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5 気のせいですよ

 街の北東の一角にあるクラウザー領騎士団の駐屯所は、国境警備隊の宿舎を同じ敷地内に抱えていて、かなり大きな施設で、門には赤々と篝火(かがりび)が焚かれている。独特の匂いに、退魔(モンスター・)シールドが混ぜられているのだと判る。敷地を囲む策は遠くまで伸びていて、村の外れまで延々と続いているようだった。

 フリッツたちは王都の騎士団の調査隊という表向きの顔があったこともあり、丁重に歓迎された。案内してくれた騎士団の者たちからは、王都からの騎士団への待遇とは思えないほどの親密さで説明を受けた。

「歓迎しております! ようこそ、おいでくださいました!」

「国境を守る王都からの警備隊の生活を領民と共に支えているのです!」

 騎士たちは妙に興奮していて、圧倒されそうになる。

「この時間は夕食の準備を終えて家に帰る者たちと、夜勤のために通勤してくるものとで混雑しております!」

 嬉しそうな顔をして案内してくれる騎士たちは、誰もが声が大きくて賑やかしい。先頭を歩くフォートよりも、その後ろを歩くランスやフリッツたち一行に楽しそうに指をさしながら話しかけてくる。

「皆さんにお伝えしたことがたくさんあるのです!」

 奥へと進むたびに人が集まってきているようで、いつの間にか人だかりが移動しているような状態になっていた。誰もが嬉しそうに顔を輝かせて大きな声で我も我もと説明したがるので、最初に挨拶をしてくれた老練な騎士が咳払いして話を独占しようとする。

「びっくりなされたでしょう、騒がしくて申し訳ない限りです。」

「いえいえ、歓迎、感謝いたします。」

 ランスが外面よく微笑んだ。

「向こうにおります青い制服が国境警備隊の兵士です。王都の騎士団の制服と似ておりますでしょう? こちら、我々深緑色の制服がクラウザー領の騎士団です。この宿舎で働いている領民たちも深緑色の制服を着ています。」

 手を挙げて深緑色の騎士たちが我先にと声を上げる。

「騎士でない者は首元に黄緑色のスカーフを撒いております。でもみんな仲間です!」

「何なりとお申し付けください。何でも叶えて差し上げたい!」

「王都から坊ちゃまがご帰還されるというので、当直の者たちは張り切って仕事をしております!」

 若手の騎士たちはきりっとした表情で胸を叩いた。

「何なりとご用意できますから!」

 年配の騎士たちは嬉しそうに頷きながら、「坊ちゃまが王都から部下の皆さんを連れて帰っていらっしゃるとお聞きしたので、今朝からこの有様です、」と苦笑いを浮かべる。

「ご立派になられたお姿を拝見したいと、誰もが楽しみにしておりました!」

「誰もが朝から張り切って掃除して、お祭り騒ぎでご用意をしているのですよ、」

 嬉しくて仕方ない理由はフォートか。フリッツは納得して、微笑ましく思えてくる。

 キュリスとビスターがフォートの腕をつついて、ニヤニヤと笑っていた。

「ええ、我が隊長殿は頼りになる男なのです。」

 ランスがニヤリと笑うと、「さすが坊ちゃま!」「いい酒があるのです、ぜひぜひじっくりとお話をお聞きしたいものです!」と騎士たちはさらに興奮する。

 呆れたように小さく溜め息をつくとフォートは振り返って「長旅に皆疲れているのだ、そのくらいにしてやってくれ、」と騎士たちをやんわりと諫めた。


 ※ ※ ※


「想像していたよりもしっかりとした作りの施設ですね、」

 三人ずつで部屋を割り振られ、フリッツはカークとキュリスと同室となった。国境警備隊宿舎の建物二階奥の部屋は、治療用の隔離部屋に思えるほど簡素だった。

「こう頑丈だと、冬の寒さも平気でしょう、」と、カークは漆喰壁をそっと撫でる。「夏が近いというのにここは涼しいですね。窓を開けて寝ると風邪をひきそうです。」

 フリッツは、新人騎士フリッツとしてカークと並んで先輩騎士役のキュリスの後について自分の荷物を運び込んだ。

 ドレノは、クラウザー侯爵邸からの要望もあって、ひとり部屋を与えられていた。聖堂からの預かりものなのだと釘を刺されている様子でもあった。

「ああ、思ったよりも、手入れがしてある。」

 用意された部屋は立派な暖炉がある他には簡易ベッドが三つばかり並んでいるだけで、簡素なカーテン以外は装飾らしい装飾はなかった。

「すごい部屋ですね。機能的と言えば機能的ですが…、お茶を楽しむ余裕もなさそうな部屋です。」

 寝て、働いて、寝て、だけを繰り返す部屋だと言いたいのだろうなとフリッツは思う。娯楽のための本もなければ、食事のための椅子も机もなかった。どの部屋もこんな感じなのだろうかと思い、ここで暮らす兵士たちが少しでも潤いのある生活を送れていると良いのだが、と心配が頭を過る。

