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16 殿下は違う

「精霊界ですか? 月に架かる橋ではなく、池から直に行けるのですか?」

「そうだ。だからここへ来た。試してみる価値がある。」

「ではどうして、行っていないのですか?」

 ランスは昼間の空にうっすらと見える白い月を指さした。

「昼間だからですか?」

「違う、」

 黙って俯き、拳を握るキイホ博士は悔しそうで、フリッツは何か足りないのだろうなと単純に連想した。

「…もしかして、これ以上は知らないのか。」

 キュリスは笑い出しそうになるのを我慢している。

「そうだ。」

「大体、こんな情報を誰から手に入れたんだ、」

「…、」

「お前は学術院で暮らしていたな。教授のひとりか、」

 フリッツの脳裏には父・アルフォンズや怪異話を好む学者たちの名前や顔が思い浮かんでいた。直近に知り合ったトリアスも、そういった雑学に長けていそうだ。

「その情報は、ティオ博士も把握しているのか?」

「居合わせたから知っているし、知っているから協力してくれている。」

 確認したキュリスを馬鹿にするように笑って、キイホ博士は得意そうに話しを続けた。

「まだ学生だった頃、この国の各地にある精霊王さまの神殿について調べている学者が、講義の雑談として地の精霊王様の神殿には変わった池があると教えてくれた。こんな姿になってから思い出して、手掛かりが欲しくて調べていくと他国にも同じような池があると判った。皇国(セリオ・トゥエル)の地の精霊王様の神殿は取り壊され埋め立てられたりしていて定かではないが、公国(ヴィエルテ)には現存している。王国と公国(ヴィエルテ)に現存しているのは10か所だ。その中でも、王都から近くて、比較的丸い形に近いものがこの場所の池だ。」

「丸に近いといいのですか?」

「あの黒い部分は道として通じる穴になるのだと思われる。丸に近ければ近いほど、通り抜けるのに適した広さであるのだと私は考えている。」

 胸を張るキイホ博士に、ランスはそっけなく「そうですか」とだけ言った。


「地の精霊王様は、地の精霊王の神殿で召喚されるのを待たずに、ご自身の判断で、精霊界の神殿にある黒白の池と呼ばれる特別な池から人間の世界へ行き来されるのだと聞いている。地の精霊王様のお通りになる道なのだから、悪しき者は手出しできないし安全が保障されている。道がつながれば、わざわざ苦労して橋を探さなくても直接面会を願い出られるのだ。」


 つまりは、精霊王の専用の通路を、持ち主である精霊王を怒らせ姿を変えられた罪人であるキイホ博士が許可なく利用して、精霊界に乗り込むという算段なのか。

 自信に満ちたキイホ博士の話ぶりを聞いていると、キイホ博士は自分自身を『悪しき者』だと思っていい。しかも想定されているダールはとても寛容で合理的な性格で、キイホ博士のために道の安全を保障したりと随分懐が広い印象で親しさまで感じてしまう。

 だが、実際にダールに遭遇しているフリッツとしては、ダールがそんなに融通の利く性格をしているとは思えない。白い小さな老人は、やっかいな印象がある。


 顔を傾け、ランスがこっそりと「信じますか?」と囁いてきた。「いいや」とだけ返して、フリッツはランスの瞳を見つめた。

 ランスはキュリスやビスター、ニアキンの顔色も確かめている。

「…ここにいる限り、あなたは安全なのですね?」

「そうだ。地の精霊王様の神殿は、眷属にとっては魔力が回復するし安全な場所だ。魔物(モンスター)もやってこないし、危険な人間もお前たちぐらいだ。」


 近くにある時の女神の神殿を壊したのは魔物(モンスター)でもある狼頭男(ワーウルフ)達なようだと教えずに、フリッツは嗤うキイホ博士を見ていた。ランスたちも、どうやら狼頭男(ワーウルフ)達は昼間は人間の姿をしているようだという情報もあえて口にしなかった。

