69、世界が終わるまで動き続ける装置を作る
「フローレス、ビアさんがお疲れみたいじゃないか、なんだい、そんなしけた顔をして!」
馬車の中にあった緊迫感が弾けて割れたような錯覚がする。
リディアさんが腰に手を当てて景気よく大きな声で話す声で、ここはブロスチの街中の宿屋の前なのだと認識できた。馬車の周りには『蒼い蔵』の人たちがいて、ペペリさんやバラノズさんのニカニカと笑う顔も見えた。見知った顔に迎えてもらえると、現実に帰ってきたって実感がする。気持ちを切り替えないといけない。
「あんまり遅いんで心配して見に来たのさ、おや、ベルムードの旦那は寝ちゃったのかい?」
「お前たち、丁重に部屋まで運んで差し上げろ、」
馬車の外へ降りてしまうと現実の世界だ。気になる。降りたら続きは聞けなくなる。抗いたくなりながら、勢いに流されてわたしや師匠も丁重に宿の中へと案内されてしまった。
肝心の誰なのかが聞きたかった。未練がましくフローレスを見ると、「また後で」と言わんばかりに微笑まれてしまった。
リディアさんやペペリさんたちもいるので人数と環境上、宿ではなく昨日も行った市場の食堂で食事会となってしまった。酔って馬車で寝ていたはずのベルムードが復活していて結局宴会になってしまっていたので、騒ぎを聞きつけた他の『家』の人たちも集まってきた。店内は笑い声と騒ぐ声とで騒々しい。
わたしは師匠と上座と呼ばれる席にいて、フローレスも同じテーブルにいたのにまともに話は成立しなかった。酔っ払いたちの笑い声や歌声に中断されてもいいように、当たり障りのない世間話を給仕のお姉さんたちから聞きながら果物を中心に食べる。「これもお食べよ、」と次から次へと運んでくれるお姉さんたちは、昨日も会っているのもあって気安く話し掛けてくれるのが嬉しい。
「ブロスチは大きな港があるので、公国から野菜や果物が定期的にはいってきます。この辺の漁場は安定していて鮮度がいいので、特に今の時期は貝がおすすめです。」
フローレスは得意そうにあれこれと食材を解説してくれるのだけれど、わたしも師匠も聞き流していた。特に師匠にいたっては、料理に添えられていた棒のような道具を器用に使って巻き貝も綺麗に抉り出して食べている。どんなに珍味かをフローレスが語っても淡々と感動もなく平然と食べている師匠は、貴族に生まれて育ちが高貴だから美食に慣れていて特に驚きがないのかもしれない。庶民で半妖で山育ちのわたしは貝は馴染みがなく、食わず嫌いというやつで見た目も匂いも苦手だ。
見ていると師匠は「食べますか」と言って、棒の先に抉り出したふにゃふにゃとしたものを皿の上に置いてくれた。無言で首を振って丁重に遠慮させていただいた。
綺麗な顔立ちなのに表情のあまり変化のない師匠が実は公国では名の知れた吟遊詩人だとは信じようとしないお給仕のお姉さんたちは、ちょこちょことやってきてはわたしの話し相手になってくれて、尋ねると客から聞いた噂や自分で見た話をしてくれた。
今日のブロスチは胡散臭い連中がたむろしないように街のいたるところで手入れがあったそうだ。「フィレナ一家の皆さんが中心に清掃活動をしてくれたの、」とお姉さんたちは微笑んでいたので、『蒼い蔵』って言い方は裏の世界での呼び方なんだね。しかも、負の巣窟になっていた風竜王さまの神殿も「子供が入り込んで怪我をすると危ないから」と言う理由で騎士団により取り壊しが行われると決まって、跡地は公園へと整備されるそうだ。風竜王さまの神殿は新たに作らず、フォイラート公の邸宅の近くの公園に他の神官のいない神殿の神々と共に合同で祀られると決まったらしい。竜を祀る国といわれていても、祀られる側の竜王に避けられている状態が長いのもあって、人間側は歩み寄るのを止めてしまうようだ。
ちなみにお姉さんたち曰く、わたしは世間一般ではフィレナ一家の親戚筋に当たるお医者さんという立場になったそうだ。街の客だから実質の家族みたいなものですねってフローレスに言われたので、リディアさんたちもいるし苦笑いをするしかない。
