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56、旅は同行者を選んだ方がいい

 フローレスというのはこの若者の名前なのだとは理解できた。何らかの揉め事があった『先日の交渉相手』という『代金を踏む倒そうとした』誰かをこの家に連れてくる手筈になっていて、取り囲むように集まってきた男性たちが『支払い』をするよう圧力をかける、という『段取り』になっていたのかなと単純に思う。

 ただ、状況は理解できても、その誰かの代わりにわたしを連れてくる理由が判らない。わたしがあの場に現れなかったら、フローレスはあの石の上に座って誰かを待ち続けたのかな。

<お嬢さん、すまないね、>

 黙るわたしに気が付いて、一番年配の老人の隣に控えていた体の大きな胡麻塩頭のおじさんがすまなそうに公国(ヴィエルテ)語で言った。一番年配の男の腕の太さの二倍はあろうかという筋肉質な体格で、格闘家っぽい印象がする。見回せば、この家にいる男性はどちらかというと見かけは職人や商人じゃない。傭兵や格闘家、もしかすると剣士もいるかもしれない。例外としてフローレスは、体形や印象からすると神官か癒しの手(キュア)くらいかなと思うけど。

<見る限り、この国のお人じゃないようだね。皇国(セリオ・トゥエル)ではなさそうだ。>

<そうです。>

 公国(ヴィエルテ)語で答えると、納得した表情になっている。

「この方は公国(ヴィエルテ)人だよ。帰りの馬車で途中まで相乗りさせていただいた。」

 王国語で話すフローレスに、閃くように老人やおじさんたちの瞳が光って、わたしについての何かを知っているのかなと思えてきた。フローレスは何をどこまで話したのか気になるけど、フローレスが乗っていた間って、確かベルムードが終わりなくマスリナ子爵領へ行きたくないなという心情をくどくどと繰り返していた頃じゃないのかな。

「ほう…、」

「だからと言って、連れてくる相手が違うだろう、フローレス、」

 再び険悪になる雰囲気の中、奥の部屋から白髪の方が地色の茶金髪よりも多そうな髪の長い痩せた老女が音もなく現れた。

「フローレス、このお嬢さんを人質にでもするつもりかい?」

 王国語で話すその人は簡素な灰色のワンピースに白いレースの肩掛けをしていて、瞳の色は冷ややかに煌めく翡翠色だ。年は一番年配の男性よりも上に見えた。顔の作りからすると、一番年配の男性のお母さんで、年配の男性の息子か娘かの子供がフローレス、といった関係に見える。

 フローレスのおばあちゃんなのかな。緊迫する雰囲気や親密な様子から一族を束ねる頭なのかもねと推測できる。

「奥様だ、」

 わたしやフローレスを取り囲んでいた男たちの覇気が下がる。いきなり部屋の雰囲気が変わった。もしかしてこのおばあちゃん、怖い人だったりする?

「すまないね、お嬢さん、お茶のひとつも出さないで。」

 言葉の裏を読んで入り口近くの年の若い男たちが奥の部屋へと消えて、「お茶の御用意を」と話す声がかすかに聞こえた。

「それにしても、公国へ語学を学びに行かせていたのは、誰にでも状況を説明できるようにって配慮だったはずなんだがね、」

 呆れたように言っておばあちゃんは、「あんたたちも同じだよ、お客様にお茶のひとつも出さないなんて。それでも粋なブロスチの男衆の端くれかい?」と嘆いて、優雅にソファアの真ん中に座って足を組んだ。

「その顔、お嬢さんはもしかして王国語が判るみたいだね?」

 あ、バレました?

