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26、籠の中の籠の中

 起きてみて、わたしは自分自身が借り物の菫色のワンピース姿のまま眠っていて、体のどこにも疲労感がないのに気が付いた。窓際の天井に向かってカーテンから漏れる日の光に目を慣らしていくと、公国のわたしの部屋ではないし、市場の皇国(セリオ・トゥエル)人向けの宿屋ではないのだとはっきりしてくる。見慣れないベッドで、市場の雑多な騒々しさも嗅ぎ分けられないような香りも全くない、カーテンが日差しも音も外界との情報をすっかり遮断していて静かで落ち着く部屋だ。肌触りの滑らかなシーツも織り目の細かいラグも質のいい高級品なのだとわかる。広めの室内にはテーブルやソファアといった家具もあって、2台並んだベッドの窓際ではない方を使っていたりする。

 もしかして、昨日、記憶が途切れたのが眠っちゃった証なら、ここは離宮のお屋敷の中にいるままなのかもねと思えてきた。状況を理解はできたけど、あの時自分の体に起きた現象を説明できそうになかった。眩暈とか、失神とか、気絶という感覚ではないとだけ言える。

 皇国(セリオ・トゥエル)人の使う白魔法は1周目のわたしがアウルム先生に教えてもらっているので、この2周目の世界でも治癒師(ヒーラー)として再現はできる。だけど、昨日のは、どっちかというと催眠術かなと思えたし、どっちかというと、無理やりにわたしの自由を奪っていた。

 ベッドから起き上がり、大体の時間を知るために窓のカーテンへと向かう。少しだけ端をめくると、遠くでバルコニーを掃除をしている侍女の後ろ姿が見えた。ここは2階か3階なのだとバルコニーの向こうの風景からわかる。明るく晴れていく空の色は澄んだ水色で太陽は見えない。静けさや空気感からして、太陽が昇り始めた頃なようだ。昨日の夜から数時間と経っていないと思いたい。

 窓には鍵が掛かっていて、バルコニー側から中へは入ってこれないようだ。窓を開けて侍女に声をかけようとしたら、別の侍女が出てきた部屋に入って行ってしまった。一緒に入りかけた別の侍女がわたしを見つけたのと目が合う。目を見開いて怒りにも似た表情を浮かべている顔を見ていると、窓を開けているというわたしの行動を咎められているような気がしてきた。誰かを手招きして呼んでいるのを見てしまったので、窓を閉めようとしてやめる。カーテンも開け広げてみた。誰が来るのかを待ち構えていたのに、侍女たちはこちらへ来なかった。


 開けた窓もカーテンはそのままに部屋の奥へ戻り、2か所あるドアを確認してみる。1か所は脱衣所で、もう1か所は鍵が掛かっていて開けられない。進むなら脱衣所しかない。念のため確認すると、さらに奥には2方面にドアがあり、まっすぐ向こうは鍵が掛かっていて動かず、もう一方は浴室だった。浴室には高い位置に窓がある程度で、構造上、バルコニーから見えないようになっているのだろうなとしか思えない。結局はバルコニーにしか出られないのだ。

 ここは先代の国王妃様のお暮しになるお屋敷という条件と実用的な間取りと簡素な部屋の様子から、この部屋は賓客に付き添ってきた使用人の使うための客室なのかなと思えてきた。貴族は基本的には自分の身の回りのものは使用人に任せてしまうから、最低でも一人は供の者を連れて旅行するので付き添いの使用人用の客室が必要だ。主客室と言われるような豪華な部屋には国賓級の人物を泊める機会があるのなら、遠路はるばる公国(ヴィエルテ)皇国(セリオ・トゥエル)からやってくる国外の貴族を想定しているとして、信仰する者が違うという前提で宗教色を無くした結果の簡素な部屋なのだ。使用人用の部屋でも十分な広さなのも、荷物を管理するためにはある程度の広さが必要だからだ。この部屋一室しか使用を許されていないわたしは、主客室を用意する程の賓客ではないと判断されたのだ。

 それにしても、閉じ込められる理由は何だろうと首を傾げたくなってくる。部屋の中を観察して歩いても調度品は質がいいと判るばかりで、手紙もメモもない。手掛かりなどないし、ベッドの下に何かが隠されていたりもしない。冒険者の特権として貴族との面会は許されてはいるものの、全く面識のないのわたしが使用人用とはいえ客室を用意してもらえたのもおかしな気がしてくる。説明もなく閉じ込められてしまっている以上、この屋敷の主にはわたしを閉じ込める理由があると言われているようなものだ。


