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35、ヒパルコスの乙女と幻惑の輝石

 一階の応接室へと案内してくれながら、カチアさんはこれから会う人について簡単に説明してくれた。皇国(セリオ・トゥエル)から来た貿易商で、カチアさんのお母さんのリクトリアさんのお兄さんなのだそうだ。すでに事業の大半は息子さんに譲られているとかで、現在は古くからの付き合いのある重要な人物からの『他人には任せられない仕事』だけを扱っている人なのだそうだ。今回王国へ来たのは奥様からの依頼だったからだそうで、それってつまり、この国(スヴィルカーリャ)の先代の国王妃様からの依頼だから来たのだろうなと察せられて、なんとなくこれから会う人がどういう人なのかが理解できてしまった。王族と懇意にしている皇国(セリオ・トゥエル)の貿易商なら、規模を考えれば富豪と呼ばれるような豪商だ。

「どうしてそんな方が、わたしに会いたいと仰っているんですか?」

 素朴な疑問として、カチアさんに確認してみた。わたしが今日このお屋敷にいるのは昨日たまたまここへ来たからで、以前からの約束があってここに滞在しているわけじゃない。皇国(セリオ・トゥエル)からくるような貿易商が事前に今日この場所にわたしがいると知っているとは思えないし、誰かが『ビアトリーチェ・シルフィム・エガーレがいるから会いにおいで』とその貿易商に連絡してわざわざ呼んだとは思えない。ましてやここに暮らす人たちは王族に(かしず)くような人たちなのでそんなに気軽に客人の詳細や滞在情報を明かすとは思えないし、大体、わたしは名指しで訪ねてきてもらえるほど有名な冒険者でもない。

「ビアさんには、客ですがお客様として扱っていただかなくてもよいのです。このお屋敷に滞在する客人としてではなく、冒険者としての依頼として引き受けていただきたいのです。」

「あの…? 依頼として『冒険者の客人としてあしらう』って意味ですか?」

 冒険者として演技でもするのかなと思えてきて首を傾げたわたしに、カチアさんはうんうんと頷いて同意してくれた。

「実は、もともと伯父は奥様とお約束をしてこちらへ伺ったのですが、門番が皇国人を間違えて、別の、約束のない者たちを先に通してしまったのです。奥様には事情をお伝えして段取りが狂ったことをお伝えし珍客にはマルソさんとサーヴァさんが対応したのですが、伯父は、待つ条件に冒険者に合わせてほしいと要求してきましたの。お屋敷には冒険者が滞在中だからいつもの門番はいないのだと、その門番が口を滑らせてしまったようなのです。奥様に交換条件を出すなど失礼だと母や私は怒ったのですが、それができないなら伯父の顔を覚えていないような門番など入れ替えていただきたいと奥様に向かって言い出したのです。門番と言っても王国の王都の騎士団から派遣されてきた者です。昨日の騒ぎの影響でいつもの者ではないだけの不手際ですから、伯父の人事への介入を許すわけにもいきません。お客様であるビアさんに伯父の相手を頼むのはいかがなものかとは思いましたが、奥様ができる限り引き延ばしてみると仰ってくださってくださいましたし、ビアさんはシクスト様とご懇意なご様子ですから、伯父と話が合うかもしれません。どうか、伯父を客人として扱ってはいただけないでしょうか。」

 今日限りの門番なら人事に介入されようと罰を受けようとたいして問題はない気がするけど、皇国(セリオ・トゥエル)人の富豪という『先代国王妃様の旧知』の要求を王国の王都の騎士団が飲むわけにも跳ね除けるわけにもいかないから初めから事件をうやむやにしてしまおうという魂胆なのだとすると、通りすがりの冒険者というこのお屋敷にかかわる人物の中で一番損失の少ない存在が泥をかぶるという判断となったのだろうなと思えてきた。

 シクストおじさんまで引き合いに出されてしまうと、わたしとしてもシクストおじさんの顔を立てないわけにもいかないし、わたしが引き受けるしかなさそうだ。

「ええ、わかりました。お屋敷にご厄介になっている客としてご挨拶くらいはさせていただけると思います。ただ、わたしは冒険者と言っても治癒師(ヒーラー)ですよ? がっかりされるのではありませんか?」