「ええ。冒険者ですから。この国は2度目です。」

 左手の鉅の指輪を見せると、男性たちの態度が変わる。ここにいるのはこの指輪の価値を知っている人たちなんだ。

「コホン」と咳ばらいをして、一番年配の男性がわたしを見て気まずそうに微笑みかけてきた。

「冒険者だったとは。すまないね。私は現当主のペペリという。こっちはリディア。私の母だ。」

「お名前を聞かせてもらってもいいかい、冒険者殿。」

「ビアと言います。公国(ヴィエルテ)人です。」

 本名は伝えない。フローレスもビア以上にわたしの事情を知らないし、わたしが魔法使いなのも知っていないはずだ。この街以外の住人だというだけでこの街では『客』扱いなのだから、それ以上は少しずつ話せると判断してからでもいい。

「ビアさん、今日はとんでもない日に来ちまったね。」

 リディアは気の毒そうに微笑んだ。

「フローレス、まずはビアさんの依頼とやらを聞かせてもらおうか。もちろん、ここにいるみんなで聞かせてもらうよ、ビアさんもいいね?」

 わたしとしては請け負ってもらえるなら誰だっていい。頷いてフローレスをちらりと見ると、青白い顔になっていた。

「ビアさんは剣士には見えないね。公国(ヴィエルテ)のお人か…、魔法使い、いや、もしかすると治癒師(ヒーラー)かい?」

 当て推量で言うには痛いところを突いてくる。リディアさんの目から見て、決定的に魔法使いではないと思える何かがあったのだ。なんだろう、聞いてみたくなってきた。

「そうです。よくお判りになりましたね。どうしてそう思われたのですか?」

 ペペリさんも周りの男たちもフローレスも、わたしを見て息を止めた。胡麻塩頭の男性が「公国(ヴィエルテ)の女性の治癒師(ヒーラー)…!」と絶句しているのを見て、ペペリさんが「バラノズ、久しぶりに見たな」と頷いている。

 リディアさんは自分で言い当てたのに驚いたように目を見開いた後、「魔法使いなら決して認めないだろうなと思ったのさ。そういう素直なところが治癒師(ヒーラー)なんだろうなって思った根拠さ」と楽しそうに笑った。


 ※ ※ ※


 青い石の上で交渉できる金額を書いて請け負ってもらえると踏んでいたので、話を聞いた後交渉に入るとは思ってもいなかったけど、それってつまり、話を聞いた以上は請け負うという意識の表れなのだと思えてきた。

 二人も救出して一人捜索してもらうのだから、わたしが請け負うとしてもふっかけると思う。だからかかる費用は成功報酬にしてもらって、持ち金で足りない分はわたしの治癒師(ヒーラー)としての稼ぎで捻出するつもりでいた。どうしても払いたいというのなら、職業金持ちのベルムードから自分の分の救出代金ぐらい出してもらってもいい。

 お茶の用意をしてもらって、香りの高い紅茶と小さく丸い焼き菓子を目の前に、わたしは自分が治癒師(ヒーラー)であること、仲間との待ち合わせもあってミンクス侯爵領のエルス村の月の女神さまの神殿を目指して旅をしていること、つい先ごろ、市場で同行していた仲間を攫われたこと、自分自身も手紙に偽装した魔術符の網に捕まりそうになったこと、捕まえた男たちを騎士団に引き渡したことを話した。

「そうかい。」

 リディアさんはふうと溜め息をついて、話疲れてお茶を口に含むわたしへと視線を向けた。

「で、誰がビアさんに青い石だと教えてくれたんだい?」

 ぽいっと小さな丸い焼き菓子を口に放り込む。はじめて食べる砂糖多めの甘い味で、クッキーというよりはほろほろと崩れる焼き菓子だ。なんという名前なのかな。

「…あの井戸のある公園と石とを教えてくれたのは、リバーラリー商会です。」

「ほう、マスリナ子爵領、ああ、それで、マスリナ子爵領でフローレスと馬車を分かれたんだね。」

「はい。」

 見かけによらず賢そうな屈強な男たちが耳元でひそひそと報告しているのを聞いていたリディアさんは、何度か頷いた後、「判った」と言った。

「ちょっと聞いてもいいかい、」

「どうぞ。」

「ビアさんが欲しい情報というのは、仲間を攫った男たちかい? それとも、仲間の居場所かい?」

 真剣な表情に、どっちもこの人たちなら見つけてくれそうな気がしたけど、欲しいのはそっちじゃない。

「いいえ。」

 男たちが息を飲む気配がする。

「それじゃ何かい?」

「わたしを捕まえようとした網に変わった呪符の製造元の、魔術工房を教えて欲しいのです。」

「ほう、どうして。」

「同じ道具を使って捕まえてやろうと思っています。わたしを捕まえようとしたあの網はこの街で作られたもので、仕込み針に痺れ薬まで塗ってあったそうです。わたし一人が捕まっていたら息もできなかったかもしれない量だと聞いて、捕獲するだけではなく致命傷を負わせるつもりだったのだと知りました。はじめて訪れた街で受ける見ず知らずの悪意にしては極悪すぎて悔しいので、同じ道具を使って捕まえてやりたいなと思いました。」

