49、虫使いの行方
春の女神様の神殿に戻り、特に言い訳もせず、わたしは何食わぬ顔でリオネルさんと合流した。時間がかかった言い訳をすればするほど墓穴を掘りそうだったってのもあるけど、リオネルさんがいくら半妖でいわゆる獣人とはいえ精霊が見えるかどうかわからないし、精霊を好ましいと思っているかどうかはまた別の話でもある。太陽神ラーシュ様から頂いた加護の印は目聡く発見したオルジュには一応、別れてからの日々と、リオネルさんは閣下の手配してくれたホテルの従業員なのだとざっくりとした説明をしてある。
宿屋に泊まる際、契約している精霊に関して説明するかどうかは個人の自由だ。一般的には、契約している精霊に関する情報は弱点でもあり強みでもあるので、必要ない限り黙っているものだ。知覚出来たとしても、いるな、と思う程度で深く探ったりはしない。精霊の契約者と見えた人との関係が良好なら契約者と同調する精霊もその人に対して良好だから、警戒しなくてもいいからだ。
馬車に乗り込んで後部座席に座ると、リオネルさんは「走ってこないんですね、」と言った後、わたしの顔をちらりと見て、「行きましょうか」とだけ言った。わたしの隣で後部座席の脇の安全柵に腰かけているヒト型のオルジュは、まるで見えていないようだ。
「お願いします。」
わたしの声にリオネルさんは頷いて返事して、黙って馬を走らせ始めた。
ガタゴトと揺れる馬車は閣下が昼寝して待つローズテラスという名の高級ホテルへと向かって進路を取って、来た道をそのまま引き返す順路で裏通りをひたすら走るので、記憶に新しい道なので気楽に座っていられる。
「ねえ、オルジュ、わたしと別れてからどうしていたのかを教えて? 春は、間に合ったの?」
風の精霊であるオルジュは、わたしが囁く声を拾ってくれて、わたしにだけ聞こえるように耳元に声を届けてくれる。
「王国へ春の嵐を起こして北上していたよ。少しばかり駆け足で移動したから、無事に間に合ったよ? ご心配なく。」
「王都へは、いつ戻ってきたの?」
「本当についさっきだよ。昨日、ビアが戻ってきたって気配を感じて、春のうちに会いたいなって思ったから急いで引き返したんだ。」
春の嵐のオルジュは、夏になると姿が変わり勢いが弱まる。
「昨日って、もしかして、アンシ・シにいたの?」
「そうだよ。国境の街まで春を届けている最中にビアを感じ取ったんだ。間に合ったら主様もお許しいただけるはずだって思ったから、皇国への国境を越えるまで春を届けて、急いで引き返してきた。」
頭の中の、1周目の未来の記憶を引っ張り出してきて、地竜王様の神殿から見下ろした街の景色を思い出す。
あの景色の中に、クアンドの月の女神様の神殿の椅子から転送されたマハトがいるかもしれないってことも思い出す。皇国のビセンデさんの家で別れた夜から随分と経つからもういないかもしれないけど、マハトは虫使いで誰かを追っていた様子だったから誰かを探している最中なのかもしれない。
「…わたしも知っている誰かに、会わなかった?」
マハトだと言わずに尋ねてみる。
オルジュは首を傾げた後、わたしを見た。
「王都に戻ってくる最中に、火竜王様の神殿で舞っているあの男を見たよ。クアンドの地竜王様の神殿で舞ってたレゼダって人。暗黒騎士になった聖騎士と、陽気な男もいたよ。すごく楽しそうで、賑やかな男だった。」
「レゼダさんと、アレハンドロね。その陽気な男って、王国へ向かう際スタリオス卿からのご縁でわたしや師匠と一緒に旅をしているベルムードよ。オルジュとは面識なかったね。」
確か火の国回廊を使う馬車の中でスタリオス卿に引き合わせてもらったので、風の精霊王インテーオにわたしとの契約を解除されて義務を果たすべく王国へと舞い戻ったオルジュとはすれ違っている。
「ビアから見て、どんな人?」
嘘をつく人と言いたくなるけど、変に先入観は植えつけない方がいい気がする。わたしが言わなくても、実際に対面してみれば察しのいいオルジュはベルムードとの関係を見抜いてしまいそうだから今は黙っておくと決める。
「ちょっと変わった人。」
「…そうなんだ?」
追及したそうに目を細めているオルジュにわたしは視線を逸らして通りの先を見やった。
リオネルさんは夕暮れ時の大混雑を避けるためにギリギリまで東の区画の大通り沿いの裏通りを走り抜ける進路を取っていて、仕事を終えて帰る者たちが大通りへと出る流れには乗っていない。遠く遠くの先には王都を出る検問所へ並ぶための馬車の渋滞も見えて、少しだけ、あの混雑する列に紛れ込めばわたしも王都の外へ出られるのかなって考えてしまった。