 貿易で富を成す富豪が想像するような『冒険者』という存在は、世間一般に言う剣術も武術も魔法も使え宝物を獲得しまくる旅の猛者だとするなら、あいにくとわたしは猛者でも剣の達人でもない。宝物として見せびらかせるようなものは獲得しておらず、所持を秘密にしておかなくてはいけない原始の魔法使いオーリの遺骨やブロスチで出会った人々に貰った思い出の品ぐらいしか持ち合わせはない。

「大丈夫です。伯父は、得難い話が聞きたいのです。貿易商ですから、公国や王国の果てまで出かけて行って、あちこちの神殿で冒険者を捕まえては変わった話や体験談を聞くのです。ビアさんにお会いしたい理由もきっとそういう話が聞きたいだけでしょうから、申し訳ないのですが、御無理のない範囲で付き合ってやっていただきたいのです。」

 カチアさんはわたしが引き受けないとは思っていないような口ぶりだった。だから、初めからわたしのお客様が来たと言ったのだと思うと、きっとこのお屋敷に暮らす人々の総意なのだと思えてきた。


 無理難題を吹っかけたいわけでもなさそうなので引き受けると決めてしまったのもあって、トマスさんは完全に『わたしのお客様』になってしまった。わたしが太陽神ラーシュ様の加護をいただいているのは女神さまたちを信仰している皇国(セリオ・トゥエル)人のマルソさんやサーヴァさんは既に気が付いているので、その人にも指摘されたらマルソさんたちに話したような内容で話してみるつもりだ。

 応接室の前に来ると、マルソさんとサーヴァさんが待ってくれていた。わたしが会釈する前に、マルソさんは「お客様がお待ちですよ」と言い訳も説明もなく言った。一階(ここ)に来た以上承諾済みだと思われているのだろうし、協力しないなんて考えられないと思われているのだと思う。冒険者って何でも引き受ける余裕があると思われているのなら勘違いだと指摘したくなるけど、公国(ヴィエルテ)からのお迎えが来るまでは従わない理由もないので黙るしかない。

 会釈をして好意的な態度をとる気が無くなって動作が止まっているわたしに、サーヴァさんは「少しドアを開けておきますから、」と小さく微笑んでいった。

 どういう意味なのかと尋ねる前に、マルソさんが「公国(ヴィエルテ)語も王国語も話せる方ですから、言葉は気にしなくても大丈夫ですよ」と教えてくれた。抗う隙もくれないみたいだ。

 サーヴァさんが開けてくれたドアの中へと入る。一緒に来てくれたカチアさんはオリガを抱っこして捕まえて廊下に待機してしまったので、一緒には入ってくれなかった。


 応接室の広い室内には、黄色の地色に黄緑色のテッセンの文様の絨毯の敷かれたうえに白い大きなソファアと明るい茶色のテーブルや家具があって、クリーム色の壁紙の壁の前に皇国(セリオ・トゥエル)人特有の焦げ茶髪に青い瞳の男性たちが数人いた。座らずに控えている背が高く骨太な体格の質のいい暗い深緑色のジャケットに黒いズボンの揃いの服を着た彼らは従者なようで、ソファアの上座に腰かけていた品のいい鼠色のジャケットに深緑色のズボンの白髪混じりの老人がわたしを見て手をあげると、静かに出て行ってしまった。ドアが少し開いたままなので何かあったら確かにすぐにマルソさんたちが入ってこれそうだけど、知らない異国人と二人で話しなさいって要求は無茶すぎる気がする。

「初めまして、ビアさん、とお呼びすればいいかな?」

 立ち上がりもせずに公国(ヴィエルテ)語で話しかけてきた老人はわたしの名前まで知っていた!

 大きな瞳は深い青色で肌は程よく日焼けしていて健康そのもので、年齢や性差を加味してもカチアさんとはあまり似てはいないと思えた。

「初めまして。ビアトリーチェ・シルフィム・エガーレと言います。あなたは、何とお呼びしたらいいですか?」

 マルソさんたちに聞こえるようにはっきりと王国語で答えてみる。カチアさんの伯父さんで先代の国王妃様の旧知でなければ知り合う必要などないような傲慢な印象だ。

「私は皇国(セリオ・トゥエル)で商いをさせてもらっていた者だよ? ここのお屋敷のご主人様とは若い頃からの知り合いでね、あなたには是非にお会いしてみたいと私がお願いしたのだよ。」