「ほう、」

 考え込んでいるのはリディアさんだけじゃない。ペペリさんたち男性たちも黙っている。

 わたし、そんなに突拍子もないことを言ったのかな?と不安になってくる。

「正式に、ビアさんの依頼をお受けしたいのですが、よろしいでしょうか、」

 フローレスが静寂を破るように、おずおずと聞いた。

「構わないよ。お受けしようじゃないか、」

 オオオ…! と男性たちのどよめきが聞こえて、わたし自身も嬉しくなる。依頼料は判らない。でも、この流れなら悪くない方向で進むかもしれない予感がしてきた。

 フローレスはあまり表情を変えなかったけど、興奮しているのか小鼻が震えている。

 少しだけ、リディアさんたちに認めてもらえた気がしてきた。

「ところで、ビアさん、確かめさせてもらってもいいかい?」

「なんでしょうか、」

 身構えるわたしが姿勢を正すのを見て目を細めると、リディアさんはわたしではなくフローレスに問いかけた。

「フローレス、お前はビアさんをこの家に連れてきた時、『確実に攻めに行く』と言ったね。判るように言葉の意味を教えておくれ。」

「…もう、ご存知なのではありませんか?」

「お前には、誰にでも状況を説明できるように学んで来いと言ってあったはずなんだがね、」

 フローレスとリディアさんは無言で睨み合っていて、見ているこっちが息が詰まりそうだ。

「…フローレス、」

 ペペリさんが静かに低く名を呼ぶと、フローレスは「判りました」と小さく溜め息をついた。

「ビアさん、失礼を承知でお伺いします。あくまでも推論で、でも、事実なのだと私は確信しています。」

「なんでしょう。」

 ベルムードとも師匠とも、あまりわたしは話をしていないはずだ。

「あなたをこちらにお連れしたのは、リバーラリー商会が売り出した携帯用の退魔(モンスター・)シールドの開発者だとお見受けしましたからです。ビアさん、間違っていますか?」

 ここへ連れてこられた理由が意外過ぎて、わたしは目を瞬いてしまった。それ? それが理由なの?

 自分の中では大したことでなさ過ぎて、拍子抜けしてしまう。

 ベルムードが欲しがる権利か、売り出し方が重要な事柄なのかな。

「なんのことでしょう。」

 ごくり、とわたしは喉を鳴らした。何を確認するつもりなのか、身構えてしまう。


「マスリナ子爵領で馬車を分かれたのは、リバーラリー商会に退魔(モンスター・)シールドを売り込む必要があったからですね? 会頭のロディスはマスリナ子爵の子息だと聞いています。ビアさんはこの国を旅をするのは2度目だと仰いました。あの会頭も確か旅をしています。春先にミンクス領へ出かけていました。王国中に販路を広げている割にマスリナ子爵領を離れないので有名な人物がどうして、と話題になったのを覚えています。ちょうど同じ春先の頃に、公国(ヴィエルテ)との国境付近の村を皮切りに、『医者の姪と薬売りのおじの二人組が、北上するように田舎の村で無料で治療をして薬を安価で売って旅をしている』と噂になりました。『見つけて我が村にも』と足取りを追う声がありました。特徴は茶金髪に青い瞳の美しい顔立ちの若い娘です。彼女は、ミンクス領で足取りが途絶えています。そうでしたね?」


 部屋の中にいる者の視線がわたしの顔に集まっているのを感じて、ここは情報を売る家だったと改めて実感する。公国(ヴィエルテ)のラボア様の元にも庭園(グリーン)管理員(・キーパー)から情報となって届くくらいだから、当たり前と言えば当たり前か。