 さて、どうしようか。行動するには、何ができるかを確認しておいた方がいい。誰もいない部屋のソファアに開けたままの窓を見張るように座り、わたしは手持ちの武器となるものを確認する。昨夜着替える際、布ものは洗濯してくださると言うので預けてしまったけど、貴重品は手元に残していた。首からかけたお守り袋も網につるした翡翠のカエルも下着の中にそっくりそのままあるので、眠っている間に中身を持ち出されたような気配はない。もしもお守り袋の中身を見られてわたしの特別通行許可証を確認されたのだとしても、素性を知られていない指の骨の犬笛は得体が知れなくて気持ち悪がられただろうなとは思う。興味を持たれるとしたら、師匠とお揃いのカエルの翡翠かリネちゃんに貰った桜色の貝だ。カエルの翡翠を握ってみても反応はない。対のカエルを持つ師匠はここにはいないのだから当たり前なのだけど、ひとりなのだって再認識してしまった。そうだ、わたしはひとりなんだ。

 父さんに時間の檻に閉じ込められていた時、わたしは自覚なく術の中にいたので、閉じ込められていると知らなかった。ここは完全に閉じ込められていると現時点でわたし自身が判ってしまえるので、気持ちの在り方が違う。抜け出る方法が必ずあると信じているし、きっかけさえあれば何でもできるはずだ。何しろひとりなのだから、守るのはわたし自身だけでいい。

 閉じ込められている間に公国のラボア様に現状の報告をするとしても、真っ只中で不用意に混乱を招くような報告をするよりはある程度結果が見えてからの方がいい。幸い魔力は回復しているから、地属性の魔法使いとして魔法を使えば道は開けるとさえも思っていたりもする。

 ただ、バルコニーから抜け出して屋外に出たとしても、ドアを破壊してでも逃げ出したとしても、高い塀を乗り越えられない限り出口は正門しかない。門番がいるから、結局、この屋敷の関係者の誰かに見つかってしまう。表向きは治癒師(ヒーラー)という冒険者ではあるけれど、裏の顔は公国の庭園(グリーン)管理員(・キーパー)だったりするので、変に間諜と怪しまれて王都の騎士団に捕まって投獄されるのは避けたいし、先代とはいえ国王妃様を襲った国家転覆を計る諜報員とみなされて王族を敵に回すつもりもない。指導員(メンター)である師匠や忠誠を誓ったラボア様の信頼を裏切りたくないので、できる限り穏便に常識的な人間としてここから出るのだという心構えだけは忘れてはいけないのだ。最悪の場合でも、ドアは破壊するのではなく、鍵を開ける程度に細工してみよう。


 先ほどバルコニーで侍女に見つかっているのだから、もう「起きている」のは多分バレている。ドアをノックして向こうの反応を伺って見張りがどう出るのかを試してみるのも情報収集となるのだけれど、わたしがどう行動するのかを、向こうも見極めている。

 命を取られることなどないとは思うけれど、時間をこのまま消費していくのは惜しい。

 お守り袋やお守りたちを元に戻して立ち上がりドアへと向かおうとして、「どこへ行くの?」と呼び止められた。

 聞き流そうとして立ち止る。

 足元の影は薄い。父さんの声じゃない。

 ずっと窓の向こうを見ながら座っていたから侵入者には気が付けるはずの、ここは誰もいない部屋なはずだ。

 誰が言ったの?

 振り返ると、いつの間にかわたしが座っていたソファアのテーブル越しに向かいのソファアに若い侍女がこじんまりと、膝の上に手を置いて姿勢を正して座っていた。


 ※ ※ ※


「…どうやって入ったんですか、」

「どうやってって、ドアを開けて入ったわ。」

「音がしなかったし、鍵がかかっていましたよね? 鍵を持っているんですか?」

 警戒して身構えると、楽しそうに笑って若い侍女は首を傾げた。

「鍵は持ってないわ? 私を誰だと思ってるの?」

 この精霊は、かなりの実力の持ち主だと自分自身を高く評価したいらしい。

「もう私が誰なのかを知っているんでしょ? あなたの想像通りだから、これくらい大したことないの。」


 山猫の化け猫とこの屋敷の者たちは評していたっけ。化け山猫って呼ぶには失礼な大層な美人だよね、とわたしはまじまじと侍女の顔を見た。

 他の侍女に比べると若いというだけで若い侍女と区別されているこの精霊は、朝の光の中で彼女を個人単体で見ると人間での年齢にするなら20代後半から30代半ばといった印象の、目鼻立ちのはっきりとした相当な美人だ。と言っても、精霊なので中身はもっと年上だ。守護精霊というからには魔力量が高い大妖でもある。黙って座っている表情には、昨夜見たかわいらしさなんてどこかに消えてしまっている。