昨日診た患者の中にお姉さんたちの親や知り合いもいたらしくて感謝してもらったのは嬉しかったけれど、「フローレス坊ちゃんと結婚してこの街でお医者になってしまえばいいのに」って何度か言われたのには閉口した。フローレスは否定しないので、わたしも笑って誤魔化しておいた。むきになって否定し合って、かえって勘繰られても困る。
ブロスチの街は大きいのに医者の数は少なくしかも金持ち専門で、治癒師にいたっては聖堂の管轄で信者でないと診てもらえないらしかった。信者になってもかなりのお布施が要求されるらしい。癒しの手も薬剤師も大きな街なのに旅行客として訪れるのも稀で、下手をすると医者にかからないまま一生を終えていく人もいるのだそうだ。
「薬師や薬売りからなんとなくの薬を買うのがこの街の普通なのよ」と言われて、昨日リディアさんが診察の様子を控えさせてもらったと言っていた意味がよく判った。薬師や薬売りの口上に惑わされることなく、自分たちで薬を選ぶ参考にするのだ。
もしかしてこの人たちは、昨日診察した時間だと家事をする時間と重なってしまっていたから来れなかったんだ、シクストおじさんと無医村を廻った時は、事前に来ると知らせてくれた人があったり泊りで診察していたから村人すべてと顔を合わせられたんだなって気が付いて、この街でもう少し時間を取りたいなと思えてしまった。
師匠に時間の融通が利くのか尋ねようとして顔を向けると、話す前に「構いませんよ」と微笑まれてしまった。話についてこれていないフローレスには「何がですか?」と目を丸くされてしまう。これが師弟の阿吽の呼吸というやつかもしれない。
「フローレス、明日、この店やこの付近に暮らす女性たちの診察をしたいなって思っているんですが、協力してもらえますか?」
「ええ、それは願ってもない…! むしろ、こちらからお願いしたいほどです。お願いします。」
フローレスの顔が輝いた。近くのテーブルにいたリディアさんも聞いていたらしく、ジョッキをテーブルに置いて笑顔になっていた。
「診察の記録や薬の調合法を控えてくれる人があったらいいなって思っているんですが、『茶金の厨』や『緑の庭』の人たちに協力をお願いできますか?」
「お任せください。」
フローレスが胸を張る。
「場所や費用は」翡翠を代わりに、とカバンを探ろうとしたら、中央のテーブルで椅子の上に立ち上がってジョッキを片手に大笑いをしていたベルムードが突然わたしたちのテーブルを指さして、「すべての費用は私が持つ。どんどん使え、ビア!」と大きな声で宣言した。酔客たちは一瞬ぽかんとした後、店内はなんだかわからないままに拍手が起こって歓声が起こってさらに盛り上がっていた。あれだけの笑い声だったのに、話は聞こえていなかったはずなのに。耳が聡いな。
「ベルムードって単なる飲んだくれじゃなくて、もしかして耳がいい人なんですか?」
師匠にこっそりと尋ねると、「たまたまでしょう」と師匠は小さく肩を竦めた。
「ベルムードって時々かっこいいね。」
囁くように確かめると、「時々じゃないぞ、いつもだぞ、ビア!」と囲む笑い声の中からまた大声が聞こえてきた。都合がいいところだけ聞こえるらしい。
「私は?」
にっこりと微笑んで師匠がわたしを見ていたので「師匠ですか? 時々変ですよね」と答えておく。匂いを嗅ぐのはデリカシーがないと思う、とまで言わなかったのだから誉めてほしい。
ムッとした表情になった師匠に、果物の盛り合わせを持ってきてくれていたお姉さんは「期待していた答とは違ったみたいですね」とクスクスと笑っていた。
宴もたけなわに盛り上がる中、わたしと師匠は明日早いからと言い訳をして、フローレスと先に『蒼い蔵』の客用の宿屋に戻ることになった。食堂のお姉さんたちや市場で働く女性たちは朝の仕入れや支度が終わった後の方が都合がいいと聞いたので、明日に向けて体力回復を優先したのだ。見送ってくれる食堂の人たちは「また明日ね」と手を振ってくれた。
夜なのに、みんな顔が明るい。
「いいことでもあるのかな」と呟くと、「みんな明日が楽しみなんですよ」とフローレスが笑った。