 王国語で話し直しわたしを手招きして「ここへお座りください」と言った老人の言葉に従ってしまえば、挨拶だけでは済まなくなる気がする。

「何か、御用でしょうか?」

 立ったまま答えるわたしに、老人はフーっと溜め息をついた。

「気分を害したのなら済まなかったね。警戒するのも無理もない。あなたは太陽神ラーシュ様のご加護をいただいているような崇高な魂の持ち主のようだ。これは失礼した。私はトマスだ。あそこにいるカチアの伯父で、しがない貿易商をしていた者だ。今は引退して、各地で築いた人脈の手入れだけを生きがいにしているつまらない男だよ。」

 しがない貿易商と謙遜できてしまえる富豪のトマスさんは、かなり口が上手いなと思ってしまった。廊下にいる人々のことも意識して答えてくれたし、さりげなくわたしの無礼も許してくれている。

「あなたにお会いしたかったのは、冒険者だからというだけではないんだ。私は各地へ仕事で向かうと、ついでにその土地の神殿に参拝するようにしている。特に王国の南東部では最近、面白い話が聞けてね。冒険者である治癒師(ヒーラー)が行方不明になったと話題になっていたんだよ。どうやらブロスチに久しぶりに現れたラーシュ様の巫女に選ばれた娘なのに神隠しにあったって惜しむ声があってね。」

 じっと表情を読むようにわたしの顔を見つめて、トマスさんはにっこりと笑った。

「ビアさん、あなたなんだろう、そのブロスチの巫女って存在は。太陽神様が冒険者をお連れになったのを神隠しと噂されていて、王都に現れた旅の治癒師(ヒーラー)は加護を得ていたとなると、ふたりは同一人物で空白の時間には何かあったって想像がつくもんだ。ぜひとも何があったのか、神隠しでの間の話を聞かせてくれないか。」

 面喰って黙ってしまった。トマスさんの切込みの良さにこれだけの推理をどれだけの情報を集めた結果で導いたのか知りたくなるけど、南東部という言葉から、ブロスチから王都までの距離以上の範囲での情報の収集があったのだろうなと思えてしまった。詳しく聞いてみたいけど、聞くのが怖い。

「貴重な体験を聞かせてもらうのだから、お礼と言っては何だがそれなりに報酬はさせてもらうつもりだよ。どうかな、」

 どうもこうも、この流れなら断れない気がする。

 話さないことで不興を買っても現段階ではわたしには特に問題はない。ただ、こういう『話を集める人』には情報が不足していると面白おかしく脚色されてしまい、いつか見知らぬ誰かにまで街の噂な怪談話として土産話にされてしまうと、公国の山奥の奥の山里に暮らした経験から知っている。

 話せることを話した方が、未完成な全体像を想像で補完したくなるという刺激をしないで済みそうだ。

「報酬をいただく程ではないです。あちこちにある太陽神様の神殿で、奉仕活動として清掃をさせていただいていただけです。珍しい体験などしていませんよ?」

「謙虚だね。実に立派な心意気じゃないか。では、その加護はいったい何のご褒美なんだい?」

 おでこを無意識に触って隠して、わたしは「王国の、とある神殿の聖なる泉を復活させただけです」と答えておいた。

「なかなか大したものじゃないか。そういう他人の利益となる働きができる冒険者は昨今じゃめっきり減ってしまった。いったいどうやって聖なる泉を復活させたんだい。教えてくれないか?」

 好奇心にキラキラと目を輝かせて憧れの眼差しでわたしを見つめるトマスさんの熱意に悪い気はしなくて、プレーヌ達のことは伏せつつ、わたしはジルベスター領の山里の神殿での出来事を話し始めた。もちろん、ラーシュ様の仕事部屋で見聞きしたことは話してはいない。

 神殿を片付けて地属性の魔法使いとして魔法を使って木々を蘇らせただけの話なのに、聞き終えたトマスさんは拍手してくれて、「なんと素晴らしい。いい話を聞かせてもらいました、」と目を潤ませながら感想をくれた。満足してくれたみたいだ。よかった。特におかしな点はなかったと思うけど、トマスさんには泣けるほどに響いたようだ。

 だけど、「そうか、あなたは地属性の魔法使いでありながら水属性も得意なのですな、」と指摘されてしまった。

「どうして、そう思われるのですか?」

 わたしという魔法使いが純粋な人間ではないと初対面の人間に指摘された気がして驚いてしまった。属性をふたつ持つ未分化の半妖だった頃があるのだと、その時期を知らない人に指摘されてしまったみたいな気がしたのだ。