「今日は頭に猫の耳が生えていないんですね。手も人間の手なんですね。」

「もう忘れてよ、昨日は大変だったの。全部あなた達のせいよ。」

 強い口調に、恨みを買ってしまっているのだと気が付いた。父さんのやり方は子供のわたしでも強引だと思えたのもあって、わたしはソファアに座りなおした。

 わたしの顔を睨むばかりで、化け山猫な侍女は名乗ってくれない。わたしは父さんとは違って精霊には詳しくないのだと主張するには、手さぐりに話を進めていくしかないようだ。

「あなたはこの土地の守護精霊さまですよね?」

「そうよ? 大切にする気になった? 私、話があってきたのよ。」

 でしょうね、と思ったけれど黙っておく。フーフーと鼻息が荒いし、興奮しているのを余計に刺激するのはよくない。

「話って、他の誰かには聞かれては困るような話ですか?」

 内緒話だからって、鍵のかかっている部屋に潜り込んできたんですか?

「そう。だから簡潔に言うわね?」

 守護精霊が威圧しながら簡潔に言う話とは、わたしの同意などお構いなしに意のままに命令するという意味だ、多分。

「あなたの父親に手を貸してやったのだから、代わりに手を貸しなさい。」

 面喰いつつも、わたしは反射的に「嫌です」と答えていた。

 父さんのやったことは、わたしが上位者としてアレに目をつけられてしまったからこの土地から別の土地へアレを移動させただけだ。

 アレがいて困ったのはアレに次ぐ者として秀でていた上位者と呼ばれた誰かで、アレが『いなくなってよかった』と思っていても『いてほしいとは思ってはいない』と思えた。たとえ誰かが守護精霊の化け山猫だったとしても、厄災を運ぶというアレにいてほしいと思ってはいないはずだ。

 そう考えると、わたしに手を貸せという言葉からは、父さんを脅しに使ってうまくわたしを使おうという魂胆が見えてくる。

「父さんに貸しがあるのなら、父さんから取り立ててください。」

「あなたは子供でしょ? 代わりをなさい。」

「お断りします。」

 守護精霊ってどこでもちょっとズルい性格なのかなって、ブロスチの化け狐のギプキュイの顔を思い出しながら断ってみる。

「どうして? まずは話を聞いてくれたら考え直すと思うわ。」

 わたしにとっての最優先は『まずはここを脱出すること』なので、手伝ったら出られるとは限らない。手伝ったら終わるまで出られないとも言えるのだ。

「厄災の原因を作るという存在が、騎士に化けてここに潜んでいたのはご存知ですよね? 父さんはアレって呼んでいました。」

「ええ、知っているわ。あの男ね。へえ、アレって呼んでいるの、そう、」

「アレがいなくなって、清々しているのはあなたも同じではないですか? アレは、あなたに何か利益を与えてくれたんですか? 違いますよね?」

 場の上位者が挫けるのを喜びとするのならますます幻滅しそうだなと思いながら、念を押してみる。

 化け山猫な侍女は、黙ったままだ。

「アレの影響で誰が被害を受けていたかも、知っていたりするのですよね?」

 違うのなら、場の上位者は順当に考えて先代の国王妃様だ。

「知らないわ。」

 え?

 意外な答えに、わたしは一瞬、頭の中が真っ白になった。

「あの、あなたは、アレがいたのは知っているんですよね?」

「知っているからって、このお屋敷の中に入れるようになったのは最近だから、アレが何をしていたのかはわからないわ。」

 声が小さいのは、自信がない答えだからだ。

「もしかして、この場で一番秀でている人物が誰なのかも、知らないのですか?」

「このお屋敷の中で一番能力が高いのは奥様だけど、正直に言ってわからないわ。判りようがないの。」

「かわいがってもらっているのではないのですか?」

 化け山猫は上目遣いになって口を尖らせた。

「猫だった時は、触れていただいたりもしたわ。あの方、とても穏やかな魔力をお持ちなの。とっても心地よかったから覚えているわ。」

「今のお姿は猫じゃないですよね、まさか、結構前からお目にかかれていないんですか?」

「それは…、最近お部屋に入れてくださらないの。私がこういう格好をしているのも、まだお見せしていないから、そう、最近、お目にかかっていないわ。」

 想定していた以上に化け山猫は能力が低いのではないのかななんて思えてきて、そんな風に能力を決めつけるのはよくないと考え直す。守護精霊だからと言って、悪い魔性である父さんと同等であるはずがないのだ。