 学者として、キイホ博士にとっては既に知っている情報なのかもしれない。おせっかいに教える必要もないだろう。フリッツはそう割り切った。


「わかりました。」

 もともと感情をあまり出さないランスがさっぱりとした表情になり、ニアキンやキュリスたちに頷いて見せた。

「私たちはここを出ましょう。」

「もう行くのか、」

「ええ。忙しい身の上ですからね、」

 苦笑いをして歩きだしたキュリスやビスターは、振り返りもせずに神殿へと戻っていく。ランスとフリッツがニアキンと歩き出そうとするのを、キイホ博士が呼び止める。

「待ってくれ、どうして、」

「どうしてもなにも、いる理由がなくなったからですよ、」

「どうしたんだ、急に、」


「あなたは精霊ですね? 人間なら保護が必要ですが、精霊は精霊王様のお膝元にあれば無事だと自分で言いましたね?」

 ランスはそっと、フリッツの肩に触り、「先へ、」と促した。


「成功を祈る、」


 皮肉ではなく応援の言葉に聞こえるあたり、ニアキンは心の中で踏ん切りがついているようだ。

 ニアキンもフリッツが感じたようにキイホ博士とダールとのあまりよくない未来を想像したのだろうなと思えてきた。

 それでも、キイホ博士が選んだ道だ。


 ニアキンは自分を見ているフリッツに気が付いて、小さく頷いて「行きましょう」と囁いた。

 ランスと歩き出すフリッツとキイホ博士の間に入りつつ、剣に手をかけてニアキンが警戒する。

 

「おい、待ってくれ。ここにいて話し相手にくらいなれるだろ、」

 キイホ博士は、まだ池の畔にいる。


 どこまでも身勝手ですね、と吐き捨てるように言ったランスの呟きは、キイホ博士には離れていく足音で届かなかった気がした。

「もう邪魔はしない。我々は我々の仕事に戻るよ、」

 先に地の精霊王の神殿のドアの前まで戻ったキュリスが振り返って片手を振ると、ビスターも軽く手を振った。


 ※ ※ ※


 馬車との待ち合わせ場所まで戻る最中に見つけた市場のパン屋でカークの土産になりそうな甘そうなパンをいくつか買って、フリッツたちは待ち合わせ場所に丁度やってきた馬車に乗り込んだ。

 乗り込む際、馭者はフリッツたち一行を笑顔で迎えてくれて「よい時間でしたか?」と尋ねてくれていた。

「ああ、充実していたよ、お前は?」

「最高でした。いつもよりいい店で食べてきましたからね。」

「それはよかった。」

 一枚多く銀貨を渡したキュリスが満足したように答えると、馭者は「ごちそうさまでした」と上機嫌で馬車を走らせ始めた。

 

 外の景色を遮るようにカーテンを引くと、キュリスが早速、「あの狸オヤジは、結局、ニアキンに詫びなかったな」と言った。

「他人の姿を騙るのを悪いことをしたと思っていないのでしょうね。」

 吐き出すように言って、ランスは足を組んだ。

「ニアキン、気にしてはいけません。精霊に悪戯されたと思って忘れるのが一番です。」

「私のお守り代わりの聖水で清めますか?」

 ビスターがベルトのつけた小物入れから小瓶を取り出した。

「ポケットに入れていたのでは?」

「ニアキン、あの者に本当のありかをうっかり教えて瓶を取り上げられたら大きな失態ですよ?」

 小さな青紫色のガラス瓶を見せながら、ビスターが笑う。

「手を、」

 端同士に座るビスターとニアキンに挟まれたキュリスが、膝の上に折りたたんだ布巾を置いた。

「この上で指だけでも清めればいい。」

「悪いな。感謝する。」

 揺れる馬車に慎重にビスターがそろりと垂らした聖水は、ニアキンの指を濡らし、しずくが布巾に零れていく。

「これが水だよな…、」

「あれは、水というよりは別の性質を持つもの…、粘液か、生き物のようでした。」

「生き物ですか、」

 ニアキンが自分のハンカチで手を拭った。ビスターもキュリスも片付け始めている。

「生き物だと考えれば、あの池の中に生き物がいないのは理解できます。」

「不気味でしたね。」

「ええ…、」

 微笑みながら、ランスはニアキンへと目を向けた。


「地の精霊王様の神殿では邪魔が入りましたが、ニアキンには聞きたいことや確かめたいことがあります。話してくれますか?」


 目を見開いた後、ニアキンは覚悟を決めたような表情になって背筋を伸ばした。

「…どうして王城へ来たがらなかったのかというご質問ですね。」

「王城の騎士団に推薦されたのを蹴って王都の騎士団へ入団した理由も、知りたいですね。」

 ランスは誤魔化されないつもりなようだ。

「ついでに、あの鶏の旨かった店の魔法も、仕組みがわかっているなら教えてくれないか、」 

 キュリスがおどけて手を挙げると、ビスターが「違いない」と言って笑った。


 ※ ※ ※


「王城の騎士団にすぐに入らなかったのは、お察しの通り、王都で調べものがしたかったからです。我がデリーラル公爵領に魔香(イート・ミー)を持ち込んだ者たちについてもですが、王都の騎士団にいた方が一歩引いた立場で世界が俯瞰できると考えたのです。」

