15、目立つと目立たなくなる魔法
ブレットは臨時休業の札を入り口の鏡張りの壁の傍に置くと戸締りをして、「行きますよ?」と外を親指で差した。意外に行動的だ。
「気を使わなくていいですよ? わたしはこの後、別の用事があるのです。」
庭園管理員なのは秘密だし、花屋にさえ辿り着けさえすればどうにでもなると算段をつけていた。何しろ、預けたままの庭園管理員としての報酬を使わせてもらえばいいだけなのだ。
「ロディス様のご命令ですから。それとも、ありがたくいただきますっていうのはその場限りの嘘ですか?」
「ウソではないですけど、別の用事が済んでからではいけませんか。」
「いつ終わりますか? 一緒に行って待ちますよ?」
それは困る。
「今日ではなくて、ずっと先の…、明日以降でも構わないですよ? 王都にいる間には寄りますから。」
ロディスの好意には感謝しているけれど、わたしにも都合というものがあるのだ。
「それじゃあ、今行きますか。嘘ではないんですよね?」
「え…。」
強く否定するともっとこじれそうな気がしてきた。ブレットってこんなに厄介な性格だったっけ? ロディスに接待の報告でもしなくてはならないから?
「では、食事だけですよ?」と譲歩してみると、「わかりました。人目があるのでビア様ではなくあなたと呼びますがいいですか?」と確認してくれたりするので、「もちろん」とまじめな表情を作って答えておく。1周目の世界ではビア様ともビアとも呼んでもらえた例がなかったので、2周目は精霊扱いではなく人間として丁寧に扱ってもらえるんだ!と気が付いて感激していたのをバレたくなかったから表情を作ってみたのは秘密だ。この先、いつかは1周目でのシューレさんとブレッドのやり取りのようにもっと無遠慮な関係を築けたらいいなとも思ったりもする。
市場を目指して歩いていると、急にブレットは立ち止まるなりわたしの格好をしげしげと見て、「その格好は目立ちますね」と難癖をつけ始めた。さっきまで何も言わなかったのにひどい変わりようだ。
目立っている自覚があるから「いいのです」と開き直ろうとすると、「こっちです」と手首を掴まれてしまった。
「引っ張らないでください。」
「ついてきてくれるなら、手を放してあげてもいいですよ?」
「ついていかないので、食事もいらないです。」
「あなたは強情ですね。」
ムッとするわたしの顔を見てしたり顔で笑うと、「時間はかかりません。すぐに済みます」と手を放してくれた。
本心を言えば、わたしだってこのブロスチの巫女服は王都では浮いている自覚はある。着替えたいけど着替えがないのだから、花屋に行くまでの辛抱なのだ。
「王都なら何でも揃います。服だってなんだって、王国で一番集まるんです。」
ブレットは引かない。ここは折れた方が早く別れられたりする…?
「本当に、すぐに済むんですよね?」
「はい。」
まんまと嵌められた気がしなくもない。ブレットが楽しそうなのが妙に腹立たしい。
案内してくれた下町な布もの屋では、ブレットが費用を持つと店主に本当に言ってくれた。しかも、わたしが挨拶する間もなく手慣れた様子で店主と見繕ってくれた着替えは、皇国の国境の街ペスボ・ラ・ドールも含む北部の住民がよく着ているという七分丈の中途半端な長さの地厚な生成り色のシャツにキュロットスカートで、どちらも袖口に濃い赤紫色や赤色の花模様が刺繍されていた。なんでもその地方では年間を通じてこの上下の服が基本で、温度調節には中に長袖の薄手のセーターや下にズボンを穿くらしい。ブレットは「じきに夏が来ますし、冬になったら下に着込む分を買い足せばいいですから、今日はこれにしましょう、」と言って決定して支払いを済ませてしまったので、選ばせてもくれなかった。
試着室で早速着替えさせてもらってリディアさんのお下がりのワンピースを畳んでいると、ブレットはついでに買った手提げ袋と何枚か着替えを手渡してくれ、「服もその袋も皇国製の品なんですよ」と得意そうに笑った。王国にはない幾何学的な刺繍は、もちろん公国にもない。かわいいとは思うけど、それほどではない。
何しろ、わたしが着替えている間に、ブレットもかわいらしく変身していた。背が低めなわたしよりは高いけど男性にしては小柄なブレットは付け髪にお化粧をして、レースのふんだんに使われた白いシャツに青色のリボン、濃紺のドレススカートという王国の女の子っぽいかわいらしい格好に着替えていた。透かしレースのリボンをカチューシャ代わりに頭に巻いているので、変装にしては凝りすぎている気がしなくもない。
「お互い、よく似合ってますね?」
腕を絡ませてくるブレットに引っ張られるようにして鏡の前に並ぶと、年の頃は同じな少女が二人並んでいるように見える。ひとりは都会な王都育ちな大人びた少女で、もう一人は素朴で真面目な皇国の田舎娘と言った風情だ。
「まだ髪の色が目立つな…、帽子も被りましょうか、」
癖のある茶金髪のわたしの髪を隠すようにブレットが被せてきた生成り色の地厚な綿素材に赤紫色の花飾りがついた帽子は、ほとんどツバがない独特な形で、ますます皇国情緒が溢れてくる。巫女服より目立っている気がするけど?
