しても信じてもらえなさそうな気がするのもあるけど、自発的に話さないのは王国語に自信がないからなのだと態度で示す方が言葉の不自由さを表現するには楽なのではないかと考えたのだ。
廊下は中庭に向かって作られているので、いくら地上では花瓶や低木で視界が遮られていようとも、上階から見下ろせば頭上が見える。
花陰にあるテーブル席の、優雅に座っている閣下の前の席に誰かがいたとしても花や草木の陰で見えない。橙色の制服を肩に羽織っただけの閣下の姿勢の良い姿と視線の向き方から、向かいには誰かが座っているのだろうなとわかる程度だ。
「いつからですか?」
「早朝に出立されるご予定のお客様をお見送りする際、正面入り口のドアの近くでお待ちになっていらっしゃったのをお見掛けして、現在身元の問い合わせ作業中です。」
「塀を乗り越えてきたわけじゃないですよね? 正門も閉めてあるでしょうし、昨日の夜から隠れていたのでしょうか。」
「当ホテルでは早朝から納品する出入りの業者がありますから、正門の扉がかなり早い時間から開けてあるのです。当ホテルにご予約されているかどうかを伺いましたら、予約はしていないとのお答えでしたのでお断りをいたしましたら、ご宿泊されている方とのご面会を希望されました。時間も問題ですが、先方様のご都合もありますし、身元の確認のためにお時間をいただきたいとお答えいたしましたら、いつまででも待たせていただくつもりがあると仰いました。他のお客様の目もありますし、ひとまず館内にお入りいただいて受付でお待ちいただいておりましたところ、朝食をお召し上がりにいらっしゃいましたスタリオス様の席へと、止める者の阻む手を振り払って向かわれました。」
「閣下の…、いえ、スタリオス様と面識がある方だったのですね?」
足早に廊下を行くわたし達は、階段も音を出さないように気を付けながら駆け降りる。
「スタリオス様は面識がおありではないそうです。ですが、訪問されたお客様がそのまま席の相席を希望されましたので、現在、スタリオス様と同じテーブルについておられます。」
「リオネルさん、こういう場所の作法をよく知らないので教えていただきたいのですが、案内されていない席に同席を希望するってとても不躾だと思うのですが、可能なのですか?」
高級ホテルと評されているのは共有する空間でも個々人の距離感を尊重して花や草木の目隠しがあったりするからだと理解していたのもあって、当然、自分の時間を邪魔されないように外界との接触もホテルが盾になってくれるものと認識していた。
「基本的には不可能です。私達が必ずご案内しておりますので、案内のない席に勝手にお座りになるお客様はありません。こちらからお願いして相席をお願いすることは相当混んでいる時だけの禁じ手でしかありませんし、そもそもそういう事態が起こらないよう、宿泊される方の総数は座席数よりも少なめにしか受付いたしません。私どもも退席をお願いしたのですが、どうしてもと大声で言い張られ騒がれましたのと、何より、スタリオス様が許可をされたのです。」
「え?」
あの閣下が?
思わず聞き返したわたしに、リオネルさんは楽しそうに微笑んで「私も聞き返してしまいました。とても意外でしたので、」と小さく肩を竦めた。
軽快に階段を降りていくと地上階へと、漸く辿り着く。
「スタリオス様が、理由があるのなら聞こうかとまずお尋ねになりました。」
「スタリオス様が、ですか、」
あの閣下が!
「はい。そのお答をお聞きになった結果、現在一緒にビア様をお待ちになっていらっしゃいます。」
想像できるのは、客人は女性だ。昨夜リオネルさんがクローネさんには決して触れずにエベノズさん達男性たちは小脇に抱えたのを見ているので、対応に手こずるなら女性だと推測できる。
公国から来た客人なら閣下は顔を知っていそうだけど、閣下は知らない相手なら公国からの客人じゃない。
王国で、王都に閣下がいるとを知っているのは離宮か花屋の人々だけど、花屋は庭園管理員として昨日のうちに閣下と会っているし、ラボア様の配下の者である庭園管理員なのに閣下を知らないなんてあり得ない。
離宮の皆さんは先代の国王妃様の朝食の支度をする時間だろうから抜け出せない。王都を自由に飛び回る化け山猫オリガならあり得る。
ゴクリ、と唾を呑みこんだのは、オリガはとんでもない発言をしていそうな気がするからだ。
しかも好奇心が強く無鉄砲なオリガなら、意味もなく退魔師である閣下に喧嘩を売りに行くのもありうる。
花の迷路のような中庭のテーブル席では、もう朝食を食べ始めている者たちの後ろ姿や気配がいくつもある。閣下の後ろ姿が見えて来た。花陰が途切れるのを待って歩き進める。
「あちらです。」
向かいに座るのは、背の低い…、女の子だ。淡い桃色のブラウスの襟元には色とりどりの花模様の刺繍があり、二つ括りの髪には真っ赤なリボンが結ばれている。明るい緑色の大きな瞳はしっかりと意志を強くして前を見据えている。
幼いながらに信念を持つ顔には見覚えがある。
驚いて声をあげそうになって手で口を押え立ち止まるわたしに、リオネルさんはすかさず耳元に囁くようにして「あの方はスタリオス様に『ビア様を取り返しに来た、』と仰いました」と教えてくれた。
※ ※ ※
言葉の意味が判らないままに、わたしは不穏な空気の漂うテーブル席の傍へと進み出た。閣下と目が合ってしまったってのもあるけど、立ち止まって考えていたって答えが判らないときは判らないって腹をくくったのが本音だ。
「おはようございます。お待たせしました。」
リオネルさんが引いてくれた椅子にするりと座ると、閣下が「料理を」と片手をあげて合図を送る。右手には閣下、左手には昨日会ったばかりのチュリパちゃんの顔が見える。意識して閣下の顔を見ないようにしてしまうけど、意識しなくたって、漂ってくる熱波から閣下は現在の閣下は相当にお怒りだってわかる。
<その格好は、>
<正装するようにとのお話はなかったので、普段着で来ました。>
閣下の公国語に公国語で答えると、閣下は一瞬眉を顰めた。
<薬でも作っているのか?」>
<近いですね。癒しの手から治癒師になったばかりなので、薬草を摘みに行く格好の方が気が楽なのです。>
わたしが聖堂に潜入するために芝居を開始しているとどれぐらい話せば閣下は気が付いたりするのかなって思ったりして、ちょっとだけ意地悪な気分になる。
コホンという咳払いをして閣下がチュリパちゃんへと視線を動かした。
「ビア、この娘を知っているか、」
ありがとうございました