「この街は領都ですが、お医者様に診てもらう時間などなかなかありませんからね。あの者たちはこの後家に帰って近しい者たちに伝えるのだと思いますよ。もしかしたら近隣の村に住む者にまで伝えるのかもしれないです。女性の医者は少ないですから。」
王国は魔法使いが少ないし、治癒師はもっと少ない。その中でも女性の治癒師はさらに少なくて、しかも聖堂に囲われていると馴染はもっとないのだろうと思えた。公国のように癒しの手がありふれている訳でもない。
公国の普通は、この国では違うのだ。
「用意は『蒼い蔵』の男衆が総出で支度させてもらいますよ。お任せください。」
フローレスも楽しそうに明るい表情をしていた。師匠は何も言わないけれど、不機嫌そうではなかった。出発が遅れると文句を言われなかったのでほっとする。
治癒師なのに治癒しないで診察や診断ばかりをするのは気が引ける。薬では対応できないかもしれない。治癒する覚悟もしておこう。ひとりでも多くの人に希望という魔法がかけられるように、わたしも魔力を溜めておこう。
耳にある群青色の石を触っていると、師匠が「ビアはイヤリングを触るのが癖ですね」と言った。魔力の貯蔵と利用とをこっそりしていると答えられずに笑って誤魔化しておく。
「そのイヤリングはお買い求めになったのですか?」
フローレスにまで興味を持たれるとは思わなかった。
「祖母の形見なんです。わたしの先祖は皇国で太陽神様の神殿の神官だったそうです。」
会った記憶のない先祖からつながった、わたしの、人間としての源流の証だったりする。
「へえ、初耳ですね。」
ええ。師匠にははじめて言いましたから。
「イイモノですね。」
「フローレスは価値が判るんですか?」
わたしには価値があるけれど他人にはそうでもないはずの魔道具だ。お世辞にしては褒めすぎな気がすると思いながら、話の流れで聞いてみる。
「『蒼い蔵』の人間ですからね。価値くらい判ります。」
群青色の石はものにも寄るけどあまり希少な石でもないのは、庶民のわたしでも知っている。
「ありがとう、」気を使ってくれて。
にっこりと微笑むと、フローレスは「本心ですよ」と笑った。
※ ※ ※
宿屋に戻ると、白い服の侍女たちが出迎えてくれた。この人たちにも明日場所を借りて診察をする件をどうやって伝えようかなと思っていると、フローレスが「あとで私の方から伝えますからご心配なく」と言った。助けてもらった以上にお世話になっている。わたしのできる、この街でお世話になった人たちへのお礼になりそうだ。
フローレスの部屋へと案内してもらって、わたしと師匠は用意してもらったソファアに座り、フローレスはベッドに腰かけた。黄色の小鳥の大群が羽ばたいている図柄のベットカバーだ。風の精霊王のインテーオを連想をして、賭けに勝ったはずなのに報酬がほぼなかった気がするなあと思ってしまった。オルジュに会えない時間はわたしが頭を冷やす時間でもあるのかもしれないなと思えても、少し、悔しい。
「まずはビアさん、明日はよろしくお願いします。」
「こちらこそ。気にしないでください。」
わたしがしたくてすることだから、気にしないでほしい。
「お詫びと言っては何ですが、馬車は長距離用の早馬車の、ミンクス領まで直行できるしっかりとしたものを手配します。」
「フローレス、ありがとう。」
しっかりとしたものと言われる馬主なら、事前に予約が必要だっただろうに。
わたしや師匠といった公国民だと信頼関係がないから依頼できなかっただろうし、できても貴族なベルムードがお金の力でモノを言わさない限り無理だ。『蒼い蔵』の伝手で融通を聞かせてもらったのだとしたら、フローレスの方が出費が大きい気がする。
これはとっても、わたしの方が得をしている気がしてきた。
「良くしてくださってありがとう。感謝します。」
「いえいえ。それ以上の対価を頂いていますよ、ビアさん。」
爽やかに微笑むフローレスはとてもいい人に見えた。
「これ以上は留まりませんよ、ビア。判っていますね。」
師匠は細かいけれど間違ってはいない。わたしが寄り道ばかりしている、多分。
「…判っています。お昼には切り上げて馬車に乗ります。」
それまでに丁寧かつ迅速に希望という名の魔法をかけるのだ。