「なあに、雨風が凌げれればいい。カーク、お前はまた王都で甘やかされたな?」

 キュリスがニヤリと笑いながらカークを見る。「昼もドレノよりお詫びの軽食を食べていた気がするな、」

「気のせいですよ、ドレノはもともと小食なんですって、」

 仲のいいキュリスとカークのやり取りを見ながら、フリッツは自分の影に話しかけるように念じてみた。

 窓はバルコニーにつながっていて、星空に、暗い山の影が見えた。


(山とは、この山でいいのでしょうか、)


(ああ、この山だ。この山の上にある神殿に向かってほしい。)


 聞こえてくる声は気のせいでないと良いのだけれど。

「どうかしましたか?」と尋ねるカークに、「私もここで十分だ、」と誤魔化して、フリッツは荷物を床に置いた。

 ふいに、焚火がないと夜の闇に飲み込まれてしまいそうだった野営を思い出す。

 闇に蠢く気配、剣を手に見回る気配がする、気が休まることのない緊張感…。

 野宿に比べるとなんといい環境なんだろうと自然に思えてきて、つい微笑んでしまった。


 ※ ※ ※


 真夜中、フリッツは何かが近寄ってきた気配を感じて、つつかれているような頬の刺激を覚えた。眠りの海の底から浮かび上がっていく意識の中で、ああ、まるで髭みたいだ、と思った瞬間、目が覚めた。

 髭は髭でも猫の髭だろうと思う。王城での別れ際見た、猫のような何かの金色の瞳を思い出す。

 部屋の中はささやかな月の光があるばかりで、とうにランタンは消えていた。

 静かなカークとキュリスの規則正しい寝息だけが、聞こえていた。

 風の気配がする。

 いくら2階とはいえ不用心な…。うっすらと開いている窓の外の、各部屋とつながっているバルコニーに目を向けると、小さな白い老人の白い後姿が見えた。

 

 そっとベッドから抜け出すと、フリッツは窓辺へと向かった。そっと隙間を広げてゆっくりと体を滑らせるように外へ出る。

 足音を忍ばせて近付くと、小さな白い老人は気が付く様子はなかった。


 小さな白い老人が、両手を空に向けて高く上げて、何かを手繰り寄せているような仕草をしている。


 近付くと、それは、まるで星を集めているように見えた。

 

 暗い夜空に浮かぶ星が煌めくような、白色や鈍い金色の粉のようなか細い光の流れ星が、手の中に吸い込まれていくように四方八方から集まってきていた。

 流線を描いて手の中に集まっては消えていく光の粒は、次々に吸い寄せられて、音もなく消えていく。

 いつから、ここで、光を集めているのだろう。


 美しく幻想的な光景に、フリッツは思わず、「ほう…、」吐息を漏らして見惚れていた。


(起こしてすまなかったな、)


 フリッツの声に気が付いたのか、老人が手を空に掲げたまま、首だけ振り返ってフリッツを見上げた。


(気にしないでほしい。美しいものを見せていただいた。感謝する。)


(ああ、これは…、)


 悲しそうな顔になって、老人は小さく微笑んだ。集め終わってしまったのか、光が止んでしまった。


(情報を集めているのだよ、私の探し物が、今、どこにいるのかを、ね…、)


 遅れて現れた小さな光が、老人の掌に舞い降りた。

 蛍? いや、もっと小さい、何か…。

 よく見ると、小さな羽虫だった。羽を休めるように小さな小さな虫が、白く光り輝いている。


(これは探索虫(サーチ・ライト)と言って、欲しい情報を集めてきてくれる。)


 そんなもの、聞いたことがない。フリッツは興味深く覗き込んだ。魔法の一種なのだろうか。

(見つかりそうなのか?)


(近付いたと思っていたが、また遠のいたようだよ、)

 

(そうか…、)


 悲しそうな顔になり、フリッツに向き合った白い老人は顔を伏せた。


(どうして、あの屋敷に?)


 フリッツは話を変えようと心の中で声をかけた。(探し物の手がかりでもあったのか?)


(あの、大きな屋敷には、馬車に乗って辿り着いたのだ…。気配を追ってあの大きな街に入って、見失って。魔力の補給がしたくて、あのリラの木を見つけた。)


 領都のクラウザー侯爵邸のリラの木の多さを思い出して、木に魔力は宿るものなのか、とフリッツは不思議に思った。


(精霊の世界から離れて生きるには、体を保つための魔力が必要となる。探索虫を飛ばせば飛ばすほど魔力は消耗する。でも見つからない限り、探索虫を飛ばさなくてはならない。)


 魔力を保つなら探索虫に頼らないのが一番いいのだろうなと思い、だからと言って手掛かりがなければ見付けられないのなら魔力があっても仕方のないことなのか。

 フリッツは自分でも、探索虫が使える手段なら魔力がある限り使うことは止められないだろうなと思う。


(あのリラの木には、古い妖精が棲んでいた。魔力を分けてもらう代わりに手入れをしてやったよ。)


(手入れ?)

