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80、アンテ・ヴェルロの守護精霊

「その案は却下します。」

 師匠は間髪入れずに言い切った。

「ビアさんは治癒師(ヒーラー)ですよね? そこのフローレスさんと違って、武器もお持ちではないですよね?」

 振り返るオリヴィエールも半笑いでわたしを見ている。

「それでも、やってみます。」

 アニチェの攻撃を耐えてくれているオリヴィエールと師匠は、攻撃できない状況でいる。風の魔法はそもそも防御に適した属性じゃない。

 祭事官であるフローレスの弓矢は神具で、魔道具でもあり、この場にある唯一の武器だ。

「フローレス、その弓矢はどういった魔道具なのですか? ただの弓矢ではないですよね?」

 師匠の問いかけに、フローレスに視線が集まる。弓矢は白銀色で、矢はどれも美しい宝飾品のような輝きがあった。

「使い手に条件はいりますか?」

「いりません。魔力がない私のようなものは、こういった魔石を補助に使います。」

 フローレスは嵌めていた皮手袋の内側を見せてくれた。掌の真ん中に当たる部分に、立派な紅玉(ルビー)が煌めいている。

「こうやって、魔力を装填して飛ばします。魔力をお持ちの皆さんなら誰でも使えると思います。」

「一本だけ異質な…、その矢は、羽の色が違いますね?」

 頷くとフローレスは、一本の、彫刻細工の細やかな白銀色に輝く矢を弓筒から引き抜いた。

「地面から拾っていた矢ですね、」

「他の矢は武器ですが、これだけは特別なのです。これは『天翔ける嚆矢(こうし)』と言う魔法の矢です。一時的な特殊効果で、(あやかし)や精霊の姿を『精霊の(グノシェ)(ンヌ)』の魔法を使わずに見られる状態に変えてしまいます。」

 得意そうに笑って、矢筒に戻す。

「この矢だけは射るだけで、当てたりはしないです。音が重要なので、回収できる位置に飛ばします。」

 なるほど。だから拾っていたんだね。

「オリヴィエール、あなたは風水師でしたよね? 手伝ってもらえますか?」

 意外そうにオリヴィエールは目を丸くした。

 わたしの魔力量ではもう召喚術は無理だ。可能なことを思いつく限りに、助けてもらう方法を考えていきたい。

「そうですね、アニチェを攻撃するのでないのなら、喜んで。」

「オリヴィエール、あなたはこの状況をどう見ていますか? あの女性は、あなたの知っているアニチェですか?」

 師匠の問いかけに、オリヴィエールは目を細めた。

「アニチェはアニチェです。聖堂に連れ帰るつもりです。」

「中に、悪しき者がいたとしても?」

「その場合は聖堂で処理をすればいいだけのこと。攫われた治癒師(ヒーラー)を奪還するのが、私の任務ですから。」

 無言でフローレスは師匠とオリヴィエールを見つめている。

「悪しき者を、聖堂で封印するという意味でしょうか。」

「そうですね。悪しき者を聖なる者として変えるのは難しいでしょうが、聖堂にとって有益な力として利用できる方法があるかもしれませんからね。」


 聖堂にとって、治癒師(ヒーラー)の奪還と悪しき者という名の未知の精霊を捕獲するのは何よりの成功なのだろうなと思えてしまった。

 悪しき者が父さんや蛙顔の神官様と同じ邪神と呼ばれる存在だと判れば、クアンドの研究施設にいたような狂信的な研究者に餌を与えてしまうことになる。

 ダメだ、絶対に聖堂にフクロウ魚(アレ)を渡してはいけない。


<憎い…憎い…憎い…憎い…、>

 世界の隅々までアレは自分の怨恨を行き届かせるつもりでもあるのだろうかと思えてくるくらい、怨嗟の想いばかりが繰り返している。

<欲しい、こっちへ来い、欲しい、こっちへ来い、欲しい、こっちへ来い、欲しい…、>


「利用ですか? 呪詛石として池の奥底に沈めてあったものを池の外に出すのは同意しかねますね。」

 師匠が淡々と言ってわたしを見ていた。

退魔師(ジーニー)としての助言です。可能なら、ここであの女性ごと封じ込めてしまった方がいいでしょうね。あの女性は魔力量があまりないようですから、解き放つ前に仕上げてしまいましょう。」