「名残惜しいですね。もっといてくださるといいのにと思えてきました。」
もしかすると、もうアレハンドロは月の女神さまの神殿で冒険者登録を済ませているのかもしれなくて、レゼダさんも職位を剣術舞踏家に上げているかもしれない。クアンドの宝石商のセサルさんたちも皇国を北上しているだろうし、わたしの我がままにみんなが巻き込まれている。
「…名残惜しいですが、行きます。」
「そうですね。」
1周目の未来での記憶を頼りに指を折って考える。ミンクス領から王都までもかなり距離があるし、王都からさらにアンシ・シまで行くのだから、ここにいるのは日程的に限界かな。
もどかしくても、優先順位を間違えて後悔はしたくない。判っている。判っているけど、気になるものを気にしたまま去るのは、心の中に忘れ物を作ってしまうみたいだ。
「もっとおもてなししたかったですね。」
「楽しかったですよ。いい宿を紹介してもらえたのも良かったです。」
街中なのに貸し切りの隠れ家って、かなり待遇がいい。
「今夜だって、師匠も楽しかったですよね? お料理、結構食べてましたよね?」
「そうですね。ブロスチの街はどんな一日だったのかを聞けたのは良かったですね。ビアは相変わらず果物ばかりでしたね。」
「他のものも食べましたよ。」
貝は食わず嫌いで、鶏肉と魚はアレを連想してしまうので避けただけとは伝えない。アレは、黙っておいた方がいい気がする。
和やかな雰囲気になったので、わたしはいよいよかなと期待して黙る。師匠は合図のように足を組み直した。
「では、続きを話しましょうか。それとも聞かないまま、忘れてしまいますか?」
この旅にアンテ・ヴェルロの物語は必要ないと捨ててしまってはどうでしょうと提案されているのだと気がついて、わたしは小さく首を振る。
ファーシィを知りたいと思うし、父さんの仲間という蛙顔の神官様についても、少しでも情報があるのなら知って理解を深めたい。
「いいえ。教えてください。」
「お願いします。」
師匠も待ちかねていたみたいだ。
「お時間を頂くのは悪いですから、簡潔にいきましょうか。」
「判りました。」
出来ることなら、今日中に水の精霊王さまの神殿へ行って蛙顔の神官様にお礼の報告に行こうと思っているので、その方がわたしも都合がいい。
「デイライド爺さんのいとこ、まで聞きました。」
「ええ、そうでしたね。ライムンドと言うそうです。」
ん?
「ライムンド、ですか? コーストではなく?」
「はい、その男は村の水の管理をする家の出で、代々錬金術師を継承していたそうです。村長の話だと、ライムンドやデイライド爺さんの祖先は、村の水源である貯水池やその近くに水車小屋を作って水の資源を任されていたそうです。」
「錬金術師は継承するものではないでしょう? 各神殿を巡って祝福を集めなくてはいけません。本人にある程度の魔力も必要でしょう。」
師匠の問いかけにわたしも同意して頷く。
半妖と言う血は婚姻で作り出せても、錬金術師という職位はそれなりに試練が必要になってくる。王国のような魔法使いがあまりいない土地で魔法を使おうとするなら、竜か精霊の手助けが必要になってくる。
風竜の営巣地がこの近くの草原にあるからといって、風竜の気配はあの村にはなかった。あの村にあったのは、アレと、野に棲む精霊のヒト型の気配だ。
「もしかすると、その家だけが、あの村付近一帯の土地を守る守護精霊様との契約を取り付けている関係なのかもしれないですよね。」
そんな関係ならあり得そうだ。
だけどそうなると、守護精霊様はアレの毒気にあてられていないのだろうかと心配になる。影響がないのだとすると、地属性か火属性か…。
「錬金術師がいたのなら、魔術工房もあるはずです。」
分水嶺の魔道具を見ている師匠は、当然のように断言する。「あの養魚場とは別に作業をする場所があるはずですが、今日見た中では見つけられなかったですね。」
「もう壊してしまったのでしょうか? 」
フローレスが首を傾げる。
それはないかな。