「そういえば、春の嵐を起こしながら北上していた時、アイツも見かけたよ。王都にいた。」
つい昨日までアンシ・シにいたのなら、逆算すると王都にオルジュが通り抜けて春が来た頃は半月の頃だと思われる。
その頃、わたしはブロスチにいた。
「アイツって誰?」
アイツと言われて連想してしまうのは、ブロスチで出会った属性をふたつ持つ父さんの仲間と呼ばれるような存在たちで、ギプキュイが呼んだカエル顔の神官様だったりわたしが呼んだフクロウ魚だったりする。
「ビアと親しくしていた奴。虫を使う山の民の男。」
「マハト?」
「そう。反対側から歩いてきて、僕とは逆の方向に去って行っていたから、顔が判った。相変わらずいっぱい虫を捕まえていたよ。」
「王都に、マハトがいたの、」
皇国人でありながら山の民であるマハトは、身分を証明できるものを恐らく持っていない。どうやって王都に入ったのかとても気になる。
「一人だったの?」
「一人だったよ。興味あるの?」
「あるわ。マハトには話があるもの。」
個人的な理由だと、わたしの中にマハトが食べ物に仕込んで入れた虫卵はアレハンドロの聖騎士の効果で消えてしまったからマハトとの婚姻の儀式は無効になったって伝えたいし、結婚はできないから婚約は解消するって伝えないといけない。
自分の任務としては、ラボア様はマハトが鍵になるとお考えなので、マハトを捕まえる必要がある。本当にマハトだったのか、どこに向かっているのか、アンシ・シに戻る可能性があるのかわを見極めたい。
「ふうん?」
オルジュは首を傾げたままわたしを見ていた。
「その後、マハトには会っていないの?」
「知りたい?」
「教えて。」
不機嫌そうなオルジュに辛抱強く尋ねてみる。
「オルジュ、教えて。」
顔を上げて遠い空を見上げて黙ったオルジュはしばらく考え込んだ後、わたしの顔から目を逸らしたまま「…王国にはいないかもね、」とだけ教えてくれた。
「そう。」
王国にいないのなら公国へとでも向かったのかもしれないけど、どうして皇国じゃないんだろう。
クアンドから転送されてガルースへ行きついたとして、追いかけたかった誰かを見つけられなくなっているのだとしても、わたしを気にかけてくれているのなら、最後に別れたクアンドへ戻るために皇国側の国境を越えて皇国へ入ってクアンドを目指してくれていると思う。
何らかの手段で情報を得てわたしが王国のブロスチにいると判っていたからブロスチへ向かってくれたのなら、その後どうして公国へと行先を変えたのか理由がわからない。
但し、わたしがブロスチにいると判っての行動とするのなら、情報がマハトの元へ届くまでの時間の経過も加味されないといけない。わたしが公国からブロスチへ移動しているという時間の経過も加算して行動するなら、下手にブロスチへ移動せずに王都で待っていた方が無駄なく合流できるのだ。
わたしが王国にいるという情報を基に動いているのではなく、マハトが探している誰かが王国人と行動しているのだとしたら、伝手があるから皇国ではなく王国を経由して公国へと向かっている、と考えるのが一番無理がない。マハトはあの別れた夜からずっと、わたしではない誰かのことばかりを考えて行動しているのだ。
「…マハトは、わたしじゃない誰かを追いかけて行動しているのね、」
推測でしかなかった答えを口にすると、マハトはまだあの夜が続く最中にいるのだと思えてきた。
オルジュは、何も言わずにただ微笑んでいる。
「どこへ行ったのか、調べてほしい。目的を知りたいの。」
「任せて。他には?」
「聖堂の情報を。しばらくご厄介になりそうなの。」
「わかった。」
オルジュは優しい瞳でわたしを見て首を傾げた。
「で、ビアは、今日まで、何をしていたの?」
オルジュの問いかける声にわたしは言葉に詰まって「いろいろあったの、」というのが精いっぱいだった。一言でなんか言い表せないくらい、思い出が溢れてくる。
「傍にいて助けてくれたらって何度も思ったわ。」
「ふうん? 例えば?」
裏通りを曲がった馬車は大通りを渡ろうとして停車していた。話せば長くなる。このままホテルへと戻るまでに話し終えられるかどうか自信がなかったのもあって『あとで話すね』と言葉を続けようとして、肩越しに振り返ったリオネルさんと目が合った。
「どうかしたんですか?」
「このまま戻りますが、よろしいですか?」
「ええ。お願いします。」
「…回り道、しましょうか?」
まさか、この騒音の中を囁く声が聞こえていたの?