 木の手入れと言われて思いつくのは枯れ花摘みと枝葉の剪定ぐらいしか思いつかない。王城の庭師たちの作業する様子を思い出して、フリッツは首を傾げた。

 私の影を借りたお礼が剪定なら確実にいらないな。


 不思議そうな顔をしているフリッツに、白い老人は、(気にするな、お前の魔力はまだ借りてはいない)と笑う。

(お前の影の中で休ませてもらった。お前を守るものは、私の眷属だ。)


 私を守るもの?

 それはいったい…?


 目を細めて値踏みするように見つめると、白い老人は静かに語り出した。


(お前は、いいものに守られているね。お前の先祖に竜が混じっているようだ。お前は魔力を持っているようだが、使えない。どうやら古い(まじな)いが施してあるようだね、)


 古い呪い?

 そんなこと、知らない。

(魔法が使えないと断言されてしまうのは、不快だ。魔力があるなら魔法が使えるようになりたい。)


 クククッと笑って、白い老人はフリッツを指さした。


(魔法を使って、何を為す? 魔力があっても、使う方法はあるのか?)


(きっと、ある。仲間を守るためにも魔法は使える方がいい。)

 フローラの様に戦いの助けになり、ラケェルの様に戦いを補佐できるようになるだろう。氷雪の(プロフェッサー)教授(・フロスト)の様に、戦いの柱となることもできるようになるかもしれない。

 強くなれたら、迷いもなくなるかもしれない。


(魔法を使っても使わなくても、仲間は助けられるのではないか? 現にお前たちはほとんどの者が魔法を使えないが、違う方法でお互いを守っている。違うか?)


 頭をよぎるのは、剣で立ち向かう騎士であるランスたち、言葉で、思いで戦う、国王である父や宰相たち。

(それは…、)

 そうかもしれないけれど、フリッツがいかなくてはいけない旅では、強さが求められる。足を引っ張るような存在に、なりたくない。


(魔法が使えても、魔力がないと使えない。魔力があっても魔法ではどうしようもない、見付けたいものを見つけられない。私の様に、魔法が使えるからこそ、板挟みに陥るものもいる…、)


(見付けられないもの…?)


(そうだ。ずっと探している。ずっと探し続けるわけにはいかなくて、私は体の半分を向こうに残したまま、こちらに来ている。今回こそはと望みを託して渡ってきても、また、見付けられそうにない…。)


 向こうとは精霊界のことだろうか。実体をこの世界で維持できないのなら、そんなに力を持たない精霊なのかもしれない。

 かわいそうに。

 肩を落とした白い老人を慰めたくてフリッツが声をかけようとした時、白い老人は腕を抱くようにして首を垂れると、静かに掌を合わせて、ゆっくりと花開くように指を逸らせた。


 ゆっくりふわふわと、無数の小さな光が漂い、流れ、漂い、広がって、散っていく。

 暗闇の中を、光の洪水が、広がり、意志を持って飛び去って行く。

 すべてを追いかけることが出来なくてもせめて少しだけでもと、フリッツは目を凝らして、動く光を追おうとした。


「あ…、」


 小さな光が、フリッツにも止まった。左腕に留まった光は、白い光が少しだけオレンジ色に変わる。

 これが、魔法…。


(探索虫は、欲しい情報を集めてきてくれる。)


 小さな老人はフリッツに近づいてきて、そっと、フリッツの左腕に触れた。


(知っていれば色が変わる。より赤い光を放てば放つほど、濃い情報を持っている。)


 フリッツに留まった虫は、淡いオレンジ色に光っていた。


(お前はどこかで私の探し物とすれ違っているようだ。やっぱりこちらにあるのだね。でも最近ではないようだ。)


 ふうっと小さく溜め息をついて、(もう時間がないのに、手がかりが少なすぎる、)と老人は肩を落とした。


 大丈夫だ、まだある時間でやってみてはどうか、と言いかけて、フリッツは黙った。

 気休めも裏付けられた根拠があれば、私の言葉はもっと意味を成すだろうに。

 手伝えることがあればいいのに。私には魔法が使えない。なんなら魔力を差し出してもいい。何もできないのなら、何かできることをしてやりたい。

 でも…。まだまだ私は助けることもできない程、弱い。

 そう思うと悔しく思えてきて、フリッツは(明日には帰してやれるから、それまで辛抱してくれ、)とだけしか誓えなかった。


「何をしている!」

 細く鋭い声が突き刺さるように聞こえて、小さく白い老人が蒸発するように消えた。

 腕にはまだほんのりと触れられた皮膚の感覚が残っていて、フリッツは残念に思いながら声をした方向に振り向いた。

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