「瞳の色が青いから王国人と皇国人の夫婦の子供に見えなくないな。よし、これで行こう。」
ブレットはうんうんと満足して頷く。どうやらわたしを皇国人の冒険者に仕上げたいみたいだ。
「この店は王都で一番品揃えがいいんです。何しろ王都には公国からも皇国からも荷物が流れてきます。古着でも丁寧に繕われているから新品同様だし、何よりここのお針子は腕がいい。細かい調整も料金さえ払えば引き受けてくれます。」
口ぶりから判るのは、適当に選んでこの格好、という見立てではないってぐらいだ。
「あなたがここへ入るまでにしていた恰好はけっこう目立っていたから、人目につきやすかったし尾行し易い恰好でした。もうこれで大丈夫です。」
「そうですか?」
わたしが皇国人な格好をするのは少しだけ理解できた。ただ、尾行し易さは『変わらない』かさらに『楽』になってない?
それに、ブレットまで変身する理由はよくわからない。
「ところで…、そういう格好、好きなの?」
気を使わせたのは申し訳ないけど、薄化粧までして凝っている念入りな女装は、もはや性癖な気がする。
「あなたに合わせて変装しているんですよ?」
わたしの格好はブレットに比べると素朴すぎる気がするけど?
「こういう場合、皇国の男性の格好にして夫婦のふりをするのでは?」
「こっちの方が僕に似合うと思いませんか?」
男性な格好をしている時のブレットの、瞳を見ないようにする臆病さや病的な青白さや陰気さは、女性な格好になると儚げで雰囲気のある眼差しや伏し目がちな表情、華奢な体型といった魅力に感じられてきてしまう。
店主は驚きもせず慣れた様子でニコニコと愛想よくしているので、既にブレットの趣味を理解している間柄なのかもしれない。
「誤解がないように言っておきますが、僕は女の子が好きです。あ、でも、あなたみたいなのは遠慮します。」
「どういう意味?」
さあ?と楽しそうに肩を竦めてブレットは「先に行きますよ」と言ってさっさと店を出て行ってしまう。身勝手だ。
店主に<また来ておくれよ>と皇国語で言われてしまったので、<ありがとう>と皇国語で返しておく。見かけにつられて皇国語での呼びかけなのかもともと皇国人なのかは判らないけど、ちょっとノリがよすぎる気がする。
路地を曲がりかけて振り返って、ブレットは「こっち、」と手招きして笑った。足早に通り過ぎる窓に映るわたしの姿はどう見たって皇国人だ。
さっきより目立っている。
どうして王国人じゃなくて皇国人のふりをするんだろうって考えながら追いかけていく。
次に案内してもらった宿屋も、どうやら皇国に所縁がある店だった。対応をしてくれた店主は焦げ茶色の髪に青い瞳の皇国人だとすぐに判る訛りの王国語で、「ここは市場の裏通りにある便利さから、冒険者がよく泊まる宿だよ」と説明をしてくれた。
「食事をするのはここですか?」
「違いますよ? 宿屋だって教えましたよね?」
ブレットの態度はふてぶてしい。
「わたしは用事があるって伝えましたよね?」
「もう少しだけ。すぐに済みますから。ちょっとだけ、時間をください。」
嫌ですと抵抗しようとすると「シーッ」と人差し指を口の前に立てられて、無理やりに宿泊手続きまでさせられてしまった。
「ブレット、」
抗議しようとすると、代金を先払いされてしまった。こんなやり方、強引すぎる。
「そんな顔しないでください。ついでに中を見ておきませんか、部屋がどんなか、知りたいでしょう?」
「あとで、ではいけませんか?」
「ダメですね、今、行きましょう。」
腕を引っ張ろうとするので振り払い、わたしはしぶしぶ部屋の確認まで付き合った。穏やかではないやり取りをしているのに、聞こえているはずの宿屋の店主はニコニコとするばかりだ。
皇国人っぽい店主だし、まさかね、と覚悟しながら借りた部屋に案内してもらうと、部屋の装飾品も壁紙の色使いも調度品もクアンドのミロリさんの家の二階を思い出すような仕上がりだった。もしかしてここに泊まる『冒険者』も皇国出身の冒険者なのかなって勘繰りたくなってくる。