「大丈夫です。このまま帰ってください。」
「そうですか。お話の区切りがいいところまでお付き合いしますよ?」
!
「もしかして、話す声を聞こえているんですか?」
「いいえ。でもそこに、精霊が浮いているのは見えます。」
「あ…、」
「春の女神様の神殿で捕まえていらっしゃったのですよね?」
「え?」
びっくりするわたしたちの顔を見比べて、リオネルさんはにっこりと微笑んだ。
「僕は南方の山里の出身ですから幼い頃に見た覚えがあります。彼は花散らす春の嵐だと祖母に教わりました。そうですよね?」
「見えるんですか?」
オルジュへと目を向けたリオネルさんに、オルジュは陽気に手を振った。
「はい。はっきりとはわかりませんが、わかります。昔見た時と同じ姿で驚きました。」
オルジュは精霊なので人とは見た目と年齢の捉え方が違う。
「時が止まったのかと思いましたよ。」
精霊は魔力が大きければ大きいほど美しいという法則があっても、本人の好みの年齢の姿で過ごしているので人間のように見た目の姿が実年齢とほぼ同じであるという規則性がないのと、個人差があるために人間でいうところの年代に換算してもあまり参考にならないのもあって、オルジュにいくつなのかを尋ねたことなどない。
苦笑いをするわたしを見て、オルジュが「ビアも同じようなものだよね」と言ったのには即否定して首を振っておく。
「ビア様は本当に魔法使いだったんですね。」
わたし達の馬車が横断するために交通を整理していた騎士たちが一時的に停車させてくれたのを見て、会釈してリオネルさんは「あと少ししたら到着いたしますから、しばしご歓談ください、」と楽しそうに言って、馬車に大通りを横切らせ始めた。
※ ※ ※
暮れていく時の王都の明かりの灯っていく街を見ながらリオネルさんの安定した手綱裁きの馬車で駆け抜けて戻った高級ホテル『ローズテラス』ではもう夕食時で、気の早い客たちが中庭のテーブル席に集まって食事を始めていた。もちろん、閣下もそんな一人で、カトラリーとグラスしかないテーブルを前に、腕を組んで無表情のままテーブル席に座って空を見上げている。制服じゃなく上質な黄緑色の上品なシャツに焦げ茶色のズボン姿の閣下は顔色もよく、入浴も済ませたようでさっぱりとした表情をしている。
オルジュは情報を集めに行くと言ってホテルの内部へ入らず出かけてしまったのもあってひとりでホテルに戻ったわたしは、リオネルさんに閣下の前の席に案内された。
「遅れました。」
遅れたとは思ってないけど、不機嫌だから無表情なのだとしたら原因はわたしな気がするし、一応礼儀として「…すみません」と謝っておくと、閣下は無表情な顔つきのままわたしの顔を見て「機嫌を取ろうとするな、」と怒ったように言った。ちょっとめんどくさいと思ったのは内緒だ。
席、別のテーブルの方がいいなーと思いながら座るのを躊躇っていると、閣下の眉間の皺がさらに深くなる。
「そこに座れ、」
「いいんですか?」
「良い。お前は私のツレだ。」
「…ありがとうございます。」
おずおずと席に着くと、絶妙な間で料理が運ばれ始めた。何も言わなくても閣下のグラスには赤いワイン、わたしのグラスにはお水が注がれたのは気の利かせすぎだと思う。お水で十分に嬉しいけど、他に何があるのかを聞いてみたかった。閣下と同じものを頼むつもりはないので、結局お水でいいですって言うと思うけど。
「受け付けないものはないな?」
「好き嫌いですか?」
「ああ。先に頼んでおいた。」
「…ありがとうございます。」
閣下は貴族だし上司だし、本音を言うとちょっとだけがっかりしたけど、気にかけていただいているだけでもありがたいことなのだと割り切ってお礼を言ってみる。選ぶ楽しみって大事だよねと心の中で呟く。