 あれは、薬売りのおじさんについていっただけなんですと言い訳をしてみたいけど、言い訳にならない気がする。


「ビアさんが無医村を渡った医者本人で、月の女神さまの神殿でロディスと知り合い、治癒師(ヒーラー)になって公国(ヴィエルテ)へと戻った。だから足取りは消えた。どうでしょう、当たっていますか?」


 公国で治癒師になったから外れている、とも言いたくないな。ほぼ本当ですと言うのは、避けておきたい気がしてならない。

「そうかもしれませんね。」

 わたしはうっすらと微笑んだ。ベルムードのように、ロディスとの携帯用の退魔(モンスター・)シールドの契約の話になるかもしれない。今、その話をしたくない。


「認めてくださらなくても結構です。お認めになってご自身の行動をひけらかす方ではないと想像していましたから。謙虚な方だから報酬もお受けになっていませんね? むしろ、そうですと仰らなかったので、確実にビアさんがその人だと判った気がします。携帯用の退魔(モンスター・)シールドをロディスの商会で販売しようとされたのは、ロディスと知り合いだったというのも理由のひとつだったと思いますが、あの商会が大きな街ばかりを取引している商会ではなく、王国中の無医村や過疎の村までを販路にしている商会だからですね?」


 リバーラリー商会の扱う商材が日持ちのする乾燥茸や植物、干し肉といった食材なのだから妥当のような気がしなくもないけど、そう言われればそうかもしれない。

「たまたまではないですか?」

 否定したつもりが謙遜しているように見えたみたいで、わたしを見て微笑む顔のリディアさんやペペリさん達を見ていると、これは断定されてしまったなと思えてくる。失敗した。悪い魔性の子供なのに、これじゃ、正義の医者みたいじゃないの。

「確実に攻めに行くというのは、ビアさんのような清い心のお医者様を売って金に変えようとした者たちを、悪としてこの街からきれいさっぱり追い出す大義名分が出来たからです。」

 大義名分って!

「そいつは嬉しいね。ビアさん、ここはブロスチの自警団のひとつ、『(あお)(くら)』のフィレナ一家だ。この家はこの街で代々続く網元であり、この街を守る自警団を束ねる家だよ。」

 自警団、ということは、大昔にこの街を作るために公爵に力を貸した任侠たちの子孫っていう意味なのかな。

 ん? そんな大切なこと、教えてくれちゃっていいの?

 戸惑い見つめ返すと、ペペリさんが「私たちはビアさんが気に入った。フローレスはまた騙されているのかと思っていたが、アンタになら騙されてもいいな」と笑っている。

「自警団として、このお話を請け負います。ビアさん、費用はいりません。これはこの街の正義ですから。」

「え…、」

 驚くわたしに、フローレスの決定に満足そうなリディアさんが頷きながら説明してくれた。

「フローレスが先日請け負ったのは、『村に魔物(モンスター)が出るようになって田畑を荒らしている。クマのような大きな魔物(モンスター)だから捕獲の網となる呪符を作れる魔術工房を教えて欲しい。成功報酬は前金で半分、捕獲後に後金で半分』という仕事だったのさ。期日は昨日。催促をして今日の正午には耳を揃えると返答を貰ったようだが、どうやら踏み倒されてしまったようだね。」

 熊捕獲用の網…。そんなもので旅人を捕まえる算段でいたなんて、ひどすぎる。

「それにしても、あいつら、初めから我々を騙すつもりだったんですかね、」

 バラノズさんが呟くと、ペペリさんが「この街で誘拐するために我々に携帯用の投げ網を用意させるとは…、足元を見られたもんだな、」と唸った。

「いいのさ。足元を見られたのなら、足元しか見ていないって証拠さ、」

 リディアさんは立ち上がって、パンパンと手を打った。


「みんな、聞いたかい。さあ、動ける者は動いておくれ。仕事を始めるよ、」

 おお―!っという掛け声をあげて、男たちが拳を突き上げる。


 どうしよう、嬉しいみたい。涙ぐんでしまって体が震えている。誰もが立ち上がって気合いを入れているのに、わたしは立てずにいた。


 歓声のように大きく広がる気合いを入れる声に、負けじと、リディアさんが声を張った。

「他の家にも連絡を寄越しておやり、久しぶりに大仕事になりそうだ。」

ありがとうございました

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