ブレットは窓から見える外の景色や避難経路を確認するばかりで、決してそうする理由を教えてはくれない。しかも尋ねようとすると「次の店はお待ちかねの食事ですよ」と躱して先に出て行ってしまったので、わたしとしては感情の整理がすっきりしなくてモヤモヤと蟠っていた。
「軽くお茶をするよりちょっと早いけど、しっかり夕食を取るとしますか、」
ブレットはそう言って、個性が強く雑多な裏通りを迷わずに進む。わたしとしてはもう振り切って単独で花屋への道へ向かってしまおうかと考えながらも、漂ってくる夜営業のための仕込みの香りや浮足立つような街の賑わいに精神が掻き乱されていて、迷いながらもついて歩くのが精いっぱいの努力になっていた。
店を探すというより避けるとでも思えそうな表情のブレットは、何度か同じ道を迷っていた。惑わすのが、時間帯なのか仕込む料理の香りなのかまではわからない。
王都にある食堂や居酒屋ならどこでも味は保証できるだろうし、早く何か食べたいと思うわたしはこだわりがない分おとなしく従った方がいいのかな、なんて次第に思えてきたので諦めてついて歩いた。もはや空腹を通り過ぎて虚無の境地でひたすら足を動かすしかなかった。空腹の中での我慢とか忍耐とか精神論とか、本格的に神官になる修行でも始めてるみたいだなとも思ってしまった。
なかなか到着しないのでその店は閉店してるって訳じゃないよねと心配し始めた頃、ブレットはやっと見つけたようで、左右を確かめると「こっちです、」と通りを一つ路地に入った店を指さした。
両隣の店はまだ開店準備中みたいで、目的のその店だけが目立っている。店内の明かりが開いたままの入り口のドアから漏れていていい香りも漂ってくる開放的な店構えなのに、奥は植木鉢や衝立で見えない。勘だとしか言いようがないけど、どことなく周囲の店とは違った印象がする。なんとなく、ついて入っていくのは躊躇われる。
「ねえ、ブレット、何かを隠していたりしない?」
「腹が減ってるんですよね? ここへ入ります。かわいそうなんで、何かおいしいもの御馳走しますよ、」
近寄るにつれ、勘が当たっていると判る。看板のない店の奥の方で騒ぐ男たちの皇国語の話声や歌声が路上でも漏れ聞こえてくる。
ここも、皇国に関連した店だとしか思えない。ここへ来るために時間をかけたのなら、確実にブレットは信念のもとに行動している。
「あのさ、ブレット、まさか、皇国が好きだったりする?」
さすがにここまで徹底されると、好きという感情以上の何かがあるって確信してしまえる。
肩を竦めて悪戯っこみたいに笑ったブレットは、「違いますよ?」と言う割には率先して店内に入ろうとした。
違うのに、皇国尽くしって、おかしい。
「ちょっと待って。わたし、理由を教えてくれないなら、入らない。このままここでお別れする。」
「ほら、それ、」
ブレットはわたしの鼻を押すようにして指さしてくる。
「あなたは言葉を話せないフリをした方がいいです。」
1周目の未来ではシューレさんに言われたのもあって、聖堂に所属している間、王国語が話せないふりをしていたの思い出す。あの時は聖堂を警戒してのお芝居だったけれど、現在は状況が違う。
「わたしの王国語の発音がおかしかったりするから?」
「かなり正確で綺麗です。変ではないですよ。」
別に理由があるのだとしても、これ以上付き合う道理もない。
「わかった。ここで、さようならしましょう。今日はありがとう。続きはまた明日。」
「その言い方、お腹が空いているから苛ついているだけですよね?」
「違うわ。」
アリエル様に通信した件でのラボア様の反応が気になるから、だ。
「中に入ってくれたら説明します。でも中に入ったら、できるだけ話さないように。さあ、行きますよ。」
ブレットの手のひらを返した態度に、卑怯だわって言いかけて黙る。何を言っても口車に巻き込まれていくのだ。