スープやサラダ、パンといった副菜とともに閣下の前にもわたしの前にも肉料理が運ばれてきたのは嬉しかった。口に合うかどうかは置いておいて、閣下と同じ待遇に扱ってもらえるのが気分がよかった。違うのは肉の厚みだけだけど、そんなのは誤差のうちだ。
「お前と過ごす時間は限られている。食事をしながら話をするぞ。まずは食べなさい。」
ナイフとフォークを優雅に操ってわたしの分の倍の分厚さのある肉の塊を切り分け添えられたソースをつけて食べながら、無表情な閣下が勧めてくれた。
「ありがとうございます。頂きます。」
閣下を真似て肉から食べることにする。牛肉は久しぶりだ。すっとナイフが入るのもいい香りなのも柔らかくておいしいのも嬉しい。
ちらりと閣下の様子を覗き見ると、閣下は無表情のままで、かといって楽しそうでもない。表情が読み辛い。無感動なままこんなにおいしいお肉を食べるなんて、食べ慣れているからなんだわ!と思うけど、そういえば貴族なコルもどんなにお腹が空いていそうな時でも食事中に表情を変えなかった。多分人目があるから感情の起伏を押さえた結果の無表情なのだ。貴族って大変だ。
あまりにもおいしくて公国に残した母さんにも食べさせてあげたくなってきてどういう薬草や香辛料を使ってこの味を出すのか再現したくて分析しながら食に集中して没頭して食べていると、公国と皇国の国境の境目の山を下っていた日々を思い出してしまって、なんだか妙に師匠の現在が心配になってきた。わたしを探していた事実を隠して皇国まで来てくれた師匠は、またもやわたしを探して皇国まで探しに行ってくれている。師弟関係だからって義務感からの行動でも、やっぱり、そこまでしてもらえるのって嬉しいし、そういう苦労を告げないまま接してくれていた配慮も胸を打つ。どこにいるんだろうとか、師匠はちゃんと食べれているのかなって思い始めると、贅沢な食事をしている自分という存在が身勝手すぎると思えてきて、申し訳なくなってきた。
「…どうしたんだ? うまいか?」
「とても、おいしいです。」
おいしすぎて、自分の生き方を反省してしまえるほどに、おいしいです。
「それならいい。今日はどこへ行っていたんだ?」
閣下はすぐさま、「会話にならないから、私ばかり質問するのではなくお前もわたしに質問し返すように。いいな?」と言い直して勝手にルールを決めてしまった。
閣下は上司なんだから部下の行動の把握は妥当な対応な気がするのにそう言ってくれるのは、わたしだけが話し続けているとわたしの食事が進まないからだと気が付いた。意外にやさしい烈火な閣下は潔すぎて時々尊敬する。
「宿屋へ行って荷物を回収して、借り物の服を預けるために洗濯屋を紹介してもらいました。」
「このホテルでもそういった紹介をしてくれるのではないか?」
「この先、ちょっとここまで回収に来るのは遠いなって判断しました。」
「それもそうだな。あそこは届けさせるわけにはいかない場所だ。」
あそことは、聖堂だろうなとぼんやりと思う。潜入する任務の漠然とした段取りが閣下の頭の中にもあるのだと感じた。
ローズテラスから洗濯済みの服を手にしたリオネルさんが聖堂に現れたら、閣下との関係を話すだけではなく、離宮との関係も話さなくてはならなそうなのでできるなら避けておきたい。聖堂に潜入するにあたって、わたしは公国人の治癒師である冒険者で、かつてはマルルカ公爵家にも出入りしていたことがあると話す程度にしておきたかった。コルは聖堂内の位置付けとして上級軍人なので、少しでも接触できる機会を増やしたいという下心もある。聖堂は平等を謳っている組織だけれど、実際は違う。同じ公国人でも貴族出身者と平民出身者とでは就ける役職の違いが最初の入会時から存在している。