「違っておりましたかな?」

 トマスさんは得意そうに笑うので、半分当て水量だったのかなと思えてきた。

「いつか神の手(メシア)になりたいので、研鑽している最中なのですよ?」

 治癒師(ヒーラー)の最上位である神の手(メシア)なら、地も水も属性がふたつ得意でもおかしくはない。

 当たり障りのない答えで誤魔化してみると、トマスさんはパァーッと顔を輝かせた。

「ああ、治癒師(ヒーラー)は自分の身を守るためにできることもできないというと聞きますが、あなたもそういう傾向がおありなのですな? 判りました、あなたとは長いお付き合いをさせていただきたいと思いましたから、お気持ちは守りましょう。いやはや、あなたのような見所がある方にお会いできてよかったですな。今日はいい日に変わりそうです。」

「何か、嫌なことでもあったのですか?」

 まさか面会の順番を飛ばされたぐらいで『嫌な日』になっちゃうの? つい意地悪な質問がしてみたくなる。

「ビアさんは冒険者なら、皇国(セリオ・トゥエル)には自動(オート)人形(・マタ)があるのをご存知ですかな?」

 急に声を潜めたトマスさんは、静かにわたしを見つめて言った。この声量なら、いくらドアが開いていようと廊下にいるマルソさんたちには聞こえない。

「ええ。クアンドに行ったことがありますから、知っています。」

「ほう、それはそれは…、」

 トマスさんはわたしという人物を見極めるように目を細めた。

「ヒパルコスの乙女は、どうですかな?」

「言葉だけなら、知っています。」

 朱色の棺桶のある部屋で隠れている時に盗み聞いてしまったとは答えられない。

「あなたは随分と博識なようだ。私は今日、この王都から皇国(セリオ・トゥエル)へと持ち帰らなくてはいけないのでしてな。ああ、実に気の重い仕事だ。」

「これから、皇国(セリオ・トゥエル)へ、ですか?」

「そうです。気楽な旅がすっかり重大な任務に変わってしまいました。こうやってビアさんと話をさせてもらっている間に私の手の者たちが支度をしてくれておりますし、ここにはマルソという稀代の人形遣いもおりますから万全に運び出せましたが、いかんせん物がモノなのでこの先、どんなに神殿があったっていかに高名な冒険者がいようとも寄り道も立ち話も叶わないだろうなと思っておったのですよ。ここであなたの冒険話が聞けたので、帰り道の心の拠り所としましょうか。」

「そんなに大変なものが、王都にあったのですか?」

 このお屋敷、と限定せずに聞いてみる。

 ヒパルコスの乙女が何なのかわからないけど、人形遣いのマルソさんがいるから大丈夫なものなら、あの朱色の棺桶の中の人形が該当するのだと思えてきた。

 トマスさんは瞳をきらりと光らせた。

「ええ、護身用に魔石をいくつも用意させましたから無事でしょうが、皇国(セリオ・トゥエル)へ戻るまでは油断できないような代物です。何しろ、皇国(セリオ・トゥエル)では悪霊と呼ばれるような悪い精霊を封じ込めるのに使っていたような自動(オート)人形(・マタ)ですからな。」

「悪い精霊…、」

 父さんを連想してしまったのは内緒だ。

自動(オート)人形(・マタ)の核に魔石を使うのが基本でも、ヒパルコスの乙女は違います。核に魔石を使わずに精霊を直に閉じ込めるのです。うっかり精霊が近寄ると、吸い込まれて閉じ込められてしまうのです。ですが、人間には影響はありませんからご安心ください。」

「精霊を、ですか、」

 オリガが倒れて石化しそうになるほどに衰弱してしまったのを思い出して、血の気が引く思いがしていた。そんな危険なものはいつからオリガの休憩所ともいえるこの離宮にあったのか、気になってしまう。

 先代の国王妃様への皇国(セリオ・トゥエル)からの献上品を皇国(セリオ・トゥエル)の富豪とはいえトマスさんが譲り受けるのですか、と言いそうになって言葉を飲み込む。あくまでもわたしは旅の冒険者で、ここは薬草園でありお屋敷のご主人が奥様という認識を守っておかないと、このお屋敷の秘密を知っているとバレてしまう。