抵抗したい。このまま、ブレットの言うことを聞かずに、逃げてしまいたい。
聞かないまま去ってもいいけど、きっと聞けなかったと悔やんでずっと真相が気になるだろうなって予感がするのも否めない。
瞬きせずにわたしを見つめるブレットの圧力に負けて、わたしは身悶えながらもおとなしくついていくことにした。
店の中は大衆居酒屋と言った風情で、昼日中から奥の壁際の席に陣取ってジョッキを片手に酒を煽る冒険者たちの集団がいたりして、食事をしている平民の客はまばらだった。店の雰囲気としては、夜が始まる前にすでに出来上がっている勢いだ。店員も店主もブレットとは顔なじみなようでとても愛想よくしてくれて、わたし達は女性客二人組として丁寧に扱われて外の壁側の席に通された。周囲には誰も座っておらず4人掛けの席なのにわたしと肩を寄せ合うようにして座ったブレットは、慣れた調子で「適当に食べれそうなものを持ってきてください。ガッツリした肉が食べたい」と王国語で雑な注文をしている。
早速運ばれた水のなみなみと注がれたグラスをふたつともわたしの押し付けると、ブレットは「飲んで?」と無理やりに勧めてくる。
口に含むように水を飲んでいると、とんとんとテーブルの上にはこんがりと焼いた鳥肉の盛り合わせやサラダの入ったボール、具沢山なスープが運ばれてきて、丸くて白いパンを乗せた籠を受け取ったブレットはざっくりと取り分けてくれ、ナイフとフォークも手渡してくれた。
「ありがとう、」
ブレットは「どういたしまして」と言いながら肉切り分け取り皿に均等に分けてわたしよりも先に食べ始めているので、お腹が空いていたのはブレットなのかなと思えてくる。
一口肉を食べてみて久しぶりの味に「美味しい」と感激していると、「食べながらでいいからよく聞いて、」とブレットがパンを飲み込みながら囁いてきた。
「王国と公国と皇国との間に竜退治同盟が結ばれて、8月には各国に加えて聖堂の代表者も集結して竜魔王を討ちに行く討伐隊が組織されるって噂があるのは知ってる?」
「ええ、」
冒険者として集まっていた1周目の未来で他の冒険者たちから小耳に挟んでいたりはしたし、その討伐隊のために公国からは妖華フローラ様が御立ちになるってことぐらいは知っている。
「竜魔王を先に討伐したら懸賞金が出るらしいって噂も?」
それは知らないなと思ったので、首を振っておく。
「王国民で冒険者になる者は剣士や舞踏家が多くて、治癒系の魔法が使える魔法使いは少ない。だけど、剣士たちだけで竜魔王の住む拠点まで行こうとすると、どうしても莫大な量の回復系の薬草や武器が必要になる。荷物は武器や防具を増やすとなると、回復系の魔法が得意な魔法使いと小隊を組んでしまうのが無駄がないって気が付くんだ。誰も死にたくないから討伐の旅を集団で行おうとし始める。足手まといは命とりだから、冒険者はたいてい自分と同等か自分以上の実力者を探している。魔物も群れを成すようになってきているってのもあるけど、死んだり負傷したりで戦線を離脱する者も出始めているし、聖堂に取り込まれてしまったりもしている状況だ。各地での魔物の出没に領兵が対応しきれていないのもあって、冒険者たちを守るためにあちこちの村や街にある酒場や宿屋では積極的に治癒師や魔法使いの紹介や斡旋が行われていている。それでも、王都に冒険者たちが集まる理由は、より効率よく旅をするために、地方で見つける者よりもさらに経験を積んだ手練れを探しに来ているからなんだ。」
こういう話をするために騒がしい店を選んだのかもしれないなと思えてきた。この店の壁際で盛り上がっている者たちは嬉しそうに乾杯を繰り返しているので、理想的な仲間と巡り合った結果の盛り上がりにも見えてくる。
わたしは話しながら食事をするブレットに目線を向けなおし、スープを食べながら頷いておく。