「いつからアレを見かけて、いつからここに入れるようになって、いつから奥様に会えなくなったのかを、覚えていますか?」

「アレが来たのは今月よ。月のない夜の後に見かけたのが最初だったから。このお屋敷に入れるようになったのはそのしばらく後ね。奥様にお会いしていないのは、ついこの前の満月からかしら。あ、でも、お部屋に籠ってしまわれているから、誰もお会いできていないわ。勘違いしないでね、私だけが嫌われたわけじゃないわ。御病気か何かなのよ、決して勘違いしないでね?」

 先代の国王妃様が圧し折られた被害者なのだと断定したくなってきたけど、同時に、そんな高貴なお方なら例えお会いできたとしても平民で知り合い未満な関係であるわたしには易々と弱みをお見せにならないだろうし何があったのかも打ち明けてもらえない気がしてきた。ご自分の判断で回復できたと思える時まで姿を隠しているおつもりがあるのなら、面会はとても無理だ。

 この離宮よりも、移動した先の王城でのアレの行動の方が気になり始める。アレが王城に居ついて厄災を振りまき始めたら、誰も知らないうちに取り返しのつかない事態にまでなってしまいそうだ。

「ねえ、アレの話をしたいわけじゃないわ。私はあなたの父親のしたことの影響をあなたに償ってほしいの、」

 眉間に皺を寄せて、化け山猫は考え込むわたしを睨みつけた。

「さっきは貸しって聞こえましたよ?」

 償うのと借りを返すのとはまるで意味が違う。

「どっちにしても私を手伝うのだから同じことよ? 何もしないでここを去るつもりなら、私は王都からあなたが出られないように邪魔をしてやる。」

「脅しですか?」

「いいえ、お願いよ?」

 にやりと笑う顔は、とっても美しくて、とても醜い。

「その手伝う仕事は、アレとは、関係ないのですね?」

「そうよ。」

 父さんがしでかしたことでアレと関係なくてわたしが手伝えることって、何だろう。

「…何をするんですか?」

「それは…、まだわからないの、」

「えっと…?」

 わからないのに、手を貸すの?

「どうしたらいいのかわからなくて、困っているの。原因はアレではないだろうとは思っていたから、アレがいてもいなくても変わらないだろうって思っていたの。結局、アレがいなくなっても収まらなかったからアレが原因ではなかったって、わかったばかりなの。」

「あの、それって本当に手伝えることなんですか…?」

 目の前にいる化け山猫の願い事を叶えるのは、無理な気がしてきた。

「そんな顔しないで聞いて。意外かもしれないけど、私がここにいるのが既におかしなことなの。」

「おかしいって、どういう意味なんですか?」

 精霊が化け猫と言われるまでに変化前の山猫の姿と変化後の人間の姿を見せてまでして人間の暮らしに取り入っていたらおかしいと思うけど、そういう意味じゃなく?

 わたしを見て、化け山猫は不満そうに美しい眉を顰めた。

「あのね、このお屋敷には昔は入れなかったのよ。だけど、最近になって入れるようになったし、入ってみたら私は魔法が使える状態にまでなったのよ。かなりおかしな状況なのよ、この土地周辺の魔力量がおかしいの。このお屋敷を中心に魔力が消えて行ってしまっていると説明するのが正確だわ。」

「精霊が入り込めないお屋敷というのは、精霊除けの結界が仕掛けてあったって意味ですか?」

「お屋敷の中に精霊の私が侵入出来て自由に魔法が使えるだけなら、このお屋敷にかかっていたはずの結界に何かの異変があったって判るからまだ説明ができるわ。ね、おかしいのはここのお屋敷だけじゃないの。ここにいてもいなくても、この近くに来るだけで妙に魔力を消費してしまうの。ここに暮らす人間たちは魔法の効果が早く解けるのを『年齢のせいだ』って笑っていたけど、絶対に違うと思うわ。旅人として訪れたあなたは普通に魔法を使えていたのに、この土地と契約している私だけが弱くなっているわ。どんなにありふれた魔法でも、今のわたしにはとても難しい魔法なの。魔力が抜けていく感覚がするから、この姿を維持をするのも大変よ?」