「おかしなことを仰いますね、バンジャマン卿。アニチェは私たち聖堂の仲間です。アニチェをこの池に沈める訳にはいきません。」

 言葉遣いは丁寧でも、口調からはお互いに譲らない迫力がする。

 

 風の障壁の向こうから再び聞こえ始めた詠唱の声は、前々回ほどまでの勢いはなくて、アニチェ自身も弱ってきているのだと判る。さっきの攻撃と言い、魔力量も減ってきているのだと判る。


 監禁されて満足に休息もとれていなかったアニチェを酷使しているアレは、アニチェ自身の回復をしていない。

 アニチェが、かわいそうだ。


 わたしは、これまで地属性と水属性のふたつの属性を持つ未分化の半妖として生きてきて、分化して、まだ実感はないけど地属性に収まった女性態の半妖だ。

 師匠よりも、オリヴィエールよりも、フローレスよりも、水に耐性があって何より治癒師(ヒーラー)だ。

 わたしは、アニチェに一番近い。


「お願いです。師匠も、フローレスも、手を貸してください。」

 ぐっと握った拳につい力が籠る。

「ビアさん、安易に囮になるのはダメですよ?」

「魔力がないのに無理をするつもりですか、ビア、」

「具体的にはどんな策ですか? 聞いてから考えてもいいですか?」

 わたしは一呼吸おいてから話し始める。

 大丈夫だ。落ち着いてやれば、きっとできる。


「援護をお願いします。アニチェの中にいる悪しき者は、近づけば、わたしの体を乗っ取ろうとすると思います。その瞬間を狙って、分離させます。」


「はあ? 正気ですか、ビア、」

「簡単そうに言ってますが、ビアさん、無理です。」

 オリヴィエールが鼻で笑う。「それは作戦ではありませんね。それは犬死と言うのですよ。」

「本気です。無謀な策だとも思っていません。」


 1周目の未来での教訓があるのなら、2周目のわたしは実践しようとしている。わたしはひとりで戦っていない。師匠も、オリヴィエールも、フローレスもいて、考えを伝えて独断で動こうとしていない。助けてほしいと、協力を仰いでいたりもする。説得できるとも、信じている。


「ビア!」

 師匠が目を見開いてわたしの名前を怒鳴った。

「どうしてビアがそんな一番危険な役割をするんです!」

「わたしが適任だからです。魔法で水の上も歩けます。わたし自身にも魔法をかけて、水の中でも息が続くように細工します。わたしならできます。」

「だからって…!」

「師匠は、できないでしょう? わたしは、できます。お願いします。アニチェを捕まえるまで、できるだけ魔力を消耗させないように近付きます。向こうはわたしの体が欲しいので、ファーシィみたいな攻撃は受けないと思います。悪しき者がアニチェから分離した瞬間、オリヴィエールはアニチェの体を回収してください。師匠は、わたしが逃げられるように悪しき者に攻撃してください。お願いします。」

 怖いと思ったらできない。死ぬと思ったら行けない。

 大丈夫だ。わたしは、悪い魔性の父さんの子だ。種火の、母さんの娘だ。わたしは希望という名の魔法をかける魔法使いだ。


 オリヴィエールはわたしの顔をじっと見た後、「わかりました。援護します」と言ってくれた。

「ひとつだけ。…ビアさん、どうしてそこまで我々の仲間に命を懸けてくださるのでしょうか、」

「アニチェもわたしも、治癒師(ヒーラー)です。やってみれば救えるかもしれないのに救わないのは、自分が救わなかったから死ぬ人がいるのだと言っているような気がします。わたしは、やってみて救えるなら救いたいです。わたしが救ったからアニチェが生きてくれるのなら、わたしは、やってみます。」

 諦めないのは、治癒師(ヒーラー)の根本でもあり基本的な精神のような気がする。どんなに小さなとっかかりでもきっかけさえあれば状況は変わるし、世界は変化する。何もしないままより、何かをして状況を変えた方がいい。