王国民のフローレスは魔術工房を作る大変さをわかっていないのだ。公国でも魔術工房は貴重で、父さんはそっくり移築して自分の世界に隠してしまっているような貴重なものだ。簡単に壊せるはずがない。
「壊さないと思いますよ。管理を任されている家系なら、修復が必要でしょう。」
師匠の指摘に、あ、そうか、と言いたそうな顔になってフローレスは照れて俯いた。
「その反応を見るに、『蒼い蔵』が使う魔術工房とは別なんですよね?」
「ええ、完全に別ですね。今回村長の話を聞くまでアンテ・ヴェルロに錬金術師の家系の者がいたのも知りませんでしたし、正直な感想として、あんな村のどこにどういう必要があって魔術工房や錬金術が必要なのかさっぱりわからないです。」
金魚で満たされた水田だらけの村を見ただけならそう思うかもしれない。塀の向こうに隠されたあの設備を見てしまうと、結構大仕掛けな仕組みであののどかな光景は維持されているのだと判る。
「ライムンドはいませんでしたね。」
師匠は話の先を促すように尋ねた。
「はい。ライムンドという男は跡取りなのに先の大戦の頃に突然行方をくらましてしまったそうです。村のしきたりとして水源の管理をする者が必要と誰かが言い出し、仕方なく後釜にデイライド爺さんを据えたのだそうです。村長の話だと、もともとデイライド爺さんは分家の出だったそうです。他の村人と同じように金魚を育てて生計を立てていたデイライド爺さんは、一番近い親戚だからと半ば強いられてあの村の奥にあるライムンドの家に入らされ、役目も受け渡されたそうです。」
フローレスは手元に置いていた紙を広げてテーブルに置くと、わたしたちに見せてくれた。
家系図の写しのような簡略化された図があり、名前の横にざっくりとした情報も書かれている。
「もともとあの村は、ブロスチの不文律に馴染めない半妖や魔法の使える者たちが暮らし始めた村だったそうです。それまでは村の周辺の街やブロスチが商売相手だったのが、ブロスチと王都までの街道がつながって各領都に安全かつ快適に輸送できる手段ができると一気に販路が広がったそうです。水源を管理して農作物や川魚の養殖販売業を止めて、貴族の喜びそうなものを作ると決め娯楽目的の養漁業に一本化し、現在の在り方になったようです。というのも、鮒や鯉から金魚や錦鯉に対象を変えた途端、フォイラート公を中心とした貴族の庇護が得られるようになったのだとか。」
観賞用の金魚を育てると決めたのは、ブロスチには港があって水産資源はそちらの方で需要が足りているから川魚の需要があまりなかったからなのかなあと推測できる。
金魚や鯉なら一匹一匹の単価を上げていけばそれなりの価値に変わるのと、こういうものを商売にする村が他にないのが強みなのだろうなと思う。村人の数が少ないのでひとりひとりへの負担の多いけれど、暮らしていけるだけの収入にはなっているから続いているのだ。
「あの村を囲む塀はその当時の技術で作られたままだそうですから、基礎をしっかりと作ったのでしょうね。」
「かなり腕のいい錬金術師がいたのでしょう。」
さぞかし口もうまかったんだろうなと思えてきた。
村長のいう水車小屋とは分水嶺の魔道具のことだろうし、貯水池ってフクロウ魚が沈むあの人工的な貯水槽のことだよね。
あの村は、錬金術師の努力の結晶だ。村全体が大きな水瓶で、人と金魚との理想的な暮らしとが再現された人工の街だ。
わたしがあの村を作った錬金術師なら、絶対に世界が終わるまで維持できる装置を作って永年に稼働させ続けるだろうなと思ってしまった。動力源となるアレを死なさず殺さず生かし続けているのが管理人なんだろうな、と思えてきた。結界や呪符も伝承されていそうだ。
ただし、管理する後継者がいなくなった場合、どこまで維持できるのかはわからない。そんな場合は計算に入っているのかも不明だ。
まさか跡取りが出奔するとは思ってもいなかっただろうな、と冷ややかな気分になっていると、師匠も冷笑していた。
「デイライド爺さんの後釜は探さなかったんですね?」
さすがにふたり続けて家主が行方不明になってしまっては、あの家の後釜をと言われても気味が悪くて喜べない。
ありがとうございました
 