「閣下、あそこへの入会手続きの際、ここへ来る前はどうしていたのかを尋ねられたら、閣下の専属医として王都に入ってここへ滞在したとは告げるつもりです。いいですか?」
2周目の現在、冒険者であり平民なわたしは通常の手段ではコルと接触できないと想定している。なにしろわたしは未分化ではないので1周目のわたしという存在にあった希少さがない。同じ治癒師でも、癒しの手か治癒師か救いの手かで待遇が違ってくるのもあって、王都を一刻でも早く抜け出したいわたしが狙っているのは、貴族の屋敷にも出入りできるほどの実力を持つという評価付きの治癒師という立場だ。コル自身がわたしを知らなくても、スタリオス卿とつながりがあると判れば対外的に価値が生まれる。
秘密を抱えた貴族はたいてい専属の治癒師や医者を抱えているもので、特に貴族の秘密に驚かない性格で腕利きの者が好まれる。貴族の屋敷に聖堂から派遣される治癒師は貴族と縁を作る意味で派遣されるので新顔や癒しの手ではなく信者歴が長い治癒師が多く、もともと能力が高いので貴族に気に入られ聖堂からの派遣を固定する契約がそうそうに為される。新人治癒師は基本的に聖堂にやってくる平民信者を相手にする立ち位置から始まるのだけれど、公国の名家であるマルルカ公爵家のスタリオス卿とつながりがあるとなればわたしの評価は公爵家ほどの家柄の秘密に驚かない精神力を持つ治癒師という扱いに変わるので、聖堂から治癒師として各地に派遣される任務に早く就けるようになる。
王都から、堂々と聖堂の治癒師として抜け出せる機会がやってくるのだ。
「好きにしろ。いっそのこと、公爵家に出入りさせてもらっているとでも言ってくれても構わない。」
「ありがとうございます。」
「その後はどうした?」
閣下は厚く切った肉を頬張っている。
「春の女神様の神殿へ魔力を回復しにつれて行ってもらっていました。」
そんなもの、眠れば回復するだろう? とでも言いたそうな顔で呆れられた。
「不測な事態を避けるには、魔力は必要だと思います。」
「お前は不測な事態の連続で生きているからそれもそうだな、」
ムッとしてしまったわたしは、思わずカトラリーを持つ手が止まった。閣下はいつになく刺激的だ。
「私はよく眠った。食事のあとまた眠るつもりでいるから、今は睡眠の休憩中だ。」
笑えないつまらない軽口を言えるほどにご機嫌だ。
「さて。先ほどはわたしがお前に尋ねたのだから、今度はお前がわたしに質問をする番だ。なんでも答えてやろう。」
どうやって公国から移動してきたのかは花屋で教えてもらう約束があるので急いで知る必要はなかったのもあって、次に知りたいことを尋ねてみる。
「今日、あのお屋敷で『持ち込まれるものは、すべて返しているのか』とお尋ねになった理由を伺ってもいいですか?」
どうしても、どうしてそんな質問をしたのか聞いてみたかった。短い一言なのにとても含みのある言葉だと思えたので心に引っかかっていた。
持ち込まれるもの、と言われてあの状況で連想するのは、ヒパルコスの乙女と朱色の棺桶だ。
閣下は肉を頬張ったままわたしの顔をじっとみて考えていた後、やっと答えてくれた。
「ああ、あれか。」
話を早く進めてほしいから、それだ、と茶化さないでおく。
「あれは試したのだ。なんと言って反応するのかを知る必要があった。」
「試されたのですか?」
マルソさんを?
あの時、マルソさんは「…一体、何のことでしょう?」とだけ言って、笑顔を作りながらも指が折れてしまうのではないかと心配したくなるほどに固く手を握っていた。
閣下が小さく舌打ちをしていたのが印象深かった。
「違和感を感じたら、解決しないと不快にならないか?」
閣下は片眉だけビクつかせた。イラッとしているみたいだ。
ありがとうございました