「それは…?」

「王城の騎士団だと、王国よりの情報になります。情報が精査される分、速さよりも正確さが増しますし、情報提供者がどうしても愛国者で揃ってしまうと考えました。王都の騎士団だと、貴族よりは平民の情報が多くなります。平民と言っても出自は様々です。冒険者も混じります。私が欲しいと思っていたのは公国(ヴィエルテ)皇国(セリオ・トゥエル)の情報だったので、不確かでも早い情報を望んだのです。」

「それはどうしてですか。」

 ニアキンは一瞬、言葉を躊躇って、苦しそうに顎を引いた。

「何らかの魔法の影響を受けているのですか? 制約か何かがあるのなら、話せる程度で構いません。」

「それもありますが、あまりにも、私の話す話は骨董無形であるとお考えになるかもしれません。あくまでも仮定、あくまでも情報をつなぎ合わせただけの根拠のないもので、確実な筋からの確固たる情報とするには危うい情報です。」


 キュリスとビスターがランスを見ていた。

 ランスは受け止めるように頷いた後、フリッツを見て、ゆっくりと頷いた。大丈夫だと言っているような覚悟があった。


 フリッツは王族として聞き流せないような情報なのだろうなと考え、だからと言って内密な打ち明け話だけで断罪するつもりもないので、「安心しろ」とだけ伝えた。


「私の故郷をめちゃくちゃにした魔香(イート・ミー)は、とある者たちの実験で持ち込まれたようです。」

 悔しそうに、唇を噛みしめている。

「大切な人たちを、失ったのですね。」


「…私には両親がいますが、乳母は…、ばあやは、自分の子供よりも私を愛してくれました。私より少しばかり生まれの早いファナは、私の姉のようにふるまい、私を愛してくれる家族でした。魔香(イート・ミー)は、ばあやたちが先祖の墓参りに里帰りしていた時にまかれたのです。」


 虚空を睨みつけ、ニアキンは膝の上に置いた拳で何度か太ももを叩いた。

「あの街は…、トランコの街は領境に近い田舎にありますが、風光明媚な街で、観光業で潤っていました。あの日、領内のあちこちから訪れた旅行者が居合わせました。穏やかに暮らしていた領民が無惨に魔物(モンスター)の餌食となって死んでいったのです。」


 叩くのを止めろとばかりに、キュリスが手を摑まえる。

 憤り震えるニアキンの肩を、何も言えずにフリッツは見つめていた。


「持ち込まれたのが魔香とわかるまでの間に、何人もの騎士や兵士が救出に向かい続けました。情報がないばかりに、何人も志半ばに息絶えたのです。雨上がりにすべてが終わって…、不自然に置かれた香炉を街の中心の広場の噴水の傍に見つけた時、やっと、何が原因かがわかったのです。」

「犯人はどうやってわかったのです?」

「偶然かもしれませんが、事件を知る冒険者が情報を持っていると名乗り出てくれたのです。冒険者は、領主に面会を希望できる権利を持ちます。父の不在時に現れた彼は私を見て、風砕の剣の持ち主ですねと言い当てました。持ち手になったと、まだ公表していなかった時期です。」

 ニアキンは、目に涙を光らせたまま顔を上げた。

「仲間から聞いた話として彼が言うには、『香炉を持ち込んだのはエムという者で、本人はもうこの領にはいない。仲間が追っている。エムがあの街を選んだのは偶然で、領と街を間違えたから』だそうです。しかも、本来ならフォイラート公爵領での祭りになる運命に干渉した者がいたそうです。その者がきっかけになって間違えたのだと言いました。不思議な話でしたが、私は虚言には思えませんでした。」

「その冒険者の証言は信頼がおけるのですか?」

「身元を、調べてあります。身分は平民ですが、片親が貴族です。私生児とでも言いましょうか。母親の方は裕福な家の出で本人も優秀な剣士ですから、嘘をつく理由はありません。」