「フローレスはできるなら隠れていてください。矢を射るのなら、わたしに当てないようにお願いします。」

「わかりました。」

 苦笑いをしてフローレスは、「ビアさんを信じます」と言ってくれた。


 術が成ろうとしているのか、池の上にいるアニチェの声が風の音で掠れ始める。

<憎い、欲しい、憎い、欲しい、憎い、欲しい、すべてが憎い…! すべてが、欲しい、すべてをこの手に。>


「行きます。オリヴィエールは土地と水の制御をお願いします。師匠、」

 立ち上がったわたしは師匠に向き合った。師匠だけは、何も言ってくれなかった。

 止めても行くと判っているけど放置もできないからここにいる、と選んだ人だ。貴族で、吟遊詩人(バード)で、公国(ヴィエルテ)の軍人として実戦の経験はあっても、最前線で一番槍で突撃していくような役割にはなってこなかったであろう貴族様だ。

 巻き込んでごめんね、師匠。

「ビア、」

「行ってきます。師匠は、援護してくれますか?」

 服の中にあった翡翠のアマガエルを服から出す。夜の闇の重さにも負けない鮮やかな翡翠は、手に握ると暖かい。師匠は、わたしの手の中のカエルをじっと見つめている気がした。

「…魔力量を考えると失敗はできません。援護も完璧ではないかもしれません。いざとなれば私はビアを優先します、いいですね?」

「はい。そうならないように、失敗はしないつもりです。」


 失敗って何だろう、ああ、負けてアレに取り込まれてわたしじゃなくなるんだ。

 そんな目に会ったりはしない自信が妙にあった。

 もしそんな目に合うのなら、その前に、父さんがわたしの体を回収してしまうのだ。

 わたしは、自分を、師匠を信じる。


「行きます。」

 駆け出すわたしの前に、突然、黒いものが降ってきた。 


 べチベチ、ベチベチ、


 出鼻を挫かれたわたしが立ち止まる足元で、黒い大きな何かが勢い良く跳ねて、「あげる!」という大きな声が辺りに響いた。


 ※ ※ ※


「ビアさん、その魚、助けてくれたお礼だから、」

 黒い何かが黒い大きな魚なのだと判ったのは、突然現れたファーシィが指さして笑っていたのを見たからだった。ファーシィはもう片方の手に何匹かの活きのいい黒い魚の尾を掴んでいて、暴れる魚の動きにも平然としている。わたしの足元に転がっている黒い魚も、泥まみれになりながらもまだまだ元気だ。

「ファーシィ、あなた…、」

 何もこんなタイミングで帰ってこなくてもよくない?

 そう言いかけて、出鼻を挫かれた感がしてならないわたしは言葉を飲み込む。

 月明かりに見えたファーシィは、手にした黒い魚を一匹丸呑みしていた。生なのに、と思ったのは人間の感覚だ。

「これはブロスチの水の精霊王さまの神殿の池にいる凄い魚なの。ビアさんも食べたら魔力が回復するし、元気になれるよ?」

 言う傍からファーシィの体力も魔力も回復していくのが見て取れる。

「ガルモが元気になったら食べさせてあげようと思って、獲ってきて育ててたんだよね。なかなか村の水の馴染まなくて、山の奥の泉の水でやっと育ったの。水って大事なのね。」

 ファーシィはにっこり笑って、バリバリと次の黒い魚を頭から丸かじりして食べている。 

 可愛らしい女の子が豪快に生魚を丸かじりしている大胆かつ粗野な光景に、貴族な師匠は元よりオリヴィエールもフローレスも言葉を失っている。

「ファーシィ、ガルモって、あの部屋にいた包帯の巻かれていた人?」

「そう。私の一番大事な仲間。ビアさんが私にしてくれたみたいにガルモにしてくれたら、ガルモ、元気になって魚も食べられるようになると思うのよね。」


 あの作業台の上の人はもう輪廻の輪に帰ったわ。

 そう言いかけてやめる。大切な人が亡くなった事実をファーシィが知るのは、もっと先でいい気がする。


「そんな大事な魚、貰えないわ。」

 例え回復したとしても、わたしは生で魚を頭から食べられないし、調理して食べるのだとしても今でなくていい。

「遠慮しないで。お礼だからあげる。ビアさん、持っていきなよ、」

 いらない。それどころじゃないから。

 言いかけてわたしは、次第に弱弱しくなる動きの黒い魚のしっぽを手に取った。持て余していたし、持って行ってもアニチェに憑りつくフクロウ魚(アレ)に餌を与えるようなものだ。

 とりあえず藪の中に隠しておこうかな。

 回収できないのも厄介だ。目印となりそうな草木のある藪を探す中で、人の目の位置ほどの高さにある黄色く光るものと視線が合わさった。

 刺激されて集まってきていた野に棲む精霊と目が合った?