「魔法を使うのは、主に皇国出身か公国出身の冒険者になってくる。しかも治癒系の魔法が使えるとなると、もっと狭まる。皇国出身の治癒師か神官か、公国出身の治癒師だ。皇国出身の神官自体が珍しいからまずいないとされて、残るは皇国出身の治癒師か、公国出身の治癒師だ。あなたは、公国出身の治癒師、だよね?」
一段と声が低くなって小さくなったブレットの声が聞き取りにくくて、頷いた後、聞き取りやすいように少しだけ身を寄せて話を聞く。
「皇国出身の治癒師は、彼らが小隊を組むのを望んでも、他の冒険者たちが嫌がるんだ。皇国人の治癒師は基本的に、他人しか治せない治癒師だ。いくら上級の回復魔法が使える治癒師だとしても、自身を守るために回復系の薬草を多く荷物に持つ必要が出てくる。公国出身の治癒師だと、いくら初級の回復魔法しか使えなくても自分自身で回復できるから、守ってやり死なせない限り、長く利用できるんだ。まず取り合いになるのが公国の男、次に妥協して公国の女、仕方なく皇国の男、どうしようもない場合は皇国の女と言った順で治癒師にも命の順番がつけられている。最近の王都では、交渉して仲間に引き入れている冒険者たちばかりじゃなくて、『経験値を積ませて複雑な魔法を使えるようにさせると自分たちも得をするし治癒師自身も利益となるから、公国出身の魔法使いなら嫌がらないはず』って強引な発想をして、攫ってでも連れて行こうとする冒険者たちも出始めている。宿屋も情報を売り買いしていたりもするから、王都の騎士団が保護に介入したりもしている。」
ブロスチでの聖堂の皇国出身の治癒師に対する扱い方と同じに思えてきて、治癒師として仲間への乱暴な扱いに腹が立ってくる。
頷かずに怒った表情になってしまっているわたしを見て、ブレットは「聞いていますよね?」と確認した後、言葉を続けた。
「着ている格好や行動で皇国民だと偽装できるのなら、そうした方がいいと僕は思うんだ。価値がないとされて手荒な扱いは受けないなら、真価は隠した方がいい。そう思いませんか?」
思うけど、卑怯な気もする。
「だから、このまま王都にいる間は、無事でいられるように警戒しておいてほしいです。練り香はうちの商人を守ってくれています。感謝しても足りません。あなたはうちの商会にとっても大切な存在だから辛い目にあってほしくないし、王都にいる間を任されているから、僕としてもできる限り助けとなりたいです。」
1周目のわたしは、シューレさんに守られていたんだなって実感できてしまう。そんな危険を感じたことはなかったし、そんな話すら耳に挟まなかった。シューレさんが、わたしが知る前に処理してくれていたんだ…。
「明日には、王都を出てしまうつもりなんですよね? だったらこのまま、皇国人になりきって乗り切ってみてはどうですか?」
「まずは、形から…、行動も皇国人のふりを徹底するのね?」
「そうです。王国語は聞き取れるけど話せないってふりをして下さい。皇国語が話せるのなら皇国語だけを使って。いいですか?」
わたしは頷いてみせた。公国民であるのを誇りに思っているけど誰かに利用されたいとは思っていないし、皇国民だと嘘を付きたいとも思っていないなら、黙るしかない。
ブレットは少しだけ嬉しそうに笑って、食事をしながら市場の店のおすすめの料理やお菓子の話をしてくれていた。細かく詳細に言い聞かせるようにして口を挟めない話をするのは、わたしがゆっくり食事するためなのだと判ってくると、不器用なやり方でも彼なりに気を使ってくれているのだと伝わってきた。
こんな風に安全に食事をするのも最後かもしれないなと思えてきた。
王都を出た後も、わたしの旅はベルムードたちに追いつくまでは一人だ。皇国人のふりをいつまでするのかはわからないけれど、ふりをしていたって危険なのだと想像がつく。
まさか冒険者相手に警戒しなくてはいけないなんて、想定していなかった。
王都は、思っていた以上に長居をするには向かない場所みたいだ。
ありがとうございました