「エムという者についての情報はそれだけですか? どうやって突き止めたのか知りたいですね。」

「彼が言うには、いくつか気になることがあるので、皇国(セリオ・トゥエル)へ向かって情報を確かめに行くと言って出ていきました。私は半信半疑でしたが、手掛かりの一つだと考えて、当時、エムと呼ばれる人物が周辺の街に宿泊していないかを調べました。」

「見つかったのですか?」

「エムという人物は見つかりませんでしたが、周辺の街へと円を広げるように情報収集を拡大していくうちに、山間の小さな街に、公国(ヴィエルテ)からきて長期滞在している人物を見つけました。薬師として暮らす、とても品のよい身のこなしの老いた公国(ヴィエルテ)人です。念のために話を聞きに行きました。『トランコの事件の際、治療をした人物はいないだろうか?』と尋ねると、顔色を変えました。手応えを感じたので、『エムと名乗っていないか』と聞いてみたのです。」

「反応があったのですね。」

「想像以上にありました。男は飛び上がらんばかりに驚いて、突然荷造りを始めました。『弁明に向かわなくては、』とはっきりと言ったのです。追いかけた私を魔法で足止めし、『私は騙されたのだと証明しなくては、』と逃げたのです。」

「魔香に関わりがあるのでしょうか。」

「そうかもしれません。」

 ニアキンは、苦しそうに言葉を紡ぐ。

「私に言えるのは、エムという人物がかかわっているという情報があった、というくらいなのです。というのも、エムが誰かを特定しようとすればするほど、姿が見えなくなるのです。」

「エムとは本名でしょうか? 実在しているのですか、」

 ランスは、ひとりの人間だと想定しているようだ。フリッツの脳裏には、エクスピアという集団が死霊のようにぼんやりと揺らめく。

「エムというあだ名だけは判っている、得体のしれない人物です。」

 ニアキンは天井を見上げて、大きく息をついた。

 じれったそうな表情でニアキンが言いかけるのを、ビスターが押し留めている。

「他にも、残り香を見つけたのですね?」

 ランスの問いかけに、ニアキンは小さく頷いた。


「彼は公国(ヴィエルテ)の貴族社会にも皇国(セリオ・トゥエル)の皇族にも、深く関係しているようです。とても賢い人物なようで、作戦を立てているような印象もあり、資金を提供しているような形跡もあります。ただ、変装でもしているのか掴みどころがない人物である、と言ってもいいかもしれません。魔香だと私は言いましたが、魔香とは限りません。何しろ魔香の売買は禁じられています。魔香に似た別のものかもしれません。仮に、近しいものを新しく作ったとして、効果効能が魔香に匹敵するのかを確かめるという知的な好奇心を満たすために命を使った実験をしたかったからと考えると、事件を道楽にできるほど相当な資産家であり、かなりの地位にある人物ではないかと思われます。」


 1国家の元首のようだなとフリッツは思っても、王国はもとより、公国にも皇国にもそんな条件に当て嵌まる人物は知らない。

 身近な人間に、そのような人物がいてほしいとも思わない。


「エクスピアという世紀末思想の邪教集団ではないのですか?」

 ビスターが首を傾げる。

「違うと思います。あちこちに、手掛かりのように痕跡を残しているのに、彼らは犯罪者らしくないのです。政治的な信条があるようでもありませんし、美学も感じません。運命を操りたいだけなのかもしれません。」

「どういう意味だ?」

 キュリスは目をぱちくりとしている。「共通するのは思想なのか?」

「思想にかかわる集団というよりは、暇を持て余した集団だと私は考えています。革命を起こしたり政治的な活動をしたいようにも思えません。大がかりなことをしているのに報酬を求めている様子がないのです。集団ではなく一個人だと思われますが、エムという人物を一人に特定できないので断言はしにくいのです。移動するにしても、運び出すにしても、個人一人では無理だと思われます。道楽で魔物(モンスター)を扱う人物が複数人いるのだ、と言えるかもしれません。あまりにも一人の人物の活動にしては、規模が大きすぎます。」

 考え込むランスは、唸るように呟く。

「本名ではないとだけわかっていますが、外見の特徴が共通しないのと、かなり古くから存在する形跡があるので年齢も不詳です。活動している時期も考えると同時期に3国間でという目撃情報から見ても、エムとはひとりには絞れない存在なようだとやっとわかってきた、というのが正しいのかもしれません。家族なのか、兄弟なのかも判りません。」