 あ、近寄ってくる?


 アレの呪詛の影響で、野に棲む者たちも緊迫しているのかなと思えてくる。こんな状況で野に棲む者たちも敵にして戦うとなると、つくづくそれどころじゃないのにと言いたくなってきた。

 ファーシィはバリバリと骨まで魚を食べ尽くしていて、近付く気配など気にならないみたいだ。

 野に棲む者の近付いて来る気配に「ビア?」と師匠が尋ねてくるので、わたしは覚悟を決めると魔力を持たない人間であるフローレスを自分の影に隠した。

「召喚していない野に棲む者が来ます。援護を、お願いするかもしれません。」

「わかりました。」

 

 池から聞こえてくる呪詛と呪文の声への備えと、野に棲む者に包囲されている感覚とに、ますます逃げ場がなくなったと思えてきた。隙を作れないという緊張感だけが心の中を占めていた。

 すべては、わたしが選んだ結果だ。

 いつだって、わたしは最良を選んでいるはずだ。

 逃げられないんじゃなくて逃げないんだと思い直して、姿勢を正してみる。


 近付いて来る光はわたしを認識していて、意志が強そうな強者の光が見え隠れしている。負けるもんかと見つめ返していると、ふっと、気安く目を細めて警戒を解いた印象がした。

「誰ですか? わたしに用ですか?」


 両目と気配だけが、暗闇の中に現れる。


「お嬢ちゃん、な、その魚をわたしにくれないか、対価として力を貸してやるからさ。」


「やめておきなさい、」

「ビア、だめです。」

「ビアさん、」

 師匠たちは反射的に一斉に反対していた。

 話を聞こうとも思わないらしい。


「この黒い魚が対価として成り立つのですか?」

「ああ。お嬢ちゃんにはその魚の価値が判らないだろうな。その魚は水の精霊王様のお力が込められた貴重な魚だ。あの娘が育てるのに使ったのは春の女神さまの神殿の源泉だ。その魚を手に入れたくても私らにはなかなか手に入れられなくてね。」

 蛙顔の神官様の教えてくれた黒い魚が最高の環境で育てられているのだ。その条件なら、わたしにとってもこの魚は貴重だ。手放すべきではないと理解できる。


「明かりをつけてもいいですか?」

 オリヴィエールが、はいと答える前に辺り一帯の木の葉を光らせた。どういう魔法なのか仕組みと呪文を知りたくなる。


 浮かび上がるのは、暗い闇の中から現れた狐の耳を生やしたヒト型の精霊で、一見すると気のいい中年のおじさんに見えた。黄金色の見事なしっぽが何本か背後に揺れていて、細身で筋肉質で、黒い動きやすそうな上下の服で、村の金魚の世話をするおじさんたちの中に混じって働いていそうないでたちだ。もしかすると実際に働いていて、昼間の村で出会っているのかもしれない。


「お前は、」

 魚のしっぽまできれいに食べ終えたファーシィは、ペロリと口の周りを舐めた。

「ファーシィ、知っているの、」

「知ってるわ。ブロスチに棲んでいる精霊だわ。時々、この村にも来てた…、」

 暗い瞳のファーシィは、虚空を見据えたまま肩を震わせている。

「お二人は、知り合いですか?」

 何気ないオリヴィエールの質問に、狐のおじさんは「いいえ」とあっさりと否定する。

「今更何の用? これまで助けてくれなかったのに。」

 怒りにも似た憎しみのこもった声は、襲い掛かろうとでもしそうな勢いがあった。

「待って、落ち着いて、」

 制御できるかどうかわからないけど、ファーシィに暴れてほしくない。

 こちらから働きかける訳でもなく、その土地に棲まう精霊が心を開いてくれる機会は珍しい。騙すつもりで近寄ってきているのか下心があるのかは、話を聞いてみてから判断すればいい。話しの続きを聞きたい。

「ファーシィ、お願いだから、」 

 必死でファーシィを止めて、ファーシィの気持ちも聞いてみる。

「助ける? この人はファーシィの知り合いなの?」

「知り合いじゃないけど、知っているわ。こいつは、私たちを助けてくれなかった大人だわ。」

 助けてくれなかった…?