「王国は竜の国と言っても、精霊が見え隠れする国です。できるだけ早く皇国(セリオ・トゥエル)に持ち帰って、信頼のおける神殿に預けなくてはいけません。あんなものが巷に出てくるとは思っておりませんでしたよ。現存するものを見たのも手に入れたのも長く生きてきてもたった二度目ですが、こんなに完全な形で見るのは初めてでしてな。それにしても、よくもまああんな危険なものを聖堂なんぞに王国に持ち込ませるとは、いったい猊下様も何をお考えでいらっしゃるのやら…、」

 トマスさんはペシペシと膝を打って、わたしの顔を覗き込んだ。猊下、という言葉でどういう反応をしたのかを確かめたいみたいだ。

 わたしは『聞き流してしまったから何のことやらわかりませんとでも言った方がいいのかな』と思いながら笑ってごまかしてみる。

「いやはや、興奮してしゃべり過ぎましたな。」

 わたしの表情を見てトマスさんはほっとした表情になったので、多分きっとこれでよかったのだ。

「さてと。ビアさんはこの先、どこへ向かわれる予定ですか?」

公国(ヴィエルテ)からのお迎えが来てくれてからになりますが、アンシ・シへ向かおうと思っています。」

 いつになるかわからない先の話だけど、ベルムードたちが先に向かってくれているし、セサルさんと約束したし、もしかしたらマハトもいるし、エドガー師がやってくる未来も待っている。

「おお、ビアさんは約束もなく訪れた侵入者という扱いをされているのですな? はあ、王国はお役所仕事が過ぎますな。先ほどの、わたしの約束に割り込んだ者たちは同じ皇国(セリオ・トゥエル)人とはいえ、皇国(セリオ・トゥエル)の貴族の従者なのですよ。アイツらは聖堂と懇意にしているからと言って無理を通すのに、公国(ヴィエルテ)人のこんなに志の尊い娘さんを捕まえて軟禁してしまうのですから、理不尽にもほどがありますな。」

 トマスさんは立ち上がると、苦笑いをするわたしに手を指し伸ばしてくれた。手を取るようにして立ち上がるわたしの右手の薬指に、自分の嵌めていた黄色く輝く石(クライオフェン)の指輪を嵌めてくれる。黄色く輝く石(クライオフェン)は『幻惑の石』とも呼ばれていて、精霊の悪意を跳ね返す石とも呼ばれている。精霊が人間にかける幻惑の魔法を跳ね返す効果を持つ石なのに『幻惑の石』と呼ばれているのは、この石自体が他の鉱石に擬態していて発見されても価値を気が付かれない場合があったからだ。

「こんな高価な石を、まさか、下さるのですか、」

「ほう、この石の価値をお分かりですか。さすが、あなたなら価値をわかってくださると思いましたが、期待通りでしたな。どうか、これを友情の印にお持ちになってください。報酬として王都では私の名を使っていただければいくらでも私が費用を持ちましょう。この石に誓って、どうぞ約束をさせてください。あなたの友のひとりに加えていただければ、私の名のある限りあなたの力となりましょう。なあに、あなたと再会する時には旅の続きの話をお聞かせくだされば、それ以上に十分な対価がありますからな。」

 今日会って話をしただけなのに、評価が高すぎる気がする。あまりに好条件を提示されてしまうと身構えてしまうのは、わたしが根っからの庶民だからだ。

「…この指輪だけで十分な報酬です、暖かいお言葉に感謝します。旅の費用はわたしの治癒師(ヒーラー)の対価で稼ぎますから、御心配はいりません。大丈夫ですよ?」

「あなたならそう言うと思いました。だからこそ、あなたにわたしの名を使っていただきたいものですな。」

 ハッハッハと豪快に笑いながら、わたしの手を握ってブンブンと振って、トマスさんは「必ず、約束を忘れてはいけませんぞ」と言い置いて去ってしまった。


 追いかけようとして、部屋のドアを閉められてしまったのに気が付く。応接室にはわたし一人しかいない。鍵係がないと出られなくなってしまった。

 マルソさんやサーヴァさんが来ない理由を考えると、トマスさんのお見送りに行ってしまったのだと気付く。マルソさんはヒパルコスの乙女の搬出に付き添ったって話だったから、サーヴァさんがお見送りに付き添ったのだと思う。

 ソファアに座りなおす。残された応接室で誰かが気がついてくれるのを待つしかなくて、わたしはただただ途方に暮れるしかなかった。

ありがとうございました

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