 ビスターが怪訝そうな顔つきになる。

「わかっているのは、エムと呼ばれているかどうか、ですか…、」

 呆れたように目を見開いた後、ランスは優しいまなざしでニアキンを見つめた。

「あなたは、そのような人物を一人で探しているのですか、」


 ニアキンは目を細めた。

 肯定するでもなく、否定するでもない表情で、黙っている。


「その情報を持つ者は他にいますか?」

 ニアキンは、答えない。

「出処が危険な情報なのですか? それとも…?」

「現段階で…、皇国(セリオ・トゥエル)の皇族に関係していると想定しています。もしかすると、公国(ヴィエルテ)の王族にも関係者がいるのかもしれません。王国は…、殿下を前に申し上げるのは心苦しいので断言はできませんが、殿下は違うとしか、私にはわからないのです。」

「私は違います。」

 ランスが小さく手を挙げると、キュリスとビスターも倣って手を挙げ、「違います」と言った。

「私も違う、とだけお伝えしておきます。」

 ニアキンは眉を困らせて微笑んだ。「ですが、私の家族はわからない、違うと思う、としか言えません。」

「私もだ。」

 ビスターとキュリスが笑うと、ランスも微笑む。フリッツとしても、自分は違っても、家族は判らないなと思えていた。

「そんな得体のしれない者をどうやって探すのです?」

「探さないことには、魔香(イート・ミー)をどうやって持ち出しているのかがはっきりしないのです。新しく作られているのだとしたらなおのこと、見過ごせません。」

「まさかとは思いますが…、アンシ・シで魔香(イート・ミー)を提供したのは、エムなのかもしれませんね。」


 ニアキンが追いかけている者は、フリッツたちがかかわってきている者たちと重なっているようでいて重なっていない気がしていた。

 狼頭男(ワーウルフ)の件で話し合った時、ニアキンがエムという存在の話をしなかったのは、あまりにもつかみどころがなさ過ぎて説明できなかったからなのだろうなと思えてきた。


「鶏を食べたあの店は関係していますか?」

「いいえ。あの店は、お察しの通り、私の息抜きの場です。あの店の味が好きなのもありますが、選ばれたと言われると悪い気がしなくて通っています。」

「そんな雲を掴むような者たちを探る毎日だと、心から安らぐ場も必要だろうな。」

 キュリスの言葉に、フリッツも深く同意する。


「店に掛けられた魔法については、わかっていますか?」

「少しだけ。連れて行ってくれた先輩の推測に私の想像を加えてもいいですか?」

「かまいません。教えてください。」


「誰かの紹介であるか、代金を支払える能力のある者であるか、信仰心があるか、ではないかとみています。」


「信仰心、ですか、」

 ニアキンは頷いた。

「紹介してくれた先輩も私も、はじめて行った時に仲間を代表して代金を支払っています。あと共通するのは、私たちは職位(クラス)変更(チェンジ)を目指して自領の神殿で祝福を受け、王都に出てきてからも王都にある神殿を探しては祝福を集めています。」

「信仰心が魔法に関係するのですか…、」

「支払いは教官殿でしたね、神殿はどちらかというと行っている方では? 今日だけでも二つ行ってますよ?」

 キュリスが揶揄うように言って肩を竦めた。

皇国(セリオ・トゥエル)は神のさきわう国でしたね。皇国(セリオ・トゥエル)出身の魔法使いなら、ありえそうな縛りだと思います。」

 ビスターはうんうんと頷いている。

「情報提供者はあの中にはいません。いつ行っても暖かに歓迎してくれる、気の置けない気楽な人たちなのです。」

「そうですか。よい店を教えてくださったのですね。」

 ランスの言葉に、ニアキンが照れ笑いする。

「やっと、表情が明るくなったな。」

「散々な目にあったよね、ニアキン。」

「隠れ家のような場所で、旨いものを食べて、気を許した仲間と時間を共に過ごすのですか…、」

 感慨深そうに呟いて、ランスは「次はキュリスを連れて行きましょうか。給料日明けなら、支払いは困らないでしょうし」とニヤリと笑う。

「その次は私だよ、」

 キュリスとビスターも笑うのを見て、ニアキンもほんのりとだけど笑い始めた。


 数珠つなぎに仲間がつながっていって、この先もずっと、あの店は隠れ家としてあり続けていくのだ。

 フリッツは、ニアキンの気の置けない仲間に私たちは選ばれたのだと思うと、知り合って短い時間でも信頼してくれているのだと理解し、自然に微笑んでいた。

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