 コーストに攫われてきたことを?

 コーストに実験体のように扱われたことを?

 ぎこちなく狐のおじさんを見つめると、微笑まれてしまった。

 睨むファーシィを無視して、余裕な素振りで狐のおじさんはフローレスに話し掛けた。

「その矢を仕舞っておくれ。ソレは私たち野に棲む精霊たち、特に私の眷属にはあまりいい思い入れはないんだよ。」


 魔道具である矢を怖がるのは、狩を連想して野に棲む精霊なら当然の反応だと思えた。

 しかもフローレスが特殊な効果を持っていそうな祭事官だと知っていたら、余計に怖いと震えていそうだ。


「この矢がですか?」

「そうさ。人間の道具なんて碌なもんじゃないさ。」


 ファーシィが矢を見ても平気そうにしているのは、ファーシィが半妖であまり効果がないからかなと思えてくる。

 ちなみにわたしは怖くはないけど、父さんが邪神という精霊にしてはかなり立場がややこしい存在であるのもあって、子であるがために自覚なく何らかの影響を受けそうだからあまり近寄りたくないとは、実はこっそり思っている。


「フローレス、大丈夫だから。そうしてあげて。」

 黒い魚を手にしている限り、わたしと交渉したいなら狐のおじさんは突然牙を剥いたりはしないだろうなと想像する。

 フローレスは弓矢を隠していても、じっと睨みつけて気色ばんでいる。警戒が溶けないというよりは、このおじさんの素性が誰なのかを思い出そうと必死になって凝視しているという印象がする。

「この魚をあげたら、対価に何をくれますか?」

「お嬢ちゃんは力が欲しいのだろ? 魔力を注いであげようか。魔法使い(ウィザード)なら魔石のひとつやふたつ、持って歩いているだろう?」

 上目遣いにわたしの群青色の石(ソーダライト)のイヤリングを見て、狐のおじさんはニヤリと笑う。

「魔力があれば、アイツに勝てる。そうだろ?」


 精霊との契約において、精霊の魔力を貰うという行為は、わたしはその精霊の所有物になるのを了承したという合図だ。

 魔力を補充するという提案は、隷属関係となる契約を暗に結ばされるようなものだ。


「いりません、」


 戦闘中にする提案にしては言い方が巧妙でやり方が汚い。

 わたしはまっすぐにおじさんを見返した。この狐の精霊は、単なる野に棲む精霊じゃない。


「ビアさん、魔力を貰わないの、」

 ファーシィが目を見開いて楽しそうに問いかけてくる。

「魔力が貰えるなら、黒い魚と価値は同じでしょ?」

 等価交換だと思っているみたいだ。違うんだな、ファーシィ。

「貰わないわ。他には何をしてくれるのですか?」

 黒い魚に価値があるのなら、それ以上の条件を提示してくるのを期待する。

「そうだな。こうしよう、お嬢ちゃんたちが攻撃を受けないように防御(シールド)の魔法をかけてあげようか。」


 わたしの手先となってアレに攻撃するほど、わたしに迎合するつもりはないのだ。

 しかもまだ名乗っても来ない。わたしの名を聞いたりもしない。

 容易く人間に使われるほどの小物ではないと自分の立場をはっきりと提示してきた狐のおじさんは、やっぱりかなり格上の精霊だ。ある程度わたしがどういう存在なのかを知っていて、自分の立場を曖昧にしながらわたしをうまく利用しようとしている。


「…悪くないわ。」

 わたしと対等な契約を取るところまで譲歩してくれている心根を尊重する。

「よし、契約成立だ。」


 ぱちんと指を鳴らして、おじさんはわたしたちに『防御(シールド)』の魔法をかけてくれた。

 マントや服に黄緑色の鱗粉のような羽虫のような光が集まってきて、師匠もわたしもフローレスもオリヴィエールも、ファーシィまでも、仲間と言うくくりで魔法をかけてくれたのだ。


「ありがとう。守ってくれて。これを差し上げます。」

 グイッと黒い魚を差し出すと、狐のおじさんは目を細めて、「グラが住み着くようになって手に入れられなくなっていたんだよ、助かった」と笑った。

ありがとうございました

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