 結界が時とともに風化して崩れてしまっているのなら、術具が劣化したか魔力の供給が途絶えたからだ。

 魔力が消えてしまっているのではなく魔力がどこかに吸収されて行ってしまっているのだとすると、再び術具が起動するために魔力を蓄え始めているだけだ。

「少し前までは、招き入れられても山猫の姿のままだったの。最近は招き入れられなくても入れるし、魔法が使えるからヒト型にもなれるし、人間に化けたりもできるわ。こんな風に人間と会話したり生活ができるって、おかしいのよ、これって、」

 わたしは困り顔になった化け山猫の顔をじっと見つめた。きっかけは、あなたではないのですか? と言いたくなるのを堪えるのが辛い。結界を作る道具を壊したのも、再起動のための魔力を集め始めさせたのも、アレが関係ないのなら、化け山猫な守護精霊が原因な気がしてきた。

「まるで蟻地獄に落ちたみたいに感じるわ。この土地を中心に魔法の効果は失われて魔力が何かに吸収されて行っている、というのが正しいのかもね?」

 結界を破った罰を受けている、とは考えたりしないのかな。

「異変に気が付いているのは、あなただけということですか?」

 離宮から離れてみようとも思わないのかな。

「今のところは、ね? そうね、(あやかし)の道にかかわった精霊たちは、気が付いている頃でしょうね。土地の魔力が思うように得られないから(あやかし)の道を作るのはしばらく先になりそうだって、今頃実感していると思うわ。」

「シャルーや、クアトロもですか?」

「ええ。あんな目にあったし、黄金星草(ゴールド・スター)はしばらく育たないし咲けないわ。」

 一晩眠ったおかげでわたしは魔力を回復できていて魔力が減っていくという実感がないので、話を聞いてもにわかには信じ難かったりする。

「危険な何かが起こっていると思うわ。半妖のあなただから頼みたいの。ね、手伝って。お願い。」

 半妖だから手伝えるという理由を聞いてみたい気もするけど、ここを出てシャルーやクアトロに話を聞いてから返事を考えてみるのが妥当な気がしてきた。

「質問してもいいですか?」

「いいわよ?」

 化け山猫な若い侍女は嬉しそうに微笑んだ。好感触だと勘違いしたのなら勘違いですよと告げたくなるけど、黙っておく。

「わたしをここに閉じ込めたのは、この話をするためですか?」

「違うわ。私じゃないの、私は、ついでに便乗させてもらったの。」

 悪戯っ子みたいに笑う化け山猫は小さく肩を揺らした。

 昨晩の奇妙な魔法を思い出す。侍女ですら不可思議な魔法を使うのに、眼の前の化け山猫のさらに上を行く術者がわたしを閉じ込めているのだ。

 どんな閉じ込めている理由があるのか、わたしだけがまだ知らない。

「ここに、わたしが閉じ込められている理由を、知っていたりしますか?」

「答えたら手を貸してくれる?」

「…考えます。」

「どうしてなのかは知らないわ。このお屋敷の人間はあまりお喋りしないから、みんな大人しいわ。」

 手を貸すと約束しないでよかった。化け山猫の手伝いはしばらく保留にしておいた方がよさそうだ。

「わかりました。お話は伺ったので、また今度お会いした時にでも続きを伺いたいと思います。その時、返事はお伝えします。」

 わたしは颯爽と立ち上がり、目を見開いて唖然としている化け山猫にぺこりと頭を下げた。

「一晩、お世話になりました。また会う機会がある時までお元気で。今日は失礼します。」

 偽りのない気持ちで、お礼だけしっかりと伝えておく。ぐずぐずしていたら素直な山猫に妙な期待を持たせてしまいそうだ。

 ドアノブに手をかけると、くるりと回った。

 よかった。鍵はかかっていない。部屋の外へ出られる!


「…絶対、私の元へ帰ってくる。」

「え?」

 背後から聞こえた声に、わたしは振り返って化け山猫な若い侍女を見た。顔を真っ赤にしてギリギリと歯を鳴らしているし、怒りから、頬から何本か猫の髭が出てしまっている。

「必ず、協力させてくださいってあなたは私に頭を下げに来るわ。私の元にあなたは必ず帰ってくるから。」

 守護精霊に呪いをかけられてしまったと思ったのと同時に、そんな日はきっと来ないと思いながら部屋を出る。

 まずはこのお屋敷を出てから未来は考えればいいと、その時わたしは思っていた。

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